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第二章 孤児院の家族⑥


 早朝、レベッカの一日は祈りからはじまる。

 神殿にいたころから続いている日課だ。祈ると聖力がみなぎり、全身が澄み渡る感覚が心地よかった。


 祈りを終えると、それを見計らったかのようにメイドが部屋に入ってくる。邸宅に来たばかりの頃は、なんでも自分でやろうとしてはメイドから止められた。いまでは気恥ずかしい気持ちは残っているものの、身支度は任せている。


 身支度の次は朝食だ。テオドールは起きてくるのが遅く、朝食はとらないらしい。だからこの邸宅に来てからの食事は、ほとんど一人だった。

 たまに料理長が来て話し相手になってくれるものの、孤児院のような活気はない。


(昨日は楽しかったなぁ)


 騒々しかったけれど、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになった食事の時間を思い出す。


「そうだ、テオドール様にお願いしないと」


 来週末、孤児院で開かれるバザーに行くことになっている。

 レベッカも、久しぶりに裁縫で何かを作るつもりだった。

 だけど作ろうにも材料が揃っていない。それをお願いするためにレベッカはテオドールの部屋を訪れていた。


 ノックをするが応答がない。

 まだ寝ているのだろうか。首を傾げていると、執事のルーベンがやってきた。


「ご主人様に御用ですか? ちょうど、いまから起こしに行くところでしたが……」

「あ、そうなんですね。じゃあ、私は出直します」

「いえ、レベッカ様さえよければ起こすのを手伝っていただけないでしょうか? ご主人様は放っておくと、昼過ぎまで寝ていることがありますからね。さあ、そうと決まったらよろしくお願いします、レベッカ様」


 ルーベンに押し切られる形で、レベッカはテオドールの部屋に入った。

 レベッカの部屋と同じぐらい広い部屋は、日差しがカーテンで遮られていて薄暗い。そろそろと足を踏み出して寝台を探すと、そこだけほのかに輝いているようだった。


 近づいて、輝いているのが銀色の長い髪だということに気づく。

 布団からはみ出た銀髪が、カーテンの隙間か漏れる日差しでほのかに輝いている。


「テオドール様、おはようございまぁす」


 呼びかけるが、返事はない。まだ寝ているようだ。

 ルーベンが容赦なくカーテンを全開にする。

 眩しい日差しが部屋の中に差し込むと、布団の中から呻く声が聞こえてきた。


「テオドール様、朝ですよー!」

「……う、ううん……」


 次は掛布団を取り上げる。バサッと翻すと、日差しと相まって銀色がさらに輝きを増す。


「おはようございます、テオドール様!」


 三度目の呼びかけに、テオドールの瞼が持ち上がった。

 少し開いては閉じて、また少し開いては閉じてを繰り返した後、やっと彼は目の前にいるレベッカを認識したようだ。


「レベッカ、さん……?」

「はい、私です。おはようございます」

「…………おはようございます」


 パチパチ瞬きをしながらも、テオドールはゆっくりと身を起こした。

 その動きは、まるで寝起きの犬のようだった。

 レベッカは思わず大きく目を見開いた。

 寝間着の胸元が開いている。――あの時、テオが人間に戻った時のことを思い出して、レベッカの視線がその白い体に吸い寄せられる。


「――って、レベッカさんすみませんっ。その、少しだけ後ろを向いていていただけませんか?」


 自分の姿に気づいたテオドールの要望に、レベッカは素直に従う。


「もう、大丈夫です」


 振り返ると、テオドールはどうやら魔法を使ったようで、すっかりいつもの大魔法使いの装いになっていた。


「ところで、レベッカさんはどうしてここに?」


 テオドールは少し耳を赤くしながらも、問いかけてきた。その言葉に、レベッカは我に返る。


「その、今度の孤児院で開かれるバザーのために、何か作りたいと思っていまして」

「レベッカさんが作るのですか?」

「はい。聖女になる前は、よく作っていたんですよ」


 大きなものは作れないし、あり合わせの材料しかなかったからオシャレなものを作ることはできなかったけれど、それでも楽しかったあの時の想い出が次々に浮かんでくる。


「そうなんですね。材料はルーベンに言えば、なんでも揃えてくれますよ」

「本当ですか!?」

「ええ、レベッカさんは僕の《最愛》なんですから、当然ですよ」

「ありがとうございます!」


 何を頼もうか、想像だけで心を弾ませる。

 その時、テオドールが何かを言いかけて、すぐに口を閉じた。

 テオドールの顔には穏やかな笑みが浮かんだままだ。日差しが眩しいのか、彼は目を眇めた。


「レベッカさんが何を作るのか、僕も楽しみにしていますね」



    ◇



「順調ですか?」

「――あ、テオドール様?」


 庭で裁縫をしていると、テオドールがやってきた。

 テオドールは日中に家を空けることが多い。王宮魔法使いであり、大魔法使いでもあるテオドールの一番の仕事は、アーニアール王国の結界を維持することだ。


 今日も朝から王宮に行っていたらしく、夕陽の色が濃くなる時間にテオドールは帰ってきた。

 すっかりオレンジ色に染まった庭園のガゼボで、レベッカは頭を跳ね上げる。


「もうこんな時間!」


 庭園に出たのは昼すぎだったのだけれど、時間も忘れて熱中していたみたいだ。

 

「何を作られているのですか?」

「あ、これは……」


 まだ刺繍途中の布をテオドールに見せる。花の刺繍の施されたそれは、小さな巾着袋になる予定だった。


「巾着を縫っているんです。ちょっとした小物とかを持ち運ぶのに便利なんですよ。孤児院にいたときも、これはいちばん人気の品で……」


 思い出も加えながら、饒舌にレベッカは話す。穏やかな笑みのまま、テオドールはその話を聞いてくれた。


 聖女になる前の、孤児院での思い出。よくお世話をしていた子供たちや、お世話になったシスターたちのお話。

 それらを話すのが楽しくなり、気づいたら夕焼け空からすっかり夜になってしまっていた。


「あ、もうこんな時間。ごめんなさい、長話をしてしまって」

「いいえ、レベッカさんの話は聞いているこちらも楽しい気分になりますから、いつまでもずっと聞いていたいぐらいですよ」


 立ち上がったテオドールが手を差し出してくる。


「もう暗いから、家に入りましょうか」

「はい」


 手を握り、一緒に邸宅に戻る道すがら、不意にテオドールが呟いた。


「……レベッカさんは、もしかして孤児院に戻りたいのですか?」

「――え?」


 突然の問いに見上げると、テオドールはその銀色の双眸を前に向けたままだった。いつも穏やかな笑みを浮かべている顔は、どこか別のところを見ているようで――。


 どうして突然そんなとことを聞かれるのか、呆然としていると、テオドールが慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。


「すみません。いまの言葉は忘れてください。レベッカさんのお話があまりにも楽しそうで、ついそんな疑問が浮かんでしまっただけです」

「……そう、ですか?」

「はい。僕はいつも楽しそうなレベッカさんの姿を見られるだけでも、嬉しいのですから」


 きまりが悪そうにしながらも、テオドールはいつもの穏やかな笑みに戻っていた。


(何だったのだろう)


 レベッカはテオドールが一瞬だけ見せた寂しげな表情に引っ掛かりを覚えたが、それ以上彼に訊くことはしなかった。


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