第三章 愛されるもの⑧
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《魔道具》の爆発に巻き込まれてから三日後。
事件についての調査の結果が出たということで、レベッカはテオドールとともに魔塔の応接室を訪れていた。
魔塔といっても魔法使いたちが研究したり暮らしたりしている本館ではなく、隣の別館だ。本館には魔法使いや事前に許可された人しか入れないため、訪問客がある場合はまずは別館で対処することになっている。ダビドとレベッカはまだ魔塔に入る許可を貰っていないので、別館で話をすることになった。
レベッカとテオドールが応接間に入って少ししてからダビドもやってきた。
室内には三人が残されて、ダビドについてきていた魔塔の調査員は外で待機しているようだ。
向かい合った三人の間に静寂が訪れる。
少しして、テオドールが重い口を開いた。
「――まず、結果ですが」
レベッカの横にいるダビドが緊張しているのが伝わってくる。
「リップス子爵家が取り扱っている《魔道具》に、多くの非合法の物が見つかりました」
ダビドの肩が震える。信じたかったのだろう。養親が自分を利用していなかったことを。
テオドールは淡々とした声で、話しを続ける。
「どうやら昨年ぐらいから取引を始めたみたいです。報酬がいいからやっていたそうですが、リップス子爵家自体もそれがどういうものかは理解していなかったようです」
《魔道具》に長く携わってきた家系だけれど、今代のリップス子爵家には魔力のある子供が産まれなかった。そのため家門の未来を危惧して、報酬に目がくらんだと答えたそうだ。
それでも、リップス子爵夫妻は薄々気づいていたという。取り扱っている《魔道具》がまともじゃないことに。それでもやめられなかったから、咎には自分たちにあると答えていた。息子たちは知らないことだと。
「――その息子には、ダビドも入っているのですか?」
「それは……」
テオドールが言い淀む。銀色の瞳が痛ましそうにダビドを見つめて、すぐに逸らされた。
「ダビドさんには魔法の才能があったから、手伝ってもらったと言っていました。ですが、ダビドさんは《魔道具》の正体までは知らないはずだから、関係ないと」
俯いていたダビドが顔を上げる。
「ダビドさんは、知らなかったのですよね。《魔道具》が爆発することを」
「…………」
口を開こうとしたダビドを制止するように、テオドールが口を開く。
「ダビドさん。これからリップス子爵夫婦にお会いしませんか?」
「会えるのか?」
「はい。さきほどの答えは、その後に聞いたほうがいいと思います」
テオドールが扉の前の調査員となにか話をしていたかと思うと、五分後に部屋の扉がノックされた。
貴族と思われる男女は部屋の中に入ってくると、すぐにダビドの姿を見つけて目を丸くした。この二人がリップス子爵夫妻なのだろう。
「ダビド……」
夫人がぼそりと囁いたかと思うと、キッと目を尖らせてダビドをにらみつけた。ものすごい剣幕だ。
「あなたのせいよ! あなたが魔法使いに捕まったから!」
ヒステリックに叫ぶ声に、ダビドが震える。レベッカは夫人の言葉を信じられない思いで聞いていた。
もとはと言えば子爵夫婦が騙していたのに。何も知らないダビドを利用して、犯罪の片棒を担がせて……!
なにかを言おうと口を開くと、テオドールに止められた。
目の前には鬼の形相をした女が騒いでいる。
ダビドの口から「義母さん」という囁きが漏れた。
「私を義母さんと呼ばないでちょうだい! あなたは元から私の息子ではないのよ!」
「……おい、やめんか。大魔法使い様の前だぞ」
子爵が夫人を嗜める。その後、なぜかダビドを見つめる。その瞳にどこか憐憫の情が浮かんでいることにレベッカは気づいた。
隣でダビドが小さな声で囁く。
「……やっぱり、嘘だったんだ。愛していると言ったのも。息子だって言ったのも……」
その痛ましい声が、レベッカの胸にも響く。
新しい家族。それは親のいない子供にとって喉から手が出るほどほしいものでもあった。
それなのに――そんな子供の気持ちを利用して、愛情を向けるフリをして、傷つけて――。
この人たちはいったい何がしたいのだろうと、レベッカは思った。
(それにテオドール様も、どうしてこの二人に合わせようとしたの?)
ダビドを騙していたこの人たちと会ったって、ダビドがまた傷つくだけなのに。
先ほどまでヒステリックに叫んでいた夫人が、やや落ち着いた声音でテオドールに話しかける。
「もういいでしょう、大魔法使い様。私とその子は赤の他人なのです。これまでもこれからも、それは変わりありません。ですので今後はもう会うことはないでしょう」
「……本当に、それでよろしいのですか?」
落ち着いたいつもの声音でテオドールが訪ねると、子爵夫人は頷くことなくダビドに背を向けた。
その壁のような背中に、レベッカは違和感を抱いた。
「わかりました。二人とも、元居た場所にお連れしてください」
「承知しました」
調査員が子爵夫妻を連れて出て行く。
その背中を見て、レベッカは妙な焦燥感を覚えた。
ダビドを傷つけたことは許せない。だけど、いまここで二人を見送ったら何か取り返しのつかないことが起こるような、そんな気がした。
「テオドール様、あの二人は本当に、ダビドのことをただ利用していただけなのですか?」
「……それを知っているのは、本人だけだと思いますよ」
テオドールの銀色の瞳と視線が合い、そのどこか切なげな瞳を見た瞬間、レベッカは部屋から飛び出していた。
「待ってください!」
廊下の先を歩いている子爵夫人の背中がびっくりしたように止まり、振り返る。
近づいたレベッカは、子爵夫人の瞳を見つめて、問いかけた。
「本当に、ダビドのことを息子だと思ったことはないのですか?」
「……っ、当たり前じゃない。あの子は孤児なのよ。私たち貴族とは違うの。いくら養子縁組をしたからと言っても、本当の家族になれるはずがないじゃない」
冷たい言葉、逸らされようとしている瞳。
レベッカは負けじと、その瞳を見つめ返した。
「本当は違うんじゃないんですか? だってダビドが言ってたんですよ。新しい両親は良い人たちだって」
「あれは演技よ。あの子を欺くための」
「それならどうして、ダビドを切り捨てないのですか?」
二人に会わせる前に、テオドールが口にしていた言葉を思い出す。
子爵夫婦はダビド《魔道具》の正体までは知らないはずだから、関係ないと言っていたらしい。
でも先程の夫人の発言を思い出すと、その言葉はおかしいだろう。
夫人はダビドのせいだと吐き捨てた。それならダビドにすべて罪を着せることだってできたはずなのに……。テオドールから聞いた言葉は、ダビドを庇っているように思えた。
レベッカの言葉に、夫人が目を剥いた。
「魔道具の正体をダビドは知らないから関係ないと言ってたのに、さっきはダビドのせいだって言ってて……言ってること、おかしいですよ」
「それはっ」
「……もうやめないか」
ほとんど黙っていた子爵が重い口を開いた。
「あなたはダビドの知り合いかね?」
「孤児院にいた時の家族です」
「そうか。それなら、彼には悪いことをした。《魔道具》の事業は魔法を使えないといけなくてね。息子たちには適性がなかったから、魔力が見える子供を探していたんだ」
その際にたまたま街中でダビドを見つけた。ダビドは《魔道具》を売っている露店で、ここに売っている《魔道具》は偽物だと話していたという。露店の店主は相手にしていなかったけれど、子爵はその発言に興味を持った。そして話を聞いているうちに、ダビドが魔力が見える体質――魔法の才能があるということに気づいたのだ。
彼が孤児院で暮らしているということを知った子爵は、すぐに彼を養子に迎え入れる決断をした。夫人は家の事情に他人を巻き込むのは感心しないと拒否していたらしいけれど、彼の才能を無駄にしたくないと子爵の説得に夫人は折れた。
そしてダビドを引き取ってからは、なるべく情が移らないように接するようにしていたらしい。
だけど、夫人はダビドが親に捨てられたことを知り、同情してしまった。
子爵が気づいたときにはもう遅く、夫人はすっかりダビドに情を抱いてしまっていた。
自分たちが新しく取引を始めた《魔道具》が、いわくつきだというのにも薄々気づいていた。だけど契約があるからやめることはできなかったと、子爵は疲れたような声で教えてくれた。
「彼には悪いことをした。最初から巻き込まなければよかったよ」
無責任な言葉に、レベッカの頭が熱くなった。もとはと言えば、彼らがダビドを巻き込んだからこんなことになっているというのに。
夫人の瞳から涙が零れていく。それにより怒りは和らいだけれど、きっとレベッカは二人のことを許すことはできないだろう。家族の愛情というのを利用したのだから。
だけど、ここでレベッカが怒るのは間違っていることも理解していた。
「ダビドは今回の事件には関係ない。我々はそう主張するつもりだ。だからダビドにもそう伝えてくれないか?」
「あの子はもう私たちとは関係のない、赤の他人よ」
拒絶するような冷たい言葉のはずなのに、なぜか二人の言葉からは暖かいものを感じた。
レベッカが頷くと、傍にいた調査員に促されて子爵夫婦は今度こそ歩いて行く。
その背中を見送ったレベッカが応接室に戻ると、扉に背中を預ける形でダビドが立っていた。
「ダビド……あの、二人は……」
「聞いてたよ」
「っ」
「……勝手な人たちだよ。俺は正直、許せるかはわからない。でも本当に優しくて、良い人たちだったんだ。本当の家族になれたようで、本当に嬉しかったんだ……それに」
ダビドは壁から背中を離すと、テオドールと向かい合った。
「俺は、やっぱり嘘は吐けないよ。自分が運んでいる《魔道具》がまともじゃないって途中で気づいていたのに、黙っていたんだ。利用されていたんだとしても、俺は自分の意思でしたんだから」
「……それで、よろしいのですか?」
「ああ。それに、罪はちゃんと償わないと」
まなじりに涙を溜めながら言うダビドを見て、テオドールは静かに頷いた。




