第四十四話 爆発
「……他に方法は?」
弱気な言葉だった。地下下水道の壁面に木霊するでもなく、弱々しく臭気の中に溶け去ってしまう。レカの動揺がその声の弱さにあらわれていた。彼女はつい考え込むときの癖で、綺麗な白い顔の顎を触る。臭気で気づく。さっき壁に取り着いた時、グローブについたヘドロの臭いに。シャルトリューズはクスクス笑って、触手を伸ばし、レカの顔の汚れを拭き取った。
「それはリーダーのレカちゃんが決めてくれなきゃあ、ね?」
レカは赤い瞳を見開き、そして地面へと伏せる。触手のぬるりとした優しい手触りとは対照的に、厳しい言葉だった。ほとんど何も見えない暗闇の中、触手女のピンクの輪郭と緑の瞳がうっすら見える。
「時間がないわぁ……儀式はきっともう終盤よ? 今すぐ止めなきゃ」
その声に、レカは身震いした。たった今それを認識した。シャルトリューズの気だるい声には、これまでレカが気づいたことがない冷たさが混じっていた。普段のふざけた調子と、からかうような甘ったるさに混じり、怠惰から生まれた冷徹な計算があった。
レカの困惑に構わず、彼女は小さな玉状の物体を触手の先から生み出した。それが闇の中でわずかに燐光を発し、桃色に光った。
「催眠ガス、使っていいわよね?」
シャルトリューズの問いかけには、質問というより確認の響きしかない。レカの返事を待つまでもなく、彼女の触手は教徒たちのいる方向に向かい、蛇のようにのたうち始めた。
レカの呼吸が浅くなる。全身からじわりと冷たい汗が滲み出す。レカの口は一瞬震え、遅れて指示が飛び出す。
「ま、待て……!」
シャルトリューズの触手がピタリと止まった。
「ダメよぉ、レカちゃん声が大きいってぇ。気づかれちゃうわあ」
シャルトリューズのピンクの燐光を放つ触手が、しなだれかかるようにレカに絡みつく。うっとうしそうな表情すらすることなく、レカはじゃれつかせるままにする。
「あの子たちを、先に助け出す」
レカの言葉に。シャルトリューズは首を傾げた。触手全体が波打つように揺れる。そして、不思議そうにレカを見つめる緑の瞳には、優しさの欠片すら見えなかった。
「どうして? 任務は拝魔王教の一網打尽でしょー? ボスからの指示は、そうじゃなかった?」
冷酷な問いかけに、レカの言葉が詰まる。喉に何かが張り付いているようで、声が出ない。シャルトリューズの言うとおりだ。タティオンからの命令は明確だった。拝魔王教を根絶やしにせよ、と。たとえその中に子供がいようと関係ない。それが暗殺ギルドの裏の道。街を苦しめる誰にでもわかりやすい悪を討つ表の暗殺者ではない、レカにいつも課せられる任務。
「レカちゃん、かわいいわぁ」
シャルトリューズの声に甘ったるさが増したが、それはもはや媚薬のごとき毒そのものだった。
「レカちゃんが迷ったところで、どうにもならないって分かってるでしょ?」
シャルトリューズの緑の瞳が、闇の中で妖しく輝きながらレカを見つめる。意地悪な笑みも、露骨な悪意もない。ただ冷静な、事実を述べる瞳。その無感情さがむしろ恐ろしかった。
「ウチだって最初は嫌だったのよぉ。仲間を棄てること」
「え?」
レカの疑問の声に、クスクス笑う声が答える。
「ウチの毒が異常に強すぎて、子供を身籠れない体だと触手族の男たちが知った時の顔、忘れたことはないわ。でもね? 自分の種族を裏切ったとは思わない。もうどうしようもなかったし。ウチに勝手な期待をかけて、その上でウチを殺そうとするなんて、身勝手すぎるもんねえ」
シャルトリューズのいつになく真剣な言葉は、あまりに冷静に、あまりに淡々と紡がれた。レカは答えられない。喉の奥で何かが震えているだけ。
「だからね、殺したの。ウチが。毒を使って、みーんな」
「そ、それがいま関係あんのかよ……っ!」
ようやく絞り出したレカの言葉は、少し掠れていた。シャルトリューズの話に動揺しながらも、なんとか気持ちを立て直そうとしているのは明らかだった。
「そんなあ〜、怒らないでよぉ」
シャルトリューズの触手がまたレカに絡みつく。少し意地悪な笑みを浮かべ、触手女は続けた。
「ただ教えてあげたかっただけよ。理不尽な期待や責任を背負わされた時、人は誰でも『壊れる』って。あの子たちも、レカちゃんも……。おもたーい現実の責任の前に、魔王だとか、ボスの任務だとか、何も考えずに従うしかなくなっちゃうの。責任? ウチは知らんけど、何にも考えずに従う方がいーんじゃないの? 辛いと思うけど、それがこの街のルールじゃないのかなぁー、なんてね」
レカは歯を食いしばった。シャルトリューズの言葉が心に突き刺さる。彼女の言う通りだ。この街では、強者が弱者の運命を握る。それが絶対の法則。彼女自身も暗殺者として、何人もの命を奪ってきた。それは彼女の責任であると同時に、タティオンから課せられた宿命でもあった。
だが、タンザの顔が脳裏をよぎる。あの無邪気な笑顔。キナの信頼に満ちた瞳。救貧院の子供たち。レカは胸が締め付けられるような痛みを感じた。
「それにぃ、仮に子供たちだけ助けようとしても、ガスは広がっちゃうの。小さい子は耐えられないでしょうね。特に栄養状態の悪いエルフの子なんて、すぐに……」
レカは黙ったまま、じっと下水道の闇の先を見据えた。マグマのように熱い何かが彼女の胸の内で膨れ上がり、燃え盛っていた。広間では儀式が執り行われ、キナの純粋な魔力が怪しげな儀式に利用されていた。タンザも、そして彼らと共に遊び、笑い、時に泣いた子供たちも。リリアが命を懸けて救貧院で守ろうとしていた、パラクロノスの未来そのものが、今まさに闇に飲み込まれようとしていた。
レカの頭の中で、矛盾する責任の声が雷鳴のように轟き、渦巻いていた。
タティオンの低く威厳に満ちた声。
(素晴らしい。責任を自覚できるなら一人前だ。暗殺者は任務のために生きる)
それは彼女の心に刻まれた戒めであり、誇りであった。影となって街を守る者の宿命。
老エルフが語った、諦めと絶望に満ちた言葉。
(私たちのような底辺には、魔王の救いしかない。この街には居場所などないのだから)
そして、銀髪のエルフの少女キナのか細い、しかし希望に満ちた声。
(レカお姉ちゃんが必ず守ってくれるって、タンザお兄ちゃんが言ってた。だから怖くない)
その言葉を思い出すだけで、千の針で突き刺されるような痛みが胸を貫いた。彼女は誓ったのだ。二度と裏切らないと。自分の手で殺したルゥリィの無念を胸に刻み、もう二度と、守るべきものを見捨てないと。
レカは気づいていた。今この瞬間、彼女は選択を迫られている。暗殺者として、タティオンの娘であり手駒として生きるか。それとも、レカという一人の人間として、自分の心に従って生きるか。それは明確な言語になって彼女の思考に現れたわけではなかったが、彼女の人生の中で何度もしてきた選択の中の、誤魔化せない重大な一つであることは自覚できた。
「レカちゃん」
シャルトリューズの氷のような声が、遠い遠い場所から聞こえてくる。彼女は青白く光るガス球を触手に絡め、レカの目の前に突き出していた。
「判断できないなら、ウチがやるわ。リーダーなんだから、責任は負ってね」
その言葉に、レカの中で何かが音を立てて凍りつき、そして砕けた。彼女の心の奥底から、決意が湧き上がってくる。口を開こうとした瞬間—
突然、闇の向こうから何か大きな音が聞こえた。
「ウラァァッ!!」
「ガズボ!?」
レカは驚愕の声を上げた。轟音と共に、何かが拝魔王教の儀式場に突入していく。青い魔法の炎の瞬きの中、大柄な獣人の影が薄暗い広場へと踊り出る光景が、一瞬だけレカの視界に飛び込んできた。
「あのバカッ……!? いや……?」
瞬時に状況を把握したレカは全身を震わせた。ガズボの無謀な突入は、彼なりの判断だったのか。レカが逡巡している間に、あの粗暴で残忍なはずの獣人が、自分より先に行動に出たという皮肉。
広場からは混乱の叫び声と、獣人特有の低い唸り声が聞こえてくる。儀式は中断されたようだが、それは新たな危機の始まりでもあった。
(もう行くしかねえ!!)
レカは赤い瞳の力を解放し、壁を蹴った。その身体は闇の中で一筋の光のように疾走し、広場へと飛び出す。そこには混沌そのものが広がっていた。ガズボは巨大な腕で何人もの拝魔王教徒を薙ぎ倒しながら、子供たちを集めていた。背中にはすでに小さな影がいくつも取り付いている。血に濡れた巨大な肩には、猫の耳を持つ少年の姿も見えた。
「タンザ!」
レカの声に反応して、タンザがそちらを見上げた。その表情には恐怖と安堵が入り混じっていた。だが、キナの姿はなかった。
(どこに……っ!?)
だが考える間もなく、レカの鼻腔に甘い臭いが届く。彼女はすぐにその臭いの正体に気づいた。
「シャルのやつッ!!」
シャルトリューズが催眠ガスを放ったのだ。レカの怒りの叫びも虚しく、ガスはすでに拡散し始めていた。眼下の拝魔王教徒たちが次々と床に崩れ落ちる。レカは瞬時に判断して行動した。息を止め、天井の石組みを蹴ってほとんど垂直に突進する。司祭が青白い光に包まれ、ルゥリィの帽子を高く掲げている。エルフの老人の体は、ガスの影響かすでによろめいていた。
「この程度の生贄では足りぬ! より深き絶望を! 魔王よ、我らが憎悪を受け取り給え!」
老人の声は狂気を帯び、震えていた。彼の足元には、銀髪のエルフの少女が横たわっている。キナだ。彼女の体からは淡い青色の光が立ち昇り、司祭の手にあるルゥリィの帽子へと吸い込まれていった。
「キナ!」
レカは広場の床に降り立つと、司祭に向かって跳躍した。魔力の赤い光が彼女の瞳に宿り、その速度は人間の限界をはるかに超えていた。だが、それでも間に合わない。司祭の唱える呪文が頂点に達したその瞬間、ルゥリィの帽子が突如として青白い炎に包まれた。魔力の突風がレカを吹き飛ばし、彼女は壁に叩きつけられた。
「ぐうッ!?」
レカの背中が石壁に衝突し、強靭なはずの革のスーツが裂ける。しかしなんとかレカ自身は軽症で済んだようだ。肺から押し出された空気に血の味を感じつつ、彼女は立ち上がる。呼吸を整えるのについガスを吸ってしまい、頭がくらくらした。エルフの老司祭は、ガスを吸いながらも、魔力の力でいまだに呪文を唱えていたが、急にそれは中断された。魔力の奔流が急速に萎んでいき、青い光が弱まっていく。
「何だこれは?」
司祭が叫ぶ。
「殺されたのにほとんど憎悪がない? こんな生贄では足りない……より深い絶望が必要だ!」
その叫びと共に、帽子の青い炎は再び強くなっていく。制御を失い、螺旋状に広がり始めた。周囲の空気が歪み、下水道の石壁にひびが入る。魔力の暴走だ。
レカは咄嗟にキナの体を掴み、身を翻した。ガズボの方へと全力で走る。背後から強まる光がそのニヤニヤ笑いと黄ばんだ牙を照らす。
「すっとれえんだよ、姐御ォ」
「うるせえ! いいから逃げるぞ!」
催眠ガスがすでに広場全体を満たし、拝魔王教徒たちは次々と倒れていた。だが、子供たちも例外ではない。すでにガズボの背中から何人かが滑り落ち、床に崩れ落ちていく。レカはそれを必死で拾い上げて後に続く。
「ガズボぉー! レカちゃーん! こっちこっち!」
シャルトリューズの触手がネオンのように光り、出口を指し示していた。レカはキナや他の子供達を抱きかかえたまま、ガズボと共に走る。がずぼもまた背中の子供たちを支えながら、シャルトリューズの示す方向へと走り出した。レカも続く。後ろでは司祭の絶叫と共に、魔力の炎が激しさを増していた。背後からの魔力の圧で、彼らはみんな下水道から押し出される。結果として地下の暗闇よりかは幾分マシな、藍色の夜空の下に転がり出ることになった。
※※※※※
魔力の波に押し出されるように、レカたちは下水道の出口から地上へと転がり出た。空気が変わる。湿った地下の臭気から、夜の冷たい風へ。レカの肺が痛んだ。彼女は咳き込みながら、抱えていたキナの体を確かめた。まだ呼吸はあるが、体温が急速に下がっている。
「みんな、無事か?」
周囲を見回すと、がれきと煙の中で子供たちが身を寄せ合っていた。一人、また一人と、彼らは震える体を起こしていく。レカはキナを抱えたまま、立ち上がった。 彼らが出てきたのは……驚いたことに貧民街ではなく、中央区画の外れだった。下水道は街の境界を越え、川の下すら通り、彼らを予想外の場所へと導いていたのだ。あたりを見渡すと、普段は見慣れない立派な石畳が、今は煙と瓦礫で覆われている。爆発の影響はここまで及んでいたのだ。そこここから青白い燐光のような輝きを孕む煙が上がり、ところどころで路面が盛り上がり、石畳がめくれている。ここが貧民街ならおかしなことではない。しかしここは中央、橋を渡った街の中心部だった。
「くっそ、ここまでの事態になるたぁな……」
レカは深刻な声でそう言った。街を流れる川の水面に、煙の中から光る魔光のきらめきが映り込んでいた。シャルトリューズが気を失った子やショックを受けて呆然としている子を橋のたもとに並べている。獣人の子、エルフの子、人間の子。命そのものが儚い小さな子供たち。誰も彼も、レカの見知った顔だ。下水道掃除で一緒に作業したはずの……。
レカはタンザのそばで、横たわるキナを見ていた。その体は先ほどと比べてだいぶ体温が下がっていた。タンザが黒い毛の生えた顔を涙で濡らして必死で呼びかける。
「キナ! キナぁ! 返事をして!」
少女の顔は蒼白で、呼吸が極端に弱まっていた。催眠ガスの影響か、それとも儀式での魔力の消耗か。レカの胸に不安が広がる。
「キナ……大丈夫だ、大丈夫だから」
何度も繰り返す言葉は、自分に向けた無意味な呪文だった。確信も希望も、その声には乗っていない。
崩壊した下水道の入り口から地上へと転がり出たレカの周りに、巻き込まれた子供たちが集まっている。キナだけが目を覚ましていない。その銀髪は煤で汚れ、小さな顔は月のように白く、目は閉じられたまま。レカは頸部の脈を取るが、それは弱々しく、体温も著しく低い。
「ッケ、一網打尽ってわけだ」
後方から、ズシン、ズシンと足音が近づく。巨体を煙の中から現したガズボは、背中に子供たちを何人も乗せていた。腕にも二人、肩にも一人。
「おら、こいつらで最後だ。他は見つからなかったぜ」
ガズボは言い放つと、破壊された下水道の出口をにらみつけた。ガスと炎と魔力の混ざった煙が、まだ地下から立ち上っている。薄闇の中でも、彼の黄ばんだ牙と赤く光る眼が獲物を待ち構える狼のように輝いていた。そこには命の喪失に対する哀悼の意はなく、ただ仕事をやり終えた満足感だけが浮かんでいる。
「まさか自爆とはな。俺らが介入したせいでこうなったのか。それともそのおかげでこの程度で済んだのか」
彼のガラガラ声には言葉には思いやりも何もない。ただの雑感、通り過ぎる思考の屑。しかしその無神経さこそが、貧民街の現実だった。死に慣れすぎた者たちの、淡々とした日常。レカはキナから目を離さずに返答する。
「知らねーよ……」
それに込められているのは、疲労と絶望と諦め、そして微かな怒りと、そして何よりも、自分自身の無力さへの呪詛。爆発の衝撃でまだ耳鳴りがする中、レカは周囲の状況を把握しようとした。地上に出られた子供たちは十数人。それでも、下水道の奥に残されたままの者も、確実にいる。
「レカ姉ちゃん!」
タンザの声は悲鳴に近く、猫族特有の宝石のような瞳は、瞬きも忘れて見開かれていた。彼の黒い毛皮は地下水道のヘドロでひどく汚れ、血すら滲んでいる。しかし自身の怪我も気にせず、キナの横で懇願するようにひざまづいている。触るのも怖いという風に、彼はキナに触れることもできない。レカは言葉に詰まる。深く薄く、責任の重さが肩に乗る。
「キナが……キナが目を開けない! どうして? どうして!?」
レカはキナの小さな体を見た。その胸は呼吸をしていることを示す上下動をしているが、どんどん弱々しくなっているように見えた。
「息はある……魔力を使っちまった影響だろう」
レカは冷静を装うが、声が震える。タンザもまた、落ち着いた様子になったが、それもまた無理をしているのが明らかだった。猫の耳が不安げに忙しなく動いていた。
「……大丈夫だよね? 起きるよね?」
タンザの必死の問いかけに、レカは黙ったまま、他の子供たちの様子を確認する。何人かはすでに意識を取り戻し、座り込んでいる。ガス中毒と爆風の影響はあるが、命に別状はなさそうだ。しかし、全員を助け出せたわけではない。確実に犠牲者がいる。
「リリアのところに連れて行こう。すぐに」
決意を込めて言ったとき、シャルトリューズの声が聞こえた。
「生き残った拝魔王教の連中は、みぃーんな逃げちゃったわねぇ。全滅できたわけじゃないわぁ」
ため息混じりにシャルトリューズが周囲を見回す。中央の区画がこんな被害を受けるだなんて前代未聞だ。夜の間は被害の全容は把握できないだろうが、貴族の屋敷の方向に青く瞬く煙が流れているのを見ると、間違いなく大きな騒ぎになることが見てとれた。シャルトリューズはクスクスと笑う。まるでそれを心底面白がっているように。
「うふふ、さーて、戦利品を探さないとねえ……」
やがて何かを見つけたのか、触手が瓦礫の下から何かを引きずり出す。エルフの女性の腕だった。既に冷たく、皮膚に刻まれた儀式の印が青く光を失いつつあった。
「ねーねー! 見てー。純潔エルフじゃなさそうだけど、それでも貴重よ。混血でも、魔力があれば、部位によっては高く売れるわぁ」
シャルトリューズの声は商人が品定めをするように冷酷だった。触手が無造作に死体を引きずり、他の「商品」を探し始める。
「ッケ、妙な儀式とか始める前に片付けりゃよかったんだよな」
ガズボが子供たちを地面に下ろし、がれきを掘り始める。彼の怪力で持ち上げられた石の下から、またも青白い肌が見える。
「お! おたからみーっけ」
その言葉が、レカの落ち込んだ心に暗い火を灯す。たった今、彼女は子供たちを救うために命を懸けたばかりだ。それなのに、この二人の彼女の部下は、まるで死体を漁る鴉のように、犠牲者の遺体を「商品」としか見ていない。ガズボはなおも身勝手なことを言い続ける。
「純潔エルフの体液は金銀よりも高値だぜ? 魔法科学ギルドの貴族どもが喜んで買い取りやがる。儀式で消耗してるのが惜しいが、さっきの爆発で蒸発してなきゃいいがな」
それを耳にしたレカの脳裏に、闘技場で見た光景が思い浮かぶ。スタブロが何かの器具でエルフの血液を吸い取っていたあの悍ましい光景を……。小さい子供たちがショックを受けているのにも構わず、大柄な亜人種二人は止まりはしなかった。
「やーん! 見つけちゃったぁ! これ高そーよー?」
「ギャハハ! 換金したら山分けだからな?」
「えー? ウチは借金取り立てられてるのよぉ? もっとよこしなさいよぉ」
人外二人の言葉は遠く響き、しかし鋭い刃のようにレカの心を突き刺す。
「クソが」
レカは立ち上がる。彼女にできるのは、このひどい会話を子供達に聞かせないように黙らせることだけだった。
「もう……やめろ」
レカの声は小さく、しかし凍りつくような冷たさを帯びていた。シャルトリューズとガズボは一瞬動きを止めたが、すぐにまた「収穫」を続けようとする。
「てめえら……聞こえなかったのか?」
レカの赤い瞳から魔力が漏れ出す。彼女の髪が風もないのに揺れ始めた。怒りというより、深い悲しみと決意が彼女の全身から放たれていた。タンザの小さな手が彼女のスーツを引っ張る。その感触で、レカは我に返った。今はこれ以上の争いを生む時ではない。 彼女は深く息を吐き、「リリアのところへ行こう。子供たちの手当てが先だ」と言った。その声に確固たる意志が宿っている。
カン! カン! カン! カン! ……。
大時計塔の近く、街の中央部から、警鐘が鳴り響き始めた。下水道での爆発が、地上にまで影響を及ぼし始めている。青い光をともなう煙とは明らかに違う、赤茶けた煙が立ち上り、街の各所からざわめきが聞こえていた。
翌朝、雪が降り始めた。この街に生じた新たな緊張は、冬の本格的到来によって覆い隠されるようだった。




