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落ちこぼれ聖女の私が、わんこ系大魔法使いの最愛でした。  作者: 槙村まき
第二部 魔女

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第四章 愛の妙薬⑤


「レベッカさん。今日も遅くなりそうです。夕飯をご一緒できなくてすみません」


 朝、どうにかテオドールを起こして朝食を一緒にした後、王宮に赴くテオドールのお見送りに馬車の近くまで行くと、そんなことを言われてしまった。


「また、ですか?」


 毎日手を繋ぎましょうと言ってくれた日から一週間ほど経っているが、ほとんど毎日のようにテオドールの帰りは遅い。

 大魔法使いとして忙しくしているのは分かっていても、寂しく思う気持ちは変えられない。


「レベッカさん。明日は何があっても早く帰ってきます」

「絶対ですよ?」

「ええ。今日で一段落つくはずですので」


 テオドールはここ数日は真夜中に帰ってくることが多くて、夜は顔を会わせる回数が少ない。

 朝起こしに行ったときに少し話をするけれど、前のように庭のガゼボでお茶をしたり、のんびりする時間が懐かしかった。


 そっと、レベッカはテオドールの手を掴んだ。

 彼はすぐに握り返してくれる。


(ただでさえ忙しいのだから、マナの浄化をしないと)


 あれからも少しは手を繋いでいるけれど、また前のようにいきなり銀狼の姿になってしまったら大変だろう。ベンジャミンがいるとはいえ。


(あ、そういえば今日は……)


 昨日、エレノアから届いた一通の手紙を思い出す。

 どうしても話したいことがあるから、今日にでも訪問すると書かれていた。


「では、レベッカさん。僕は行ってきますね」

「はい。お気をつけて」


 手が離れていく。

 馬車に乗ったテオドールは、窓からレベッカに手を振っていた。

 それに勢いよく手を振り返しながらも、レベッカは離れたぬくもりに名残惜しさを覚えていた。



    ◇



 エレノアがやってきたのは昼食後だった。

 応接室で対面したエレノアは、そっと周囲を見渡した。エレノアを部屋まで連れてきてくれたルーベンが扉の外にいるが、他に人はいない。


「さて、レベッカちゃん。これから、ちょっとお出かけしない?」

「私はいいけど……。テオ様に聞かないと」

「あら、テオドール様はベンジャミンと一緒に忙しくしているでしょう? 最近なかなか会ってくれないし、ベンジャミンの屋敷を訪ねても遅くまで帰ってこないらしいわ。どこで、何をしているのかしらね」


 はあ、とエレノアが珍しく重いため息をついている。

 テオドールが忙しくしているということは、ベンジャミンもそうなのだろう。

 レベッカと一緒で、エレノアも寂しさを感じているかもしれない。


「前にテオドール様からもらった《魔道具》は持っているかしら?」

「うん。部屋にあるよ」

「ならそれを持って、出かけましょう。あれだけあれば、きっと危険はないわ。……まあ、今日行くところは気を付けるに越したことはないけれど、侯爵家の護衛も連れて行くから平気よ」

「……でも」


 テオドールに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そう決めかねるレベッカだったが、エレノアから言われた言葉に心を動かされることになる。


「テオドール様もベンジャミンも、最近何をしているのか教えてくれないでしょう? それなら、私たちだってわざわざ伝える必要はないわ」

「……それは」


 テオドールは結界の維持をするために毎日のように王宮に赴いている。

 でも、夜遅くまでやっている仕事は、王宮と関係あるのかわからない。

 正直気になる。でも、聞くのも憚られるし、きっと聞いてもレベッカにはどうしようもない。

 《魔道具》の事件の時は街が危険だからと教えてくれたけれど、今回それがないということは、街とは関係ないことで忙しくしているのだろう。

 まだ昼だし、遊びに行くぐらいなら……。


「ずっと邸宅に引きこもっていてもつまらないだけよ。外の空気を吸いに、少しだけ街に出かけましょう」

「……うん。じゃあ、部屋に《魔道具》を取りに行ってくるね」


 悩んだものの、エレノアの言うことももっともだ。

 最近孤児院の訪問もできていないし、邸宅でできることにも限りがあって、正直暇していた。

 少し街に出て帰ってくるぐらいなら、きっとテオドールも許してくれるだろう。


(ルーベンさんに、テオドールさんに手紙を送ってもらうようにお願いしようかな)


 緊急時でもないの通信魔道具を使うまでもないだろう。

 この後、ルーベンに相談したら、承りましたと言ってくれた。

 特に出かけるのは咎められなかったけれど、行先だけは聞かれたのでエレノアの言う通り貴族街の商店に行ってくると答えておいた。




 侯爵家の馬車に揺られながらレベッカたちがやってきたのは、繁華街だった。

 アーニアール王国首都の中心には、噴水広場がある。

 王宮から噴水広場までは主に貴族街と呼ばれていて、貴族などの上流階級が暮らしていたり、貴族向けの商店などが立ち並んでいる。

 噴水広場の周囲には多くの商店が並んでいて、主に西側には平民たちが暮らす家や教会、それから孤児院などがひしめきあっているのだが、東側には繁華街と呼ばれているところもあった。

 そしてそのさらに南東に行くと、分断するような川が流れている。

 川に掛かった橋を越えた先は、いわゆる花街と呼ばれているところだ。


 馬車から降りたレベッカは、先導するエレノアが橋を渡ろうとしていることに気づいて思わず足を止める。


「こ、ここ入ってもいいの?」

「問題ないわよ。昼間は普通のところだもの」


 橋から見える通りは、噂で聞いていたほど不気味なところではなさそうだった。

 確か幼いころに聞いた話だと、花街は夜になると薄暗く青白い明かりで通りが照らされて、幽霊が出て危険だから近寄ってはいけないという話だった。


 でも、レベッカの目に映っている通りは、普通の街の風景だ。


(そういえば、花街ってどうして入ってはいけないんだろう)


「さあ、レベッカちゃん。早く行きましょう」

「う、うん」


 エレノアが危険なところに行くとは思えない。

 だから、レベッカは彼女が差し出した手を取って、橋を渡った。


「ところで、エレノア。どうしてここに来たの?」

「前に雑貨店の店主から、花街の女性から果実の種を買い取った話は覚えている?」

「うん」

「その種を売った女性を見つけたの」

「でも、どうしてエレノアが?」


 情報を聞くだけなら、わざわざ侯爵令嬢であるエレノアが足を運ぶ必要はないだろう。

 前の下町の時もそうなのだけれど、どうしても自分の目で確かめないと気が済まない性分なんだろうか。


「……どうしても、直接確かめたいことがあったのよ」

「……確かめたいこと?」

「ええ。私だけでは不安だから、レベッカちゃんもいると心強いわ。……それに、これはレベッカちゃんにも関係があることだものね」


 エレノアはどこか暗い顔をしている。

 彼女は何を確かめようとして、花街までやってきたのだろうか。

 レベッカを連れてきたことも気になるが、エレノアは口元に笑みを浮かべて具体的なことは教えてくれなかった。




 でも、数時間後。

 レベッカはその目で見ることになる。

 花街を歩く、二人の魔法使いの姿を。


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