9 王太子との茶会
気を失って目覚めた翌日、レオニスは普段と変わらぬ様子で護衛任務に戻ってきた。
ただこれまで以上に、目を合わせてはくれなかった。
(謝られることさえ迷惑、だよね)
そんなリィドの元に、王太子から茶会の誘いがかかった。
レオニスのことがあってそんな気分ではなかったが、王太子からの誘いを断ることもできず、招待を受けた。
侍従に連れられ向かったのは、薔薇園の中央に建てられた四阿。
周囲には騎士たちが目を光らせていた。
「こっちだよ」
四阿から優雅に手を振る王太子の元へ小走りに駆けつける。
「殿下。このたびはお誘い頂き、ありがとうございます」
侍女がカップにお茶を注ぐと一礼して下がっていった。
「とりあえずお菓子は一通り揃えてみた」
「ありがとうございます」
「レオニス。二人で話したいからお前は下がっていていいぞ」
「はっ」
硬い表情のレオニスは一礼した。
「ふむ……」
王太子はレオニスの後ろ姿を、何か言いたげな顔をで見送ると、リィドへ目を移す。
「喧嘩でもしたのか?」
動揺のあまりお茶をこぼしてしまう。
「す、すみません……っ」
「構わない。ふふ。お前は分かりやすいな。で、どんなことで喧嘩をしたんだ?」
王太子の目が好奇心で輝く。
「殿下、面白がっていませんか?」
「ああ、すごく面白い。ほとんど心の内を見せないレオニスが、あんな風にころころと様々な感情を見せてくれることなんて、これまでに一度もなかったことだ。君のお陰で、あいつが、私たちと何ら代わらない人間だということを思い出した。で?」
「喧嘩じゃありません。僕が……その……彼に不愉快なことをしてしまったんです」
「具体的には?」
「……僕が目覚めた時に、つい、昔の癖で彼に触れてしまったんです」
「手でも振り払われたか?」
「勢い良く席を立ち、部屋から飛び出して行きました」
話していて、口の中に苦いものが広がる。
「へえ」
「……おかしい話をしたつもりはありませんが」
王太子が嬉しそうに笑う姿に、思わず恨み言が口を突いて出た。
「はは、すまない。しかしそんなことであいつが君を不愉快に思うことなんてないと思うけどね。君が森で気絶し、城へ戻ってくる間のあいつがどれだけ取り乱していたか知らないだろう?」
「取り乱す……?」
「あいつ、気を失った君を連れ、たった一人で戻ってきたんだ。部下たちを全員、置き去りにするほどの猛スピードで。城へ戻るなり、治癒術士を呼べと叫び、治療が済むと、君が目覚める二日間、ずっと付きっきりでそばにいたんだぞ」
「まさか……」
「私が嘘を言っているとでも?」
「滅相もありません! でも、信じられなくて……。私は別に重傷を負った訳じゃなくて、落馬して気を失っていただけですから」
「だけどそれが実際にあったことだ」
「レオニスが……」
王太子が嘘をつくとも思えないが、半信半疑だ。
レオニスは、守るという約束を果たすことのできなかったリィドを怒っているからこそ、姿を消したはず。
実際、今日のレオニスは初日に顔を合わせた時以上の頑なな空気をまとい、軽い挨拶さえ躊躇ってしまった。
「お前たちはもっとお互いに話し合うべきだな。距離が近すぎるからこそ、見えないということもあるだろう?」
「……かもしれません」
確かにそれができたら、どれだけ嬉しいだろう。
昔のように、とまではいかないまでも。
レオニスとどうでもいい世間話ができる関係に戻りたいとは思う。
「今週末だが、君の今回の功績を称える夜会を開く予定だ。お前のおかげで瘴気を浄化できただけでなく、新種の魔物を相手にしながら死者を出すこともなかった」
「そんな滅相もありません! 当然のことをしたまでで……」
「初日にも言ったが、やはり欲がないな。ほら、好きなものをねだれ。できるかぎり、願いを叶えてやる」
「……そう言われても」
「謙遜か?」
謙遜ではない。
むしろこれはやって当然というか、リィドにとっては義務を果たしているという感覚に近いかもしれない。
この世界に介入した挙げ句、しくじった罪滅ぼし。
褒美なんて、とても貰う気にはなれなかった。
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