第六十四話:伝統製法
~~ 和食店・個室 ~~
鍋の〆、雑炊が取り分けられ、ほっとした空気が流れる。
私:
いやー、やっぱり〆は雑炊だねぇ。
フグの旨味が全部染みてる。
女性社員:
美味しい……お腹いっぱいなのに、するっと入りますね。
ムスリム:
確かに滋味深い味デス。
体に悪い感じは、しませんネ。今のところ。
イタリア:
今のところ、って言い方が怖いんだけど。
MtF:
ふふ、大丈夫よ。
日本では高級品として長く親しまれてきてる歴史と、技術の蓄積があるの。
男性社員:
あっ。
私:
ん?どうしたの。
男性社員:
メニューに……お茶漬け、ありますね。頼んで良いっすか!
私:
まだ食べるの?
男性社員:
いや、〆の〆ってやつっす。
お願いします!
私:
まあ、いいよ。残さなければ。
男性社員:
すいませーん、これ追加で!
~~ ほどなくして運ばれてくるお茶漬け ~~
男性社員:
うおー、これこれ!いただきます!
イタリア:
明太子の茶漬けかい?
雑炊があるのに、よほど好きなんだな。
男性社員:
いや、これフグの子茶漬けっすよ。
イタリア:
フグの、子?
男性社員:
うん、フグの卵巣の糠漬け。
地方の名産品なんだけど、ソコ以外じゃ滅多に食える機会ないんで!
イタリア:
……待ってくれ。
毒のある部位は「取り除いて」食べていたんじゃないのかい!?
なぜ、わざわざ一番危険そうな場所を……!?
MtF:
あー……その。
原理はよく分かってないんだけど。
イタリア:
分かってない!?
MtF:
長年糠に漬けることで、なぜか毒が抜けるのよね。
イタリア:
なぜか!?なぜかで済ませていい話なのか!?
当たったら死ぬ毒なんだよ!?
ムスリム:
……チャレンジ精神が、過ぎまス。
韓国さん:
さすがに私も狂気を感じますね。
いえ、郷土料理を否定するつもりはありませんが、
その「食への執念」に。
女性社員:
これ、伝統食なんですよね?
ぱっと見は確かにタラコか明太子っぽいですけど。
私:
うん。何百年もかけて「食べられる」と判断されてるよ。
イタリア:
判断基準が怖すぎる……クレイジー、クレイジーだよ。
男性社員:
えー、でも美味いっすよ?
しょっぱくて、旨味がぎゅっとしてて。
イタリア:
君は命が惜しくないのかい!?
男性社員:
食いたかっただけじゃん。
そんな大声出さなくても、どうしろと(´・ω・`)
・フグの子(フグの卵巣の糠漬け)
世界中で最もミステリアスな食品の一つ、といっても過言ではない。
フグの卵巣は最もテトロドトキシン(猛毒)が蓄積する部位の一つであり、
普通に食せば一口で死ぬ。誇張ではなく死ぬ。
しかし石川県(美川、金石、大野地区など)においては江戸時代から続く伝統食として加工がおこなわれており、現在も当該県内だけで製造が許可されている非常に特殊な食品なのだ。
塩漬け1年、糠漬け2年の計3年ほど発酵させることで、なぜか毒が消え食べられるようになる。最新の研究でも微生物による分解説、塩分による浸透圧説などがあるが、「こうなったから毒が消えた」という完全な化学的プロセスは未だ解明されていない。そしてその曖昧さゆえ、出荷前には必ずマウスによる毒性検査が行われ、安全が確認されたものだけが流通しているという徹底ぶりなのだ。
その製法に至るまで、何人が犠牲となったのか…を考えると。
作中のイタリアが言う通り、まさに狂気の食品なのかもしれない。




