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第一章 大魔法使いの最愛⑤

    ◇◆◇



「ねえ、レベッカ。質問があるのだけれど」


 早朝、アンリエッタの部屋に行くと、準備はもうほとんど終わっていた。今日は少し起きるのが遅くなってしまったからそれを謝罪しようとしたのだけれど、それよりも早く深刻そうな眼差しでアンリエッタが訊ねてきた。


「もしかして、わたくしに隠していることがないかしら?」

「隠していることですか?」


 少し考えるが、特に思いつかない。テオのこともアンリエッタは知っているし……。いったい、どうしたのだろうか。


「特にありませんよ」

「――そう。それならいいのだけれど。変なことを聞いたわね。忘れてちょうだい」


 アンリエッタはいつもの笑みに戻った。

 ウェーブのかかった金髪に、水晶のような瞳。まるで絵本から出てきたお姫様のように美しいアンリエッタの笑顔は、いつ見ても惚れ惚れしてしまう。もしレベッカが少年だったら一目見て恋に落ちたはずだ。


「あら、もうこんな時間。早く行かないといけないわね」


 時計を確認したアンリエッタが慌てた声を出すと、慌ただしくメイドを連れて出て行ってしまった。礼拝の時間だからだろう。

 アンリエッタの後ろ姿を見送ると、レベッカも彼女の部屋から出て行った。



    ◇



 レベッカが自分の部屋に戻ると、テオはまだ寝ていた。


「テオ、朝だよー。もう、本当にお寝坊さんなんだから」


 体を揺すって起こすと、くーんと悲しげな声を上げる。体を起こしたものの、その目はまだぼんやりとしていて覚醒には至っていないようだ。

 少し遅めの朝食だけれど、クッキーをあげるとちまちまと食べ始めた。


 クッキーを食べ終わったのを確認すると、ポーションの瓶を出す。

 なぜかテオの動きが止まった。犬だから正確な表情はわからないけれど、訝しんでいるようだ。


「これね、ベンジャミンさんからもらった栄養剤のポーションだよ。栄養満点なんだって。……このままじゃ飲みずらいよね。そのまま飲むのもあれだし――」


 緑の液体は、とてもじゃないけれど人が飲む物のようには思えない。


(犬用って言っていたし、大丈夫だよね)


 レベッカは空いた皿にポーションを注ぐと、テオの前に置いた。

 テオは恐るおそると言った様子で、ポーションを舐めはじめる。


「ポーションって、美味しいのかな?」


 薬や栄養剤として作られているポーションは、《魔道具》以上に貴重な代物だ。

 平民のレベッカにはとてもじゃないけれど手が出せない高価なもので、貴族でも裕福じゃないと手に入れるのは困難らしい。


 そんな高価なポーションを与えるほど、ベンジャミンはテオを大切にしているのだろう。

 テオは渋々と言った様子で、ポーションを飲んでいるけれど。



    ◇◆◇



 騒ぎが起こったのは、夕食前だった。

 聖女たちは聖女宮の食堂で食事を摂ることになっている。食事の時間も決められていて、朝昼晩と食堂が解放されている間に食事を摂るのが鉄則だ。


 廊下で悲鳴を聞いた時、レベッカは食堂に向かっている途中だった。

 テオにはミルクとビスケットを与えた後で、次は自分がお腹を満たす番だ。

 うきうきとしながら食堂に向かっていたから、その悲鳴を聞いた瞬間、ビクッと飛び上がってしまった。


「どうして……っ。おかしいわ。ない……! 朝まではあったはずなのに」


 通りがかった部屋から聞こえてくるようだ。

 しかもここはアンリエッタの部屋。声も彼女のものだった。


「どうされましたか?」


 部屋を覗くと、ゾクッと背筋が凍った。たまたまだと思うけれど、部屋の中にいた二人の瞳が一斉にレベッカに向いたからだ。

 部屋の中に入ってきたのがレベッカだと気づいたアンリエッタが表情を和らげる。

 彼女はいまにも泣きだしそうな顔をしていた。


「レベッカ、聞いてちょうだい。確かに朝まではあったはずなの……それなのに」


 ここまで取り乱しているアンリエッタは初めてみる。


「落ち着いてください。何があったのですか?」

「あの、あのね。前に、レベッカも知っていると思うのだけれど、おばあ様の形見のミサンガが、なくなっているの」

「それって、これのことですか?」


 五年前、アンリエッタから受け取った若草色のミサンガを見せる。このミサンガは対になっていて、片割れはアンリエッタが持っていると言っていた。

 彼女は首を振った。


「それじゃないわ。おばあ様からもらったミサンガは、他にもあったの。水色の、私と同じ瞳のミサンガよ。それなのに……」


 アンリエッタが言うには、昨夜までは確かに引き出しの中に入っていたらしい。

 だけど夕食前に確認したら、引き出しの中から消えていたのだそうだ。


「わたくしがいけなかったのよ。宝石箱に入れて、鍵をかけていればよかった。……そうしたら、盗まれることなんてなかったのに」

「盗まれたのですか?」

「ええ。もう部屋の中は隅々まで探したのに、見つからなかったの。ミサンガがひとりでどこかに歩いて行くわけがないもの、盗まれたのだと思うわ」 


 確かにひとりでにミサンガが消えるとは思えない。メイドも、アンリエッタの宝物には無暗に触れることはないだろう。


「そういえば、レベッカ。今日の朝、わたくしよりも後に部屋から出たわよね?」


 アンリエッタの不意の呼びかけに、胸騒ぎがする。

 確かに今朝はアンリエッタよりも遅く部屋からでた。 

 だけど、部屋の中の物に無断で触れたりなんてしていない。

 

「ち、違うのよ。疑っているわけではないの。……ただ、何か確証がほしくって」

「確証ですか?」

「ええ。親友のあなたがそんなことするわけがないって知っているもの。友情の証に、おばあ様のミサンガもあげたでしょう?」

「……はい」

「レベッカのことは信用しているの、絶対にありえないって。……でも」


 アンリエッタの声はいまにも消え入りそうだった。

 潤んだ瞳で見られて、レベッカの良心が痛む。

 少しでも彼女の気が晴れるのであれば、力になってあげたい。


 だから、レベッカは口を開いた。


「わかりました。アンリエッタ様の気が済むまで、私の部屋を調べてください」


 これが最善だと、思っていた。

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