6 変異種との攻防
瘴気を浄化せよという王太子の命令を受けたリィド、レオニス、第二騎士団の面々は道を進んでいた。
リィドを守るように騎士たちは隊列を組み、その傍らにはレオニス。
(ロコウの森っていうのはやっぱり、あれ、だよな)
原作でも、アッシュとレオニスが派遣される。
この時点ではまだ瘴気を浄化する術式は存在していないから、両名に下された任務は瘴気によって活性化した魔物の掃討だ。
しかしそこで悲劇が起き、派遣された騎士の半数が死傷することになり、アッシュたちは退却せざるをえなかった。
周囲はレオニスが魔族と結託し、騎士団を壊滅させようと計ったのだと責め立てた。
それをアッシュが懸命に庇ったことで、二人の距離がより縮まるきっかけになった。
(タイミングが、原作よりも速い……。これは原作改変の影響なのかな)
もちろん原作を知っているリィドがいる以上、原作と同じ悲劇を繰り返させはしない。
ロコウの森は木々が鬱蒼と茂り、昼前でも日射しがあまり入らないせいで薄暗い。
瘴気の影響で鳥のさえずり一つ聞こえない森の中は不気味に静まり返っていた。
張り詰めた緊張感に、この後の展開をあらかじめ知っているリィドさえ、不安に襲われてしまう。
「全員、警戒を怠るな」
「はっ!」
レオニスの号令を受け、騎士たちは表情を強張らせて頷く。
(すごい。レオニス、ちゃんと団長をやってる)
筋骨逞しい黒い軍馬に跨がる姿はまるで英雄。
周囲の騎士たちもレオニスを信頼しているのが分かる。
原作では魔族のスパイではないかと常に疑われ、疎外され、アッシュ以外、そばにいなかったからこそ、胸の中が温かくなった。
と、藪がガサガサと音をたてた。
騎士たちが剣を抜く。同時に、藪からゴブリンが現れた。
二十匹はいるだろうか。
ゴブリンたちの目は真っ赤に爛々と輝き、瘴気の影響を受けているせいか通常の個体よりも一回りは大きく、さらに凶暴だ。
騎士たちは剣や魔法で応じるが、いかんせん数が多い。
「全員下がれ!」
レオニスが叫ぶと同時に、全身に濃厚な魔力が立ち上る。
「氷よ、引き裂け……!」
レオニスの周囲に幾つもの幾何学模様を組み合わせた術式が展開されると同時に、そこから無数の氷の礫が生み出された。
よく研がれたナイフのように鋭い氷の礫はゴブリンの群れをたちまち八つ裂きにした。
(すごい)
子どもの頃から魔法の才能はあったが、大人になり、さらに磨きがかけられているようだ。
辛うじて生き残ったゴブリンたちは慌てて逃げ出す。
「深追いするな。目的は瘴気だ。それさえ片付ければ、魔物共は大した脅威にはならない。急ぐぞ!」
さらに進むと、眼下に黒い煙が吹きだまった場所に到着する。あの黒い煙が瘴気だ。
「リィド」
「いや、まだだよ」
「何? 全員、散会!」
地響きを感じた直後、地中から現れたのは両腕に鋭い鎌状の腕を持ち、全身を黒い殻に包んだ、おおよそ五メートルほどの魔物。
カマキリの腕と、カブトムシの体を持つと言った方が分かりやすいか。
ギイイイイイイイイイ!
「な、なんだ、こいつ!」
「見たことない魔物だ!」
騎士たちは顔を青くする。
瘴気と強い親和性を持つ魔物の突然変異──原作では変異種と呼ばれていた──だ。
「あいつは魔法を反射するから、魔法は使わないでください!」
リィドは騎士たちに向かって叫ぶ。
全員がぎょっとした顔をする。
分かっている。そんな魔物などこれまで存在しなかったのだから。
「全員、命令だ。魔法は使うな!」
「こんな怪物相手に剣で太刀打ちなんて出来るか! 魔法を反射!? たかが魔物にそんなことができる訳ねえだろう!」
騎士の一人が命令を無視し、火魔法を放った。
しかし魔物の体に触れる前に目には見えない壁にぶつかったように、火魔法が騎士に向かって跳ね返ってくる。
「ぎゃあああああ!」
自身の魔法の直撃を受けた騎士が馬から落ちた。
魔物は耳障りな鳴き声を上げれば、大きく振り上げた鎌を振りかぶってくる。
騎士たちは逃げ惑う。
「レオニス、これを使って!」
リィドは腰に帯びていた袋を渡す。
「これは?」
「僕の造った魔導具! それを剣の柄に巻き付けて! 相手の関節を断ち切って!」
袋から出てきたのは、帯だ。
そこには刃の鋭利さを増強する術式を組み込んである。
並の騎士ではこの程度で変異種を倒すことは難しいだろうが、レオニスほどの腕前の持ち主なら可能だ。
実際、原作ではこの魔導具を使うことで変異種を倒したのだから。
ギイイイイイイイイ!
馬を駆けさせ、レオニスは変異種に肉迫する。
見事な手綱捌きだけでなく、軍馬との呼吸の一体感で、変異種の攻撃を軽々と回避し、肉迫する。
「はああああああああ!」
レオニスが剣を振り下ろせば、変異種の両腕が第二関節から斬り落とされる。
変異種は慟哭を森中に響かせた。
さらにレオニスは腹を真一文字に斬りつけた。
そして変異種が地面に倒れたと同時に、その首を断つ。
ギ、ギイ、イィィィ……。
か細い呻き声。それが変異種の断末魔となった。
変異種の巨体がみるみる風化していく。
「すげえ!」
「さすがは、団長!」
見守っていた騎士たちは歓声を挙げた。
しかし浮かれる騎士たちを、レオニスは一喝する。
「気を抜くな! まだ瘴気は残っているんだぞ!」
騎士たちははっと我に返り、慌てて陣形を組む。
「リィド、頼む」
「分かった」
リィドは眼下の瘴気溜まりに向かって両腕を伸ばす。
浄化術式を展開すれば、みるみる瘴気が消えていった。
「本当に瘴気が……」
「信じられねえよ」
「もう大丈夫」
ぎゃぎゃぎゃぎゃ!
「!?」
すぐ背後で聞こえた声に振り返ったその時、藪からゴブリンが飛び出してきた。
ゴブリンが馬に噛みつく。
痛みに馬が大きく前足を持ち上げた。
「っ!!」
あっという間の出来事だ。
リィドは手綱から手を離してしまう。
みるみる地面が近づき、目の前が真っ暗になった。
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