8 高鳴る鼓動(レオニス視点)
ドクドクドクドク……。
鼓動が暴れ回っている。
部屋を飛び出したレオニスは手に震動が伝わるくらい脈打つ鼓動を意識しながら、壁にもたれた。
リィドに触れられた頬が熱く、今もなお、彼の手の感触をはっきりと感じた。
レオニスは恐る恐るという風に、触れられた頬を撫でる。
久しぶりのリィドの指先だった。
長くしなやかな指。はじめて触れられたのは、レオニスが引き取られて間もない頃。
村の子どものがき大将が因縁をつけて殴ってきたのだ。もちろん反撃して勝った。
狭い村の話だ。喧嘩の話はすでにリィドに伝わっていた。
『赤くなってるじゃないか!』
慌てる彼が手を伸ばしてきた。
最初、問題を起こしたレオニスを殴るのかと身構えた。だから余計に驚いたのだ。
彼は殴るどころか、がき大将に殴られた場所を優しく撫でたのだ。
その優しい触れ方に、これまで感じたことがない、胸の奥が締め付けられるような、こそばゆい気持ちになった。
『すぐに治療するからね。薬草を……』
『別にいい』
『そういう訳にはいかないよ。相手はレオニスよりずっと体格の大きい奴なんだぞ。そんな奴に殴られたんだから』
レオニスはリィドの手を掴んで、自分で頬ずりしてしまった。
『……しばらくこのままで』
彼の手が離れていくほうが嫌だった。
『レオニス……!』
リィドは嬉しそうに微笑み、抱きしめてくれた。
目をぎゅっと閉じると、目蓋の裏に、あの締まりのない、にへらっとした笑顔がまざまざと蘇る。
警戒心を剥き出しにし、何度もひどい言葉を吐いた子どもの頃のレオニスにも決して頭ごなしに怒るどころか、誰にも傷つけられない安全な場所を提供してくれた、あの当時のままの笑顔。
(どうしてあんたは、こんな俺に笑顔を向けられるんだ……)
レオニスの巻き起こした魔力暴走に巻き込まれ、死んでもおかしくなかったというのに。 昔と変わらぬ曇りのない笑顔を向けられる資格なんてないのに。
そんな笑顔を見せられたら。
心の奥がじくり、と鈍く疼く。
『あんたは周りの人間、みんなを不幸にするのよ……!』
呪詛が耳の奧に蘇る。
それがレオニスを現実に引き戻した。
(そうだ。俺は人を不幸にする……だから……求めては駄目なんだ……駄目、なんだ)
そう自分に言い聞かせるように、レオニスは王宮を後にした。
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