第六十話:待ち合わせ
私:
えー、今年もお疲れさまでした。仕事納めでございます。
例年なら28日なんだけど、今年は日曜日に当たっちゃったからね。
男性社員:
年末休暇が伸びる喜びよ……。
MtF:
今年も一年終わりですか。早いわねぇ。
私:
で、これは業務じゃないので自由参加ですが、
明日の夜、希望者だけで部署忘年会をやろうと思います。
私が懇意にしているお店があるので、その……
前回の件の汚名返上をさせて頂けないかな、と。
女性社員:
ああ……私たちは普通に美味しかったですけどね。
イタリア:
まあ、上司さんに悪気がなかったことは分かっているが……
アレは、なかなかショッキングな出来事だった。
私:
なんかごめんね!ということで、どうでしょうか。
~翌日19時・待ち合わせ場所~
私:
全員参加してくれるとは嬉しいねぇ。
さて……遅れないように、15分前行動、と。
女性社員:
お疲れ様です。今日はご馳走になりますー。
MtF:
こんばんは、上司さん。寒いわねぇ。
私:
他の皆は、まだみたいだね。
~10分前~
男性社員:
おっと、お早い到着で。
私:
いやいや、まだ待ち合わせ前だよ。私たちが早すぎただけさ。
~1分前~
韓国さん:
お待たせしたようですね。
女性社員:
ほぼぴったり……というか、正確無比ですね。
韓国さん:
待ち合わせ時間は、待ち合わせ時間ですので。
~5分経過~
ムスリム:
スミマセン、遅れました。
イシャー(夜の礼拝)を済ませてから行かねばと思っていたら
電車を一本逃してしまって……
MtF:
いかなる時も最優先はそこ。ブレないわよね。
ムスリム:
はい。当然の務めデス。
~20分経過~
私:
イタリアくん、遅いな。
何かあったんじゃ無ければ良いけど。
女性社員:
……あ、来たみたいですよ。
イタリア:
やあ、皆おそろいで。
上司さん、今日はお誘いいただきありがとうございます。
私:
良かった。じゃあ行こうか。
韓国さん:
……遅刻したことに対する謝罪は、無いんですか?
イタリア:
え?ああ、待ち合わせは19時だったっけ。
仕事じゃないんだし、20分くらいなら誤差の範囲だろう?
韓国さん:
誤差……?
男性社員:
(小声)あ、これ文化の衝突だ。
ムスリム:
(小声)時間とは、人が決めた約束デス。
しかしその厳密性は…様々なんでしょうネ。
イタリア:
そんな表情をしないでくれよ、レディ。
楽しむための集まりだろう?
それくらいで怒らなくても良いじゃないか。
MtF:
つまり「遅れたけど悪気はない」ってことね。
韓国さん:
……思考回路は理解しました。納得はしませんが。
私:
まあまあ、全員揃ったんだ。
今日は忘年会だし、楽しく行こうよ。
男性社員:
時間感覚だけで、ここまで違うとは……
女性社員:
これが多様性、ってやつですね。
私:
ほんとだねぇ。待ち合わせ一つでこの有様。
未だに慣れないよ、どうしろと(´・ω・`)
・時間感覚
「何に重きを置いているか」が最も分かりやすく表れる概念の一つが、時間である。
日本における時刻指定は「その時刻に開始できる状態であること」を意味する。
そのため、5分〜10分前に到着するのがマナーとされてきた。
この感覚は今も昔も、大きくは変わっていない。
一方お隣の韓国では、かつて「コリアンタイム(少し遅れてくるのが美徳)」
などと揶揄される文化も存在した。
しかし現代の韓国、特に都市部では効率と即応を重視する「パリパリ(早く早く)」文化が主流である。待ち合わせ時間を「守るべき約束」として厳格に捉える傾向は、
若年層から中年層にかけて非常に強くなっている。
イスラム圏では「神との対話」、すなわち信仰があらゆる事柄に優先される。
ファジュル、ズフル、アスル、マグリブ、イシャー。
一日五回の礼拝は生活の軸であり、それを軽んじることは原則として許容されない。
そしてイタリア(南欧)。
これはややステレオタイプではあるが、彼らはその場の空気や楽しさを重視する傾向が強い。遅れたことへの謝罪から入ると、その場の空気が反省から始まってしまい、楽しさが削がれてしまう ―― 娯楽と社交の場にストレスを持ち込む方が不粋、という彼らなりの合理性があり、謝罪よりも「会えて嬉しい」という挨拶が優先されるのだ。
同じ「時間」という概念一つ取っても、
その価値の置きどころは、文化によって大きく異なる。
多様性とは、かくも扱いの難しいものである。




