第六十一話:毒
~~ 和食店・個室 ~~
私:
えー、では改めて。一年お疲れさまでした。
今日はお会計のこととか考えなくて良いからね、楽しんでください。
男性社員:
おお……なんかもう、お通しからして高そう。
女性社員:
これはテンション上がりますね…!
~~ 大皿に広げるように盛られた、白身魚の刺身が到着 ~~
MtF:
あ、これ……(小声)来たわね。
男性社員:
(小声)来たな。
女性社員:
身が透ける様なお刺身、芸術品みたい。
ムスリム:
…… 何か始まっていマスカ?
イタリア:
ずいぶん薄く切った白身魚だね。
味は……うん、繊細だ。実に上品だよ。
韓国さん:
食感も独特ですね。コリコリとした歯触りが素晴らしいです。
私:
はは、気に入ってもらえたなら良かったよ。
~~ 香ばしい色の、唐揚げの盛り合わせが到着 ~~
男性社員:
おー、やっぱ刺身の次はコレですよね。
女性社員:
うーん。ふわっふわの身と、淡泊な中にぎゅっと詰まった旨味!
MtF:
日本酒が進んじゃうわね、もう最高よぉ。
ムスリム:
確かに美味でハありますが、日本の方々の喜びようは
それだけでは無いようデスネ?
男性社員:
いやー、冬の風物詩っすから。しかも最高級の。
女性社員:
滅多に食べられるものじゃないですからね!
イタリア:
……うん?……ん?
骨、多くないかい?
私:
あー。まあ、慣れが必要かな。
イタリア:
味は悪くないが、食べにくいな。
ところで、これは一体何の魚なんだい?
韓国さん:
フグでしょうね。日本では最高級の白身魚として珍重されています。
イタリア:
…………フグ?
私:
うん、今日はトラフグのコース料理にしてあるよ。
刺身、から揚げ…あとは鍋が来るんじゃないかな。
MtF:
やっぱりトラフグだったのね。フグの王様よ!
イタリア:
いやいや、ちょっと待ってくれ!
フグって、あの ―― 毒のある魚じゃないか。
なぜそんなものを平然と……いや、嬉しそうに食べているんだ!?
ムスリム:
……ドク?ドクのある魚なんデスか?
韓国さん:
そうですね。テトロドロキシンという麻痺毒を多量に含んでいます。
たまに素人が調理して死者が出たとか、ニュースになっていますね。
ムスリム:
…………それは、食べて良いものナノですカ?
私:
いや、ちゃんと免許持ってる人が調理して――
あ、これもしかしなくて地雷だったかな、どうしよう(´・ω・`)
・フグ(河豚)
日本ではマフグ・サバフグ・ショウサイフグなど、いくつかのフグが食用として扱われているが、その中でもひときわ高級魚として知られるのがトラフグである。
フグの内臓にはテトロドトキシンという強力な神経毒が含まれており、処理を誤れば呼吸麻痺によって命を落とす危険がある。そのため日本では、フグ調理は厳格な免許制とされ、資格を持つ調理師以外が提供することは許されていない。
つまりフグ料理とは「安全だから食べる」のではなく、「危険であることを理解した上で、制度と技術によって安全を確保して食べる」という文化の産物である。
この方向性は海外から見ると極めて特異に見られることが多い。
多くの国では、そもそも毒を持つ生物は食材候補から外される。それを厳重な管理のもとで高級料理として成立させている日本の姿勢は、理屈では理解できても感情的には「狂気」に映ることも少なくない。Lethal Delicacy(死を招く珍味)、Russian Roulette of Dining(食事のロシアンルーレット)などと揶揄されることもある。
フグは日本人の食文化における「危険でも、何とか食べられるよう工夫する」という食への執念を、最も端的に示す存在なのかもしれない。




