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落ちこぼれ聖女の私が、わんこ系大魔法使いの最愛でした。  作者: 槙村まき
第二部 魔女

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第四章 愛の妙薬②

 レベッカの指が、もふもふの毛に吸い込まれていく。

 柔らかくて、撫でているだけでも幸せな気持ちになるけれど、そのもふもふをもっと堪能したかった。

 いまだ、と顔を近づける。頬ずりをして匂いを嗅げばもっとリラックスできるだろうとそう思ったのだけれど、何かを察したもふもふはするりとレベッカの手から抜け出てしまった。


「あ、テオー!」


 レベッカの悲痛な声に、銀狼が困ったような様子で振り返る。


「もふもふが……っ!」


 手をわなわなとさせながら、レベッカは銀狼ににじり寄っていく。

 だがむなしくも、銀狼(テオ)は部屋から逃げ出してしまった。




「――というわけで、テオ様が獣化しちゃったの」


 レベッカは応接間で、エレノアと対面していた。

 今日は彼女と一緒にお茶を飲む約束があったのだ。


「まあ、それでこんなことになっているのね」


 エレノアの金色の瞳は、レベッカの手元に向けられる。

 そこには、レベッカに撫でられることを受け入れている――いや、諦めかけている銀狼がいた。

 本当は頬ずりをしたいのだけれど、嫌がられるので撫でるだけにとどめているのだ。


「まあ、かわいらしいわね」


 エレノアはうっとりと微笑んだ。


「私もベンジャミンと戯れたいわ」


 どこか怪しげな笑みを浮かべているように思えるが、レベッカも銀狼のもふもふを堪能するのが好きなので、エレノアも似たようなことを考えているのだろう。


「それにしても、テオドール様は最近よく獣化するようになったわね」

「ここ一週間は調子よさそうだったんだけど、もしかしたら昨日の夜に空の散歩をしたから、それで力を使いすぎてしまったんじゃないかなって」

「あら。もしかして、レベッカちゃん。テオドール様とあまり触れあっていないのかしら?」


 魔法使いにとってマナの浄化をするのに最も手っ取り早いのは、《最愛》の聖女と接触することだ。

 少しの浄化ぐらいであれば近くにいるだけでもどうにかなるけれど、魔力の消費量が多いとその分だけ浄化にも時間がかかる。テオドールみたいに魔力量が多く、マナに親和性がある場合はまた別かもしれないが。


「私はいつでも触れ合いたいけど、テオ様が大丈夫だって言うからあまり触れてないよ」


 本当はレベッカはもっとテオドールと触れ合いたかった。

 銀狼のときはこうして触れるのに、人間のときのテオドールは常にレベッカと一定の距離を保っているように思える。

 レベッカの手の下でおとなしく撫でられていた銀狼が、バツが悪そうに縮こまる。


「まあ、そうなの。……ねえ、レベッカちゃん。お楽しみのところ悪いのだけれど、テオドール様には少しの間だけ席を外してもらってもいいかしら」

「え?」

「これから、女同士でしかできないお話がしたくてね」

「うん、それなら」


 名残惜しくもあるけれど、今日はもともとエレノアとお茶をする約束をしていたのだ。


「テオ様、またあとで撫でさせてくださいね」


 レベッカの膝の上から飛び降りた銀狼は、くーんと鳴くと、部屋の外に飛び出していった。

 さっきまであった温もりがなくなった寂しさを覚えながらも、レベッカはソファに座り直す。


「レベッカちゃんは、テオドール様ともっと触れ合いたいのよね」

「うん。私は《最愛》だし、それに……」


 テオドールはいつもレベッカを尊重してくれて、彼と一緒にいる時間は何よりも幸せだ。

 彼はレベッカと家族になりたいと言ってくれて、レベッカもそれを望んでいる。


 でも、最近はそれだけでは足りなくなってきていることも自覚している。


「テオ様とは家族だと思ってるよ。前に私が十八歳になったら結婚しようとも言ってくれたし」

「まあ、テオドール様が?」


 あの頃はまだ出会ったばかりだったけれど、家族ができるのが嬉しかったレベッカはすぐに承諾した。

 エレノアは意外そうな顔をしていたが、レベッカの様子を見てどこか悩ましげな顔になる。

 しばらく考え事をしていたかと思うと、ゆっくりと口を開いた。


「レベッカちゃんは、どういう男女が結婚するのか知っているかしら」

「えっと、好きな人同士、とか?」

「ええ、それが一番理想的ね。でも、貴族社会においてはそれだけではないの。多くの貴族は家同士の繋がりを求めて政略結婚をするわ。私も聖女じゃなければ、家の都合のいい相手と結婚することになっていたでしょうね。いまも、たまにそういう話を持ちかけられるけれど」

「ベンジャミン様がいるのに?」

「ええ。ベンジャミンは下級貴族の出だけれど、私は侯爵家の娘だもの。お父様とお母様はベンジャミンのことを受け入れてくれているけれど、貴族社会のすべてがそうとは限らないの。《魔法使い》とはいえ下級貴族に嫁ぐことになった私を哀れんだ振りをして、あわよくば侯爵家と縁者になろうと企む人がいるわ」


 レベッカには貴族社会のことは詳しくわからないけれど、エレノアとベンジャミンの仲が良いのは傍からでもよくわかることだ。


「まあ、ベンジャミンは私にとって、とてもかわいい《最愛》だから手放すつもりはないけれどね」


 エレノアが微笑む。


「それで話を戻すのだけれど、貴族社会の政略結婚と、《最愛》同士の結婚、似ているとは思わないかしら?」

「うーん。そうかな?」

「《最愛》とは唯一無二で、替えが効かないものだわ。だから高位貴族出身の《魔法使い》の中には、《最愛》とは別の相手と結婚して、《最愛》にはマナの浄化だけを求める場合もあるの。逆に《最愛》と結婚して、愛人を設ける場合もあるわね」

「……そういえば、神殿で教えてもらったんだった」


 《魔法使い》の中には《最愛》とは別の伴侶を設ける場合があるのは、神殿でも習ったことだ。

 レベッカも当初は、テオドールのそばにいられればそれでいいと思っていた。


「《最愛》の結婚は、半ば強制された結婚――政略結婚と同じようなものだわ。政略結婚に必要なのは利害関係であって、愛ではないもの」

「……そういわれてみると、確かにそうだよね」


 テオドールは家族になりたいと言ってくれた。

 もっとお互いのことを知っていこうと。

 ――でも、それはレベッカが《最愛》だからかもしれない。


「難しい話をしてしまったわね」


 レベッカは首を振る。エレノアがどうしてこんな話をしてくれたのか、理解したからだ。


「エレノアは、私たちのことを心配してくれているんだよね?」


 テオドールは、レベッカに結婚しようと言ってくれた。

 でも、そこにあるのは好き同士の結婚ではなく、愛情のない政略結婚かもしれない。

 

「……でも、私はそれでもいいよ。テオ様は私を助けてくれたし、私のことを大切にしてくれている。私はテオ様のことが好きだけれど、テオ様が私のことを想ってくれることまでは望んでいないもの」

「本当に?」

「……うん」

「それなら、テオドール様の気持ちを確かめてみましょう」


 確かめるということは、テオドールに直接聞くつもりだろうか?

 レベッカが焦ると、意味ありげに微笑んだエレノアが正面のソファから立ち上がり、レベッカの隣に移動してきた。

 そして耳元に口を寄せて、囁いたのだ。


「相手の愛情を確かめる薬があるという噂を聞いたの」

「薬?」

「最近、町を賑わせている薬らしいわ。女性の間で人気でね、平民だけでなく貴族までもがこぞってその薬を探しているの。私も探しているのだけれど、侯爵家の力を使ってもまだ実態を確かめられずにいるのよ」

「危険な薬じゃないの?」

「もしかしたら、そうかもしれないわね。……でも、夢があるでしょう」


 そう語るエレノアはいつものお嬢様然とした姿ではなく、一人の少女のようだった。


「レベッカちゃんはテオドール様の本当の気持ちを知りたいとは思わない?」

「うん。知りたい!」

「私もよ。ベンジャミンは私のことを《最愛》としてみてくれているけれど、実際はどう思っているのかわからない時があるの」

「そうなんだ」


 二人の仲の良さは傍から見ていてもよくわかるから、そんな悩みがあるとは思えなかった。

 エレノアの金色の瞳には、いつもよりも無邪気な好奇心が宿っている。


「だから、一緒に探してみない?」

「……テオ様には内緒で?」

「ええ、もちろんよ。ベンジャミンにも内緒にしているわ」


 ゴクリと喉が鳴る。

 本当にその薬があるのなら、レベッカも試してみたい。


 お互いに顔を見合わせる。

 これは、女同士の内緒話だ。


「その薬の名前って?」

「確か――愛の妙薬、と言ったかしら」


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