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第五十四話 シャルトリューズとゼゴ

 崩れかけた橋が爆発するように崩れ、

 ゼゴが突っ込んでくる。

 レカはなんとか避けられたが、

 ゼゴが使った足場は脆く、

 今のタックルはザドワンに使ったような

 亜音速には遠く及ばない。


 それでも、レカの回避はギリギリ……。

 本気で突っ込まれたら、

 ガズボのように瀕死の重傷を負うのは不可避だ。



「くっそ、速えぇぇ……」



 レカはホワイトゴールドの髪をまとめ直し、

 次の一撃に備える。


 まるでピンポン玉が跳ねるように、

 ゼゴは再び突っ込んでくる。

 商人ギルドの貿易関係の建物の壁が、

 ただ一回の蹴りで崩れ、

 ゼゴの体を時速数百キロにまで加速する。


 レカを掠め、それは地面を削っていく。

 ゼゴの体から生え、

 アーマーのように全体を覆っている触手が、

 いくつかぶちぶちと音を立ててちぎれる。

 莫大な摩擦と勢いを殺し、

 クルッと一回転し、再び体勢を整えさせる。


 地面に降り立った瞬間、

 触手が凄まじい速さで伸びてまた体を覆い、

 その細さからは考えられないほどの力で地面を蹴り、

 大きく飛び上がる。


 そして空中で停止している軌道飛行船の船首を蹴り、

 再び地面へと、自由落下をはるかに超えるスピードで突進する。

 

 空飛ぶ船の舳先はひしゃげ、

 揺れがいつまでも消えないようだ。


 水面の凹み……。

 アーティファクトの重力操作で

 ザドワンを水中に拘束しているその効果も、

 戦隊が揺れるのに合わせて動いた。



「くっそ! これ以上飛んでる船を足場にさせるのはマズいなぁ!」



 レカはそう判断する。

 相手もレカが避けるのが上手いことを理解しているようだ。

 一回の踏み込みでなく、

 他の建物の壁も足場として駆使して、

 角度をつけて突撃してくる。

 それゆえに、予備動作ができた。

 レカはシャルトリューズに呼びかける。


「おい! シャル! なんか、いい感じのガス吐け!」


「はー……いっ!」


 レカのテキトーな指示を的確に把握し、

 シャルトリューズは緑色の粒子で構成される霧状の呼気を、

 予測されるレカと敵の進路上にハーッと吐き出した。


 ドンピシャだった。

 濃い緑の、毒々しい色の、

 半透明のわたあめのような塊……。

 強酸・強毒・感度上昇、

 全ての効果をブレンドした、

 常人なら二秒で叫びながら地獄に落ちる、

 スペシャルな逸品。

 たとえ一瞬通り抜けるだけでも、

 死亡確定のそれを、確実に敵が突っ切った。


 レカは万一にもガスを嗅がないよう、

 そして皮膚につかないよう、

 特注スーツの耐毒性を信じ、

 顔を覆って首を守り、背中を向けた。


 とてつもなく早い何かが背中を掠める。


「ぐっ!?」


 それだけで、レカは相手の運動エネルギーの勢いを

 一部もらってしまい、

 地面を激しく転がる。

 前転の姿勢から体のバネを使って飛び起きると、

 背中の装備を外し、

 付着しているかもしれない即死の毒を取り除く。

 

 敵は……。


「アッハ、派手に突っ込んだなあ、オイ」


 建物の壁に激突し、

 さらに隣の建物へと入っていた。


 悲鳴が聞こえる。

 巻き添えになった人がいたのだ。


「ッチ……」


 レカにはどうしようもない。

 ここから移動するか……?


 チラリと橋があったはずの場所に浮かぶ、

 機動飛行船を見る。

 今はどうも動けないようだが、アレの支援も欲しい。

 第一、どこへ逃げても、街にいる限り、人がたくさんいるのだ。


 犠牲を避けるという発想は、

 レカには現実的には思えなかった。


 建物の天井が爆発、石や建材が弾け、

 噴火したように瓦礫があたりに飛び散る。

 

 機動飛行船がサーチライトを向けてくれる。

 おかげで避けることは容易かった。


 天井から出てきたのは、

 触手を目一杯伸ばした、やつだった。


「いやあ、タフだねえ、憎たらしい……」


 レカの経験上、シャルトリューズのあのブレンドを喰らって、

 死ななかったものはいなかった。

 ザドワンだって、アレでいちど動かなくなったのだ。


 絶対に全てを止められる、最終兵器のはずなのに……。


 レカは触手を使って隣に降りてきたシャルトリューズを見た。


「なあ、シャル。今日って調子悪かったりする?」


 シャルトリューズはクネクネしながら答えた。


「むふふ……さっき……いっぱい……愛してもらったから……むしろたくさん濡れるの……」


「あっうん」


 レカはゲンナリしたが、とにかくこの毒が効かないのはわかった。

 シャルトリューズはまだふざけている。


「やん……処女……っぽい……反応……かわいい……」


 もちろん、敵は待ってはくれないようだ。

 足場が悪かったのか、

 はたまた毒を使うシャルトリューズを警戒したのか、

 建物から降り、ささっと虫が這うような高速で

 シャルトリューズに迫った。


 その姿がサーチライトの強い光で浮かび上がった。

 触手族らしい……タコのようなヌメヌメした触手が、

 何本も、複雑で無秩序で悍ましく生えた、

 ボサボサ髪の少女の姿……。

 顔からも、目から長い触覚のようなものが伸びている……。


「っく!?」


 レカはその姿に一瞬おじけ付き、

 シャルトリューズが敵の触手に捕らわれるのを止められなかった。


「きゃっ……!」


「オイ! シャル!」


 レカは部下の危機に咄嗟に飛びかかる。

 サーチライトが一瞬目に入って眩しい思いをする。

 しかし相手は、ライトの眩しい光にも全く反応を見せず、

 シャルトリューズの体を触手で弄っていた。


「やん……触手……族を……触手……プレイなんて……初めてぇ……」


 レカは呆れる暇もなく、

 シャルトリューズに絡みつき続けるそれを

 どうにか引き剥がそうとする。

 すると彼女が制止する。


「待っ! ……って! お互い毒を……出してるっぽい……触っちゃ……ダメ……!」


 レカは素直に飛び退く。


「ッチ、やはりか……」


 手のひらに収まる小型の投げナイフを取り出し、

 全力で投擲、

 それは相手の人体部分、

 触手が多数生える根元、背中に命中した。



「キャアアアアアッッッッッッッッ!!」



 すごい声がした。


(こいつ、感覚が鋭敏すぎて痛みには弱いのか……?)


 レがそう思った途端、

 敵は跳ねてレカに向かってきた。

 しかし反射的行動なのか、

 スピードは全然乗っていない。


 チャンスだった。

 レカはマイクロ秒に満たない瞬時に体を捻る。

 本気の、トップスピードがたまたま出た。



「っでりゃああ!!」



 レカ渾身の回転蹴りだった。

 当てるのは、膝。

 触手の隙間、

 人体部分の顔面にぶち込んだ。

 空中にある間にそんな衝撃をまともに受けたものだから、

 それは踏ん張ることもできず、

 河の方へ吹き飛んでいった。


 ドボーン、と、水飛沫が立った。


 すちゃっと着地したレカは、

 煙を上げて溶けつつある膝の革製膝当てを

 ベリッと剥がして河の方へ投げた。



 ふうっと一息。



「しっかし何者なんだあいつは……いきなり出てきてガズボを死にかけにしたと思ったら……」


「ね、ね……レカちゃ……!」


 シャルトリューズが何か必死に伝えようとぴょんぴょん跳ねる。

 先ほど絡みつかれたダメージはないらしい。



「あの生き物……なんかウチと……同じニオイが……するの……!」


「ああ?」


 レカはシャルトリューズを見た。


「どーゆー意味だ!? 血でも繋がってんのか?」


「ちがう、そうじゃなくて……」


 シャルトリューズは首を振る。

 頭の髪のような触手はフルフル揺れて、

 確かにあの敵に似てはいるが……。


「完璧に……同じニオイ……ううん……ニオイってレベルじゃなくて……もう味が……粘液の味が……一緒なの!」


 さっき絡みついた時に、

 口に触手を入れられたということだろうか。

 シャルトリューズ自身、困惑しているようだった。


「な、なんか、へ、変なんだけど……あれ……さ……変なこと言うけど……ウチの子供だったり、しない?


 レカは半ば呆れ、半ば真剣に、聞き返した。


「……産んだ覚え、あるのか?」


 人の血の影響を受けた、

 触手族生まれで先天性奇形で妊娠能力のない彼女は、

 ゆっくり首を横に振った。


「ないけど……妊娠したことだって……ないわあ」


「こんな時に妙なこと言いやがる。流石にまったく根拠がねえってこともないんだろうが。それはそれとして……」


 レカはサーチライトの中で泡を立てる河を見る。

 ちょうど橋があった場所だ。

 通常ならあり得ない水面の凹みと、

 ザドワンが一向に上がってこないところ、

 それからその上空から動かない機動飛行船を見ると、

 そこに叩き込んだのは正解だと思ったが……。


  

(もしまた上がってきたなら、姿を晒しながらじゃ、ゼッテー無理だわ……そういえばさっき、初めて会敵した時、ちょっと本気で隠密しただけで、随分なビビりようだったな)



 レカは相手が河の中にいる間に作戦を考える。


(あーしの隠密に反応したにしちゃあ、少し過剰だった気がする)


 レカはシャルトリューズに一旦しばらく退避するように言った。

 そしてレカは、瓦礫の後ろに隠れると、

 呼吸を静め、心臓の鼓動を抑制し、思考を鈍らせる。

 あえて、死人のように……。


 タティオンの訓練で教わったやり方。

 実際彼は、本当に影のように、

 極めて静かにその存在感を完璧に消すことができた。

 体温も、鼓動も、魔法的なさざなみも、全て。


 レカは、隠密に関しては褒められたことがある、

 優秀な生徒だ。


 ふと手に触れるものがあった。

 細長い、棒?


 レカはなんとなくそれに目をやる。

 棒の先端は、

 葉っぱのような形を着た金属のソケットがついている。


長槍パイクだ)


 おそらく、

 橋のたもとにいた傭兵が、

 市民に向けて構え、

 橋を封鎖していた時のものだろう。


 今のレカにとっては望外の拾い物だ。

 穂先から数十センチのところで掴み、

 えいっと握力で木製の柄を握りつぶし、

 森林の接近戦で使う短槍よりも短くする。


 そして腰につけたポーチ類のベルトに差し込んだ。



(おとーさん、あそこまでのレベルを、どうやって訓練したんだろーな)


 そんな思考も、やがて沈んでいく。




『ガガッ……ビーッ! レカ! そこにいるね!? 聞いてくれ!』




(テルか……?)



 

 レカは静かに聞いた。

 河はまだ静かに、ゆらめく炎を水面に映し出している。

 テルらしきノイズ混じりの声は、

 橋があった場所にサーチライトを照らし続ける、

 機動飛行船から聞こえてきていた。



『レカ! 敵は正体不明だけど、今は河の中にいる! ちょうどザドワンがいる場所に叩き込んでくれて助かった。今は一緒に抑えてる! このまま窒息させられるとは限らない、ザドワンも含めてね……。父さんが作戦を考えたんだ!』



 レカは顔を出さず、耳をそばだてる。

 


『ガガ……重力は振動や波を生むことができるんだって! ……ガガ……月を観測すればわかることだとか……。『重力法則ローズオブグラビティ』と機関のエネルギーなら可能らしいんだ。まず、いま重力をかけている力を増やして逃げられなくして、それから……やってみるから! ……ガッ……ビッ』



 そこで声は終わった。

 レカはそっと瓦礫の影から顔を出す。


 河はなんとなくさっきより水位が下がっているように見える。

 サーチライトに照らされていない範囲までよく周りを見ると、

 崩れた橋を中心に、ながらかな斜面が両側にできている。

 水面がずっと平面であることに見慣れた、

 常識的な感覚では異常な光景だった。


 上空の機動飛行船から、

 ヴンヴンヴン……と重い低音の唸りが聞こえてくる。

 それは激しくなっていく。


 『重力法則ローズオブグラヴィティ』に

 今まで以上の威力を発揮させるため、

 飛行船内部の統一理論機関ユニファイドセオリードライブが、

 通常以上の出力を出しているのだ。


 やがて河に、ゆらり、ゆらりと大きめの揺らぎが出る。

 まるで、たらいのなかの水を、

 タライごとゆすってザブザブ並み立てるように。


 その波の幅はどんどん小さくなっていく。

 それとともに、なんだか……。



「熱い……?」



 まるで湯浴みの時のように、

 揺らぎがどんどん小さくなる河面は、

 熱を帯び、近くのレカの顔にも熱気を感じるくらいだ。


 じっさい、サーチライトの中に湯気が見えた。



 潮汐力という物理作用がある。

 月がその重力によって、

 地球の波を引き寄せたり戻したりする現象。

 重力源である月が、

 地表のある一点から見れば、

 近づいたり遠ざかったりしているが故に起こる現象。

 つまり、距離の変化による重力の微妙な変化が、

 海という大きな量の水をゆすっているということだ。


 ……これだけ多くの質量の水があれば、

 河でもそれを再現できる。

 しかも、ローズオブグラヴィティほどに極端で

 繊細な重力操作ができるなら、

 水を極めて強い重力加速度で、

 尚且つ激しい周期で引き寄せたり反発させたり……。

 重力と反重力の間で、

 振動させるような上下動をさせることで、

 水を熱することができた。

 だがちょっと思いついたロドヴィコでも、

 河の水が沸騰するほどとは思わなかった。


 河は、一分も立たないうちに、

 火にかけた鍋のように、沸き上がった。




「キャアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッ!!」




 とんでもない奇声を上げながら、

 ゼゴは飛び出した。

 まさか河が沸騰するとは思わなかっただろう。

 いや、彼女に、河という概念が伝わればの話だが……。


 レカは半端に空中に飛び出た相手を見て、

 今だとばかりに本気のハイジャンプで跳び上がる。

 そして腰から先ほどの長槍パイクの穂先を引き出すと、

 それを相手の急所、

 首元へとブッ刺した。


 全ての触手が、

 ピンと伸びた。

 明らかに効果があったようだ。

 

 レカはそのまま空中の相手を蹴り、

 空中で体勢を翻し、

 橋があったそのたもとのあたりに着地しようとした。


 だが、誤算があった。


 そこには、今まさに、

 赤いオーラが激しく立ち上る、

 巨大な体の獣人がいたのだ。


「ザ、ザドワン!?」


 レカは焦るが、

 落下の勢いはもうどうしようもない。


 ザドワンの目の前に、無防備に着地して、

 身を晒してしまう。


 河で茹でられたザドワンは、

 しかし分厚い毛皮のおかげで無事なようだった。

 荒い息を整えて……。

 そんな落ち着きを取り戻そうとしている時、

 彼にとっても驚きの光景だった。


 目の前に、以前自分を負かした相手が降ってきたのは。


「っく!?」


 レカは常人なら死ぬだろう高さからの落下の衝撃を、

 転がることで逃がすが、

 ザドワンの赤い目は、片目であっても、

 砲弾が飛んでくるのを捕らえるだけの動体視力をまだ持っていた。


 レカの腕を、がっちり掴んだ。

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