第五十二話 ゼゴは悲しい
「ちっきしょー、あれはなんなんだ!? まるで質量を持った嵐だぜ!?」
そう叫ぶのはレカ。
広場の端の瓦礫の後ろで、
砲弾のようなゼゴの攻撃が、
ザドワンに集中するのをただただ見ているしかない。
ザドワンの太く赤いオーラの柱に、
少し小さな極めて素早い赤いオーラの弾丸がぶつかっては飛び退き、
飛び退いてはぶつかり……。
そんなサイクルがどんどん加速していく。
レカはちょっと離れた場所で隠れている
ガズボとシャルトリューズに声をかける。
「オイ! オメーら! 暗くてわかんねえけどよ! 生きてるか!?」
「レカちゃー!」
シャルトリューズの声がする。
普段大きな声を出し慣れていないから、
なんとなく聞き取りづらい。
「レカちゃ……ガズボが……息を……してないのー!」
レカはさっきのことを思い出す。
なぜかやつは、
ガズボとザドワン、どちらも狙ってきていた。
見分けがつかなかったのだろうか。
それはそうだ。
ザドワンとガズボの見た目の差はほとんどない。
目の色は黄色と赤で、魔力の才能の量も全く違うが、
だが先にガズボを攻撃するにせよ、
あんなに徹底的でなくてもいいはずだ。
「ッチ!」
レカは撤退も視野に入れつつ、
「シャルトリューズ! オメーのいっとうキツい薬液をそのバカにぶち込め! 巻き添えで死ぬなんて可哀想だろ! 必ず助けろ!」
「ら……らじゃ……!」
闇の中のやり取りだからおぼつかないが、
レカは多分向こうは大丈夫だろうという安心感があった。
この街の地獄の部分で明るく生き残ってきた二人だから。
殺したって死なないという確信があった。
「だからあーしは、なんとかこの状況にケリをつけられねーか、考えねーと……」
レカは背後を振り返った。
貧民街の炎が、川の向こうに明るく光っているのが見えた。
そして足元を見る。
何人分もの手足が、血の池の中に浮かんでいる。
「……クソッタレがよお……」
レカの悪態が、本気の怒りを示していた。
「こういう戦争じゃあ、弱えーやつから死んでいきやがる……! まず、ハッスルしやがってるボケナスを止めちまわねえと……!」
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ゼゴは、攻撃を続けた。
赤く感じる、炎の竜巻のような、
極めて大きな結節点に。
そこから臭いがしていたから。
先ほど飲んだ遺伝情報をもとに嗅覚を働かせ、
暗殺対象を二人まで絞り込んだ。
一人は一撃で手応えがあった。
だがもう一つは……頑丈だ。
だが、目も耳も感じない彼女にとって、
これほどに狙いやすい的はなかった。
魔法感覚では、見失うわけもないほど、
赤いオーラの大渦が目の前にあるのだから。
彼女は、いかに足場を確保し、
いかに音速に迫る速度で蹴り、
いかに対象に突っ込むか、
それしか考えていない。
あまりに相手が硬いので、
本気で蹴ることができる場所を考えなければならなくなってくる。
次第に、使える足場がたりなくなるのだ。
だが、もっとも適した足場はすぐに見つかる。
これもまた、魔力の源泉、
セゴの魔法感覚では、これもまた、
大きなそそり立つ渦に感じる……。
大時計塔。
破壊不可能な、リミナルダンジョンを内部に持つ、
不落の城塞。
その壁は、決して凹まず、決して壊れず、
ゼゴの本気の蹴り足を受け止め、
ザドワンへと送り出していた。
赤いオーラを纏うザドワンも、次第に追い詰められ、
踏ん張りが効かなくなっていく。
「ぐおおお……っ!!」
背後は坂、つまり、広場の端まで追い詰められたのだ。
今は両腕を構え、
筋肉を硬直させ、
赤いオーラの身体強化で耐えているが、
坂に落とされ、バランスを崩せばどうなるか、
ザドワンにもわからなかった。
少なくとも、正面の大時計塔から
少しずつ角度を変えつつ突っ込んでくる、
ゼゴの攻撃を受けて、持ち堪え続けることは不可能だった。
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暗殺ギルドの屋敷は、
リリアの誘導した人々を、積極的に受け入れている。
「皆さん! どうか安心して! 落ち着いてください……っ!」
リリアの鈴のような声は、
言葉でなしに、その音色だけで、
人を落ち着かせることができた。
ギルドの本部としては、一番小さな暗殺ギルドの屋敷だが、
それでも、数百人を一夜過ごさせるくらいの
敷地と食料と毛布はあった。
……その後のプランは全く立たないが……。
少しだけ坂の上に建っている屋敷からは、河の対岸の様子が、
ありありと見えた。
何もわからないまま逃げてきた、貧民街の住人たちにも、
これからどうすればいいか、
見通しが立たない状況に追い込まれたことがはっきりわかった。
今はみんな呆然としているが、明日から……どうなるか、
誰にもはっきりしたことは言えなかった。
リリアは気休めのような言葉と、
確かに人を癒す声を張り上げる。
火事で危うく燃え尽きるところだった、
焦げたエプロンもそのままに、
人々の間をめぐり、
勇気づけた。
それしかできなかったから……。
屋敷の最上階では、
ほとんど真っ暗な中、
今後が話し合われた。
スタヴロとタティオン、
水と緊急用の乾したフルーツをつまみつつ、
地図と計画書と睨めっこだ。
もともと魔光灯の不自然な光を嫌っていたタティオンだったが、
ここまで暗いと流石に文字を見るのにも閉口する。
屋敷の下級暗殺者も総動員で、
蝋燭はありったけ用意させたが、応急的な措置であることは否めない。
「父上、調子は回復なされましたか?」
タティオンは額の汗を拭った。
「ふう、久々に本気の速度を出したよ。貧民街からここまで……。信じないだろうが、昔は数歩で渡ってこれたのだが」
「ご冗談を」
スタヴロはふと上着の上に潰れた硬いものが
くっついているのを感じた。
銃弾だった。
河を渡った後、ここへくるまでに、
何度か傭兵の一隊と出会し、
銃撃を受けたのだ。
それもしかし、彼の体内のアーティファクトでこの有様だ。
彼は上着をピシッと払うと、
カラカラと潰れた鉛玉が落ちた。
タティオンはそれを見て唸った。
「お前の体内のアーティファクト、『苦楽永続』、うまく働いているようだな。常人であれば、維持することも難しいはずだが……」
「鍛え方が違いますよ。誰かさんのおかげでね」
スタヴロは、ジロッとした目線で父を見た。
タティオンの方は、知らんぷりを決め込んでいる。
「……あの子、ゼゴは、魔法科学ギルドの研究室との合同プロジェクトだった。ロドヴィコ以外とも、パイプを構築しようとした結果だ」
スタヴロはいくつかの書類をまとめつつ。
話を聞いた。
タティオンは、思う出すように地図のいくつかの場所に点を打ち、
脳内にインプットされている暗殺ギルドの隠し拠点を
目の前の地図に明らかにしていく。
「かつて、エルフの性奴隷を大人しくさせるために使われていた、触手族由来の感度上昇の薬液……。感度3000倍という売り文句で奴隷商が販売していたアレ……。それのさらに上をいく、もはや計測不能なもの。奇形の触手族、シャルトリューズ。やつの無限に生えてくる触手を埋め込み、その分泌液に常に晒される続けるようにした」
「おぞましい……」
スタヴロの率直な一言に、
タティオンが羽ペンを止めて笑った。
「お前が真っ当な感性の持ち主で良かったよ。これから暗殺ギルドは正真正銘、真っ当な存在になるだろう……で、ゼゴだ」
タティオンは娼館街の一点にインクを落とした。
タティオン自身の瞳ほどではないが、赤い、真っ赤なインクだった。
「とある娼館の一室で、やつを飼い、時折客に偽装した魔法科学ギルドの研究者に実験をさせた。その結果、思いもよらない結果が得られた」
スタヴロは、
今後の都市再建計画の草案をまとめ終わった。
緊急の評議会で、
イニシアチブが取れるのは、貧民街とパイプを持ち続けた自分たちだ。
そのことを強く思いながら。
「それで……」
ダン、と、最新のアーティファクト式製紙工場製の
書類の束をまとめて揃えた。
「どんな能力が得られたんです?」
タティオンは地図の娼館街の部分を見つめながら、言った。
もう、焼けて亡くなったはずの場所を。
「異常なまでの振動への過敏さと、それに対する憎しみ」
父の言葉に、スタヴロはつるりとしたスキンヘッドの頭を撫でる。
考えるときの癖だ。
「過敏さと、憎しみ」
タティオンは頷く。
「そうだ。ゼゴは視覚も聴覚も失っても、振動だけで世界を捉えることができる。加えて目を失う前は、赤い瞳の持ち主でもある。赤のオーラは覚醒しているさ。それを使って魔法的な受容期間も発達している。物理的な感覚の鋭敏化と、魔法的な認識の向上。それによりやつは、全ての生き物の心臓の鼓動はおろか、体液の流れや思考の波すら把握できる。そして何より……」
タティオンは、ペンで大きく、
娼館街にバツをつけた。
「ワシの施した処置により、そういった振動全てを憎んですらいるのだ」
スタヴロは眉を歪ませ、
疑問を発する。
「一体どうすれば振動それ自体に……憎しみを抱かせられるんです?」
タティオンはなんでもないように、
「なに、簡単さ」
と言った。
「やつを極めて不快枯れ井戸の、一番底に吊るす。ワシも一番下まで潜る。あとは、ワシの鍛錬でもある。心音も血流も思考も消し去って、奴が検知できないような状態で、殴り、その瞬間だけ振動を感知させ、また長い沈黙の時間を味合わせる。そしてさらに同じように殴る。それをワシの精神力と体力が続く限りやるんだ。そんな隠密術の訓練に数年間、付き合わせたのだよ。今ややつは、母親の生命活動以外の全ての生命の鼓動、思考、流れを、憎むに至った。やつの感知範囲の中で、心臓や思考を動かせば、たちどころに感知されるだろう」
スタヴロは、
言葉もなかった。
彼は、レカの顔を思い出す。
あの子も可哀想な子だ……。
そう、今言われたような、実験動物と同レベルの、
悲惨な生まれなのに、父タティオンの気まぐれで、
かなりマシな生活ができている。
スタヴロは、目の前の老人を見た。
貴族の婦人から、
お若い頃はモテたんでしょう?
などと言われて、
いいえマダム、今の方が、情熱を内に宿す方法を心得ました。
なんて言ってしまうのである。
昔は、何人ものエルフを……。
スタヴロは、決して忘れない。
目の前に立つ男の本性を。
慈悲深き暗殺者のボスを気取っているが、その実……。
「……流石ですよ、父上」
そんな、父を本心では軽蔑している長男スタヴロの
スタンスを、タティオンは面白がってさえいた。
「吐き気がする仕事ぶりです」
タティオンは笑った。
「そうだな。お前の世代から見ればそうでなくては。もう、汚い手を使ったり、神に背くやり方ばかりしてもいられん。ここで全てを消し去ろう。スタヴロ。お前の代になれば、やつを魔法科学ギルドの即死魔法で処分する手筈だったのだが……。ここで使ってしまえるとは、運がいいと言えるな」
スタヴロは何も言えない。
思考ロジックが違いすぎる父を、
本当に理解できたことなどない。
レカへの愛情ある父親らしい態度だって、
どこか気味が悪かった。
自分とリリアへの真っ当な愛情以外の全てが信用し難かった。
タティオンが少しシリアスな物言いで言った。
「……やつがザドワン討伐を生き延びるにせよ、そうでないにせよ、処分することは確定だ。やつとコミュニケーションは不可能だと思え。よく訓練された魔界の危険なモンスターだと思え。目標地域に放って皆殺しにさせるだけの、制御不能な兵器だと」
「その……」
一つだけ、スタヴロは聞きたいことがあった。
「父上、あの子もまた……あなたの……」
タティオンは執務机から離れ、
後ろを向いて窓の方を見た。
バルコニーのさらに向こうには、
河向こうの街区が炎に包まれているのが見えた。
朝には、全てを燃やし尽くす勢いの……。
「……あの子は、『選別』を生き延びられなかった。あまつさえ、暗殺者にとって命でもある、闇を見通す目を失った。だったら、その欠損を活かす方向に育てて何が問題なのだ? あの子は、暗殺ギルドが産んだ、最強の暗殺兵器だよ」
そして、窓から振り向き、再びスタヴロを見つめる。
その瞳は赤く輝き、魔族の血をもつものではなく、
魔族そのものに見えた。
スタブロは、唾を飲み込んだ。
「まあ、少々犠牲は多くなるが……。なに、やがて止まるさ。やつには消化管もない。全て、他の目的に改造されているからな。魔法科学ギルドの施設で栄養剤を投与しなければ、じきにハンガーノックで死ぬ。それで街はまた再生し、元通りだ。街は守られる。さあ、再建計画をもう一度洗い直すぞ!」
スタヴロは、再び書類に没頭することで、
父への複雑な感情を考えないようにした。




