第四章 愛の妙薬①
お待たせしました。
第二部『魔女』の開始です。
よろしくお願いします。
「うわぁ、すごいですね! 高い!」
レベッカの口から簡単な吐息が洩れた。
それも無理はない光景が、眼前に広がっている。
雲ひとつない夜空に広がるのは、キラキラと輝く星の数々。
ひとつひとつはっきりと視認できるその星々に、レベッカはさらに喜びの声を上げる。
「こんなに近くで星を見たのは初めてです」
風の噂で、遠くにある星を拡大して見ることができる《魔道具》があると聞いたことがあるけれど、それでもこんなにもはっきりと見ることはできないだろう。
なぜならレベッカは、テオドールに連れられて空を飛んでいるからだ。
『今夜、空の散歩をしませんか?』
そう問いかけられたのが、夕飯の席でのことだった。
レベッカは二つ返事で頷いて、テオドールの誘いに乗った。
テオドールの邸宅に来たばかりの頃に約束をしていたけれど、できていなかった空の旅をすることになったのだった。
「いろいろな星がありますね」
「レベッカさんが好きな星座はありますか?」
「星座ですか? ……星座は、あまりわからないんです」
星と星を繋ぐと、生き物などの様々な形になると聞いたことはあるが、レベッカはそれにどんな意味があるのかまでは知らなかった。
「あそこに三つの星が並んでいますよね。その星を線でつなぐと、三角形が見えてくると思います」
レベッカの腰に回っている腕とは反対の手て、テオドールは空を指さす。
「あれはさんかく座と言います。安直な名前ではありますが、昔から語り継がれている由緒ある星座なんですよ」
「すごい、本当に三角だ」
「その近くには、人の形に見える星座もありますよね」
テオドールの指先からほのかに光が伸びると、さんかく座の近くにある星々を光の線が繋いだ。
その幻想的な光景に、レベッカの口からさらに感嘆が洩れる。
「人の形になりましたよ!」
「これは生贄としてささげられた、ある王女様の星座です」
「生贄!?」
「安心してください。彼女はすぐにある英雄に助けられます。その英雄の星座も、確かあのあたりにありますよ」
光の線がさらに別の星座を繋いでいく。
「それは良かった。王女様は、幸せになったんですね」
「……ええ、鎖から逃れられないと思っていた王女様も、英雄のおかげで九死に一生を得ました」
「へえ、ロマンチックですね」
「ええ、そうですね」
「もし私がどこかに囚われたら、テオ様は助けてくれますか?」
レベッカの問いに、テオドールが軽く目を見開いて、それからほほ笑む。
「もちろんですよ。まあ、そうならないのが一番いいのですが」
「たとえ話ですよ」
「ふふ、そうですね。レベッカさんが危険な目に合わないように、僕が必ず守りますので、安心してください」
穏やかな銀色の瞳に、レベッカは嬉しさを隠すことができなかった。
テオドールの瞳は安心できる。彼が言うなら、間違いがないと思わせてくる。
いつも見上げているだけの空だった。
その空にレベッカはそっと手を伸ばした。いまなら、星々にも手が届きそうだと思ったからだ。
「では、そろそろ降りましょうか」
名残惜しいけれど、もう夜も深まってきている。
レベッカが頷くと、テオドールの生み出した光の魔法が、二人の体を包んだ。
足元の浮遊感を思い出して、レベッカはテオドールの体に抱きつく。
ゆっくりと二人の体が降下していき、地面に足がついたところで体に重力が戻ってきた。
「レベッカさん、地面に降りましたよ」
テオドールの体にしがみついていたレベッカが目を開けると、彼は少し困った顔をして笑っている。
至近距離にある銀色の瞳、それから彼の銀色の髪は闇夜にもまばゆく光っている。
その美しい光景に見入っていると、テオドールの耳が少し赤くなった。
「そろそろ部屋に戻りましょうか。魔法があるとはいえ、夜風は冷えますし」
「そうですね!」
レベッカはテオドールから離れた。名残惜しい気がしたが、いつまでも抱きついているわけにはいかない。
空の旅の高揚感は消えないまま、レベッカはテオドールの手を嬉しそうに掴んだ。
「テオ様、ありがとうございます」
「楽しんでもらえてよかったです」
「また、空の旅に連れて行ってもらえませんか?」
「ええ、レベッカさんが望むのであれば、いくらでもご一緒しますよ」
「テオ様は、空が飛べてすごいなぁ。……私も魔法が使えたらいいのに」
それは、ふとした呟きだった。
「いま、なんて言いましたか?」
「えっと、私も魔法が使えたらいいのにって。……あ、無理なのはわかってますよ。女性は魔法を使えないって、聞いたことがありますし」
「……そうですね」
見上げたテオドールの顔色がなぜか曇っている。
「レベッカさん。もし魔法が必要でしたら、僕がいくらでも使います。ですので、他の場所で魔法が使いたいということは言わないでくださいね?」
「え?」
「絶対に、言ってはいけませんよ」
やけに厳しい、とがめるような銀色の瞳を見て、レベッカは頷くことしかできなかった。
◇
(昨日のテオ様は、どうしたんだろう)
いつもと同じ時間に起床すると、レベッカは昨夜のことを思い出していた。
(女性には魔法が使えないのは当たり前なのに……)
使えたらいいのにと思ったことはいくらでもある。
でも、王国では女性が魔法を使うことができないというのは一般常識だった。
ほんの冗談の言葉で、テオドールがあそこまで厳しい眼をするとは思わなかったのだ。
(……ううん、テオ様のことだから、きっと何か事情があるんだよね)
考えていても仕方がないと、レベッカはさっそく顔を洗って、メイドたちの力を借りて身支度を整えると、もはや習慣となっている朝の活動に向かうことにした。
レベッカの部屋のひとつ上の階――そこにある、テオドールの部屋の扉を勢いよく開く。
「おはようございます、テオ様!」
朝が弱いテオドールのために、レベッカは彼を起こすことを日課にしていた。
テオドールは声をかけても体を揺すっても、簡単には起きない。
まず、レベッカは部屋のカーテンを全開にした。
朝日が入ってくると、ベッドにシーツが盛り上がって山になっているのがわかる。
その山の中で、テオドールはよく丸くなって眠っていた。
(あれ? なんかいつもよりも山が小さいような……?)
レベッカはシーツの山を剥ぎとった。
いつもならすぐに「おはようございます!」と声を出すのだが、レベッカの口から出たのは別の言葉だった。
「テオ様! どうして、狼の姿に!?」
朝日を一身に浴びながら起き上がったのは、レベッカの背丈ほどある大きな銀狼だった。




