第五十七話 レカの涙
その片方だけの赤い目は明らかにガズボではない、
さっきまでの赤いオーラはなりをひそめていたが、
間違いなくザドワンである。
レカは瞬時に腰を落とし、飛びかかって瞬時にやつの首を……。
「あれ?」
レカは、今自分が何をしようとしていたのか、
思い出せなくなった。
とりあえず床がずいぶん軋むようだ。
あまり変に体重をかけたりしないほうがいい……。
そう思った。
「あらあら、遠くから来たのねえ、レカさん。あなた疲れた顔してるわよ、顔洗って来なさい、さ、さ」
「あ、あー、はい……」
老婆は近くで見ると、その顔は時々港で船に乗ってやってくる、
東洋系の顔立ちで、どことなくリリアに似ていた。
エプロンで濡れた手を拭きながら、
レカを案内する。
レカは促されるままに風呂場脇のシンクへ行く。
老婆が蛇口を捻ると、水が出た。
こういう文明の利器は、
テルの住む貴族の屋敷などでは、最近導入され始めたのを
レカも知っていた。
使わせてもらったこともある。
しかし、どうにも外観から見たこの家の規模と、
こういう最新の設備が合っていないように感じる。
手を洗いつつ、頭を下げてバシャッと顔を洗った。
顔を上げると、ギョッとした。
ずいぶんクリアに自分の顔が映っている。
ここまで品質のいい鏡は見たことがなく……。
「さあさ、ご飯にしましょうねえ」
ダイニングの方から老婆の声がして、
レカは今考えていたことを一旦脇に置いて、
この異様な状況も気にもせずに向かった。
すっかり、祖母の家に招かれた孫娘の気分で……。
窓からは青空が見える。
こぢんまりしたダイニングに、
大きな体のザドワンと、
はしゃぐ少女ゼゴと、
いまだに状況に慣れないレカが黙って座っている。
レカの前にティーカップが置かれ、
老婆がポットでそれに琥珀色の紅茶を注いでくれる。
「ありがと……っす」
ザドワンはすでに紅茶を啜り、
彼にとってはドールハウス用にも見える大きさの、
ティーカップをナイフのような爪で摘んで、
器用に口に運んでいる。
ゼゴはべたっとテーブルに寄りかかって手を伸ばし、
テーブルの真ん中に盛られたクッキーの皿から、
一個をいただいて頬張り、もう一個を両手で掴んでいじっている。
なんだ。
なんなんだこの光景は。
レカは疑問に思いつつも、
心は極めて穏やかで、
タティオンやテルといる時よりも、
平和な気分を感じている。
両手でカップを包む。
温かだった。
持ち上げて一気に飲んだ。
喉がポカポカした。
老婆は、ゆっくりとレカの左側の椅子に座る。
レカの右側のザドワンと見比べると、
老婆は本当に小さい。
ゼゴよりは大きいにせよ、レカよりも背が低い。
腰は曲がっていなかったが、
顔のしわは、レカの父タティオンよりも年上に見えた。
ザドワンがカップを置く。
それは空になっていた。
「美味しい紅茶だ。ありがとう。サクラさん」
彼がいう。
およそ、レカが知る獣人傭兵隊長にして暴虐の主、
赤い瞳の覚醒者ザドワンには相応しくない言動だった。
だが、そんなことどうでもいいではないか。
レカの心に疑いや違和感や闘争心が湧き起こるたびに、
それがまだ蝋燭の炎程度でしかないあいだに、
誰かにフッと吹き消されているような感覚だった。
「あらありがとう。ザドワンさん。美味しかったならよかったわ。ここからずっと見ていたけれど、あなた、あっちの世界でいるよりずっと紳士的だわ」
ザドワンは少し笑みを浮かべて、
「恐縮する。生まれは貴族の奴隷だったからね。少しは……学んださ」
と言った。
サクラと呼ばれた老婆はレカを見て、
テーブルに両手を出し、
レカがティーカップを包んでいたのを、
その上から握った。
「ああ、レカさん。やっと会えたわね」
「どうも、っす。えっと、どちらさんでしたっけ?」
レカのぎこちない問いかけに、
老婆サクラは微笑みながら答える。
「私はサクラ。サクラ・ヴォルヴィトゥール。旧姓はミシマだけどね。あなたのお父さんのタティオンの、妻にあたるわね」
「あーっ、ホントっすか」
レカの反応は、あまりに日常的だった。
ゼゴはまだつまらなそうに、
もっと幼い子供のようにクッキーを食べたり食べなかったり、
遊んでいる。
ザドワンはテーブルの上の魔法瓶から
自分で紅茶を注いでいる。
レカは笑った。
「いやあ、おとーさん、奥さんいたんすね。なんか、その、みんなのことが好きな人なのかなあ、と思ってて」
レカは、暗殺ギルドの管理業務として以上に、
娼館に通うタティオンの様子を見ていた。
言い方を選んだつもりだったが、
ザドワンがクックと笑った。
レカは失敗したかと思ったが、
サクラはにっこりした。
「そうなのよ。あの人は本当にやんちゃだから……。スタヴロやリリアはどうしてるかしら?」
サクラが気分を害さなかったことに、
レカは安心した。
「ああ、二人とも元気っすよ! スタヴロは相変わらず筋トレのしすぎだし、リリアは慈善活動ってやつ? 頑張ってるし……」
サクラも安心したように笑って頷いた。
「そう。よかったわ。あの子達、小さい頃はスタヴロは病弱でね。リリアはむしろ元気すぎるくらいで……。あの子達とお別れして、もう……三十年はとっくに過ぎたわね」
「へー、そうなんすか」
と言って、
レカはサクラの手を取りつつ、
右手でティーカップをとって紅茶を飲む。
待てよ。
計算が合わない。
「ん?」
レカは首を傾げた。
いつもと違う髪型に編まれたホワイトゴールドの髪が揺れた。
「えっと、30年って……あれ? スタヴロはそのくらいだったはずっすけど、リリアって、あーしより二つ年下で、16歳だったような……」
サクラは笑みを崩さずに言った。
「ここでは空間も、時間も歪んでいるからねえ。仕方ないことよ。私はスタヴロが生まれた後も、ここに入って、さらに時間の進みが歪んでしまったし。あの子たちにとっては、私は10年前に病死した母かもしれないけれど、でも私にとってあの子たちは、30年以上前に置いてきぼりにしてしまった可哀想な生き別れの……。スタヴロも私はほとんど構ってあげられなかったし、リリアは……遅く出来た子で……。ここでは時間の進みがゆっくりかと思ったら、とんでもないのね。私にとってはもう三十年になるけど、そちらの世界ではまだ十年くらいみたい」
「そうなんすか」
レカは考え込んだ。
「我もその感覚はわかる」
ザドワンが言う。
また一杯、飲み干したところだった。
なにせ体が大きい分、ティーカップ一杯分がまるでスプーン一杯分だ。
「我がレカ、貴様とその部下によって敗北し、意識を失った後、お前らにとってはさほど時間が経たずに我がオーラを纏って復活したように思うだろうが……」
ザドワンの赤い目は、ずっとレカに向いていた。
しかしレカは敵意や恐怖を一切感じていない。
本当に、ここに来てから感覚がおかしかったが、
なんだかおかしいという違和感も、だんだん消えつつあった。
「じっさいは、我は数ヶ月間、リミナルダンジョンをさまよったのだ。その中で瞳の力を覚醒させるに至る。ヨトゴォルがうるさかったよ。いろいろな話をした。内臓や脳を奴に勝手に移動させられ、体の中身が空っぽになって以来の……不思議な体験だったな」
「そうなんだ」
レカの興味なさげにも聞こえる言葉。
ゼゴは何も言わずにテーブルにお行儀悪く寝そべって、
退屈だ、というメッセージを全身で発している。
レカはサクラに話しかけた。
「いやあ、変わってるんすねえ、リミナルダンジョンって。ここもなんか、別な意味でもなんか変だし……」
サクラは相変わらずレカの手を取り、にっこり微笑んでいる。
「レカさん、あなたは本当に……。タティオンが何度も何度も無理を言ったわね。謝罪するわ」
「へ?」
レカは妙な声をあげてしまうが、サクラは構わずしゃべる。
「あの人は、身内以外を信用していないのよ。私もこっちへ来るべきじゃなかったのかもしれない。ずっとあの人のそばで、あの人の心の氷を溶かしてあげるべきだったわ。三十年前の私は、いろいろな葛藤を感じていた。母親として、妻として、研究者として。そして、ヨトゴォルの友人として」
「ヨトゴォル……」
レカが呟いた。
その一瞬、頭痛がする。
レカが少し顔を歪めると、
サクラが心配そうに手をぎゅっと握ってくれる。
「あなたもここにいる他の二人と同じ、赤い瞳の持ち主だものね。そのうち、あの人がうるさく語りかけてくるようになるわ。リミナルダンジョンに入れば、やがてそうなるのよ。特殊な結節点として……避けられないことだわ」
「どういう……」
レカは頭に手をやりつつ、
ティトゥレーの顔を思い出した。
彼女も、そうだったのだろうか。
レカは疑問を口にする。
「そもそもこの場所はなんすか? なんとなく、この場所に入って以来、何かが……」
サクラは答える。
「ここはね、あのパラクロノスの街ではリミナルダンジョンと呼ばれる、複数の平行世界の間にある、時空間の欠陥が一時的に組み上がったものなの。そしてこの空間の中では……その影響範囲は正確には教えられないけど、少なくともこの家の中にいる限り確実に、とあるアーティファクトの影響下にあるわ。パラクロノスの魔法科学ギルドは、そのアーティファクトを『悟り(エピファネイア)』と呼んでいる。落ち着いてお話しする助けとして、どこかの世界線で作られたミーム汚染系の道具よ」
「はあ……」
レカはピンとこないようだ。
サクラは笑った。
「私の旧姓はミシマ……ミシマ・サクラというの。元の世界では、大学院で理論物理学を研究していたわ。日本という国に生まれて……。私の能力はずいぶん評価されていてねえ。平成が始まる頃だった。アメリカに呼ばれたの。私の理論が、一番、時空間構造を説明するのに役に立つからって。若かったわねえ。もう、体感では、五十年近く前の話。そう、若かった。防護服を着て、みずからここに入っていくくらいには……」
レカはポカンとした。
知らない単語ばかりで。
わけがわからない。
テルかロドヴィコがいれば、会話になるのだろうか。
サクラが微笑んだ。
「そしてタティオンに出会ったの。あなたからすれば、厳しくもいい父親なのかも、しれない。でもここからずっと見ていたわ。あの人も……ひどいことをするわねえ」
サクラがゼゴの方にしわのたくさんできた手を伸ばし、
その茶色い髪を撫でてあげる。
ゼゴは本当に気持ちよさそうにしている。
「あー、こそばゆいんでなあ……」
サクラは、ずっと笑みを崩さなかった。
レカに向き直る。
「……愛する誰かから、『あなたにずっと存在していてほしい』と願ってもらうこと、それがいつか死んでしまうこの身を癒してくれるの。でもね……」
サクラは少し厳しい目になって、
レカを見た。
「それは、『都合のいい存在として』ではないわ。生きていて欲しいけれど、生き方は縛ることができない。この、ある種矛盾した絶望のような願望を、あの人は受け入れられなかったのよ」
「お、おとーさんが、っすか?」
サクラは頷いた。
それまで誰かの方に伸ばしていた手を、
スッと戻して、
自分の前で組んだ。
罪の意識がそうさせた。
彼女がリミナルダンジョン内から見ていた、
レカや、ゼゴや、ザドワンの生き方は、あまりにも……。
「やはり、かなり辺境のエキストラ世界線だからね……」
「へ?」
レカはまたわからない単語に困惑する。
しかしサクラは、
説明せずに立ち上がった。
「さあさあ、飲んだばかりでごめんなさいねえ、レカさん。ヨトゴォルに怒られちゃったわ。もう行かないと、時間のズレがレカさんにとってまずいことになるって……。ザドワンさん、あなたはまだここにいてちょうだい」
「あの、えっと……」
まだここにいたい。
レカはそう思った。
自分でも予想もしていないことだったが。
正面のゼゴは相変わらず子供っぽい仕草でクッキーを食べている。
ザドワンに目をやると、じっとレカを見ていたようだった。
右目だけが、彼女を捉えていて、
左の眼窩はぽっかりと黒く……。
「スティレットのレカよ。お前は戻るべきだ。我は……もうどうするべきかわからん。我がどれだけ頑張っても、あの街は変えられないようだ」
レカはなんだか寂しい気持ちになった。
もう帰らなければならないのか。
その気持ちで心はいっぱいだ。
サクラが、ゼゴに触れ、立つように促した。
「ゼゴちゃん、お姉ちゃんに連れて行ってもらってね」
立ち上がったゼゴは、
ぶすっとした顔をしていたが、
レカに歩み寄って、
ぎゅっと抱きついた。
レカはなんだか、リリアに感じるような、
暖かな感触を抱く。
背の差が結構あるから、
ゼゴは本当に小さな子供のようだ。
頭を撫でてやる。
サクラが言った。
「あの人に、ヨトゴォルから伝えさせておくわ。レカとゼゴが、そっちへ戻るって。そうしたら、もう可哀想な目に合わせないでほしいって」
「うん……」
レカはなんだかピンとこなかった。
可哀想な目、とはなんだろう。
ゼゴがそういう目にあったのだろうか?
……いや、本当はわかっているんだ。
レカが……自分の人生を客観視するなら。
サクラが、
レカの方に優しく老いた手で触れる。
「この世の苦しみを一つでも知っている人間は、この世のすべての苦しみを推し量るチャンスが、用意されているのよ」
「はあ……」
レカはやはりピンとこない。
サクラが笑いかける。
「大丈夫よ。あなたは偉大な人になれるわ。テルーラインさんが助けになってくれるでしょう。いいえ。テルーラインさんを助けることが、あなたの助けになるわ」
レカは返す言葉もない、
全てのことを、目の前のお婆さんは知ってくれている。
そう思えた。
レカは微笑み返す。
「へへっ、なんだかわからねーけど、あんがと」
サクラは、ゼゴもレカもいっぺんに抱きしめて、
お別れの代わりにこう言った。
「たとえあなたたちがいっとき、思いやりの心を忘れてしまったとしても、あなたが他人の苦しみを推し量れる人であることは、私が知っているわ」
自分より背の低いお年寄りに抱きしめられて、
レカはたまらない気持ちになった。
今日会ったばかりだというのに。
「もってーねーっすよ……あれ?」
レカは自分の頬に何かが流れるのを感じた。
涙。
そう、涙。
幼馴染のテルか、
父タティオンの前でしか流したことがなかったんじゃないか?
涙。
レカは少し焦って、
「な、なんで泣いてんだろ、あーし……」
少し取り乱した。
サクラもゼゴも離れ、
サクラはレカの涙を拭ってくれる。
「また会いましょう。今度はヨトゴォルも一緒にお話をすると思うわ」
ゼゴがレカの手を握り、
玄関の外へと導いた。
ドアを開け、
外に出る。
清い風がレカとゼゴを包んだと思うと、
青空が光になって……。
気づくと、二人は暗いトンネルにいた。
レカはキョロキョロとあたりを見回す。
青い空も、
草原も、
暖かな家も、
何もかもが消え去って、
後ろは暗く、
前方遥か遠くに、光が見えた。
「あれ……ったく、この空間は……l
レカは付き合ってられんと思い、
あまり深く考えず、
トンネルをゼゴの手を引いて進んだ。
「にしたってえ、久しぶりだわなあ、レカ」
「ん?」
ゼゴが言った。
レカが背の低い彼女に目を向けると、
闇の中で赤い瞳だけが光って、くるくるあたりに向いていた。
自分の目もそう見えているかと思うと、
なんだかおかしかった。
「ああ? 久しぶりだあ? あーしはオメーを知らねーよ」
ゼゴは穏やかに、
「いんや、会ったことあるだよ」
と言った。
「ねーったら」
ゼゴの手が、
ぎゅっとレカを握り返す。
一瞬、レカの頭の中で、
記憶の火花が散った。
「う……」
軽い頭痛。
何か、何か思い出しはず……。
レカの心に、妙な確信が湧いてきた。
しかしそれは、トンネルの終わりとともに、
かき消えてしまった。
ゼゴの声が聞こえた。
「レカ、わぁの、いちばんの、友だち……」
青い空が見えた。
あたりには、瓦礫。
掴んでいた手が重い。
レカは隣を見る。
ゼゴは、裸で痩せこけ、
ボサボサの濃い色の栗毛の髪が、
ブランと、動かない首と一緒に垂れ下がっている。
「あ……」
レカは声にならないような、
息を漏らすような声を出して、
その場で突っ立ったまま動けなかった。
彼女の姿も、元の暗殺者の任務用のコスチュームに戻ってた。
ザドワンや、今となっては信じられないが、
触手だらけのゼゴと戦っていた時のまま……。
「レカ姉!」
テルの声がした。
駆け寄ってくる。
見慣れた濃い金髪の青い目が、
目の前に来た。
レカはその瞬間、
なんだか一気に力が抜けて、倒れそうになり、
テルが支えてくれる。
「レカ姉! レカ……心配したんだ、タティオンさんが、今出てくるって……もう一ヶ月も経ったって言うのに……今までリミナルダンジョンにいたのかい?」
レカはテルの言葉がなんだか早口で、
すぐには理解できなかったが、
テルの腕の中で、
ゆっくり意識が覚醒してくる。
「いっ……かげ……つ……?」
レカはガバッとてるから離れ、
あたりを見回した。
あの惨劇から一ヶ月だって……?
振り返れば、巨大にそびえる大時計塔は変わりがないが、
その前のポータルがあったはずの広場は、
瓦礫が散乱したままだった。
レカはあの夜、直接見てはいないが、
この被害状況……。
レカにはこれがどれだけ異常な事態か想像できた。
「お、おい、テル坊、一ヶ月ってほんとかよ。あーしは、ほんの数時間……」
横から声がした。
「落ちつけ、レカ」
タティオンだった。
いつものスーツ姿で。
しかし上着はない。
まだ肌寒い季節だったはずだが、
そういえば、高くなった太陽の下、
レカは春口くらいの気温を感じている。
どうやら本当に一ヶ月経っているようだった。
それならどうして片付けすら進んでいない……?
テルは少し息をつくと、
レカが左手に掴んでいる死体を見た。
「ところでレカ、その……左手の……え、もしかして、本物の……」
レカは左手にいつまでもぶら下げたままのゼゴを見た。
なんだ。
なんだったんだ、あの会話は。
タティオンが歩み寄り、
ゼゴの遺体を抱き上げた。
しばらくその顔を慈しむように見た後、
レカに訊ねた。
「レカ。この子は強かったか?」
「えっ」
レカにとって、予想外な方向からの質問だった。
少し昨晩、そう、レカにとっては数時間前の記憶を探る。
「え、えっと、すっげえ、強かった、っすけど……それが?」
タティオンはそれを聞くと、ニッコリ笑った。
「そうか。ふむ。ゼゴ。よくやった。だがこれでは……事態の収集には役立ちそうにないな」
タティオンが抱えたまま、
ゼゴの体は、
消え去っていく。
ジリジリと、燃えるように。
テルとレカは、それをあっけに取られたように見つめた。
……暗殺ギルドの、
書類を処分する魔法の、
まだ知られていない応用だった。
死体も、残さず消してしまう魔法……。
ゼゴの遺体が完全に消えた後、
テルがハッとして、
レカに話しかける。
「そう、街は今大変なんだよ、レカ! 落ち着いて話を聞いて……」
「ガズボとシャルトリューズを探し出せ。生かして連れてくるのがいいが……殺してもいい」
タティオンがそう言った。
レカはあまりの言葉にしばらくフリーズする。
テルは、ここまでタティオンが直裁に言うとは思わず、
彼は彼で困惑のあまり沈黙した。
「い、いま、なんて……」
レカは聞き返す。
こうしろ、というタティオンの命令を、
信じられない思いで聞き返したのは、
生まれて初めてだった。
「聞こえなかったか? 暗殺任務だ。いや、なるべく生かして拉致しろというのは、確かに初めての指令だったかな?」
タティオンはちょっと考え込むそぶりを見せた後、
もう一度、はっきりと言った。
「ザドワンに酷似した姿の獣人ガズボ、および、今回の街の崩壊で最も被害を与えた触手のモンスターシャルトリューズ、この二体を連れてくるんだ。それしか、この街で起こった革命を抑える手段はない」