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第三章 愛されるもの⑩

    ◆◇◆



 それからしばらくして、リップス子爵夫婦に判決が出た。

 非合法の魔道具の売買に関わっていたこと。それから爆発する危険性があることを知っていながらもその魔道具の売買に関わっていたことから、十年の懲役刑が課せられることになった。貴族の身分も剥奪されて、直接関わっていなかった二人の息子は遠く離れた修道院に預けられることになった。

 ダビドは労役刑の判決が出たが、のちに魔塔の預かりとなる。本人は躊躇っていたものの、自分の力がゆくゆくはレベッカや孤児院の子供たちの役に立てることがあるのならと、テオドールの提案を受けてくれた。


 そしてテオドールは、ダビドと面会していた。

 胡乱げな瞳を向けてくるダビドに、テオドールは静かに問いかける。


「本当のご両親に会いたくはありませんか?」

「――ッ!」


 信じられないと目を丸くしたダビドが口を開く前に、テオドールは言葉を続ける。


「決して良い再会にはならないでしょう。ですが、一度、顔を見せに行かれると良いかもしれません」


 やんわりと何かを隠すかのような物言いに、ダビドがさらに怪訝な顔になる。




「こちらです」


 魔法を使ってやってきたのは、王都より遠く離れた町にある湖の傍。

 小さな教会の建てられたそこは、多くの墓が並んでいる墓地だった。


 そのうちのひとつ。十字架の石碑に掘られている名前を見て、ダビドが目を丸くしていた。


「もう、すっかり忘れたと思っていたのに……」


 五歳の頃に孤児院に預けられたとすると、もう両親の名前すらおぼろげだったのだろう。だけど大切な記憶は意外としっかり残っているものだ。石碑に掘られた名前を見て、彼は自分の両親の名前を思い出したのかもしれない。


「調査の段階で、ダビドさんの実の両親について調べさせていただきました」


 本来なら調べる必要のないことだった。だけど、少し気にかかったのだ。

 いつか迎えに来る。そう言い残していた両親が、いつまで経っても彼を迎えに来ないのはなぜなのだろう。本当にダビドのことを忘れてしまっているのだろうか。


 だから調べる必要なんてなかったのに、ダビドの両親について調べることにした。

 そして知ってしまった。


「シスター・グレースから、ダビドさんの両親の話を聞きました。ダビドさんの両親は商人だったそうです。ですが生活に困窮してしまい、ダビドさんを一時的に孤児院に預けることにして、遠くの町に出稼ぎに向かったと」

「……知ってる。でも、そのまま帰ってこなかったんだ。迎えに来ないってことは、俺のことなんて忘れて、あっちで幸せに暮らしていると思っていたのに」


 こもった声で、目を伏せた彼が呟く。


「――事故だったそうです。ご両親は鉱山で働いていました。ですが、運の悪いことに鉱山が崩壊してしまい、多くの人が亡くなりました。王都から遠く離れた町だということもあり、犠牲者の詳細の情報が王都まで回ってこなかったようです」


 ダビドの両親は自分たちの名前の掘られたペンダントを持っていた。だから名前はわかったものの、身寄りを調べる余裕はなかった。一番の理由は亡くなった人の数が多かったことだが、王都から遠く離れた町にはまだ魔道具が復旧しておらず、調査がきちんとされていなかった。

 そのため、犠牲者は町の教会で丁寧に弔われたのちに、景色の良い湖の傍の墓地で埋葬されることになった。


「ダビドさん、これを」

「……これは?」


 渡したのは銀のプレートの付いたペンダント。プレートには両親の名前が書かれているが、実はロケットタイプになっていて、開くとそこには一枚の肖像画が入れられている。

 幼い、ダビドの肖像画だ。


 彼は捨てられていなんかいなかった。

 両親はダビドのことを愛していて、いつか彼を迎えに行くつもりだったのだろう。


 ペンダントを握りしめたダビドが震えている。ひそかに嗚咽が交じる。

 傍にある湖から流れてくる柔らかな風の音を聞きながら、テオドールはただ待っていた。


 少しして落ち着いたダビドが鼻をすすりながらも近づいてくる。


「これ、俺が貰ってもいいのか?」

「ええ、もちろんです。それはもうあなたのものですよ」


 教会には崩落事故で亡くなった人の遺物が保管されている。それはもし遺族が現れた時に、渡せるように保管されているものだった。

 ダビドは持っていたペンダントを大切そうに胸に抱えた。



 テオドールの魔法を使えば、王都まではすぐに帰ることができる。

 何度か瞬間移動を使い、ダビドとともに王都に戻ってきたテオドールは魔塔の前にいた。

 迎えに出てきたベンジャミンに、テオドールは短くダビドのことを紹介する。

 これからダビドは魔塔で過ごすことになる。少なくとも一年は魔塔から出ることはできないだろう。


「それでは、ベンジャミン、あとは任せましたよ」

「はい、テオドール様。それじゃあ行こうか、ダビドくん」


 そろそろ家に帰る時間だ。帰ったらレベッカが待っていて、食事を一緒に食べることになっている。

 だから早く帰らなければいけないのだけれど、ふとテオドールは彼に訊き忘れたことがあることを思い出して、立ち止まった。


「ダビドさん。――ヴィシアン・ゲゴールという名前に、心当たりはありますか?」

「ヴィシアン・ゲゴール? 誰だ、それは?」


 何も知らないという顔。

 その顔をみて、緊張から息を吐きだしたテオドールは、小さく頭を振る。


「忘れてください」

「わかった」


 心配そうなベンジャミンの瞳を見返して微笑むと、テオドールは今度こそ自宅に戻ることにした。



 今回の事件、爆発する魔道具の売買に関わっていたリップス子爵夫婦は無事に逮捕された。

 そして、取引相手とされる、魔法使いも。


 だけど――あまりにも出来すぎていると、テオドールは考えていた。

 あまりにも自然にパズルのピースが嵌りすぎている。まるで合っていて当然かのように。


 自然すぎて、不自然なぐらいだ。

 だから、もしかしてと、とある男の顔が思い浮かんだ。

 彼なら、あるいは――。


(いや、考えすぎかもしれないですね)


 いろいろなことが重なって、疲れているのかもしれない。

 今回の事件は、自分の魔法を周囲に誇示したいと逸った魔法使いによる事件でしかない。

 少なくとも魔塔は調査の結果、そう結論付けている。

 事件に関わった者は処罰されて、これで事件は幕引きとなるだろう。


 たとえ、それに違和感を覚えた者がいたとしても――。



    ◆



 後日。

 テオドールは魔塔の自室で、アンリエッタ・シーウェルから押収したミサンガを眺めていた。これ以上調査しても何も出てこないだろうと思われたミサンガを、テオドールが引き取ったのだ。


 そしてテオドールは、なんとなくそのミサンガを解いてみようと思った。

 ミサンガは細い糸から太めの糸まで、多くの糸が集合して編み込まれている。一見すると若草色だが、それだけではない。

 ミサンガを解いても意味がないことはわかっていた。


 だけど、一本、一本、解いていき――。


 そして、見つけた。


 最後の太い糸を解いた裏に、隠されていたマークを。


 『VG』――という、小さなマークを。

 


第一部 完結


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