3.奴隷商人と幼き未来の勇者達
ミリスに案内され、奴隷商人の店へと向かう。
どうにも町のなかでもスラム地域とでもいうか、あまりいい環境ではない。
先ほどまで歩いていた場所では子どもも走り回っていたし、奥様方が談笑していたりもしていた。だが、この辺りは昼間から酒を飲んでいるオッサンやら、『お前、絶対人を殺しているだろ』と言いたくなるような乱暴そうなお兄さん、それにいかにも娼婦っぽいうお姉さんなどを多く見かける。
「なんだか、雰囲気の悪い場所ですね」
「奴隷商人が表通りに店を構えているわけもあるまい」
ミリスは吐き捨てるように言う。
どうやら、本気で奴隷商人という職業を軽蔑しているらしい。
やがて、ミリスは一つの建物の前で足を止めた。
「ここだ」
どうやら到着したらしい。
ミリスが乱暴に扉を叩く。
「おい、ゴボダラ、出てこい」
しばらくすると、扉が開く。
「あん? ミリスの嬢ちゃんか。何の用だ?」
出てきたのは茶色い皮膚にでっかい牙、豚のような鼻をもつ亜人種だった。
事前にミリスに聞いたところによるとオークという種族らしい。
「一つ聞きたい。ここに幼い双子の奴隷がいるというのは本当か?」
「うん? ああ、アレルとフロルのことか? 確かにいるぞ。それがどうした?」
オークの奴隷商人――ゴボダラの言葉に、ミリスが顔をしかめる。
「貴様、大人ならまだしも、幼子まで商品にするのか。見下げ果てるな」
「ふん、何を言うかと思えば。こっちは正規に入荷している。2人の親は盗賊として処刑された。本来なら盗賊の子など捨て置かれるところを金を出して購入した上養っているんだ。文句を言われる筋合いはないな」
「よくも、そんな戯れ言を……」
にらみ合うミリスとゴボダラ。
このままだと話が先に進みそうもない。
俺はおずおずと話に割って入る。
「あのー、すみません」
「あん? なんだ、兄ちゃん? 見ない顔だな」
「実は、俺、その2人を購入したいんですよ」
「うん?」
話が読めないという顔をするゴボダラ。
「いや、ですから、あなたは奴隷商人なんでしょう? それで、俺は奴隷を買いに来た客。そういうことです。ミリスさんにはここまでの案内を頼んだ次第で」
「ふん、なるほどな。そういうことなら了解した。中に入れ」
ゴボダラに建物の中に入るよう促される。
「それじゃあ、失礼しますよ」
ジャパニーズ笑顔を浮かべつつ、ついていく俺。
ミリスも続こうとするが。
「おっと、ミリスの姉ちゃんはここで待ってな」
「なんだと?」
「あんたは客じゃねーからな」
「ちっ」
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建物の中はさほど広くない。
小さな机とタンス、それに地下へと続く階段があるだけだ。
「兄ちゃん、奴隷を購入した経験は?」
「初めてですけど……」
ゴボダラに尋ねられ、素直に答える俺。
「なるほどな。これから地下牢に案内してやる。だが、その前に」
ゴボダラは右手を差し出す。
……えっと、握手かな?
俺は彼のゴツゴツした手を握り返した。
「ざけんな、案内料をよこせっつっているんだ」
「案内料?」
マジかよ。
「えっと、いくらでしょう?」
俺の問いに、ゴボダラはニヤリと笑う。
「大判金貨一枚ってところかね」
ふむぅ。
それが高いのかどうかも分からん。
だが、確か無限収納の中に大判金貨が入っていたよな。
ここでケチって揉めても仕方がないか。
「わかりました」
俺は頷いてメニュー画面を表示。無限収納の魔法を選んで大判金貨を一枚取り出した。
「どうぞ」
俺が大判金貨を渡すと、ゴボダラは目を見開いて驚いていた。
「……あの、何かマズかったでしょうか?」
「いや……なんでもない。確かに受け取った。じゃあついて来い」
うーん、今のゴボダラの顔、ちょっと気になるな。
何か致命的なことをしてしまったような嫌な感触がある。
だが、何がマズかったのか、イマイチ分からない。
地下への階段を下りると、そこにはいくつもの牢屋があった。
牢屋の中には老若男女様々な奴隷がいる。
奴隷達はやってきた俺達を少し横目で見て、そしてすぐに興味を失った様子だ。
地下全体から嫌な臭いがしている。おそらく、奴隷達の汗や排泄物などの臭いだろう。
窓もないので思わず鼻を摘まみたくなるくらいだ。
ハエのような虫もブンブン飛んでいて、お世辞にも快適な空間ではない。
「それにしても、子どもの奴隷が欲しいなんてあんたもモノ好きだな。うちにはもっと働き手として役に立つ商品もいるぜ」
「はあ……」
「それともあれかい? お金持ちならではの趣味ってヤツかい?」
彼の浮かべた下品な笑みの意味が分からず、戸惑う俺。
「いえ、俺はお金持ちじゃないですよ」
その言葉に、ゴボダラは笑い顔。
「そうかいそうかい。あんた、なかなか面白いな。そういえばまだ名前も聞いていなかったな」
「あ、これは失礼しました。ショート・アカドリといいます」
「ふーん、ショートね。覚えておこう。
……と、ここだ」
案内された牢屋の中には、幼い奴隷が2人。シルシルのところのテレビで見たままの双子がいた。
ゴボダラが牢の鍵を開け、中に入る。
幼子2人はビクッと震え、片方の子――おそらく女の子の方――がもう一人を庇うように立つ。
「そんなに警戒するな。《《今日は》》痛いことはしないから」
だが、子ども達は警戒を解かない。
それはそうだろう。
ゴボダラは『今日は』と言った。
それはつまり、いつもは痛いことをしているという意味だ。
「こっちの兄ちゃんがお前達を買いたいらしい」
その言葉に、双子は俺を見る。
えっと、どうしたらいいかな。
とりあえず、第一印象は大切だよね。
俺はニッコリ笑って右手をふった。
「えっと、よろしくね。アレルくん、フロルちゃん」
2人の目には、あからさまな警戒が浮かぶのであった。
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これが、未来の勇者兄妹と、その保護者になる俺の最初の出会いだった。