11 オリジナル、赤い光、ヘルメットのヒビ。
人が死ぬ。
それはいつか必ず来ることだ。ある日気がつかない間に、過ぎ去っている事かもしれない。
実際、父さんはそうだった。勝手に、知らない所で、わけわかんない事情で死んだんだ。
今度は源さんがそうなろうとしてる。
ふざけんな。そんなのあってたまるか!
ポイントB-04ってのは俺が下水の壁を破壊した地点近くだ。もしかしたら、オリジナルってのはあの穴から進入してきたのかもしれない。
自分から? 何のために?
それを源さんが対処しに向かった。そして今、やられかけている。
どうして? 源さんみたいに強い人が?
俺たち三人の中で、一番強いのは源さんだ。それは間違いない。その源さんがやられている。信じられるかよ、そんなことが。
でも、だったらどうして源さんは死にかけているんだ?
自問自答を繰り返している。その答えを明確に出さないまま、新しい疑問が浮かんでくる。
下水の中を全力で駆け抜ける。息が上がる。肺が苦しい。心臓が張り裂けそうだ。
道を曲がる。先を走る青いスーツが目に映った。目の前のモニターが、乃木さんの名前を表示している。
「乃木さん! 」
たまらず叫んでいた。乃木さんが立ち止まる。
「……早瀬……お前、どうしてここに……」
「源さんは、源さんは大丈夫なんっすか!? 」
乃木さんの言葉を遮るように、俺は叫んでいた。
「福地さんが言ってたんっすよ。源さんが死にそうだって。殺されそうだって。そんなことあるわけないっすよね? あの源さんが、殺しても死なないような源さんが、ビーストなんかに殺されるわけないっすよね? 」
源さんがビーストに負けた事なんて、一度もなかった。複数のビーストに囲まれた時も、俺を庇いながら、それを全く苦にせず闘っていたんだ。あの人が負けるわけがない。ましてや、死ぬなんてこと。
頭の中を駆け巡っていた言葉があふれ出てくる。そんなのあるわけないって。嘘に決まってるって。
でも、乃木さんは静かな口調でこう言ったんだ。
「……早瀬、お前は帰れ……」
体を巡る血が、一気に冷えた気がした。
乃木さんは俺の言った事を否定しなかった。それはつまり、源さんが殺されそうになっているって事で――
嘘だ。嘘に決まってる。だって、ありえるわけがないんだ。
源さんが死ぬなんて。
俺はたまらず走り出した。本当の事を確かめる為に。
「待て、早瀬! 」
乃木さんの声が聞こえた。後方から追ってくるのがわかる。でも、そんなことどうだっていい。
確かめなくちゃならないんだ。俺の自身の目で。
父さんの時みたいなのは絶対に嫌だ。俺の知らない所で勝手に始まって勝手に完結して、そんなの絶対に認めない。
薄暗い下水の中、僅かな光が水面に反射していた。上からの、網状の柵から漏れる光じゃない。真横からの光だ。俺がぶっ壊した壁から、入り込んでいる光。
息を切らしながら俺は道を曲がる。
そこには二つの影があった。
黒いスーツを着た、源さんが。
もう一つは、俺達が使っているのと同じフォルムをした、しかし俺の記憶にはない、白い色をした強化スーツが。
そいつが、源さんの首を絞め、吊り下げていた。
思考が一瞬停止する。なんで、敵がそれなのか、理解できなかったんだ。
俺たち以外の装着者? いや、そんな話聞いていない。それ以前に、あいつは何をしてるんだ?
源さんの着ているスーツは傷だらけだ。装甲がところどころ深く抉られ、源さんの生身の身体が見えている。滴り落ちているのは、真っ赤な血だ。
そして、源さんは動かない。
《そいつは敵だ! そいつがオリジナルだ! 》
福地さんの声がヘルメットの中で響く。その声に突き動かされるように、俺は地面を蹴っていた。
滅茶苦茶に喚きながら、白いスーツの顔面に向かって飛び蹴りをかます。
直撃だった。俺の全体重が、そいつの顔面に打ち込まれる。
オリジナルと呼ばれた、そいつの身体が吹っ飛んだ。その手から源さんが離れ、下水へ音を立てて落ちた。俺は着地し、素早く源さんを抱き上げる。
「源さん! 源さん! 」
俺の声が下水に反響した。続いて、水を書き分ける音が聞こえてくる。乃木さんの足音だ。
「……正輝、か」
乃木さんがやってくるのとほぼ同時、うめき声と共に源さんが呟いた。
よかった。生きてる。源さんは、生きてる!
「うっ……お前ら……」
源さんが途切れ途切れに告げる。そして小さく息を途切れさせ、その身体がそけぞった。
「あ……が……っ! 」
源さんが身体を悶えさせる。何かに苦しんでいた。小さく摩れた叫び声が聞こえてくる。
そして、俺は気がついた。
「乃木さん、これは」
黒いスーツの、源さんの身に纏う装甲の胸部から、赤い光が漏れ出していたのを。
「……拒絶反応だ……」
「拒絶反応? 」
胸の光はさらに強くなっている。そしてもう一つ。赤い光が視界に映った。
そっちに目を向ける。オリジナルだ。オリジナルの胸部が、赤く光っていた。
「駄目だ……早く……逃げろ……っ! 」
ゆらり、とオリジナルが動いた。前のめりに倒れるように。そして瞬間、俺の真横を風が掠める。
オリジナルが動いたんだ。そう気づいて視線を移すと、俺の背後で、オリジナルによって乃木さんが壁に叩きつけられていた。
一瞬の出来事だった。
「乃木さん! 」
乃木さんの身体がコンクリートの壁に僅かにめり込んでいる。乃木さんのスーツが破損し、モーターが奇妙な唸り声を上げていた。
オリジナルが俺へ胴体はそのままに、まるで蛇のように首だけを向けた。顎を前に突き出し、観察するように俺を見ている。
オリジナルの顔面はヘルメットに覆われている。だから、直接目が見えるわけじゃない。でも、確信があった。こいつは今、俺を見ている。
一歩、オリジナルが足を踏み出した。水面が動く。源さんとオリジナルの胸の光はさらに強くなっていた。
「……待て……」
オリジナルの動きが止まった。乃木さんがオリジナルの手を掴んでいたんだ。壁から身体を這い出し、水面へと立つ。
「アガ……ウア……」
オリジナルが言葉になっていない言葉を吐き出す。赤ん坊が無理矢理言葉をひねり出すのに似ていた。
オリジナルが跳ぶ。
一瞬で天井まで跳躍、そして反転。今度は天井を蹴って乃木さんに突っ込んでいく。
乃木さんは僅かに後方へ回避する。オリジナルが飛沫を上げつつ地面に激突し、間髪いれずに乃木さんに向かってまた跳ねた。
乃木さんがブースターを吹かした。
左右のブースターを上手く調節し、オリジナルの突撃をかわす。そのまま背後へと回り込む。右腕にはエネルギーが籠められていた。
「……喰らえ」
ブーストを吹かし、乃木さんがオリジナルへ接近。コアのエネルギーが籠められたその一撃が、オリジナルに叩き込まれた。
下水の中が明るくなる。爆風が周囲の水位を一時的に低下させた。轟音が起こり、そして視界が真っ白になる。
「まだだ、乃木……」
かすかに源さんが呟いた。その理解をする前に、再び轟音。
「ぐっ……」
乃木さんの呻き声が聞こえてくる。飛沫が再び上がった。
乃木さんの身体が水中に叩きつけられたのだ。オリジナルによって。
「ガッアガッ」
オリジナルは乃木さんの胴体を右手で押さえつけながら水面に這い蹲り、胴体の半分近くを水中にうずめていた。
あの一撃をくらったというのに、ほぼ無傷だった。装甲に多少汚れはあるが、破損はない。俺たちのスーツと強度が違いすぎる。全く別のものなのか?
《早瀬正輝、逃げるんだ! そいつは君だけで敵う相手じゃない! 》
福地さんの言うとおりだろう。俺がこんな奴と戦って、勝てるわけがない。勝てるはずがない。
「アヒャッ」
気色悪く声でオリジナルが笑う。
身体が動かなかった。恐怖で足が竦んでいた。圧倒的なまでの力量差。源さんも乃木さんも敵わなかった相手だ。勝てるはずがない。
――殺される。
「ひ……っ」
動かなければいけないとわかっているのに、身体が動かない。源さんを死なせるわけには行かないって思ってたはずなのに、立ち上がることができない。
「好き勝手しやがって……」
源さんがゆっくりと身体を起した。その胸部は未だに赤く光り輝いている。
源さんの肩が激しく上下しているのがわかる。辛いんだ。
呼吸を荒げて、それでも痛みに耐えてたちががったんだ。
「ギャハッ! 」
オリジナルが源さんに向かって飛び掛る。源さんは一歩も動かなかった。避ける素振りを見せず、ただ立っているだけ。
「源さんっ! 」
俺がそう叫んだのと同時に、オリジナルの動きが鈍る。
「……待てと言った……」
乃木さんがオリジナルの身体を掴んでいた。オリジナルが意識をそっちに向ける。隙ができた。
「ナイス、乃木」
源さんの右拳は真っ赤な光が収束していた。そして一歩、二歩と踏み出し、オリジナルの顔面を殴りつける。
赤い閃光が走った。オリジナルの顔面に源さんの拳が食い込む。
水平にオリジナルが吹っ飛んだ。それに巻き込まれて、乃木さんも衝撃を受ける。直撃をしていない分、衝撃は少ないだろうが、それでも相当なものだろう。
乃木さんの身体が水中へダイブし、それでもなおオリジナルの身体は勢いを失わない。十メートルほど先の壁に、白い装甲が激突した。
やった、のか。
「あっ……ぐっ……」
源さんが膝を折る。
「おい、正輝……」
今にも消えてしまいそうな声で、源さんが俺の名前を呼ぶ。
「……早く逃げろ……」
「え?」
何を言ってるんっすか、敵なら源さんたちが倒したじゃないっすか。
そう俺が言う前に、下水を何かが這う音が聞こえてくる。
蜘蛛のように、オリジナルが四つんばいになって這い寄ってきていた。
「な……っ」
そいつは俺には一切目もくれず、膝を折る源さんの頭をその手で掴んだ。
そして、それは何度も何度も地面に叩きつけられた。源さんが程なくして気を失う。その身体からは力がなくなり、まるで死体のようで――
「アギャッ! ギャギャッ! 」
源さんが闘えなくなった事を理解したのか、オリジナルは源さんを投げ捨てた。その身体が壁に激突し、重力に負けて水面へ落下する。
オリジナルが視線を俺へ向ける。
俺の目の前を、オリジナルの手の平が被った。尋常ではない握力でヘルメットを握られる。
俺の身体が壁に押し込まれた。
潰される。殺される。このまま、終わる?
なんだよこれ。死ぬのか? 殺されるのか? 意味わからねぇよ。ふざけんなよ。死ぬ? 終わる? 嫌だ。嫌だ。嫌だ!
気がつくと身体が宙に浮いていた。吊るされていた。最初にオリジナルを見つけたときのように。
ヘルメットにヒビが入った。程なくしてそれは割れる。右半分が晒された。
「ウ……ア……? 」
突然、オリジナルの握力が弱まった。俺の身体が地面に落とされる。俺はそのまま尻餅をつき、オリジナルを見上げる形となった。
なんだ、いきなり? 一体、何が……
その時、俺は見たんだ。
俺が昨日ぶっ壊した場所から差し込む光が、オリジナルのヘルメットを照らしていた。源さんの一撃によって左半分が壊れたヘルメットは、オリジナルの顔を顕にしていた。
どうして。そんな。ありえない。
気が狂ってしまって視覚までおかしくなったのかと思った。ありえないはずなんだ。
だって父さんは一年前に死んだんだ。
オリジナルのヘルメットが完全に割れた。
その顔が完全に明らかになる。
「……マ……サ……キ……? 」
父さんの顔をしたそいつが、俺の名前を呼んだ。