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番外編 雨が降った夜に


 テオドールの《最愛》となり、彼の邸宅で暮らすようになってから、二日後の夜。

 窓ガラスを打ち付ける小さな音で、レベッカは雨が降っていることに気づいた。

 叩きつけるような音に、そっとバルコニーに続く扉のガラスの部分から外を眺める。


 空気を裂くような雨の音。その激しい音とは裏腹に、レベッカは僅かな寂しさを感じていた。


 孤児院にいた時は常に子供たちやシスターが同じ部屋にいた。聖女宮ではひとり部屋だったけれど、建物内には人がいた。だから意識したことはあまりなかったのだけれど。

 テオドールの邸宅には最小限の使用人しかいない。テオドール自身もあまり部屋から出て来なかったり、食堂に顔を出さなかったりと、居るのかいないのかよくわからない時もある。


「すごい、降ってる」


 遠くでゴロゴロと雷が鳴っている音がする。

 雨脚も心なしか早くなっているようで、レベッカはよくわからない不安を感じていた。


(雷を怖いと思ったことは、ほとんどないのに)


 孤児院にいた時は雷が鳴ると泣きだす子供がいた。その子供たちを励ますので精いっぱいで、レベッカ自身は雷に恐怖はあまり感じていなかったと思う。

 そのはずなのに、今日はやけに心細く感じる。


 雷の音は次第に大きく聞こえるようになり、ピカッと光ったかと思うと、レベッカの口から小さな悲鳴が出た。


(い、いまの気のせい? なんか、人影が)


 雷の光により照らされた暗闇の中、人影のようなものが浮かんだような気がしたのだ。

 こんなところに人がいるわけないし、そもそも夜だ。

 見間違いだろうとそう思うことにしたのだけれど、また雷がピカッと光る。


(や、やっぱりいる……!)


 あわあわしていると、バルコニーに続く扉が音を立てた。雨の音ではない。何かがノックしている音だ。

 息をしたら向こうの人に気づかれてしまうかもしれない。

 口を被い、呼吸を止めて、そっと息を潜めていると、またコンコンと音が。


 必死に気配を消していると、扉の向こうから困惑するようような声が聞こえてきた。


「レベッカさんは、寝ているのでしょうか……」


 聞き覚えのある声に、レベッカは勢いよく外側に開くバルコニーの扉を開いた。

 強い雨が降り注ぐそこには、銀色の長い髪をなびかせたテオドールが立っていた。雨が降っているのに濡れていないように見えるのは、魔法を使っているのだろうか。


「テオドール様、こんなところでなにやっているんですか!?」


 勢いよく問いかけると、目を丸くしていたテオドールがすっと目を細めて、穏やかに笑う。


「元気そうで、安心しました。雷が鳴っているので、もしかしたら怖がっているのではないかなと、そう思ったら居ても立ってもいられなくなって、つい来てしまったのです」

「どうして、外から」


 こんなに雨が降っているのだから、邸の中から移動してくればいいのに。

 レベッカの疑問に気づいたのか、テオドールがバツの悪そうな顔になる。


「バルコニーから行った方が、早いと思いまして……」

「こんなに雨が降っているんですよ。風邪をひいたらどうするんですか?」


 部屋の中にテオドールが入ってくるのを確認すると、バルコニーの扉を閉める。

 それから改めてテオドールの全身を確認すると、外はあんなに雨が降っていたのに、テオドール自身は濡れていないように見える。

 やはり、魔法――


「って、魔法を使われたのですか?」

「あ……はい」


 テオドールが目を逸らす。

 神殿からテオドールの邸宅にやってきた時、ベンジャミンにあんなに口酸っぱく言われていたはずなのに。一週間は魔法を使わないでくださいと。


「レベッカさんのおかげでマナの浄化も進んでいて、魔力も回復してきていますから。少しぐらいなら、魔法を使っても大丈夫なはずです」


 少し。雨を防ぐのが、少し。


「ですので、これはベンジャミンには内緒にしてくださいね」


 穏やかに笑いながら人差し指を立てて口許に当てるテオドール。

 レベッカは渋々頷いた。

 その時、窓が光った。少し遅れて大きな音が鳴る。


「けっこう近いみたいですね。まあ、落ちてきてもこの邸は大丈夫ですが」


 不吉なことを口にしながら窓の外を眺めるテオドール。

 ふと、レベッカは気づいた。さっきまであった心細さがなくなっていることに。

 テオドールのおかげだろうか。


「僕の邸宅は、定期的に結界を張り変えていますので、雷が落ちたぐらいではビクともしないんですよ」


 結界があるから不審者も入って来られないし、邸の中の温度も一定に保たれているから季節関係なく快適に暮らすことができる。

 まるで親に自分の行いを自慢げに話す子供のようなその様子に、レベッカはもうすっかり雷の音が気にならなくなっていた。


(テオドール様も、同じ邸にいるんだ)


 そんな安心を感じる。それが少し心地いい。


 たとえ食事の時間はほとんど一人だったとしても、一人で過ごす時間が多かったとしても。

 この邸のどこかにテオドールがいる。

 それだけでも、少し寂しさが和らぐのだった。


(本当は、一緒に食事をとってほしいけど)


 わがままは飲み込んで、レベッカはテオドールとの会話を続けるのだった。


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