第三十五話:入院とお見舞い
専務:
えー、今日はみなさんにお知らせがあります。
上司くんが入院しました。
……と言っても命に別状はありません。十二指腸潰瘍だそうです。
韓国さん:
…ストレス、ですかね。
ムスリム:
ストレス、デスカ……。
MtF:
そりゃあ、この職場で中間管理してたらねぇ……。
イタリア:
多様性とは、難しいものだね。
男性社員:
上司さんの胃、あと頭髪が心配だわ。
女性社員:
というわけで、部署のみんなでお見舞いに行きましょう。
あくまで短時間のご挨拶だけして、すぐ退室する形で。
男性社員:
まあ、それが妥当だな。
MtF:
あの人の調停あって、ギリギリ成立してる部署ですもの。
いなくなると困るわよ、全員。
── お見舞い当日 ──
ムスリム:
お加減は如何デスカ、上司さん。
私:
わざわざ、すまないね。いや、本当に大したことはないんだよ。
ちょっと血を吐いただけで。
MtF:
それ "大したことない" の基準ぶっ壊れてるわよ!?
イタリア:
とにかく、ご回復を祈ってるよ。これ、お見舞いの花です
男性社員:
イタリアって花好きだよな……って、
(( ……シクラメンの鉢植えかぁ…… ))
私:
(にっこり笑って)
ありがとう、綺麗だね。部屋がぱっと明るくなるよ。
MtF:
(知らないはずがない。でも動揺をおくびも出さず受け取る辺り、さすがね…)
女性社員:
(この包容力なんですよねぇ…)
イタリア:
ん? どうかしたのかい?
女性社員:
い、いえっ、なんでも……
私:
(いや他にどう対応しろと)
本当にありがとう、みんな……(´・ω・`)
・シクラメン
シクラメン(学名:Cyclamen persicum)は、サクラソウ科シクラメン属に属する地中海地方が原産の多年草の球根植物の総称である。鮮やかな花を付け、世話も難しくないので園芸・鉢植えとして非常に一般的。
しかしこと日本の病院においては、お見舞いにシクラメンの鉢植えを贈るのはタブーとされている。理由は主に二つ。
1. 縁起が悪い言葉の連想
シクラメン → 「死・苦」 に語感が似ている。
もちろん当て字だが、患者のメンタルを考えると避けるのが一般的。
2.鉢植え=「根付く」="寝付く" の忌み
切り花はOKとされているが、鉢植えは「根がつく」=「病が根付く」 を連想させるため、これも病室では不適切とされやすい。
しかしこれらはあくまで日本語との語呂合わせ的なローカル認識ゆえ、欧州では縁起が悪いとされることは無く、むしろ冬の代表的な美しい花として普通に人気。
イタリア人がシクラメンを持ってきても悪意ゼロなのはそのため。
日本ではタブー、欧州では日常。文化差による"地雷事故"の典型例である。




