第五章 愛されたいもの③
「おはようございまーす!」
レベッカは今日も今日とて、テオドールの部屋にやってきた。もうすでに日課になっているので、彼を起こす手順にも慣れている。
部屋の扉を開けてから大きな声で挨拶をすると、カーテンを全開にして、それからベッドに近づいて掛け布団を――。
「おはようございます、レベッカさん」
ベッドにはもうすでに起きたテオドールが座っていた。
服も着替えているが、王宮に行くときのような魔法使いのローブは着ていない。
普段着というよりも、どこかに出かけるかのような服装だ。
「テオドール様、今日は早いんですね」
「……そうですね。つい、目が冴えてしまって」
よく見ると、テオドールはどこか疲れた顔をしている。まるで寝ていなかったかのようだ。
「ちゃんと寝ないとだめですよ」
「……ええ。昨日ベンジャミンが変なことを言っていたので、いろいろ考えてしまったのです」
「今日もお仕事ですか?」
「……そうですね。今日は休暇を貰ったので、お出かけしたいなと」
「お出かけ」
テオドールが、そっとレベッカの手を両手で握ってきた。
「今日はずっとレベッカさんと一緒にいたいんです。だから、お出かけしませんか?」
「したいです!」
テオドールと出かけられることが嬉しくなり、レベッカは即答する。
(久しぶりのデートだ)
空の散歩をしてからもうずいぶんと日にちが経ってしまっている。街に出かけたのは、それよりも前のことだ。
「どこか、行きたいところはありますか?」
「それなら、孤児院に行きたいです。……あ、でも」
咄嗟に口から出てしまったけれど、デートで孤児院に行くのはおかしいだろうか。
そう思いとどまりそうになったレベッカだったが、テオドールは穏やかに笑うと頷いた。
「わかりました。孤児院に行って、そのあと貴族街を歩きましょうか。前に魔塔の魔法使いたちが噂していたカフェにでも寄って」
「カフェですか?」
「ええ。僕は普段外食をしないのですが、若い貴族たちの間で流行っているところがあるらしいです。ですので、よかったらレベッカさんと一緒に行けたらな、と思いまして」
「行きたいです!」
食い気味に答えるレベッカの様子に、テオドールが目を細める。
「……レベッカさんは、大丈夫そうですね」
「テオ様?」
「いえ、こちらの話です。朝食を食べたら、出かけましょうか」
「はい!」
久しぶりのデートだ。
浮かれながら朝食を済ませると、レベッカはテオドールに連れられて街に出かけることになった。
◇
孤児院でグレースや子供たちと挨拶を交わしていつものクッキーをお裾分けすると、レベッカはテオドールに手を引かれるがまま貴族街を歩いていた。
前にエレノアたちと訪れたブティックをショーウィンドウ越しに眺めて、それから前に見かけたオルゴールのある雑貨店までやってきた。
「入りますか?」
「はい」
前来たときは途中でダビドを見つけてすぐに出てしまったけれど、今日はのんびりできた。
「見てください、これ、テオ様にそっくりですよ!」
レベッカが手にしたのは、白い犬の木彫りの人形だった。
初めてテオに会った時のことを懐かしく思いながら手のひらで転がしていると、テオドールが困ったように「僕は狼ですが」とつぶやいた。
「こっちに狼の人形もありますよ」
「わあ、テオ様みたいでかわいいですね」
「僕みたいでかわいい??」
犬の木彫り人形を置いて、狼を手に取る。
手のひらの上に乗る白く塗られた狼は、牙や爪が長かった。それでもくりっとした瞳が見上げてくる様子が獣化したテオドールにそっくりで、つい頭を撫でたくなってしまう。
「えへへ」
「……レベッカさんは、獣化した僕の姿がお好きなんですか?」
「はい、好きです」
あのふわふわした長い毛に吸い込まれるような肌触りに、抱き着いて顔を埋めるときの心地よさ。
あの感覚は、何物にも代えがたい。
「でも、いまのテオ様も好きですよ」
気軽に触れられないほど高貴な銀髪に触ることができるのは、レベッカの特権だ。
それにテオドールは、背が高いのにいつもレベッカの言葉を聞くために少し屈んでくれる。
そんな温かくて優しいところが、レベッカにとって安心できる。
「私は、テオ様と一緒にいられるだけで幸せなんです」
「……ッ。僕もレベッカさんと一緒にいる時間が幸せですよ」
銀色の瞳と見つめ合うと、どこか幸せな気持ちがさらに膨らんでいく。
もし、いまテオドールが獣化していたら、すぐさまその体に飛び込んだだろう。
さすがに店の中だし、人の姿をしているテオドールに抱き着くことはできない。
その時、ふと、レベッカの頭の中に数日前のことが思い浮かんだ。
花街に行った時に、エレノアが口にした言葉。
執事にはすぐに否定されたけれど、本人に確認するのが手っ取り早いと思ったのだ。
「テオ様は、浮気してないですよね?」
「う、浮気っ!?」
いつも落ち着いたテオドールが大きな声を上げる。
店内にほかの客はいないが、店主がこちらを気にするようにチラチラと視線を向けてきている。
「浮気なんてするはずがありません。レベッカさんは僕の《最愛》で、僕はレベッカさんの《最愛》なんですから。他の女性にうつつを抜かすなど、そんな大それたことは考えたことがありませんよ」
テオドールの銀色の瞳は真剣にレベッカに訴えているようだった。
「そうですよね。ちょっと前に……」
花街でのことを話しそうになり、レベッカは口を噤む。
(あそこに行ったのは、内緒だったんだ)
「えっと、エレノアと話していた時に、そんな話題になって……」
「クレイン嬢がそう言っていたんですか?」
「はい。エレノアは、浮気について悩んでいるようでした」
「そう、だったんですね」
なぜか思案顔になるテオドール。
でもすぐに穏やかな笑みに戻ると、レベッカの手を取った。
「僕は、誓って浮気は絶対にしていません。これからも、そんなことしませんよ」
信じてくれますか、とまるで銀狼の時のような上目遣いで訊かれて、レベッカは手を握り返した。
「はい! 私も、浮気はしないですよ!」
「そ、そうですよね」
レベッカの発言に虚を突かれたような顔になるテオドールだったが、すぐに落ち着いた顔に戻る。
「さて、そろそろカフェに行きましょうか」
「あ、これだけ買ってもいいですか?」
レベッカが再び手に取ったのは、白く塗られた狼の木彫り人形だった。
店から出ると、テオドールと手を繋いだまま、道を歩いていく。
他愛無いおしゃべりをしながらの道中はとても楽しく、あっという間に目的のカフェに着いた。
貴族街の一等地に建てられたカフェは、外見からしても高級さがうかがえる。
ブティックとは違い、どこか気安い雰囲気ではあるものの、店の中に入っていく人は高価な宝飾品や綺麗なドレスを身にまとった貴婦人が多い。
(ここに、入るの?)
「では、行きましょうか、レベッカさん」
テオドールに手を引かれて、レベッカは恐るおそる足を踏み出す。
店に入ろうとしたが、先に中から扉が開いて誰から出てくる。
「あれ?」
レベッカはその人物を見て、目を丸くした。
(どうしてここにいるの?)
中から出てきた人物も、レベッカのことに気づいて目を丸くしたが、次第に笑みを浮かべた。
「レベッカ、こんなところで会うなんて偶然ですね」
「ベラ先生?」
元シスターのベラは、まるで貴婦人が斬るようなドレスを身にまとっている。
彼女はレベッカの隣に視線をやると、首を傾げた。
「もしかして、この方があなたの《最愛》の魔法使いですか?」




