2 『推し』が護衛に
アッシュは帰還した報告のために、王太子の元へ向かう。
扉をノックすると、「誰だ」と応えがあった。
「アッシュでございます」
「入れ」
「失礼いたします」
「魔術師は?」
「先程、お部屋へご案内いたしました」
「そうか。ご苦労」
クラウス・マルヴァラ。
王国の王太子で、病がちな国王に代わって政務を執っている。
年齢こそアッシュの二才下ながら、その政務能力は老練な宰相をもしのぐのではないかと言われるほど熟達している。
少し長めに伸ばされた銀髪に、ルビーのように紅い瞳の持ち主である。
貴婦人たちからの人気も高く、本人は遊び程度に色恋を楽しんでいるようだ。
「何か事前に知っておくべきことはあるか?」
「実は……」
アッシュはリィドとレオニスとのことを報告すると、クラウスの瞳の光が強くなった。
彼の好奇心がくすぐられた時に見せるいつもの反応だ。
「あの朴念仁の知り合いね……。あんな無愛想な奴に知り合いがいたとはな。騎士団に入って三年、まともな知り合い一人いないくせに」
「ですが、仲は良好には見えませんでした。レオニスは終始、苦い表情をしていましたから」
クラウスは口元を綻ばせる。
何かよからぬことを考えている証拠だ。
「殿下。一体何をお考えなのですか?」
「楽しいことだ」
「お聞かせ頂いても?」
「内緒だ。すぐに分かる。下がっていいぞ」
「……かしこまりました」
アッシュは頭を下げた。
※
リィドがお茶を楽しんでいると、中年男性が部屋を訪ねてきた。
彼は侍従で、王太子からの伝言を伝えに来たらしい。
「王太子殿下がお会いしたいそうでございますが、いかがでしょうか」
「大丈夫です」
リィドは緊張の面持ち頷くと、侍従に従った。
王太子は原作には登場しなかったからどんな人物なのかはよく分からない。
下手なことをして機嫌を損ねないようにしないと。
侍従は部屋の扉をノックし、名乗った。
「入れ」
侍従は扉を開け、リィドに入るよう促す。
部屋には、美しい銀髪に、紅い瞳の青年がいた。
「はじめまして、リィド」
「お、王太子殿下。お初にお目にかかります。私は、リィド・アストンと申します」
かすかに声に上擦ってしまった。
恥ずかしい。
王太子派口元を緩めると、ソファーセットに座るよう促す。
「……失礼します」
侍従がお茶を淹れると一礼して、部屋を出ていく。
「そう緊張しなくてもいい。お前は大切な賓客だ。もっとどっしり構えていてくれ」
「……あ、はい」
「何か困ったことは? たとえば部屋が狭いとか、メイドの好みとか」
「ありません。メイドの人たちにはよくしてもらっていますし、部屋もすごく豪華で……」「お前が望めば酒池肉林を楽しむことだってできるのに、欲がないんだな」
「そうなんですかね……」
「まあ、何かあればその時は遠慮せず言ってくれ」
王太子は微笑み、じっとリィドを見つめてくる。
その露骨な視線に居心地の悪さを感じてしまう。
「……何か?」
「アッシュからレオニスとのことを聞いた。知り合いだとか?」
「そうです。昔の」
「お前は傭兵仲間には見えないな。傭兵には独特の雰囲気というものがあるし、やめたとしても、その雰囲気が消えて無くなることはない」
「彼が子どもの頃、一緒に暮らしていた。それだけです」
「家族なのか? だが、あいつは天涯孤独と言っていたが」
「本当の家族ではないので」
「なるほど。訳ありのようだ」
王太子はどこか嬉しそうに呟く。
何がそんなにおかしいのか。変なことを言ったつもりはないが。
その時、ノックの音が聞こえた。
「お客様ですか。でしたら、僕はこれで……」
「いや、座っていろ。お前に関係ある」
「僕に……?」
「誰だ」
「レオニスです。お呼びと窺いました」
「入れ」
レオニスが部屋に入ってくるなりリィドに気付き、すぐに目が逸らされてしまう。
「……お客様がいらっしゃるのなら、俺は」
「駄目だ」
王太子は愉快そうに、リィドとレオニスとを見る。
「お前は、彼の知り合いだそうだな」
「……」
「王太子である私の言葉を無視か? 返事をしろ」
「……はい」
「ならば、今日から彼の護衛を命じる」
「いえ、そんな必要はっ」
「お前に、もしものことがあれば一大事だ。護衛は必要だ。彼ならば気心が知れているからいいだろう」
どういうつもりで王太子がそんなことを命じるのか。
リィドは困惑するしかない。
「レオニスは騎士団随一の魔法と剣の使い手だ。実力に不足はない。レオニス。そういうことだ。分かったな」
「……俺が受け持っている任務は」
「そんなものは他の者にやらせればいい。リィドの護衛のほうがよほど、重要だ」
王太子派にこりと微笑む。
「リィド。話せて良かった。またお茶でも飲もう。下がっていいぞ」
リィドとレオニスは頭を下げ、部屋を出る。
廊下を進みながら、二人の間には気まずい沈黙が流れる。
リィドは意を決して振り返った。
「レオニス。殿下に言って護衛を交代してらえるよう頼んでみるから」
「無駄だ。あの男は一度出した命令を誰かに言われて撤回したりはしない」
王太子をあの男呼ばわりなんて。
確かに原作の中の彼は不遜な性格で、相手が上級貴族だろうが、決して媚びを売ったり、傅いたりはしなかった。
だから軋轢が絶えず、アッシュがたびたび仲介をしていたのだ。
「でも」
「さっさと部屋に戻るぞ。日が暮れる」
(あ、やばい……)
日が暮れる。それは要領の悪いリィドが手間取っていると、呆れた様子のレオニスからよく言われていたことだった。
些細な一言だったが、再会できた喜びと懐かしさとで、リィドの涙腺が刺激されてしまう。
「うん……っ」
リィドはやや俯き気味に、歩き出した。
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