第二十一話:産休3
── 2か月後 ──
私:
えっと、配属予定だった新入社員なんだけど。残念ながら流産してしまったそうで。
さらにメンタル不調の診断も出て、そのまま退職されるそうです。
MtF:
あら、それは本当にお気の毒だわ。こういうのは、誰が悪いって話でもないのにね。
"神様"も残酷なことをされるものだわ。
ムスリム:
…………(沈黙)
イタリア:
黙ってるところ、偉いよ。
ムスリム:
煩いデース。
男性社員:
まあ仕方ないな。心が折れるのも、状況からすると理解できるし。
女性社員:
でも結局、仕事しないまま産休に入り、給料だけ受け取って退職ということですよね。
それって、私たちが働いた利益から出ているお金で。
私:
う、うん。制度上はそういう形になるね……どうしようもないけど。
女性社員:
制度として間違った使い方じゃないことは、理解しています。
でも、個人的には"仕事せずに給料受け取って辞めた"みたいに見えてしまうんです。
悪意があるように見える使い方が前例として残ることへの嫌悪感が、どうしても拭えなくて。
私:
そ、そうなんだね。わかる気もするけど、落ち着いて……
MtF:
あぁ……つまり、そういうことね。
男性社員:
どういうことよ。
MtF:
女性社員ちゃんにとっては“他人事じゃない”ってこと。自分も将来制度を使うかもしれない立場だからよ。
だから、制度の信用が下がるような事例を見ると不安になるのよ。
女性社員:
MtFさんの仰る通りです。必要な時に、正当に制度を使う人たちまで肩身が狭くなる。
権利だけ主張して、義務を果たさないように見える行動が……私はどうしても好きになれないんです。
イタリア:
うーん、気持ちはわかるけど。妊娠なんて、それこそ計画通りに行くとは限らないし。
“神の思し召し”みたいなものだよねぇ。
ムスリム:
あの、だから私に振らないでくだサーイ。こういう話は、立場的に難しいデース。
私:
お、おちついてみんな。誰が悪いという話じゃないんだ、
ど、どうしろと(´・ω・`)
・ムスリムの沈黙について
作中で非常に歯切れの悪い受け答えをしているムスリム氏ですが。
イスラーム教の教義においては、婚外の妊娠は宗教的には許容されない、とするのが一般的である。
ゆえに未婚の母が流産したという結末は、"残酷な運命"ではなく"正しき神の定め"とも考えることが出来てしまうのだ。
しかし、今ここでそれを口にすれば場を壊すだけだと判断し、ムスリム氏は黙っているのだ。イタリアもそれを察して軽く茶化しているが、二人とも悪意は無いのだ。前提となる考え方が違うだけで。




