異世界にお邪魔した迷い家とキツネくん
「おーい迷い家~、風呂に入らせてくれ~」
ガラリと玄関の引き戸を開け、元気に室内へ声をかける。
今日も人間の子ども達と遊んだキツネの俺は、付き合いの長い迷い家を訪れていた。
広々とした土間に、文字が浮かび上がる。
『ここは宿屋じゃないぞ』
「え~~でも、最近はどの川も人の手が入ってるし、あんまり綺麗じゃないし」
『しかたないな。今日は客がいないから貸してやる』
「ありがとな! 見て見て、栗がいっぱい取れたんだ」
今は人間の子どもに化けているため、人間の手で持っていた栗が詰まったエコバッグを玄関の上に置いた。すぐにそれは、板へ吸い込まれるように消えていく。
『入っていいぞ』
「うん、お邪魔します」
ポンと変化を解いて、俺はキツネの姿で足取り軽く長い廊下を進んでいった。
風呂を借りて、毛並みツヤツヤになった俺が座敷に入ると、湯気が立つ栗ご飯が御膳の上に置かれていた。箸休めに佃煮まで置かれている。
「わあ美味そう!」
俺はまたポンと人間の子どもの姿になると、御膳の前にある座布団に座って箸を握った。
不思議だよな。
人間に化けられるようになってからは、人間の食べ物ならどれも美味しく食べれるようになったんだ。
迷い家は、俺の位が上がったからだって言ってたけど、よくわからない。ちなみに人の文字も箸の持ち方も、迷い家に教えてもらった。
出会って間もない頃は、迷い家は、俺の頭の中に年配の女性の声で話しかけてきたんだ。そんで、俺が文字を読めるようになると、しゃべらなくなった。
しゃべったほうが楽だと思うんだけど、本来の迷い家はしゃべらないんだってさ。
「美味しい! やっぱ、迷い家のご飯に外れナシだな」
『当たり前だ』
畳に浮かび上がった文字に、ハハッと小さく笑った後、俺は半分ほど食べた茶碗をみつめた。
俺は今、これまで何度か口にした言葉を、また口にしようとしていた。
「なあ迷い家、住む山を変えるつもりはないのか?」
『またそれか。私のことは放っておいて、おまえだけ移ればいい。恩返しはもう充分受け取っている』
ここの迷い家は、親とはぐれて死にそうになっていた俺に、ご飯を与えてくれた存在だ。
あの時ここに迷い込まなければ、何の力もない子ギツネなんて、とっくに死んでいただろう。
そもそも迷い家とは、山中で迷った人間の前に現れる不思議な家だ。
無欲な人間が家の物を持ち帰ると、恩恵を受けられると言われている。
だから本来は、死にかけた子キツネを助けたりはしない。だけど、この迷い家は来るものを拒まない主義だったようで、おかげで俺はこうして生きている。
まあ…いろんな迷い家が古今東西存在するけど、この迷い家は、子どもに特に優しいみたいだ。
「ううん、恩とかそういうんじゃなくて。なあ、ここに最後に客が来たのって、いつだ?」
『………忘れた』
「俺、今日、村の役場の近くに行ったんだけどさ。この山、崩落の危険性が高いとかで、近々、入山が完全に禁止されるらしいんだよ」
『そうか』
「そうかって、それだけかよ?」
短い返事に、おもわず腰をあげる。
『こら、食事中だぞ。もう食べないなら片づけるから』
「あわわっいやっ食べるから」
慌てて座布団の上に座り直し、俺は箸を動かした。
ふう…満腹。幸せ。
湯呑のお茶を飲んで、はあ…とひと息ついた時だった。
ゴゴ…と低く重い音が家全体から聞こえた。
ハッと顔をあげると、ゆらゆらと家が揺れ出し、徐々に激しさを増していく。
「ちょっ、地震!?」
「柱につかまれ! 山が崩れる!」
久しく聞いてなかった女の声が頭に響いた。
這うように移動して柱にしがみつく。
「飛ぶぞ!」
迷い家のその声を最後に、俺は急激な脱力感に襲われて意識を手放した。
***
「私だけなら、あの山と共に消えるつもりだったが……」
そんな呟きが聞こえた気がして、俺はぼんやりと目を開けた。
いつの間にか変化が解けて、キツネの姿に戻っている。
ゆっくりと身を起こして辺りを見回すが、そこは見慣れた迷い家の座敷だった。
「大丈夫か?」
頭に響く声に、うん…と頷く。
「迷い家も大丈夫そうだね」
「いや、とんでもない事態に陥っている」
「えっ!?」
深刻そうな声に驚いて飛び起きる。
戸惑う俺に、迷い家がここまでの状況を説明してくれた。
山が崩れる際に発生する巨大なエネルギーを受けながら転移した迷い家は、転移先を上手く指定することが出来ず、同じくらいのエネルギーが蓄えられている場所に流された、らしい。流されたという表現はぴったりで、己ではどうすることも出来なかったそうだ。
「おそらく、ここは地球じゃない。宇宙を飛び越えたのか、時空を飛び越えて異世界に来たのかは不明だが、地球とは全く違う力を感じる場所だ」
「え……なにそれ? なんかまるでマサトくん家で観た異世界転生のアニメみたいだな」
なんかトラックのせいで転移して、剣と魔法の世界に行くやつ。
「とにかく巨大なエネルギーがあれば戻れるはず。すまないが、すぐ外に人間がいるから、何か知らないか聞いてきてくれないか?」
「えっ! すぐ外に人間いるの? そういえばなんか騒々しいような?」
話を聞いて俺の戸惑いはさらに増したが、このままでは何も解決しない。
とりあえず、いつもの10歳くらいの人間の男の子に化け、玄関の戸をガラリと開けた。
最初に目に飛び込んできたのは、むき出しの黒い岩。
右を向いても左を向いても上を向いても岩。どうやら岩でできた巨大なホールにいるらしい。
そして目の前では、剣とか杖とかデカい盾とか持った4人の人間が、見たことない動物達と戦っていた。
あれ、動物か? 動物なのか? なんか地獄の餓鬼みたいに、やたら禍々しいんだけど……。
予想外の状況におもわず凝視してると、向こうもギョッとしたような顔で、こちらを二度見三度見してくる。
「何だ? 新手の敵か!?」
大きな盾で攻撃を防いだ大男がわめく。
「いや、禍々しさはないわ。どちらかと言えば神聖な力を感じる。あの建物、強力な結界が張られてるんだけど、ダンジョンのセーフエリアでもないのに、いったいどういうこと?」
杖を持った白っぽい女の人が、しきりに首を傾げている。
「俺知ってるかも! 勇者の物語に出てくるダンジョンの宿屋じゃね? 魔王との闘いで傷ついた勇者達を相手に商売する隙間産業的な宿屋があるって、俺、聞いたことある!」
「ああ…それなら俺も聞いたことがあるな。値段はお高いけど、ありがたい宿屋」
短剣を構えた身軽そうな男がハッとしたように言い、大剣で敵を斬っていた男が続いて口を開く。
「は? 宿屋? こんなところで正気なの?」
「だからニッチ産業なんだってば」
「だからお高いんだよ」
「マジかよ」
何やら仲間内で会話しながらも次々に禍々しい何かを倒していく。最後の一匹を倒した彼らは、剣を鞘にしまうと、こちらに小走りで近づいてきた。
おもわず後ずさりしそうになったが、私の縄張り内で乱暴はさせない、という迷い家の声が頭に響き、踏みとどまる。
「この宿、1人1泊いくらだ?」
「えっ? えっと」
「お金はいらない。その代わり、私達は大きなエネルギーを発するものを探している」
返事に困った俺の代わりに、迷い家が頭の中に話しかけてきた。
「この声、どこから?」
「頭の中に直接話しかけてる?」
人間達が目を見張って辺りを見回している。そりゃ最初はビックリするよな。
「訳あって、姿を現せなくて申し訳ない。私達は、大きなエネルギーに流され、ここに漂着したものだ。同じくらいの大きなエネルギーがあれば元の場所に帰れるのだが、何か知らないか?」
「エネ、ルギーとは、何のことだ?」
大剣を振り回していた男が眉を顰めて逆に尋ねる。
「何かを発動する力だ。物を動かしたり熱や光などの源というか。それが起こりうる巨大な力を秘めたモノが、この近くにあるのは確かなのだが」
急にこんな難しい話されても困るだろうなあと思っていると、白っぽい女の人がハッとしたように顔をあげた。
えっ今の説明で何かわかったの? 俺、当事者なのにさっぱりわかんないんだけど。
「魔力の爆発、魔力の放出ということでしょうか。それなら1つ心当たりがあります」
「そうか。じゃあ、まずは上がってくれ。なに、もとから人をもてなすことが好きな性分だ。その情報が役に立たなくても、お代はいらんよ。おっと、靴は脱いでくれ。土足厳禁だ」
迷い家が許可を出したので、どうぞ~と俺も中に促す。許可が出たということは、こいつらは悪党じゃないってことだ。
「キツネ、風呂に案内しなさい」
「わかった! こっちだよ」
風呂という単語に、一気に人間達のテンションがあがった。特に女の人は目を輝かせている。うん、わかるよ。お風呂って気持ちいいからな。
風呂の使い方を説明しつつ、俺も男の人達と一緒に入る。上がった時に手渡した備え付けのタオルの柔らかさに、みんな感激していたよ。一応、浴衣もあるけど馴染みはなさそうだから勧めなかった。
女湯の説明をした時は、香りのいい石鹸に興味深々だったな。ちなみに液体のシャンプーとリンスはない。たぶん迷い家が迷い家になった時代と関係してるのかな? よくわかんないけど。
風呂に入って身綺麗になった一行を座敷に案内すると、すでに御膳が並べられていた。
わあ湯気が立って美味しそうな…ハンバーガー!? &ポテト!? グラスに注がれている黒い液体は、まさかのコーラじゃん!
シャンプーないのにハンバーガーセットはあるの? もしかして時代背景とか関係なかったりする? 長いつきあいだと思ってたけど、まだまだ謎が多いな。
「おおっ、これは野菜や肉をパンで挟んでいるのか」
「なんか旨そうな匂い! え、これジャガイモかよ」
「彩りが綺麗だわ」
座布団の上にあぐらをかいた一行に、手づかみでガブリと食べることをオススメすると、皆、素直に大口を開けてかぶりついた。
風呂上がりで血色の良くなった顔が、さらに喜びで輝く。
「うまっ、肉柔らかっ、てか香辛料? この白いソース美味すぎ!」
はしゃぐ一行を眺めていると、おかわりを運んで、と頭の中に迷い家の声が響く。
あっ、そっか。畳からバーガーが乗った御膳が突然生えてきたら、さすがに驚くし、警戒するよな。
「おかわり持ってくるね~」
そう声をかけて、俺は足取り軽く台所がある方向へと歩いていった。
その後、何往復もさせられることになるとは思わなかったけどね。
食後のお茶をすすり、いよいよ大きなエネルギーの在処についての話となった。
「ここは中級ダンジョンの最下層の一歩手前なのですが、最下層には、ダンジョンボスという非常に手ごわい魔物がいます。そのボスを倒した際に、巨大な魔力が放出されて、ボスが貴重な魔剣に変化するそうです。その魔力の放出はとても強く、巻き込まれないために出来るだけ距離をとるように、冒険者ギルドから言われてるんです」
紅一点の白い姉ちゃんの話に、そういやそんな話あったな、と男性陣が頷いている。彼らは魔剣がドロップすることしか頭になかったらしい。
「なるほど。あなた達はこれからそこへ行くのか?」
「ああ。チャレンジするつもりで来た」
迷い家の問いに、大剣の兄ちゃんが力強く答え、残りの3人も頷く。
「ならば、あなた達がボスを倒す瞬間に、この家とキツネを立ち会わせてもらえないだろうか」
「えっ、家を? どうやって移動するんですか?」
「この先の洞窟、だんだん狭くなるよ」
驚く姉ちゃんに続いて、身軽そうな細身の兄ちゃんも眉を下げた。
その心配に、問題ない、と迷い家が答える。
「この家の物を1人1つ差し上げよう。その縁を辿って転移する」
「えっ何でもいいの? じゃあ私、石鹸! 石鹸ほしい!」
「俺、パンに挟まってた白いソース! あれめちゃくちゃ美味い!」
「俺はふわふわしたタオルってやつかな」
「俺もタオルだな」
あんたら、欲が無さすぎじゃない? もっと高そうなもの、沢山置いてあるのにさ。
後で聞いたけど、死と隣り合わせの冒険者家業だから、すぐに使える物が一番なんだって。
これで交渉成立となり、俺は迷い家に言われて、食事した座敷より一回り小さい部屋へ皆を案内した。布団を敷き、就寝の挨拶をして、また座敷へと戻る。
「はあ、なんとかなりそうでよかったな」
座布団の上で脱力して、一息つきながらそう言った時だ。
パンパカパ~~ン
能天気な音が突如鳴った。
驚いて飛び上がり周りを見回す。びっくりしたら変化も解けちまったよ。
「なんだこれは。レベルがあがっただと?」
「何? レベル?」
迷い家の独り言のような疑問に、俺も首をひねる。
『あーあー聞こえますか? この世界の神様です。この世界ではスキルを使えば使うほど、そのレベルがアップし、出来ることが増えていきます。異世界から来たあなた方も同様です』
突然聞こえた知らない声に、ピャッと変な声が出てしまった。今、この世界の神様って言わなかった?
「神だと? そのような存在が、気楽に話しかけてくるわけがなかろう」
『まあね、こちらでも普通は話しかけないけど、きみ達はイレギュラーな存在だからね。特別だよ特別』
そんな軽口をたたく自称神様は、迷い家の固有スキルが『おもてなし』で、今日4人の人間をもてなしたからレベルが上がったのだと説明した。そのおかげで迷い家は、建物を大きくしたり小さくしたり出来るようになったらしい。
ちなみに俺のスキルは変化なんだって。でも一日人間に化けたくらいじゃ上がらないらしい。ちょっとがっかり。
『まだこの世界にいるなら、さらなるレベルアップ、頑張ってね~ね~ね~』
語尾をこだまさせながら、神様の声が遠ざかっていった。
「はーもう、予想外のことばっかりで疲れた~」
「おまえも早く寝なさい」
「うん」
身体の重さを意識した途端に、俺は眠気に襲われて、座布団の上に丸くなって眠った。
翌朝、朝食を食べた一行は、迷い家からの贈り物と弁当を持って、洞窟の奥へと出発した。この先に、最下層に降りる階段があるんだってさ。
迷い家は、彼らに渡した石鹸3個セットとマヨネーズの瓶とタオルセットの気配から、彼らの現在地を把握しているらしい。
うん…改めて考えても、安上がりな人達だったなあ。
長い廊下を全速力で雑巾かけをしたり、畳を全速力で転がったりして時間をつぶしていると、迷い家から、彼らが広い空間に出たことを教えられた。
そろそろ飛ぶぞ、と言われ、柱にしがみつく。
軽い浮遊感の後、低い獣の鳴き声が聞こえてきた。
「外、見に行ってもいい?」
「玄関の外には出るんじゃないぞ」
迷い家の許可をもらって、ちょっとドキドキしながら玄関の引き戸を開ける。すると、そこは石造りのだだっ広い神殿っぽいところだった。
その中央で、例の冒険者一行が、赤い肉食恐竜と対峙していた。
恐竜が火を噴く。それを大盾で防ぎ、白い女の人が氷の塊を投げつけた。
彼らは、迷い家から100mくらい離れた場所で戦っていた。
手に汗握る攻防が、しばらく続く。
だが、徐々にティラノザウルス…いや、ダンジョンボスが弱っていくのがわかる。
あともう少しで勝負がつく。
そう思った時だった。
なにやらティラノ…ダンジョンボスの様子がおかしい。
「みんな離れて!」
何かを察知した白い姉ちゃんが仲間に声をかける。
黒いモヤに包まれたダンジョンボスは、それが晴れると、黒い翼が生えた鳥みたいな姿に変わっていた。
「しまった……第二形態に」
「時間をかけすぎたか……」
「もう私、魔力が残ってないわ」
「撤退するしか……」
何やら不穏な空気が漂ってる気がする。片膝をついた兄ちゃん達の表情が暗い。
こういう時、元気になるには、やっぱ美味い飯とあったかいお風呂だよな!
「なあ迷い家、あの人達、呼んでもいいか? あの恐竜の攻撃受けたらやばい?」
「ふん。あれくらい、私の結界の前では瓦に当たる雨ほどの威力しかないわ」
俺は雨と瓦を想像してみた。うん、簡単に弾けるってことだな。
「おお~い兄ちゃん達~そろそろ休憩すれば~?」
口に両手を添えて大声で呼べば、ぎょっとしたように振り返られた。あれっ、俺たちの存在に気づいてなかったんだな。
よろよろと立ち上がったかと思ったら、全速力でこちらに走ってくる。あ、意外と元気っぽい。
玄関に駆け込むと、危なかった…配分を間違えた…君らは命の恩人だ、と口々に声をかけてくる。
とりあえず彼らには、第二形態のボスを放ったまま、1泊してもらうことになった。
翌朝、顔色を取り戻した彼らが、黒い翼の鳥の元へと駆けていく。
そしてまた激しい戦いが始まった。
しばらく迷い家と共に戦いを眺めていると、また前回登場した黒いモヤが立ち込め始めた。
「あ、これってもしかして」
そう、俺の予想を裏切らず、黒い翼の鳥だったボスは、ステゴザウルスのようにギザギザした棘が背中から生えた姿へと変わった。
「くっ…第三形態に」
4人はそれぞれの顔を見やって頷き合うと、こちらに一目散に走ってきた。
「おかえり~」
一声かけると、すまない…また時間をかけ過ぎた…と力なく項垂れる。
「だが、どのダンジョンのボスも、だいだい第三形態が最終形態だから、次で仕留められるはずだ!」
大剣の兄ちゃんがそうこぶしを握りしめた。
翌朝、前回と同様に、全回復した一行を送り出す。
背中がトゲトゲしたボスとの闘いも、熾烈を極めた。
だが、確実にボスを追い詰めている。
あともう少し、というところで黒いモヤが出現した。
「え…まさか」
おもわず呟いた視線の先で、なんかつるりとした巨大なオットセイのようなモノが現れる。
「はあ? どういうこと?」
不機嫌な声をあげたのは俺ではなく、それまで沈黙を貫いていた迷い家だった。
「はあ? 古今東西、変態は第三形態までってのが常識でしょうが!!」
珍しく声を荒げた迷い家に、俺はあわあわと言葉を探した。
「いやっでもっ俺がマサトくん家で観たアニメでは、敵が第四形態になってたよ。だから、第四形態も稀にあるんだよ」
「…………そうか」
「そうだよ」
その日の夜、迷い家は、自ら進んで頑張ったわけでもないのに、またスキルがレベルアップした。なんか、今度は重力を操れるようになったらしい。
いいな~俺も新しい技欲しいなあ。でも、この世界で手に入れた能力は、元の世界に戻ったら無くなるんじゃないかな。
翌朝、体力は全回復しているにもかかわらず、冴えない顔色で、4人は戦いに挑んでいった。そりゃそうだ。兄ちゃん達だって、もういい加減終わりにしたいよな。
今日も激しい攻防が続く。
ようやく終了が見え始めた時だ。
目の端をかすめた黒いモヤに、おもわず顔が歪んだ。
迷い家、第四形態でもイラついてたのに、第五形態なんて怒り心頭かも。
そんな俺の心配を嘲笑うかのように、巨大オットセイが首長竜っぽいものへと変化する。
「うそでしょ! 第五形態だなんて!」
「こいつっ魔法が効かないぞ!」
「もうやだ!!」
「くっ…信じられん」
兄ちゃん達の心からの叫びが神殿に響く。
「第五って…」
「………げんに」
俺の呟きに、迷い家の声が重なる。
「え? 迷い家、何か言った?」
「キツネ、ちょっと外に出ておけ」
訳も分からず外に出されると、不思議なことが起きた。
迷い家が音もなく上へと昇っていくのだ。
ぽかんと見上げていると、迷い家がダンジョンボスの上へと移動していく。
ダンジョンボスが見上げた瞬間――
「いいかげんにっ!」
迷い家がボスの全身を陰で覆うほど巨大化し、そのまま急降下した。
「しろーー!!」
ドゴンッ
地を揺らすほどの衝撃音に、俺は立っていられずその場に伏した。
迷い家は巨大化と重力増加で、ボスを物理で潰したのだ。
「起きろキツネ!」
迷い家の声で慌てて体を起こす。
いつのまにか、迷い家の下からまばゆい光が漏れ始めていた。
「魔力の放出が始まるわ!」
白い姉ちゃんの言葉で、俺は弾かれたように走りだした。
「いかん! キツネ急げ!!」
思ったより離れていた距離に、キツネの姿に戻って全力で駆ける。
「まっすぐ走れ!!」
まばゆい光に目が眩むが、迷い家の声を信じてまっすぐ駆け抜ける。
開け放たれた玄関に吸い込まれるように飛び込んだ瞬間、急激に力が抜け、俺は意識を手放した。
***
「そろそろ起きろ、キツネ」
聞きなれた声に誘われ目を開けると、開け放たれた玄関の向こうには緑が広がっていた。
「無事に現代日本に帰ってきたぞ。まあ、日本のどこなのかはわからないがな」
俺はゆっくりと身を起こすと、嗅ぎなれた自然の匂いにつられるように外に出た。
「どこかわからないなら、俺が調べてくるよ」
振り向いてそう声をかけると、ちょっと待て、と言われる。
なんだろうと見つめる先で、迷い家がみるみる小さくなっていった。手の平サイズまで小さくなると、ぷかりと宙に浮かんで、キツネ姿の俺の背中に着地する。
俺はびっくりして目を見開いた。
「ええっ迷い家、異世界でもらった能力をここでも使えるの!?」
えー何それ、すげーうらやましい!
「ああ。私も驚いたがな。さてキツネ」
「うん?」
「新天地を共に見学しに行くか」
一瞬言われた意味がわからずきょとんとして、じわじわと意味を理解するとともに、嬉しさがこみ上げてくる。
「うん! 一緒に新しい山、楽しもうな!」
俺は背中に迷い家をのせて、意気揚々と歩き始めた。
END
ポイント、ブクマ、リアクションをいただけると、非常に嬉しいです!
次も書こうという励みになりますので、よろしくお願いいたします。
他の短編も、読んでいただけたら幸いです。




