第五十四話:人権先進国
男性社員:
うーん……燃えてますねぇ。
(スマホを眺めながら)
私:
火事のニュースかい?
男性社員:
いえ、ネットの方です。
いわゆる炎上ってやつですね。悪い意味でのお祭り騒ぎ。
女性社員:
何があったんですか?
男性社員:
えーと「人権先進国」を自称する国の議員が、
差別的と受け取られるジェスチャーを、SNSに投稿したって話題です。
MtF:
ああ、アレね。
「差別の意図はなかった、ジョークのつもりだった」って
釈明してるやつ。
イタリア:
……度し難いな。
私:
イ、イタリアくん?
イタリア:
今回の件は明らかに、彼らが掲げてきた
普遍的人権の理念から逸脱している。まったく、度し難い。
ムスリム:
ただ、当該国でハ
「差別的な意図ではなかった」
「不快な思いをさせたなら申し訳ない」
という立場を取っているようデスヨ。
MtF:
まあ……苦しい言い訳よね。
韓国さん:
ええ。本来、人権思想というのは
「言った側の意図」ではなく、
「言われた側がどう感じるか」を基準にするはずです。
私:
……え?それ、どういうこと?
MtF:
今まではね、「悪気がなくても相手が傷ついたらアウト」
って言ってきたの。でも今回は
「発言者に悪気が無かったからセーフ」って言ってる。
男性社員:
笑えるくらいのダブルスタンダードっすよね。
女性社員:
でも……
本人たちは「言い訳してる」つもりはないんでしょうか?
イタリア:
言い訳だと頭では理解している人も、多いだろうさ。
だが彼らは「人権先進国」という立場を
簡単には手放せないのさ。
私:
……どうしてだい?
イタリア:
人権思想は、国内の倫理規範であると同時に、
外交の場で使える「道具」でもあるからね。
ムスリム:
自らを規範の側に置くことで、他国に影響力を持ツ。
軍事力や経済力とは別の、非常に強力な "武器" デス。
我々の宗教規範が「遅れている」と評されることがあるのも、
その延長線上にありマス。
MtF:
私たちに直接の利害がある話じゃないけど……
「多様性」を看板にしてる部署としては、
無視できない話題よね。
私:
……なるほど。今日の話は、一段と難解だね。
どうしろと(´・ω・`)
・差別の定義が揺らぐとき
今回は、タイムリーな話題となった
フィンランドの「吊り目ジェスチャー」騒動を題材としている。
すでに当該国の首相が謝罪声明を出す事態にまで発展しているが、
本件で問題視すべき点は「差別的なジェスチャーを用いたこと」
そのものではなく、差別の定義が状況によって揺れている事ではないかと
筆者は考えている。
人権を「普遍的な価値」として国内外に訴えていくのであれば、
論理的な一貫性は不可欠である。
すなわち「発信者の意図ではなく、受け手がどう感じたかを重視する」
という原則を、自国に対しても例外なく適用する必要がある。
しかしこの原則を厳密に適用すれば、今回の件についても
「差別的行為であった」と自ら認めざるを得なくなる。
一方で、「今回は差別ではなかった」と自国ルールで処理するならば、
今後、他国に対して人権問題を指摘する際の説得力が弱まることは避けられない。
問題行動のあった議員に人権先進国の名に恥じない処分を下して「個人の逸脱行為だった」として収束を図るのか。あるいは曖昧な対応で済ませ、時と場合によっては差別にも甘い対応を取るという不名誉な実績を残し、人権を掲げる国家の看板そのものに傷を残すのか。
今回の件は、フィンランドが自らの掲げてきた理念と真正面から
向き合うことを求められる、難しい選択を突き付けているように思われる。




