少女は今日もくじけない
「頼もう!」と放課後、勢いよく私は隣の教室に飛び込んだ。
開口一番、意中の相手佳久は「帰れ!」と言い放った。ぽかんとした。だって私、まだ何も言ってないじゃん!
何で来たばっかりで帰れなの、と詰め寄ると「格好からしてアウトだろ」とけんもほろろもない返事。確かに女の子っぽさゼロで突撃したこちらも悪かった。
「だけど、いつもの格好とは違うじゃん! アウトってどこが!? セーフにしてよ!」
「学校の緑ジャーなんか論外に決まってるだろが。お前これから体育出んのか。それとも部活? おかしいって気付け!」
「い、いいじゃない、これぐらい学校なんだから! かわいい女子がせっかく来てるのにさあ!」
「かわいい女子? どこにいるんですか。もしかしてお前のこと?」
心底不思議そうに佳久が首を傾げた。……こいつ、本気で言ってないか。
助けを求めるべくぐるっと教室を見渡したが、「ジャージはないわ」「いや、アレでもマシなんだって」「つーか頼もうって何?」というどん引きな声が刺さる。特に佳久の周りにいた男子からの視線が痛い。アウェイでの戦いはやはりこちらが不利なのか。
いや、戦いなんかじゃなくて、これは真剣な告白ですから!
「よ、佳久のバカ! 待ってなさい、すぐやり直すから!」
というわけで第二ラウンド。
今回の装備はジャージじゃなくて友だちから借りたスカート装備だよ。髪の毛も一つに結んで女子力アップ! 唇だってリップ塗ったし、プレゼントもアルミホイルで包んだんじゃなく、ちゃんとラッピングしたんだ。昼食のパンが入ってた紙袋だけど、でっかいハートをピンクのペンででかでか描いてみたし。
どうでしょう、完璧でしょう。これで文句なんか出ないでしょう!
「ふざけてんだろ、お前」
「もらってよー! いいでしょ、食べてくれたって。好きってめいっぱい込めたからさあ! がんばって作ったんだよー!? いいでしょー!?」
ぐりぐり袋を押しつけると、奴はむうと渋い顔になった。眉間にしわを寄せ、得体の知れない物体でも目撃した目つきである。
「……この、真っ黒な塊を食えだと。犬の糞みたいな」
「し、失礼な。クッキーだよ! どう見てもそうでしょ!?」
覗きこんだ男子が、「バカ、犬の糞はねーだろ」と諫めた。もっと言ってやって欲しい。デリカシーってものが佳久には欠けている。だが、類は友を呼ぶようだ。
「せめてかりんとうじゃね?」
ちがう! ちがうってば! それに何なの、その哀れみ混じりの台詞!
「だから、クッキーだって何度も言わせないでよ!」
「嘘言うな、嘘を! 百歩譲ったとしても、どっからどう見ても炭だろが。不合格!」
「ココアとチョコだよ!?」
流石にショックだった。炭? これ炭なの? 犬の糞に炭は酷い。酷いだろ。そりゃ多少焦げちゃったけど、昨日一生懸命作ったのに。
ああ、ココア味にしたから? 焦げてないところも黒く見えるから? 形が悪いから? だって丸めた端からぼろぼろ崩れてくんだよー!
でもチョコだって入れたんだよ? 佳久がチョコ好きだから、奮発して板チョコ砕いたのに!
食べもしないで、そんな……。
青ざめて絶句していると、「言い過ぎ、謝りなさいよ」と応援の声がかかった。私の大事な友人たちだ。告白に再チャレンジすると言ったら付いてきてくれた。何故か嬉々として。
私の片思いはバレバレだから、後押ししてくれる子は多いのだ。中には面白半分で言ってる人もいるけど、私は、本気ですから!
ぐいっと涙を拭って期待を込めた眼差しを向ける。そうだよ、言い過ぎだよ。ひどいよ!
「うるせえ! じゃ、一つやるからお前らが食え。遠慮すんなよ」
佳久からクッキーが突き出されると、ギャラリーは下がった。……う、裏切り者めぇぇぇ。そこは嘘でも食べて「美味しいよ」と微笑むところでしょうがぁぁ!
すると佳久が指を三本立てた。にかっと笑いながら、
「じゃ、三択な。ありがとうって貰っておきながら後で捨てる。貰わずに突っ返す。この場でゲロを吐く。つーか食いたくねえ」
「第四の選択、美味しいよありがとう、好きだよを希望します!」
「却下! 無茶言うな! 大体お前、味見したか?」
「レシピ通り作ったんだから、美味しいに決まってんじゃん! 変なものなんて何も入れてないよ!?」
う、と一歩下がる。ずいっと押しつけたクッキーを突き返され、うううう、とさらに下がる。そのまま出入口まで押し返されてしまい――
「うううう、佳久のアホー! バカ! 絶対美味しいって言わせてやるんだからー!」
捨て台詞と共に踵を返した。教室出るとき、出しっぱなしだった椅子に膝を思いきりガツンとやったけど、うずくまってもいられない。
私ってほんとバカ。どうして毎度、コントみたいになってんのよ。大まじめな告白なのに!
佳久は女心をわかってない。絶対ぜったい、わかってない! そんな奴を好きなのが一番悔しいよ!
* * * * *
うわーん、と大泣きしながら疾走する立川の背中にため息を零した。やってくるときも唐突だが、去るときも唐突である。まるで台風だ。いや、あいつがそうじゃなかったことなんて、ここ最近ないんだけど。
(膝だいじょうぶかよ)
派手にぶつけていったけど。
とはいえ、追う気はねーんだが。女の子泣かすなんて最低、と捨て台詞を放って、立川の仲間も後に続く。慰めに行ってくれるらしい。
思春期だっつっても、何故ああも斜め上をジグザグに爆走するんだろう。
立川の奇行が脳裏に蘇って舌打ちした。なんだ、あの独特のひねりは。もっと少女漫画でも読んで勉強してこいっつーの。変に真っ直ぐだから質悪いったら。
「立川も頑張ってんだから、貰ってやりゃいいのに。あれだけ好きって言ってんのにさ」
笑うクラスメイトに冷淡な眼差しを向けた。ぎりっと奥歯を噛みしめ、何とか笑みの形を作る。
「いーんだよ、毎度のことだし。簡単に貰ったら何も学習しねーだろが。こっちの身がもたねーよ。因みにあいつが初めて持ってきたカップケーキ、黒焦げで中身生だったからな」
冷やかし半分だったクラスメイトが「食ったことあんのか」と顔を引きつらせた。
遠い目になると、周りの奴らも同じように過去へ思いを馳せたらしい。回をこなす毎マトモに近づきつつあるが、立川は女子力ゼロなのが一番いただけない。
うちの高校が私服なのもそれに輪をかけた。信じられるか? 初っ端は家着みたいな、着古した灰色の上下だったんだ。パジャマか? おっさんか? あれが男子に告白する姿か? 髪型も寝癖でぼっさぼさだし、わけわかんねー。中学のほうが制服あった分まともに見えたっつーのも、どん引きする要因になっている。
そして今日は学校指定の緑ジャージ。髪も後ろに縛っただけで、前髪跳ね放題だ。せめてヘアピンで留めてこいよ。可愛い奴なんて贅沢言わねーから、寝癖直す努力ぐらいしろ。今どき男子だって身だしなみには気を使うっつーのに。
いくら家が隣の幼馴染みだからと言っても、許容範囲超えている。ついでに、我が家には中学入ってから出禁にしてやった。さもないと、薄着で庭からやってくるんだよ。サルみたいなんだよ、あいつ。
ほんと、どうしたらいいんだ、あの野生児。
過去のあれこれを思い出すと頭痛がする。
「つーかあいつ! なんで告白するのに集団でいるとこ狙うんだ? そっちのほうが理解不能だろ!? しかも元気いっぱい大声だぞ。恥じらいを持て!」
同情を込めて肩を叩かれた。
「まぁ、次、もうちょっとマシになってるって。がんばれよ、ロマンチスト」
もうちょっとマシに。
実はその言葉に期待しないでもない俺がいる。実際のところ、どんどん立川はマトモの枠に収まりつつある。遅々とした歩みではあったが、いつか普通の女子レベルに――
「ってロマンチストなんかじゃねえええ! ふざけんな、くそ」
ああもう、ちくしょう。ちゃんと女子やってたら、絶対可愛い部類なのに。
奇跡でも起こってそうなったとき、仕方がないから貰ってやるよ、と言ってやるつもりではあるけどな。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
ラブコメSS習作でした。同系統のラブコメSSも幾つかありますので、よろしければどうぞ~!