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落ちこぼれ聖女の私が、わんこ系大魔法使いの最愛でした。  作者: 槙村まき
第二部 魔女

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第五章 愛されたいもの①

 シスター・ベラは、五年前とほとんど変わっていなかった。

 鮮やかな赤い髪に意志の強い瞳はそのままで、口元に悠然とした笑みを浮かべている。

 違いといえば、着ているのがシスター服ではないことぐらいだろう。上品なワンピースはシスター服よりも彼女に似合っているように見える。


「レベッカ、こっちにおいで」


 誘われるように、レベッカはベラに近づいていく。

 近くで見て驚いたけれど、本当に五年前と姿が変わっていない。まるでベラだけ、時間から置いて行かれているかのようだ。


「五年ぶりですね。神殿の外に出ているということは、《最愛》の魔法使いが見つかったようですね」


 レベッカは頷く。


「はい! とても優しくて、いい人ですよ」


 脳裏に浮かぶのは、当然テオドールの顔だ。

 温かい笑みを見せる彼の姿に、えへへとレベッカの顔がだらしなくなる。


「その様子だと、レベッカは魔法使いに大切にされているようですね。幸せそうで、よかったですわ」

「ベラ先生のおかげです。神殿でくじけそうになったこともあったんですけど、ベラ先生の言葉を思い出して勇気を出すことができたんですよ」

「あら、私の言葉で?」


 ベラが目を細める。


『たとえ何があったとしても、諦めたらそこで終わりです。ですので、しつこく足掻いて縋りつきなさい。聖女としてではなく、あなた個人として、自分を強く持って生きていくのですよ』


 あのアドバイスがなければ、あのまま心が折れていたかもしれない。

 失ったと思われていた聖女の力。それから、アンリエッタの責めるような瞳。

 一人じゃ立ち向かえなかったことも、ベラの言葉とテオドールたちのおかげで、どうにか踏み出すことができたのだ。


「私の言葉があなたの力になったのなら、幸いです。……これから先も、何があるかはわかりません。あなたのことはあなたが決めることですが、聖女の荷が重くなったら……いえ、レベッカのその様子なら、大丈夫そうですね」

「はい。私にはテオ様がいますので」

「テオ様……?」


 首を傾げるベラの姿を見て、レベッカは自分の《最愛》の魔法使いを紹介するのを忘れていたことを思い出す。


「私の《最愛》の魔法使いです。テオドール様、と言って」

「……テオドール様……。ああ、大魔法使いのテオドール様ですね」


 さすが大魔法使いテオドールだ。

 ベラも彼のことを知っているみたいで、考える素振りを見せながらも、静かに頷く。


「レベッカの《最愛》が、テオドール様で安心しました。でも、苦労することはありませんか?」

「はい。いつもよくしてくれますので」


 最近は夜も邸宅に帰ってきてくれることが増えた。

 日中はまだ忙しそうに王宮と魔塔を行き来しているみたいだけれど。


「それならよかったです」


 ベラはにっこりと笑った。

 二人の再会を見守っていたグレースが、頃合いを見て声を出した。


「シスター・ベラ。そろそろ、話をしないかい?」

「私はもうシスターではありません。ベラ、とお呼びください。シスター・グレース」

「わかったよ。では、ベラ。これから、どうするんだい?」


 ベラは口元に笑みを浮かべた悠然とした態度だが、グレースはどこか困った顔をしている。

 いきなりいなくなったと思ったシスターが、ある日突然、孤児院に戻ってきたのだ。どう対応していいのか迷っているのだろう。


(ベラ先生。シスターやめたんだ)


 レベッカは内心驚いた。

 たまに神に向かって小声で愚痴を言っていたり、教会の奉仕をさぼってグレースから怒られている姿は何度か見たことがある。

 シスターらしくないシスターだったから、妙に納得してしまう。


(いまは何をしているんだろう)


 どうして二年前に孤児院を出て行ったのか。

 この二年間、どうしていたのか。

 気になることはあるけれど、グレースは真剣な顔をしていた。相対するベラは、レベッカに向けるのと大差ない悠然とした笑みを浮かべたままだ。


「どうするも何も、せっかく王都に戻ってきたのですから、のんびりと観光でもしようと思っていますわ」


 にっこり笑う姿を見て、グレースがため息を吐いた。


「もし教会に戻ってくるようなら、サボっていた二年分の奉仕をやってもらおうと思ったんだけどねぇ。……まあ、ベラ。ここはベラの家でもあるからね、いつでも戻っておいでよ」

「ありがとうございます。シスター・グレース」


 丁寧にお礼を言いながらも、ベラは表情を変えることはなかった。



    ◇



 テオドールの邸宅に帰るころには、空は夕闇になっていた。

 いったん部屋に戻ってから、食堂に向かう。

 今日はテオドールも一緒に夕食が取れると言っていたから、レベッカはうきうきとした気分だった。


「レベッカ様」


 食堂の席に着くと、執事のルーベンが近づいてきた。


「今日、ご主人様はお戻りが遅くなるそうです」

「え? 本当ですか?」

「レベッカ様に謝罪を申しておりました」

「……わかりました」


 寂しいけれど、仕事で忙しいのなら仕方ない。

 運ばれてきた食事を食べながら、レベッカはふと、数日前のエレノアとの会話を思い出した。

 花街から帰り道、馬車の中での会話だ。


『……レベッカちゃん。花街がどういうところかは、知っている?』

『子供は入ってはいけないところって言われたけど……。どうして?』


 訊ねてくるエレノアは、ぼんやりとした表情で窓の外を眺めていて、こっちを見ていなかった。


『男性が花街を訪れる理由は、簡単よ。特に、妻や恋人がいる男性にとってはね』


 レベッカは妻や恋人ではないけれど、《最愛》である。

 花街でテオドールの姿を見かけて、嬉しかったレベッカはすぐに彼に近寄ろうとした。それを、エレノアに止められてしまった。


(花街にいることはテオ様たちに内緒だったから、きっとそれでだと思ったけど)


 エレノアの姿は、どこか落ち込んでいる様子でもある。

 まるで何かとても悲しいことがあったかのように。


 エレノアの口が動くのが、窓に映る彼女の姿でわかった。


『浮気よ』

『……浮気?』

『ええ、浮気。ベンジャミンは、浮気をしていたの。二歳差とはいえ、私は年下だもの。それに私は、ベンジャミンをかわいがっていたけれど、ベンジャミンはいつも迷惑そうだったわ』


 エレノアがベンジャミンをかわいがっていたという部分はよくわからなかったけれど、続いた言葉にレベッカは目を大きく見開いた。


『きっと、ベンジャミンは年上が好きなのよ。……私って、そんなに子供っぽいかしら』


 レベッカはぶんぶんと首を振る。


『エレノアは私よりも大人だよ!』

『ありがとうレベッカちゃん』


 ふんわり微笑む姿はやはり、まだどこか悲しそうでもあった。



 馬車でエレノアと話していた時はよくわからなかったけれど、テオドールが最近夜に帰ってこない理由が仕事ではなく、もし彼女が話していたことが関係していたとしたら――。


「テオ様も、浮気しているのかな」

「そ、それはありえませんぞ!」


 近くに控えていたルーベンが、慌てた声を出す。


「そうですよね」


 そもそもレベッカはテオドールの恋人でも妻でもないのだ。

 浮気という言葉は当てはまらない。


(なら、他に好きな人でもいるのかな。それで花街に通っていたのかな?)


 そう考えると、なぜか胸がもやっとする。

 別にレベッカは、テオドールの恋人になりたかったわけではない。

 ただ、彼のそばにいたいと、そう思っていただけなのに。


(でも、結婚の約束しているのだから、やっぱり浮気?)


 そもそも浮気とは?

 とは思いはするものの、レベッカは悶々と考えるのみだった。


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