第四章 愛の妙薬④
雑貨店を出るとレベッカたちは、寄り道をすることなく馬車で戻ることになった。
帰りの馬車の中、エレノアはずっと何かを考え込んでいる様子で話しかけることができなかった。
(愛の妙薬が薬ではないかもしれないって、いったいどういう意味なんだろう)
愛の妙薬という名前から察するに、てっきりポーションような薬だとレベッカは思った。
相手の愛情を確かめられるというからには、魔法で作られたものだろう。
でも、エレノアの呟きによるとただの薬ではなさそうだ。
(店主さんは、果実の種って言ってたよね)
愛の妙薬とは関係ない話だとレベッカは思ったけれど、エレノアはそのことを考えているのだろうか
花街のことは話に聞いたことはあるけれど、足を踏み入れたことはもちろんない。シスターからも絶対に行ってはいけないと口を酸っぱくして言われていた。孤児院からも離れていたので、近寄ることもなかった。
エレノアは、まだ険しい顔をしたままだ。
問いかけるタイミングを探している内に、馬車はテオドールの邸宅の前に着いていた。
屋敷の前までやってくると、馬車が止まる。
使用人が扉を開けてくれる前に窓の外に見えた光景に、レベッカはさっきまで考えていたことを忘れて、自ら扉を開けて飛び出していく。扉を開けようとしていた使用人が驚いた顔をしていたので、ごめんなさいと謝罪をすると、目的の人物のもとに駆け寄った。
そこには長い銀髪を風に揺らせながら、こちらを見て微笑むテオドールの姿があった。
「テオ様、お帰りなさい!」
どちらかというとレベッカが帰ってきた形になるのだが、テオドールも勤めがあったのだ。時間的に、帰宅したばかりだろう。
「ただいま、レベッカさん。それから、お帰りなさい」
「ただいまです!」
飛びつきたい衝動はあるが、テオドールは人間の姿をしているし、ここは外で人目もある。
だからぐっと堪えてさらに近づいて行く。
「お出かけは、楽しめましたか?」
「はい!」
「どちらまで行かれていたのですか?」
「えーと」
言葉を探す。素直に下町に行ってきたと言ったら、テオドールに心配をかけてしまいそうだ。
「商店街をぶらぶらしていました」
「そうですか。レベッカさんは、楽しかったようですね」
テオドールの視線が馬車のほうに向く。
なぜかいるベンジャミンが、馬車から降りようとしているエレノアに、手を伸ばしていた。
思わぬ相手に、エレノアの口元が嬉しそうにほころぶ。
「まあ、ベンジャミンもいたのね。もしかして、私を待ってくれていたのかしら?」
「仕事の用事でテオドール様に着いてきたから、そのついでだけど」
「もう、素直じゃないのね」
さっきまで考え込んでいたのが嘘かのように、エレノアは晴れ晴れとした顔をしている。
そんなエレノアの金色の瞳と目が合うと、内緒とでもいうように唇に細い指を当てている。今回出かけた目的は、ベンジャミンたちに隠したいのだろう。
レベッカも同じようにして、頷く。
「女性同士の内緒話をしていた、といったところですか」
「そうなんです」
「これは、詳しく訊ねるのも野暮ですね」
「えへへ、内緒ですよ」
テオドールは微笑むと、それ以上聞いてくることはなかった。
エレノアとベンジャミンは、挨拶を返すと、すぐに帰って行った。
別れ際、去っていく馬車を眺めていたら、テオドールが教えてくれた。
「実は、ベンジャミンはクレイン嬢のことを待っていたんですよ」
「そうなんですか?」
「街に出かけたことが心配だったようで。……気持ちは、よくわかりますが」
「ベンジャミンさんも、心配性なんですね」
レベッカからすると、ベンジャミンとエレノアとの間には、最愛以上の感情があるように見える。
二人ともお互いを思っているはずなのに、エレノアが心配しているのはなぜなのか。
「さて、僕たちも邸に戻りましょうか」
テオドールが差し出した手に飛びつくようにして、レベッカは自分の手を重ねた。
◇
夕食後、レベッカが部屋でのんびりしていると、部屋の扉がノックされた。
「レベッカさん。いま、よろしいですか?」
「テオ様?」
扉を開けると、いつもの魔法使いのローブ姿のテオドールが立っていた。
「どうしたんですか?」
部屋の中に通すと、テオドールは少しためらいながら切り出した。
「レベッカさんにお願いがあるんです」
「お願いですか?」
「はい。よろしければ、これから毎日、手を繋ぎませんか?」
そう言いながら、テオドールがおずおずと手を差し出してくる。
その手を、レベッカは両手で掴んだ。
「喜んで!」
マナを浄化するためにも、体の触れ合いは大事なことだ。
手ならさっきもエスコートしてくれた時に握ったし、お安い御用だった。
(狼をもふれないのは寂しいけど、魔法が使えないとテオ様も大変だよね)
「ありがとうございます」
手を繋いだままどれだけの時間が過ぎたのか。
テオドールが「そろそろ」と言ったので、レベッカは名残惜しくも手を開いた。
彼は自分の手のひらを見つめると、満足そうな顔をしている。
「やはり、手を繋ぐのが一番、マナの調子が良くなるようですね」
「お役に立ててよかったです」
「また明日もよろしくお願いします。……と言いたいところなのですが」
テオドールがどこかきまりが悪そうに言う。
「仕事でしばらく帰ってこられない日があるかもしれないんです」
「そうなんですか?」
「はい。どうしても、調べなければいけないことがありまして」
「……仕事なら仕方がないですね」
「レベッカさんには、また寂しい思いをさせてしまって、申し訳ないです」
テオドールは大魔法使いだ。何かと忙しいのはレベッカもわかっている。
「仕事なら仕方ないですよ。その代わり――」
「代わりに?」
レベッカはもう一度、テオドールの手を今度は片手で握った。
「もう少しだけ、こうしていてもいいですか?」
「え、ええ。もちろんです」
どこか面喰いながらも、テオドールはすぐに受け入れてくれた。
テオドールは大人の男性だけれど、おそらくレベッカよりも体力がない。
そして筋肉質ではなく、柔らかい体をしている。
だけど彼の手は、レベッカよりも大きく、優しく包み込んでくれるようだった。




