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第五十三話 レカとゼゴ

 ゼゴの突撃、

 砲弾そのものの一撃一撃が、

 ザドワンを後退させる。

 爪の生えた足で踏ん張っても、

 食らった時のノックバックの慣性が消え去る前に、

 また衝撃が加えられる。


 ザドワンはもう、広場の端に追い詰められ、

 あとには退けない。

 彼の体から発せられる、赤いオーラが、

 貧民街を覆う火災のように一気に吹き上がった


「グラぁ!!」


 防御を解き、ゼゴの一撃を、

 腹部にまともに食らった。


「ゴォッフォ!!」


 そのまま吹き飛び、坂の下へと、

 一瞬宙に浮いたあと、急な斜面にドサっと落下し、

 一緒になってゴロゴロと転がっていく。

 このままなら、

 河にかかる橋まで、ノンストップだ。


 だが、ザドワンはゼゴを捕らえていた。


「クックック、ようやく捕らえたぞ……! っっぐあああああああ!!」


 ゼゴの武器は、何も音速に達する速度だけではない。

 その触手はシャルトリューズ由来。

 催淫液も、溶解液も、思いのままだった。


 ザドワンには、一度潰された目から特濃の粘液をぶち込まれ、

 活動を停止してしまった苦い経験がある。

 対策は、あった。

 体のオーラが一気にスカーレットの輝きを増し、

 噴出したエネルギー流は竜巻のようにザドワンを包んだ。


 その勢いで、ゼゴの分泌した体液が撒き散らされる。

 それは混合され、単なる毒液となって、

 坂を転がる最中に撒き散らされた。


 ……まだ無事だったはずの中層の区画に、被害が出た。

 屋外で火災の様子を見たり、

 人々を誘導して家路に向かっていた

 人々はみんな、呼吸器を溶かされ、

 苦しんで死に至った。


 建物の外観はドロドロと溶け、

 坂に沿って立っていた商人の区画は、

 扉が開かなくなったものもあった。


 坂の途中で、触手でザドワンに組みついていたゼゴが離れようとする。

 しかしゼゴの体を掴み、はなさないザドワン。

 彼は初めてゼゴの顔を間近で見て、

 そのあまりの悍ましさに戦慄した。


 先ほどまでゼゴの眼球のない眼窩を隠すため、

 巻かれていた包帯はほどけ、

 そこから二本の触手が飛び出て、

 数十センチも伸び上がり、

 風や振動を読んでいた。


「グウ、我も大概化け物だが……」


 ザドワンはゼゴの顔面の触手二本に、

 そのうちの一本を掴んで引っ張った。


「ぎゃあああああああああああ!!」


 脳に直接繋がっているそれが、

 ゼゴに甚大な苦痛を与えた。

 ザドワンは坂を転がりながら吠えた。


「貴様のほど醜くはないぞ!」


 ザドワンが触手を引きちぎろうとしたが、

 それはまるで途中ですっぽ抜けたかのように、

 手応えなく取れてしまった。


(自切……?)


 ザドワンの思った通り、ゼゴは、

 引っ張られれば脳髄まで引き摺り出され、

 死に至るはずのそれを、

 あえて自分で切除することでダメージを抑えたのだ。


 ほぐれることなく、

 二体は、河の上、橋の上へと転がってきた。

 橋には誰もいなかった。


 やっとザドワンは自由になる。

 石造りの冷たい橋の上で体勢を立て直し、

 目の前の触手のバケモノに向けて構えを取る。

 しかし……。


(どこだ?)


 ゼゴの姿がない。

 しかし違和感はそれだけではない。

 彼はあたりを見回した。


(避難民は? あれだけいたなら、ここにもひしめいていて不思議はないはず……)


 その時、

 彼は重さを感じた。


(まずい……)


 そう思った時には遅かった。

 キナンから受けた重力攻撃の、

 はるか数十倍もの重量を感じて、彼は橋が崩れるのとともに、

 河へと落ちた。

 大きな橋が粉々になった多数の瓦礫と、

 ザドワンの巨体で、

 大きな水柱と、水飛沫が跳ねたが、

 街の外側の火災を、

 鎮火するには至らない。

 魔力のほとばしりをしめす赤いオーラは、

 河の冷たい水もお構いなしに立ち上るが、

 だんだん弱まっていった。

 





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 操縦席で計器を見守っていたロドヴィコが、

 歓喜のあまり機材を叩いて叫んだ。


「やったか!?」

 

「ご主人様、まだオーラは確認できています」


 隣のミルエラが諌めた。

 オレンジの長い髪の、

 メイド服の女性。

 

 表向きは工房の助手という身分だが……。

 テルは彼女の匂いが操縦席に充満しているのを感じた。

 しかしそんな雑念を振り払う。


「と、父さん、ザドワンはこれで……」


「うむ。だが……」


 低空を飛ぶ軌道飛行船の操縦席からも、

 下の様子が見えた。

 テルはしゃがんで、

 下方監視用のガラス窓を覗き込む。

 ロドヴィコとミルエラ、二人の足の間のそれを。


 不可知化を解除してサーチライトを照らす機動飛行船、

 そのサークル上に浮かび上がった範囲の中、

 確かに、水面からはオーラが見えた。

 河の水面、橋が沈んだところが、

 不自然に凹んでいる。

 水面でありながら、真っ平でないその光景に、

 テルは息を呑んだ。

 

(恐ろしいな……)


 アーティファクト、『重力法則ローズオブグラヴィティ

 の真の力。

 それがこの船の機関と直結されることで遺憾無く発揮されている。


 その力がまさに今、

 河の水ごと圧縮してザドワンを押さえつけているのだ。

 テルは床に寝っ転がってその様子を観察しながら、

 父に訊いた。


「ねえ、父さん。やつは溺れて死ぬかな……?」


「……ん……わからん。やつはリミナルダンジョンと繋がっている。内臓も脳も全部向こうにあるならば……。酸素供給だってされているのではないか、と考えて差し支えはないだろう」


 声が降ってきた。

 いつもならせっかちにしゃべるはずの父なのに、

 一瞬の間があって、あれっと思うテル。

 まあ、だいたい察しはついた。

 少しため息が出た。

 テルの脇腹のそばにある二人の足が、

 少しだけ重心を変えるのを感じたからだ。

 

(ったく、愛人なんか助手にしちゃって……ん? 逆か?)


 テルも気が緩んだのか、どうでもいいことを考える。

 しかしそれも現実逃避だ。


「これから、街はどうするんだろう」


 そこ問いには、ロドヴィコも答えられなかった。

 テルは立ち上がり、後ろの船倉への隔壁のドアを開ける。

 そこには、人がたくさんいた。

 どう見ても定員オーバー。

 ギチギチだ。

 何せ、橋の上でひしめいていた避難者たちを、

 一気に収容したのだから。

 巨大な魔道甲冑が収まっていたスペースが、

 あらかた人で埋まっていた。

 みんな座るのがやっとの満員電車状態で、

 あまり喋らず、不安そうにしていた。


 テルは船倉の後ろまでなんとか通してもらう。

 そこには、作業机があって、

 その前にカイレナル老人がいた。

 彼ももう、魔力の使いすぎで、

 高齢と疲労ゆえに大人しくするしかない。


 そばまで来ると、テルの背中に手をやって、

 作業机の側まで引き寄せてくれた。



「英雄を、讃えてくだされ、若き貴族よ」



 そこには、死んだように眠る……

 いや、眠るように死んでいるキナンが横たわっていた。


 疲れた顔だったが、安らかだった。


 テルは、あまり話せなかったが、

 父の次に尊敬できる大人として、

 この自分より小さな少年にしか見えない

 半獣人の冒険者を見下ろしていた。

 

(どういう、人生だったんだろう)


 さきほどのあの会話では、何もわからなかった。

 大まかなストーリーを語ってはくれたが……。

 それがキナンの心の全てだとは思えなかった。

 だが、語られなかった私的感情なんて、どうでもいいのかもしれない。


 テルは、グッと手を握る。

 目の前で、街のために命を捧げる姿を見たのだ。

 これ以上、何を望むだろう。

 勇気はすでに、テルが受け継いでいるのだから。



 ガガン!



 激しい衝撃が船底を襲った。



「うっ!? またこれだ!」



 テルはよろめくが、

 倒れそうになったカイレナルのシワの多い手をとって支えた。


 もう一度、ガガン、と、大きな衝撃がある。

 避難民の女性たちが騒ぎ、

 最初からずっと乗っていてトイレにも困っていた貴族たちが、

 もう勘弁してくれという顔で天井を仰ぎ見た。



「クソ! まだ終わってないのか!」



 テルは悪態をつき、

 操縦席へと戻った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「動いてる、だよ。ぐいんぐいん、ういんういん、唸ってる、だよ」


 ゼゴは自分でも聞こえていないが、

 魔法的にその「意志」は自覚している言葉を、

 うわごとのように呟いている。


 呪うような声だった。

 

 もはや彼女にとって、口から吐く言葉は

 コミュニケーションの手段ではなく、

 長い時間の拷問のような「実験」や「訓練」によって、

 歪められた精神の……。

 漏れ出た思考の一部だった。


 あまり耳を傾けない方が、

 こちらも狂気に感化されずに済む。


 

 ゼゴが地面を蹴って機動飛行船に向けて跳び、

 まだ時速数百キロは出ている速度を船底にぶつけ、

 また地上におり、また跳び……。



 ゼゴにとって、

 魔法と物理両方のエネルギーで浮かぶ機動飛行船は、

 不可知化魔法を使っても、なお感知できるくらいに「うるさい」。

 

 闇の中の太陽、無音の中のメガホン……。

 とにかくそんなような、極めて目立つ存在だった。

 

 より優先すべき対象として、

 ニオイを覚えこまされたザドワンがいたが、

 それが水中に没した、

 つまり、暗殺に成功したと判断された以上、

 不可知化を解除した機動飛行船は、

 もはや第一級の目標、憎むべき敵に他ならなかった。



「ぐいんぐいん、ういんういん。ぐいんぐいん、ういんういん」


 

 そんな、意味をなしていない、

 彼女の世界の中だけで響く言葉を吐いていたが、

 ふと、ぴくりと触手が反応した。

 初めて、止まる。


 地面の上で止まり、

 ささっとゴキブリのような素早さで、近くの建物に登る。

 塔の先、尖塔の針のような天を衝く構造物の上で、

 感覚を研ぎ澄ませた。


 片方だけだった目から生えた触手を、

 ブチュブチュっと粘液を吐き出してもう一本生み出して、

 カタツムリの目のように、

 触覚として触手を伸ばす。

  

 悍ましい姿で、先ほどピンときた違和感の原因を探ろうとする。


 ……誰かに、狙われてる気がした。


 それでも、タティオン自身に鍛えられた、

 若き女暗殺者の殺気は読めなかったようだ。



「よお」



「ッ!!!?」」


 

 ババっと、ゼゴは飛び退き、尖塔から飛んで、

 河のほとり、落ちた橋の、

 崩れ残った岸辺の手すりへと着地した。



 ゼゴは久々に警戒していた。

 先ほど、まるで単純作業のように、

 暗殺対象のニオイの中心……、

 ザドワンを攻撃していた時よりもはるかに。


 背後からいきなり人間の温度が現れ、

 声をかけられるまで気づかなかった

 その事実に、ゼゴは、あの日々を思い出してしまう。


 レカはゼゴが先ほどまでいた建物の上から飛び降り、

 ゼゴから10メートルほどの、

 坂の登り口に降り立った。

 


「ハハッ、やっべーなぁ、オイ」



 ゼゴの異様な、

 触手の生えた痩せこけた少女の、

 異形の体を見て、笑った。


 ゼゴの姿はシャルトリューズよりも異様だ。


 茶色く長い、娼婦の母親に愛情を込めて

 手入れされていた髪の毛がなければ、

 人に見えなかっただろう。


 触手族も、魔界の触手モンスターとよく間違えられたというが……。


 このゼゴの見た目は、

 それよりももっと悪魔的というか……。



 レカとゼゴが互いのことを観察しあっていると、

 シャルトリューズが追いついてきた。

 触手をうまいこと建物のひさしにひっかけ、

 器用にジャンプしてくる。


「はあ……はあ……レカちゃ……早いって……ガズボ……置いてきて……だいじょぶ……かなあ……?」


 レカは一度だけ触手族の愛しい部下を振り返る。

 そして目の前の、

 それより遥かに異様な姿の、

 止めるべき存在を見る。


 コキっと、首を鳴らした。

 

「ったくしっかし、ずいーぶんハッスルしてるじゃねえか、飛行船なんかぶっ叩いてよお……。この触手の……えー……あー……その、なんだ。なんか言ってやれ、シャルトリューズ!」


 レカは部下を促す。

 触手族の仲間の前で、触手族らしき存在を侮辱したくなかったのだ。

 シャルトリューズは呆然とした様子で突っ立って、率直に言った。


「触手の……バケモノだわあ……」


 レカは一瞬ガックリきて、


「おまっ、そういうセリフを言いたくねえからあーしは……」


 ゼゴはそんなやりとりをチャンスと見て、飛びかかった。

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