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15 病院六階、呟きと確信。

 エントランスに入った俺の耳を、鋭い悲鳴が貫いた。上の階からだ。

 病人服を着た人間の何人かが、階段から駆け下りてくる。そして俺の姿を見て硬直した。

 当然と言えば当然だ。俺の着ているスーツは色以外にとくにオリジナルのものと違いがないし、第一怪しすぎる。

 本来ならば余計な心配を与えないように何か対処をしておくべきなのだろう。だが、今の俺にそんな余裕はなかった。

 動揺する人々の視線を振り切るように、俺は走り出す。階段を一度の跳躍で駆け上がった。方向転換し、もう一度。五秒も掛からない間に二階に到達する。

 この病院は全部で七階建て。声がするのはもっと上の階だ。

 嫌な予感がした。

 階段を駆け上がる。三階、四階、五階、そして、六階。

「あ、ああ……」

 老人が腰を抜かし、床を這うような形で倒れていた。その視線は廊下の先に集中している。

 何がいるのか、考えなくてもわかる。

 最悪だ。こういう時だけ、カンは冴え渡たりやがる。

 六階は俺の母さんの病室がある階だ。そして、母さんの病室は廊下の端。老人の視線の先だ。

 白い色をした装甲を身にまとう奴がそこにいる。まさに今、オリジナルが母さんの病室へ入っていった。知った声の悲鳴が聞こえてくる。母さんと、美希と、そして善樹の声。あいつらもここにいたのか。くそ、なんだってこんな場所に。

 オリジナルを追い、五十メートルほどの距離を一瞬で駆け抜ける。

「母さん!」

 叫びつつ、病室を視界に入れる。オリジナルの真っ白な背と見覚えのある後頭部が見えた。その向こうには驚きを隠せない善樹と美希、そしてベッドから上半身だけを起き上がらせた母さんがいる。オリジナルの身体には所々赤い液体が付着していた。装甲が白だから、余計に目立つ。

 人を、殺したのかもしれない。

 ――こいつ!

 俺は拳を振りかぶった。オリジナルは今、無防備な背中を晒している。俺にも気がついていないようだ。今ならば、完全に捉える事ができた。

「カァ……サン……」

 オリジナルのその言葉を、聞かなければ。

「嘘……」

 美希が驚きのあまり声を漏した。善樹は目を見開いて(ほう)けたように立ち尽くし、母さんは口元を手で押さえ、目の前のそいつを凝視している。

 そして俺は、振り上げた拳を叩きつけることができなかった。

「……ミキ……ヨシキ……マサキ……」

 核心が俺の中に芽生えていく。

 俺は、父さんに死んでいて欲しかった。

 父さんが死んでさえいれば、父さんの意識なんてなくなってしまえば、オリジナルが父さんの外見をしただけの存在ならば。そうであれば、俺はきっと、闘えた。

 でも違う。オリジナルがここに来たのは、母さん達に会うため。俺たちの名前を呼んだのは、まだ俺たちのことを覚えているから。

 いるんだ。父さんは、ここに。

「ギァ……」

 不意に、そいつのまとう雰囲気が変わった。人間には引き出せないような不気味な音と共に、身体を捻り、こちらを向く。

 そして俺は、俺の身体が一直線に壁へと激突した。そしてそれを貫通し、向かいの病室まで吹っ飛ばされる。俺の身体はベッドに激突して、それを(ひしゃ)げさせた。

 蹴られたのだ。そう認識すると同時に、オリジナルが右手で俺の首を締め上げてきた。そして俺を壁に叩きつける。

 壁に亀裂が入り、俺の身体は外へと放りだされた。

 身体が宙を舞う。そして、落下していく俺に、オリジナルが飛乗ってきた。

 オリジナルが俺の頭を掴む。さらに背中のブースターを噴射させ、落下を加速させた。

 地面に、俺の頭が衝突した。

「あ……」

 駐車場のアスファルトに叩きつけられて、それでも俺は生きていた。エリクサーが衝撃をオートで中和させたのだ。俺の胸は赤く輝き、俺の身体に力を送り込んでいる。

 オリジナルも同様に、胸部が淡く光っている。俺の胸部にあるものがなんなのか、本能的に理解したんだろう。オリジナルはエリクサーのコアに向かって手を伸ばして――そして、止まった。

「ウア……マサ……ガ……」

 オリジナルが呻く。その理由が、俺にはわかったんだ。

「父さん」

 そう。父さんだ。今、俺の前にいるのは父さんだ。

 福地さんは、父さんがオリジナルの意志に抗っていると言った。それはまだ、続いているんだ。

 あの下水道の時だって。もしかしたら、源さんから逃げた時だって。そして、今も。

 下水道の時、オリジナルは俺を殺せたはずだ。源さんと闘った時だって、オリジナルの強さなら逃げる必要なんてなかったはずなんだ。

 今だって、そうだ。

「……マサ……キ……」

 確かにオリジナルは、いや、父さんは、俺の名前を呼んでいる。父さんの声で、父さんの意志で。

 オリジナルのかけたヘルメットからは、父さんの顔が見えている。父さんなんだ。今、ここにいるのは。

《早瀬正輝、何をしてる!? チャンスだ。今ならオリジナルは無防備だ!! 》 

 福地さんの通信が、ヘルメットの中で反響する。

《もうそれは君の父親じゃない。敵なんだ。そいつを倒さなければ、闘いは終わらない。そいつが死ななければ、また誰かが苦しむ羽目になる!! 》

 父さんを殺す。

 理屈はわかる。わかるさ。けど、だけど。

 父さんを、殺す?

 俺の身体は全く動かない。ただ、父さんを見ているだけだ。

 父さんが頭を抱える。唸り声が響き渡った。遠くで、人々の声が聞こえる。悲鳴と、ざわめきだ。

「アア、アア、ガアァァァアア!!」

 また、雰囲気が変わった。

 オリジナルが俺の顔面を殴りつける。痛みは無い。ただ、衝撃がある。エリクサーが衝撃を中和しているんだ。

 俺はされるがままに、殴られ続けた。

 視界は揺れ、そのたびに拳が飛んでくる。唸りを上げるオリジナルは、怒り狂っているように見えた。一体、何に怒っているんだろうか。

 そしてまた、動きが止まって――オリジナルは、立ち上がった。

 頭を抱え、苦しみながら、オリジナルは左右にふらつきながら、去っていく。

 一度、俺のほうを振り返る。何かを言っていたようだが、俺には聞き取る事ができなかった。

 オリジナルが跳躍し、俺の前から姿を消す。

《おい、どうしたんだ、早瀬正輝! 応答しろ! エリクサーは無事か!? オリジナルは》

 福地さんの通信を一方的に切って、立ち上がった。

 オリジナルを追うことはできなかった。そんな気になれなかった。

 放心状態のまま、俺は歩き出す。どこにいくのかは決めてない。

 でもただ、独りになりたかった。独りになれる場所に、いきたかった。



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