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世界が終わる日

作者: 七竃澪

 ――橄欖石(かんらんせき)の雨が降っている。

 手の平を空に向けると柔らかな橄欖石が手に触れては消えていく。

 本物の宝石であれば人の体を傷つけているはずだが、突如として目の前に現れた雨は不思議と誰の体も傷つけることはない。人や地面に触れるたびに淡く光って消えていく。

 異世界からやってきたという祝福師<ヴィーダ>が紡いだ謳が降らせた雨は、日差しに反射して眩いばかりに光輝いて空を覆いつくしていた。

 ソフィは目を細めてオリーブグリーンの空を見上げた後、王城へと視線を向けた。

 そこには二つの人影がある。一人は王子、そして一人はこの雨を降らせている祝福師だ。

 いずれもソフィや周りの大人達とは違い色と呼べるものを持っていなかった。

 幼い頃から近づいてはならないと言われてきた人間の姿は、この場においてとても異質に見えた。


(気持ち悪い、はずなのに)


 色を持たない彼らの姿はソフィにはとても気味が悪く見えるはずだった。

 それなのに、なぜだかとても眩く見える。

 橄欖石の雨がそう見せているのだろうか?

 はあ、と白い息を吐く。雪が降りだしそうな寒空の下、ソフィを含め誰もが立ち尽くしていた。

 ソフィはただ結果のわかりきっている王位継承者選定の儀を見に来ただけだった。

 選定の方法は第一王子と第二王子、それぞれが伴う祝福師が王子への祝福の歌を歌うというシンプルな儀式だ。

 祝福師の歌には不思議な力があり、魔法とも呼べる効果を引き起こす。

 前回の選定の儀では街中に花を咲かせたとソフィは聞いていた。

 第一王子には美しい蜂蜜色の髪を持つ祝福師が、第二王子には異世界から召喚された黒髪の祝福師がついている。色の有無で魔力量が変わると言われているこの世界で、結果は火を見るより明らかだった。

 だから選定の儀を見た後はお祭り騒ぎになる街を散策し、楽しく過ごそうと軽く考えていたのだ。――それなのに。


(これでは第二王子が勝ってしまう。色を持たない、魔力無しの王子が)


 第一王子の祝福師は橄欖石の雨を見て儀式を辞退したらしい。

 幼い頃から無能の烙印を押され、誰からも見放されていた第二王子が。民からも愛されず迫害されてきた王子が王位に就くのだ。

 

(何かが変わってしまう気がする)


 それこそ世界がひっくり返ってしまうような、今までの常識がすべて無に帰してしまうような。そんな予感がしてソフィは身震いした。

 色を持たない者が王座についてしまうということは形勢逆転を意味する。

 今まで迫害されていた者達が、今度は迫害する側に回るということだ。

 あまり目に入れたくなかったがソフィは意を決して王城に向かって目を凝らす。

 十代前半とも半ばとも思える、ソフィよりも幼さの残る顔立ちの祝福師は王城のテラスからソフィ達を見下ろしていた。

 黒髪に黒い瞳。祝福師の世界ではどうか知らないが、この世界では決して祝福されない色を持ちながら彼女は祝福を謳っていた。

 その眼差しに敵意はない。この世界に召喚されてからきっと何度も敵意や悪意を向けられ嫌な思いをしてきたはずなのに、それでも彼女の目には赦しが湛えられていた。それがまた、ソフィの恐怖心を煽った。今までソフィの世界にそんな人間などいなかったからだ。

 

「あの王子が王位に就いたら、今度は俺達が同じ目に遭うのか?」


 誰かが呟くのが聞こえる。

 連鎖するように自分達の今後を心配する言葉が溢れてきたが、橄欖石の雨はそのすべてを覆うように降り注いでいた。

 

(きっとあの人はそんなことしない。……多分、王子も)


 祝福師と対をなすような白髪を持つ王子は人々の方を見ていなかった。祝福師をじっと見つめ、その歌に耳を傾けている。

 王位継承戦において誰もが認めるほどに圧倒的な勝利を収めたはずなのに、その横顔に勝利に酔う様子はない。食い入るように祝福師を見る眼差しには信頼と恋慕が混じっているように思えた。

 王子はきっと、祝福師には逆らえないだろう。王位継承戦で勝利をもたらしたという理由がなかったとしても。

 だからこれから世界が変わるとしても自分達に害が及ぶことはない。

 そう確信できても胸がもやもやするのは、降り注ぐ橄欖石の雨のようにただ与えられた赦しだけがこれからの平穏を繋ぎとめるからだろう。

 雨がいつか止むように、赦しを与える眼差しが急に憎しみへと変わる可能性もある。

 話し合いの末に生まれた赦しではない。祝福師の気分一つで、いつだって自分達は迫害される側になるのだ。

 遠くから歓声が上がる。色を持たない者達が新たな王への祝福を口々に叫んでいた。

 彼等からしてみたら世紀の逆転劇だろう。

 ギラギラした目がこちらに向けられる前に、ソフィは背を向けて足早に家へと帰ることにした。

 カラン、と音を立てて降り注ぐ雨に身を打たせソフィはもう一度はあっと溜息を零した。

 世界はもう、昨日までとは大きく変わってしまっていた。

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