第四章 愛の妙薬⑦
昼間はなんの変哲もない通りも、夜になると様変わりする。
青々とした明かりや、不気味に輝く赤。仄暗い青白い明かりなどなど。
明かりが灯る中、フードを深く被ったベンジャミンは、前を行くテオドールの背中を追っていた。
(この人は、フードを被っていても目立つもんなぁ)
通りには人がまばらに歩いている。
新しい店を探す者や、なじみの店に向かう者たちの間を通り通り過ぎるたびに、フードからこぼれた銀髪が光にきらめき、周囲の視線をかっさらっている。
最近のテオドールは、以前に比べると魔法を使う回数が減っている。
とはいっても、もともと何をするにも魔法を使い人だったから、ベンジャミンに比べると魔法は使っている。
物を取ったり、動いたりというところで、魔法の消費を抑えているみたいだ。
(レベッカちゃんのためなんだろうなぁ)
テオドールは人の好さそうな穏やかな笑みを浮かべているけれど、それはあくまで周囲に溶け込むために仮面にすぎない。
実際は、人付き合いがそこまで得意なほうではない。というか、あまり他人と関わりたくないと思っている節がある。
「テオドール様、隠遁魔法ぐらい使わないんですか?」
「……そうですね」
さすがのテオドールも、周囲の視線に気づいているみたいだ。その顔には、連日の調査による疲労も残っている。
(今日ぐらい休んでもいいって言ったのに、もうすぐだからって)
ベンジャミンも正直言うと休みたかったが、師匠であるテオドールが調査をすると言ったら逆らえない。
もうすぐ終わるからと今日も調査を強行したテオドールは、きっと早く家に帰って最愛に会いたいのだろう。
ベンジャミンも、自分の最愛の笑顔が懐かしくなっていた。
《最愛契約》をしてからは彼女に翻弄されてばかりいたけれど、一緒にいる時間は嫌いじゃない。
たまに……というかよく、ベンジャミンの獣化した姿を見たがるがために、マナの浄化を拒否されるのは生きた心地がしないけれど。
(俺もしておくか)
テオドールに比べるとベンジャミンは目立つ方ではないが、知り合いに見られたら面倒だ。こんなところにエレノアがいるとは思えないけれど、彼女に知られたらもっと困ることになる。
ベンジャミンの体を魔力の流れが包み込む。常人には見えないそれを視ることができるのは、魔法使いだけだろう。
テオドールも魔法を使ったようで、ついさっきまで集まっていた視線が、すーっと逸らされる。
「今日で花街の調査は終わらせますので、あと少しの辛抱ですね」
「そうだといいですけど」
そう口では言うものの、ベンジャミンは早く帰りたかった。
ここ数日、調査のために花街にやってきているけれど、ここはあまり居心地のいいところではない。
下町ほどではないけれど、《魔道具》の数も少なく、魔法も普及していない。
通りがかった店の、ガラス張りの店内が目に入る。
そこでは、道行く客に興味を持ってもらうために、あられもない恰好をした女性がこちらを見てウィンクしていた。
(帰りたい)
これなら、リスの姿でエレノアのおもちゃになっているほうがましだ。
いや、それはそれで、自尊心が弱くなりそうで、ちょっと困るけれど。
ベンジャミンたちが花街を調査しているのには理由があった。
最近、王都を中心に、とある魔法薬が流行っているのだ。
「愛の妙薬でしたっけ。なんか、悩める若人の興味を引く名前ですよねぇ」
「愛する人の気持ちを確かめるなんて謳っていますが、その実はただの薬――ドラッグですよ」
愛の妙薬が流行り始めたのは、花街を中心だった。さすが、人が多く行きかうところで、なおかつ人の目を掻い潜れる町である。
繁華街とかだとどうしても人目が多くてできないことも、花街という閉鎖空間であれば、容易に広められる。
「薬がどの程度広まっているのかは大体把握できましたが、まだ花街の外にまでは出ていないようです。いまはとにかく、薬の出所を探らないといけませんね」
ポーションなどの魔法薬は高価で、本来ならこういう花街では手に入れられないものだ。
それを誰かが意図的に広めている。
前の事件の違法魔道具と同じで、こちらも登録されていない違法なものだ。
それも、人の感情を強制的に操る薬。
「薬というからにはポーションみたいなものだと思ったんですけど、実際は果実でしたね」
「果実は植物と同じように、魔法薬にも多く使われていますからね」
愛の妙薬と呼ばれるものの正体は、不思議な種からなる実だった。
ザクロのように、ぎっしりとつぶつぶした実が詰められた果実で、それをひとつ食べると自分に都合のいい夢を見ることができる。
王国では禁止されている、違法な薬物だ。
本当に相手の気持ちを確かめられる魔法薬ではない。
「さて、今日はここですね」
話を止めると、ベンジャミンたちはひとつの建物に入っていく。
数分後、ベンジャミンはテオドールと同じような疲れた顔をしていた。
「空振りでしたねぇ」
「愛の妙薬を貰った方はいても、それを持ってきた人物のことは詳しくわからないようですからね」
愛の妙薬を広めているのは、フードを被った男としかわかっていない。
しかもこういう店には珍しく、一晩中自分の自慢話をするだけで特に手を出してこない割には、金払いがいい上客らしい。
「……一人目の人は何と言っていましたっけ」
「しわがれた声の老人と言っていました。その次は子供のような声だったと」
「同一人物と思われるのは、話の内容だけですね。おおかた、魔法を使って声を変えているのでしょう」
せめて姿がわかればいいのに、誰もその男の姿は見ていないらしい。
「ああ、それと、その薬を探る人がまたいたみたいですね」
愛の妙薬を広めている人物とは別に、愛の妙薬について訪ねてくる人がいるらしい。
それも毎日のように。
花街は部外者の女性と、子供の立ち入りは禁止されているところだ。
話を聞いたところによると、フードを被った女性らしいのだが、話した人はその姿を覚えていないらしい。
「……まだ、調べることは残っていますね」
「そうですが、花街での調査はこれでひと段落ですよ。明日からは、もっと早くに家に帰れるかと」
ベンジャミンがそういえば、テオドールが小さく息を吐いた。
「レベッカさんに会いたいですね」
夜空には、やけに輝く星があった。
つい、エレノアの輝く金色の瞳を思い出して、ベンジャミンも深く頷いた。
◇◆◇
エレノアと一緒に花街に行ってから、数日が経過していた。
レベッカは、久しぶりに孤児院を訪れていた。
「グレース先生、お久しぶりです」
出てきたグレースに挨拶をすると、持っていたクッキーの入ったかごを渡す。
それを恭しく受け取ったグレースは、珍しい客が来たことを告げてきた。
「レベッカ、今日は珍しい客が来たんだよ。レベッカも覚えていると思うけれど、きっと驚くよ」
誰だろうか。
もしかしてダビドかとも思ったが、それならグレースもそう言うだろう。
「応接室にいるから、挨拶していくかい?」
グレースの後に続いて、レベッカは応接室に向かう。
そして、扉を開けた先に待っていたのは――。
「あら、もしかして、レベッカ? 大きくなりましたねぇ」
「っ、ベラ先生!」
艶やかな赤い髪に、泣きぼくろが印象的な、シスター・ベラがいた。




