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16 思い出と家と、覚悟。

 昔、家族五人で遊園地に連れて行ってもらったことがあった。たった一度だけだったけど、とても楽しかった。今思えば、父さんは年に二回くらいしかない休暇を使って俺達と遊びに行ってくれたんだ。

 あの日、父さんは何でも買ってくれた。菓子だって、玩具だって、風船だって欲しいって言えば貰ってきてくれた。

 美希も善樹も楽しそうだった。俺も楽しかった。母さんはそれを見てずっと笑っていて、父さんはそのなかの誰よりも幸せそうだった。

 


 スーツを着たまま、一人で家の中にいた。電気を一切つけていないリビングは、真っ暗なままだ。ヘルメットを外し、仰向けに寝ている。もう何時間たったんだろう。ともかく俺は、ずっとそうしていた。

 この街にはもう、人はほとんどいない。静かだ。目を瞑り、何も考えなければ、自分が無に放り出されたような気になれる。

 善樹たちはやってこない。三人とも避難したんだろう。

 もう、何もしたくない。

 逃げだ。わかってる。それはわかってるんだ。

 俺が闘わなければ皆死ぬ。欠片ではなく、エリクサーの原石を手に入れたオリジナルは、そこにいるだけで人の命を奪いつくすようになるだろう。だからやらなくちゃいけない。例え、俺の望まない事だとしても。

 もう、わがままなんていってられないんだって。他に道がないんだって。好きだとか嫌いだとか、言ってらんないって。わかってるんだ。

 そうしなければ死ぬだけだ。一年前からずっとそうだった。だから、今だって同じだってこと。俺がどんな悪態をついたって、現実は変わらないってこと。

 わかっては、いるけれど。

「何のために生まれて、何をして生きるのか……」

 少なくとも、こんな生き方をするために生まれてきたわけじゃない。

 父さんだってそうだ。父さんだって、あんな風になるために生まれてきたわけじゃないはずだ。世の中の理不尽に振り回されて、今もそのままだ。

 それが答えなのか?結局は、何をするために生まれるのか、何をして生きるのか、自分自身では決められないものなのか?誰かに言われるがまま、周りの都合に従うしかないのか?

 家のドアが開く音が聞こえてくる。鍵はかけていなかった。かける必要はなかったから。

 松葉杖を突くが廊下に響く。それはリビングまでやってきて、床に寝転ぶ俺の耳元で止まった。

「……お前が悪いわけじゃない」

 源さんだった。ボロボロの身体を引きずって、ここまできたんだ。

「やれといわれて、簡単にできる事じゃない。悩むのは当たり前だ。迷うのも決まりきったことだ。俺だってそうだった。言われたからと、はいそうですか、とできるわけがない。お前ならなおさらだろう。でもな、正輝――」

 源さんが身を屈める。俺の両肩に手を乗せてきた。腕には血の滲んだ包帯が巻かれ、左足はおそらく折れている。

「今のお前はなんだ?ただ逃げているだけじゃないのか?何もせず、前にも進まないで、それでお前はいいのか!?」

 源さんが叫ぶ。

「……俺は、こんな仕事したくなかった」

 こんなこと言ったって仕方ないってのはわかってる。源さんに言う事でもない。でも、言わずにはいられないんだ。

「それでも、暮らしていく為には金が要るから。そのためだけにずっとやってきた。俺にはもっとやりたいことはあったし、やれるはずだった。気がついたら金、金、金。そんな事ばっかり考えてて、クソッタレで最低な毎日だった」

 ずっと嫌だった。こんなの、俺じゃないって。悪態つきながら毎日を過ごして。

「父さんのせいだ、とかまで考えるようになって。そんな俺が大嫌いで……」

「誰だってそうだろうが。自分のやりたいように生きている奴なんて、この世にはいないんだよ」

「わかってますよ!」

 わかってる。でも、どうにもやりきれなかった。自分だけ?どうして?間違っていると知っていながらも、そんな風に考える事を止められなかった。

「それでもここまでなんとかやってきたんっすよ。なのに?それで?挙句の果てには父さんを殺せ?ねえ、源さん。父さんの意識はまだあるんっすよね?身体を奪われてるだけで、まだ、生きてるんですよね?それなのに、俺にやれって言うんっすか!?俺に父さんを殺せって!人事みたいに!俺にとってはたった一人の父さんなんですよ!それなのに、アンタらは!!」

 ダムが、決壊した。

 感情が流れ出てくる。全部を押し流してしまう。これまでなんとか取り繕っていたものが、無残にも消え去っていく。

 オリジナルの中には父さんの意識がまだ残っている。記憶の逆流、とかいったって、要するに意識ってのは記憶の集合体なんだ。記憶がまだ残っているってことは、意識もまだ残っているって事。つまり、オリジナルを消し去るってことは――

 俺は父さんを殺したくない。

 俺のわがままなんて、きっと些細な事なんだろう。無視されるようなちっぽけなものなんだろう。俺の思考や感情なんて、事態の重みからすれば取るに足らないものなんだろう。それでも。

「勝手なんっすよ、みんな!理不尽な選択肢以外用意しない癖して、それが常識みたいに振舞って!自分で選択させるふりして強制させて!ふざけんな!知った事か!アンタらだけで勝手にやってりゃいいじゃないか!なんで巻き込んだんだ!アメリカへの反撃?未知なる兵器の開発?知らねぇよ!なんで、そんなもんに巻き込まれなきゃならないんだ!父さんが犠牲にならなきゃいけなかったんだよ!何もかも強制しやがって!こんな腐ってんだったら、こんなんだったら、みんな――」

 駄目だ。言葉が抑えられない。

「――みんな、死んじまえばいいじゃねぇか!」

 どいつもこいつも勝手なことばかり。そのくせ、こっちの勝手は許さない。こんな理不尽なら、なくなっちまえばいい。父さんを殺してまで、守りたいとは思わない。 

 沈黙が流れる。俺の荒い呼吸だけがあった。

 源さんは何も言わなかった。けど、その目は真っ直ぐに俺を見ていた。

「それでも、やらなきゃならないことがある」

 長い沈黙を破って、源さんが口を開く。

「お前が闘わなかったらどうなると思う?人が死ぬな。沢山、死ぬだろう。お前は黙ってそれを見過ごすのか?お前には力があるのに?やりたくないからと言って?」

 わかってるさ。そんなこと。でも、だからって!

「だからって、俺に父さんを殺せって言うんっすか!」

「ああ、殺せ。覚悟を、決めろ」

 源さんのその言葉は、どこまでも冷たくて。でも、苦しそうで。

「覚悟がなければ、何も獲られない。お前が金を得る為に自分を押さえ込む必要があったように、もしもお前に欲しいものがあるのなら、何かを犠牲にする覚悟を持たなくちゃいけない」

 その覚悟が父さんを殺す事だって言うのか?

「お前の言うことはわかる。だが、甘えだ。お前には今、力がある。そして今、お前はここにいる。それなのに何もせずに全てを黙って見過ごすと言うのなら、誰かが苦しみ死んでいくのを構わないと言うのなら、お前は、人間以下のクズだよ」

 源さんにそんな事を言われたのは初めてだった。

 ――俺は今、何をして、何のために生きているか。

 意識しているわけじゃないのに、頭の中で、声がずっと鳴り響いている。

「光輝さんは闘った。自分は何も悪くないのに、それでもずっと闘い続けて、今もまだ闘っている。オリジナルに寄生されてしまった光輝さんはもう助からないだろう。だが、オリジナルに身体を侵食されながらも、身体の自由を奪われながらも、それでも抗っている。あの人には覚悟があるんだ。自分の欲しいものの為に、全てを犠牲にする覚悟がな」

 欲しいものの為の、覚悟。今、俺の欲しいものはなんだ?父さんの欲しいものってなんだ?

 俺の答えはなんだ。父さんの答えってなんだ。

「光輝さんは闘った。自分の覚悟を貫いた。お前はどうする。そこで蹲っているのか。救えるだけの力を持ちながら、何もかもを見捨てるのか」

 父さんは答えを持っていた。なら、俺の、答えは。

「甘えるな。動け。どんなに傷ついて苦しんだとしても、それが今、お前のすべき事だ」

 俺は、俺は……。

「俺はもう、これ以上は何もいわない。後はお前で決めろ。闘うのか、そのまま何もしないのか、お前の自由だ。結論がなんであれ、俺はお前を責めない。それがお前の悩んで出した結果ならな。だから決めろ。お前の手で。お前が、どんな生き方をするのか」

 源さんがリビングから去っていく。松葉杖が数回地面を突き、ドアを開ける音が聞こえた。ほどなくしてそれは閉まっていく。

 遊園地での、あの時の父さんの顔が思い浮かぶ。

 楽しそうに笑っていた。幸せそうだった。どうしてあのままでいられなかったのだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。

 オリジナルが俺の前から去ったあの時の、あの、口の動き。

 今ならわかる。父さんの言おうとしていたことが。

 ーー俺を殺せ、正輝。

「俺は……っ」

 頬を、涙が伝っていた。



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