13 スーツ着用問題なし、謝辞と感謝。
父さんも俺と同じだったんだ。自分で決めた事ではなく、決まったことを強いられていた。
いや、むしろ、父さんの方が俺よりも最悪の状況だと言ったっていい。
確かに、俺は父さんから父方のじいちゃんの話を聞いた事はなかった。父さんの方の親族と会ったこともなかった。それは、父さん以外、誰もいないからだったんだ。
俺は今まで、父さんが自分から進んで闘っていたんだと思っていた。だから父さんが憎くもあったし、妬んだりもした。自分勝手に死んでいった男だと、心の中で毒づいた事こともある。
違う。違かったんだ。
俺よりも、最悪の状況の中、それでも父さんは闘った。闘って、闘って、闘って。一瞬たりともそんな素振りは見せず。
整備室のボックスの中で俺は座っている。目の前には井出さんと、数人のベテランが。扉付近には福地さんもいる。科学者チームの代表として見に来たんだろう。桂木は部屋をせわしなく動き回り、井出さんたちに工具やパーツを手渡していた。
「坊主、調子はどうだ」
右腕の調整を行いながら、井出さんが尋ねてくる。特に何も、と答えた。俺は今、黒いスーツを身にまとっている。数時間前まで源さんが着ていた奴だ。
大体の機能は普段着ている、赤いスーツと同じだ。ただ、動力源が違う。
赤く輝く胸部には、エリクサーが埋め込まれている。
父さんが着ていたスーツを元に造られた、二号機と言えばいいのか。白いアレは一号機。元々、これの二号機は俺のために造られたものなんだそうだ。源さんにエリクサーは扱えない。拒絶反応というのが出ていた事からも明らかだ。
それでも、源さんは闘おうとした。俺を何も知らないままでいさせるために。
「よし、立ってみろ」
整備を終えたのか、井出さんが促した。
「適正的には問題ないはずだ。スーツの整備も万全だ。だが、エリクサーにゃ何があるかわからん。実際、仕組みはわかっていても造り出すことはできないしな。異常があったらすぐに言え」
「了解っす」
俺は立ち上がり、右手を動かす。肩を回し、首を捻る。足を動かし、数回飛び跳ねる。
大丈夫だ。何も問題はない。それよりも力が沸いてくる気がする。レプリカであるコアと、その元であるエリクサーの違いなんだろう。
「……すまないな、坊主。お前ら親子には、こっちの都合を勝手に押し付けちまって」
井出さんが頭を下げる。他の技師も同じように頭を下げていた。
「やめてくださいよ、そんなの」
「それでも、だ」
井出さんたちには思うところがあるんだろう。暫く、そうしたままだった。
でも俺は、そんな事してもらう資格なんてないんだ。
今までずっと、こんな境遇を憎んで生きてきた。こんなはずじゃないって。こんなの間違っているって。だったら、父さんは?
先祖の尻拭いを押し付けられて、俺よりもきっと最悪な思いのまま闘って。
俺はそんな立派じゃない。その礼を受けなきゃならないのは父さんだ。
「準備は終わりましたか?」
技師たちの間を掻き分け、福地さんがやってくる。
「ああ。やれるだけのことはやった」
「ありがとうございます。それでは、早瀬正輝はお借りしますよ」
有無を言わさず、福地さんが俺の手を引っ張る。前につんのめりそうになり、それをなんとか右足を踏み出して耐えた。
強引な人だな、と思いつつ福地さんの後についていく。整備室を出て、廊下を歩く。
「あの!」
整備室の方から声がした。桂木だ。
「あの、すみません。早瀬君、本当に疲れてるんです。ちょっとでいいから休ませてあげてください」
「……悪いな、桂木。でも、心配すんな」
こいつは本当にいい奴だ。最初あったころはとんでもないメカオタクと出会っちまったと思ったが、長い間一緒にいるとわかる。基本的には真人間なんだ。ちょっと趣味がおかしな方にいっちまっているだけで。
「今の彼にはエリクサーがありますから。疲れと言うものは存在しません」
福地さんは桂木を一瞥もせず、歩いていく。
福地さんの言うとおりだった。
「そういうわけなんだ。大丈夫。気にすんな」
「でも、身体は大丈夫かもですけど、早瀬君自身は……」
俺を庇って源さんたちは重傷を負った。俺があの場にいなければ、乃木さんだけだったなら、上手く逃げらたかもしれないのに。
「だから大丈夫だって。俺は闘える。何の問題もない」
身体の疲れはない。エリクサーの力が流れ込んでるんだ。
福地さんは先を行く。行き先はわかってる。今朝使ったミーティングルームだ。
「そういうことだからよ。ありがとうな。お前には感謝してる」
桂木に背を向け、福地さんの後についていく。
「早瀬君は、本当にお父さんと闘えるんですか……? 」
桂木が呟いたその言葉を、俺は聞き取ることができなかった。