第七十四話:結婚式
私:
有給申請?
MtF:
はい。今度、同じMtFの友人の結婚式に出席することになりまして。
私:
それはおめでたい話だね。了解したよ。
女性社員:
その結婚式って、やっぱり教会なんでしょうか?
ドレスとか憧れあるなぁ
MtF:
ふふ、それがね。神前らしいのよ。
だから白無垢じゃないかしら?
私:
神前…神社さんかぁ。それも良いねぇ。
イタリア:
ふむ、しかし日本はどちらかといえば同性婚に関する整備は遅れているだろう?
神社が執り行う、その神前という形式…つまり結婚を見守る神様は、LGBTQを否定しない神様なのかい?
MtF:
あー…そこは、確かに海外の方には分かりにくいかもしれないわね。
女性社員:
昔の日本って、同性愛にわりと寛容だったんですよ。
むしろ一般的だったと言っても良いくらい。
ムスリム:
ソウなんですカ?
MtF:
厳しくなったのはここ150年ちょっと。西洋の一神教的価値観が入ってきてからよ。
元のキリスト教はそのあと価値観をどんどん更新していったのに、日本は輸入当時のまま止まっちゃったワケ。
イタリア:
ううむ、歴史ってやつは複雑怪奇だね。
男性社員:
日本の戦国武将とか、バイセクシャルだらけですからね。
私:
そ、そうなのかい…知らなかった。
韓国さん:
まぁ、大きな声で喧伝するような事ではありませんからね。
儒教的には、子孫を残すことが重んじられていましたし。
私:
三英傑とか好きだったんだけど、ちょっと認識が変わっちゃった。
どうしよう(´・ω・`)
・衆道という文化
日本において、同性愛が忌避されがちな価値観が定着したのは、比較的近代以降のことである。平安期から江戸期にかけての日本社会では、武家社会や僧侶の世界において同性愛は特別な「逸脱」ではなく、忠誠・教育・精神的結びつきと結び付けて語られることも多かった。
転機となったのは明治以降である。
近代国家形成の過程で、西洋由来の法制度や一神教的倫理観が流入し、異性愛・婚姻・生殖を中心とする家族観が「近代的・文明的な価値」として再定義された。この流れの中で、同性愛は次第に公的な場から姿を消し、語られないもの、忌避されるものへと位置付けられていったのである。
現代日本におけるLGBTQを巡る議論は、伝統文化そのものというよりも、近代以降に輸入・固定化された厳格な一神教由来の価値観と、現在の人権意識との間で生じている摩擦の側面が大きい。
日本の歴史を振り返ると、同性愛は決して新しい価値観ではなく、むしろ一度周縁へ追いやられ、再び可視化されつつある存在だと捉えることもできるだろう。




