3 想い(レオニス視点)
日が沈み、レオニスは王宮を辞去して貴族街へ向かう。
その一画に、レオニスの屋敷がある。
ここはレオニスが、最年少で第二騎士団の団長の職に就いた時に王太子から与えられたものだ。
アッシュが団長を務める第一騎士団は王宮、王族の警護を担当する。
王族や外国要人と接する機会が多いだけに剣の腕前と同じくらい礼儀作法に明るいことが求められるために貴族の子弟によって構成されている。
一方、レオニスが率いる第二騎士団は、衛兵隊では手に負えない種々の事柄を請け負う、なんでも屋に近い。
こちらは一部貴族の子弟もいるが、大半は平民で構成される。
第一騎士団よりも雑多な空気があるが、実力で言えば、第一騎士団をしのぐ。
未熟な者は任務の最中、命を落としたり、大怪我を負ったりで、離脱していくからだ。
使用人たちからの挨拶に応え、自分の部屋へ。
部屋は、リィドと一緒に暮らしていた家よりもずっと広い。
置かれた調度品を用意したのは使用人たちだが、どれもこれも目を疑うほどに高価なものだろう。
しかしレオニスにはどうでもいいものばかり。
ただ眠るためだけに戻ってくるだけの場所で、それ以上の価値はない。
どれほど豪華で、どれほど広い場所でも、大事なものが一つないだけで、何もかもどうでもいい。
服を脱ぎ捨て、下着だけになると、倒れるように寝台へ横たわった。
アッシュから、リィドが瘴気を抑える術式の開発者で、王太子がその術式の研究のために王都へ呼びつけたことを聞いた。
(あいつももう三十か? その割に、貫禄がない。まあ、それは昔から、だけどな)
口元が自然と綻ぶ。
鉄面皮、人間の感情を母の胎へ忘れてきた。傭兵時代から言われていたことだが、例外が存在する。それがリィドのことを考えた時だ。
その時だけ、レオニスの心には喜怒哀楽の感情が芽生える。
回廊で一目会った瞬間、胸を締め付けられ、不覚にも感情が高ぶり過ぎて、泣きそうになってしまったように。
だからとても目を合わせることなどできなかった。
リィドの元を去ってから五年あまり。
彼のことを考えない日はなかった。
レオニスをスラムの地獄から救ってくれた命の恩人にして、保護者代わりだった人。
勉強、魔法や剣を教わった。
目を閉じれば、目蓋の裏に幼い頃の思い出がまるで昨日のことのようにまざまざと思い出せてしまう。
彼の元を去った後、もう二度と会えないことに体が八つ裂きにされそうなほど辛かった。
それでも去らなければならなかった。
『あんたは周りの人間、みんなを不幸にするのよ……!』
耳の奧で、絶叫が聞こえる。
心の深い場所にまで根を張り続け、レオニスを決して離さぬ残忍な声。
またこうして再会してしまうなんて。
こんな運命を紡ぎ出した神を恨まずにはいられなかった。
さらに王太子によって、リィドの護衛まで務めることになった。
どうせ、一緒に過ごさせ、レオニスの反応を楽しむつもりなのだろう。
彼と行動を共にする。
いつまで冷静にいられるのだろう。
いや、何が何でも冷静でいなければならない。そうでなければ何のために、リィドの元を去ったのか。
こみあげる気持ちを抑えるように、レオニスはきつく目を閉じた。
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