第三十九話 テルの休日の終わり
テルは邸宅の少し前まで来ると、背後の闇を振り返って、挨拶をした。何の反応も帰っては来なかったが、きっと伝わったはずだ。彼は衛兵に挨拶をする。彼らは感情を表に出すことは決してないが、その答礼の仕草のほんの少しの揺らぎから、テルを咎めるような感情が読み取れた気がした。もう夜も遅い。晩餐会がやっていたとしても、それですらもうお開きだろう。
テルは邸宅の扉を開け、広い玄関ホールに足を踏み入れた。深夜の屋敷は静まり返り、彼の足音だけが大理石の床に響いた。壁の魔光灯はほとんど消え、わずかに残る蝋燭が廊下に長い影を落としている。
「ただいま」と小さく呟いたが、返事はなかった。使用人たちはみな就寝しているのだろう。テルは階段を上がり、屋敷の西翼の奥にある父の工房へと向かった。下水道での仕事で汚れた服のまま、本来なら風呂に向かうべきだったが、疲労と達成感、そして眠気の混ざった気分は、まるで意志を持ったかのように彼を父の工房へと導いていた。
古い木製のドアの前で立ち止まると、テルはポケットから小さな鍵を取り出した。使用人さえも立ち入ることを許されないこの部屋に、父は彼にだけ鍵を与えていた。もうずいぶん昔にもらったものだった。まだ使えるかわからないが、彼はそれを鍵穴に差し込んだ。かちゃりと音がした。
ドアを開けると、薬草の香りと金属の匂いが混ざった独特の空気が彼を迎えた。テルは部屋の中央にある作業台に近づき、そっと手をかざした。台の上には父が最後に作業していた実験道具が、まるで使い手の帰りを待っているかのように並んでいた。壁一面の本棚には古い魔法書や記録が整然と並び、棚の間には様々な形をした瓶や壺が並んでいる。中には青や緑に輝く液体や、時折不思議な動きをする粉末が入っていた。
テルは窓際に置かれた小さな装置に目を留めた。母が生きていた頃、父が作った星を映し出す魔法装置だ。ボタンを押すと、部屋中に星空が広がり、母は彼をひざに乗せて星座の名前を教えてくれたものだった。
「ここでよく遊んだっけ」
テルは小さく呟きながら、装置の横に座った。小さい頃、よく父の工房に忍び込んでは、遊んでいたのを思い出した。母の死後、父はこの装置を使うことはなくなったが、捨てることもなかった。テルは装置のレバーに手をかけた。まだ動くだろうか。指先でほこりを払う。ずいぶん手入れされていないようだ。指が装置の硬さを確かめていく。そうするたび、彼は幼い日々の記憶を辿った。母の優しい声、父の晴れやかな笑顔、三人で過ごした幸せな時間。今では父と優しい言葉を交わすことも少なくなっていた。
テルは深いため息をついた。下水道の泥にまみれた自分の姿と、この洗練された魔法科学の部屋。彼はどこかに居場所があるのだろうか。装置を動かすのはやめた。もし動かなければ、昔の楽しい記憶が永遠に消え去ってしまったような気になるから。椅子をガガっと持ってきて、反対にして座る。背もたれに両手を組んで、そこに顎を乗せた。部屋の中は広々としていて、寒々しく、たくさんの何だかわからないものに埋まっている。やがて彼は、微睡の中で思い出の中に帰っていった。
カンカン、カタカタ。そんな音で、テルは目を覚ました。
(あれ、ここ、どこだっけ)
テルは横になってはいなかった。ここはベッドでもない。むしろ彼は座っている。椅子だ。
「起きたか、テル」
父の声だった。そうか。やっとテルは自分が父の工房にいて、そこで眠ってしまったのだということを思い出した。金属と機械油の臭いを感じる。顔を上げると、確かに父がそこにいた。シャツの腕を捲り、太い腕で何やら作業机の上で機械をいじっている。その音で、テルは目が覚めたのだった。
「父さん……」
テルは疲れ切った頭を左右に振った。ちょっと椅子で寝ただけで回復するほど、今日の疲労は甘くない。身体を起こそうとした瞬間、肩から何かが滑り落ちる感触があった。柔らかな重みが膝元へと移動していく。テルは混乱して目を瞬かせた。膝の上に落ちたものを見つめ、瞳が驚きで見開かれる。毛布だ。しかも家族の休息室にあるはずの、母が生前愛用していた手織りの毛布。家政婦たちすら普段は手をつけない、特別なものだった。
テルの指先が震えながらその毛布に触れる。柔らかく温かい感触に、胸の奥が熱くなるのを感じた。だれが——いや、この工房にいるのは自分と父だけ。それは父が、眠っている彼にかけてくれたものに違いない。
テルは思わず父の方を見た。ロドヴィコは作業に没頭しており、息子の方には目もくれない。だがその横顔には、いつもの厳しさの中に、かすかな柔らかさが見えるような気がした。毛布を両手で持ち上げ、テルはその感触を確かめるようにそっと頬に当てた。母の香りがほんのりと残っているような錯覚さえ覚える。喉元が熱く締め付けられるような感覚に襲われ、テルは慌てて深呼吸をした。
何年ぶりだろう、父からこんな風に気遣われたのは。幼い頃、熱を出して寝込んだ時以来かもしれない。単純な行為なのに、それが持つ意味の重さに、テルの心は激しく揺さぶられた。
「まったく、朝食にも姿を見せずに屋敷から消え去るとは……」
「あ、ご、ごめんなさい……」
ロドヴィコは手元のみを見つつ話しかける。
「ちょっとした騒ぎだ。お前も、私に似てきたというわけだな」
「僕が?」
ロドヴィコは一瞬テルの方を見た。
「もやしっ子が、立派になったモンだよ。一年前から考えても、ありえないことだ。あの闘技場の一件のせいか?」
「さあね」
テルは拗ねたようにそっぽを向いた。ロドヴィコは構わずに作業を続けている。何を作っているのか……。テルは気になったが、ロドヴィコが意外な話を始めたせいで、気をそらされた。
「二十年以上前、私は無軌道だった。そして純粋で……なんでもできると思っていた」
「えっ……」
テルは驚いたように目を大きく見開いた。父が若い頃の話をするなど、今までほとんどなかったことだった。
「そう、日毎にアホな貴族どもと決闘をしたり、かつて魔界と呼ばれていたただの亜人種の森へ傭兵を引き連れて出向いたり……」
ロドヴィコの声には、若き日の無謀さを懐かしむような響きがあった。彼は手元の装置から顔を上げ、遠い記憶を見つめるような目をした。窓の外に広がる街の灯りが、彼の顔に柔らかな陰影を作っている。
「すごいね。僕とは全然違うじゃないか」
テルは毛布にくるまりながら、小さな声で言った。
「いや、変わらん」
ロドヴィコは珍しく柔らかな表情で息子を見た。
「お前と同じ歳で魔光灯でこの街を照らしたときも、希望に溢れていたさ。この街をいい方向に変えられると思っていたんだ」
テルはその言葉に、しばらく言葉を失った。棚に並ぶ瓶に反射する魔光灯の光が、父の青い目に宿る複雑な感情を強調していた。その手が一瞬止まり、金属の部品を静かにテーブルに置いた。何か考え込むような様子。テルは意外だった。こんな会話があるだなんて。てっきり、小言を言われるだけだと思っていた。いや、それなら、なぜ自分はそもそもこの部屋で無防備でいられたんだろう。
(甘え……?)
褒めて欲しかったのかもしれない。
「……父さん……。でも……あなたは……急ぎすぎたんだ」
テルはためらいながらも、心の奥底から湧き上がる言葉を口にした。これまで決して言えなかった父への評価を、彼は初めて直接伝えた。彼自身、この言葉を口にすることに驚いていた。ロドヴィコは息子の言葉に一瞬身をすくめたように見えた。が、すぐに顔を引き締めた。彼は再び部品に手を伸ばし、作業を再開した。その指先は少し強く、金属を掴んでいた。
「それは無関係だ。この街という大きな怪物に、私はまだ勝つことができていない」
そう言いながら、彼は作業台の上で小さな部品を巧みに組み立てていく。その動きには、数十年の経験と知恵が凝縮されていた。
「なあ、テル。人間、生きていくには邪悪さも必要だ。鉄に炭素を加え、粘り強い鋼になるように。強靭な心には邪悪さが必要なんだ。そう思わんか?」
彼の声は静かだったが、工房の静寂の中で鮮明に響いた。その言葉の重みは、単なる教訓ではなく、長年の苦悩から紡ぎ出された人生哲学のようだった。
「え、どういう意味?」
テルが聞き返すと。ロドヴィコが抑揚のない声で言った。
「フン。教育を受けられない子どもたちをどぶさらいに駆り出して、お前は明日この街の発展にろくに使えもしない抽象的な学問を学ぶ。ふふ、この街の理不尽そのものだな」
それは電撃のようにテルを打った。思わずガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。倒れそうになるそれも構わずに、テルは身をこわばらせながら父に体を向けた。これから戦うべき相手に向けるような敵意すら込めて。
「父さん、知ってたの? 今日の僕の、その、何をしていたか……?」
ロドヴィコは初めて作業の手を完全に止め、顔を上げた。彼の鋭い目がテルを貫く。その眼差しには嘲笑と、どこか期待のようなものが混じっている。
「この街で起きることで、私の耳に入らないことなどほとんどない。あの暗殺ギルドの小娘と、札付きのガズボという男と下水道掃除だったか。感心したよ、お前がそこまでやるとは」
テルは動揺を隠せなかった。父の情報網の広さに驚くとともに、父が自分の行動を見透かしていることに焦りを感じる。しかし、それよりも心に引っかかったのは、父の最初の言葉だった。
「あの、その……僕は……あの子たちに……でも! あれは子供たちに尊厳を与える仕事だった! 彼らは自分たちにできることがあると実感したはずだ!」
「フフッ、そんなことは百も承知のはずだろう。だからこそ彼らの想いはどす黒い」
そう言って、ロドヴィコは冷ややかに笑った。そして作業机に寄りかかると、テルの方に初めてきちんと体を向けた。大きい。テルは思った。何度となく思ったことだ。レカより小柄な自分なんか、この人の前では小動物同然。ロドヴィコは語気を強めてまくし立てる。
「親族を殺されたり常に差別に晒されたりしていないからそんなことが言えるのだ。彼らはお前と違って絶望しているのではない。憎しみを抱いているのだ。もはや平和はない。奴らが死ぬか、我らが革命で殺されるかだ。下層の人間と上部構造の人間は、支配や、愛情で繋がっているのではない。絶えることがない緊張関係で繋がっているのだ。お前が愛を示しただけ、お前は更なる憎しみを背負い込むようになる」
「そんな……」
テルの声が震えた。彼の目の前に、今日一緒に働いた子供たちの顔が浮かぶ。タンザの笑顔が、父の冷たい言葉に飲み込まれていくようだった。ロドヴィコの指がテルを指した。
「まったく……いつも自分たちとは無関係を装っている貴族どもが、ちょっと降りてきてくれれば、そりゃあ子供達はヒーローのように扱ってくれるだろうさ。お前へのいつもの態度。からだをうごかして仕事と尊厳を得られる立場の子供の獣人なんかはな。……お前は選んでいるのだ。貧民ども中から、まだまだ余裕がある、お前に対して媚態を示すことができる者を! お前は貧民街で遊べそうな相手を選んで、遊びに行ってるのさ」
テルの顔が紅潮し、拳が震えた。彼は言葉を失った。父の言葉の一つ一つが、彼の善意を愚弄するように響いた。ロドヴィコはハハ、と声を上げて笑った。わざとらしい嘲笑だ。
「ほう! 怒ったな? その怒りこそがお前の傲慢さの表れだ」
ロドヴィコは工房の奥へと歩き、壁に掛けられた古い地図を指差した。バンバンと手で叩くと、木版のそれは大きな音を立てた。パラクロノスの都市計画図。貧民街と中央区画の境界線、リング状に流れる河が赤く強調されていた。
「これがこの街の憎悪の結果だ」
彼の指が地図上を移動し、かつての闘技場跡を示した。
「ついこの間、憎しみがここで爆発した。この街を生きる獣人たちの憎悪のエネルギーはここに集結し、派手に最後を遂げたわけだ」
ロドヴィコの話に熱が入っていく。
「この街では上部構造は絶望し、下部構造は憎悪する、そんな緊張関係がある。希望を抱いているのは街の外から冒険者ギルドの噂を聞いてやってくるカモどもだけ……。ここで生まれた者のほとんどは、親から憎しみを教えられるのだ。なぜなら子は憎しみを教えてもらえnければ、この街ではすぐに死んでしまう……。生きるためのエネルギーさ」
急に静かになった。テルが唾を飲み込む音が聞こえそうなほどに。ロドヴィコは静かな笑みを息子に向ける。それは慈しみでもあり、絶望でもあった。
「この街では幸福のエネルギーではなく、憎しみのエネルギーが大多数の者を生かしているのだ」
また沈黙があった。しかしテルは、勇気を出して父の傍まで歩み寄り、震える声で言った。
「子供達に絶望を教えてはいけない。ましてや、憎悪を伝えるなど……」
彼は一瞬躊躇ったが、意を決して続けた。
「およそ、大人ができる中で最も罪深い行いですよ」
ロドヴィコはテルをじっと見つめ、突然笑みを浮かべた。しかしその笑顔には温かみがなかった。
「お前もまだ子供だ。絶望しているのは……お前だよ」
テルは、父の言葉を噛みしめた。何よりも苦い言葉……。まだ理解しきれない部分も多い、栄養なのか、毒なのかわからないものが含まれた……。ロドヴィコが作業台のものを取り上げ、何やら動作を確認している。今夜のロドヴィコの声は冷たかったが、どこか諭すような調子もあった。彼は再び作業に夢中になったようだ。
テルは毛布を丁寧に畳むと、椅子を静かに戻して、その上に置いた。そしてドアに手をかけて出て行こうとする。背中越しに父の声が聞こえた。テルはそのまま立ち去る気だったが、聞き逃せない一言があった。
「あのスティレットの小娘を、存分に使うがいい。最強の暗殺短剣だよ」
……と。その言葉は、テルの感情に火をつけるのに、十分だった。テルは振り返って、くってかかった。
「僕は父さんのマリオネットじゃない! レカだって誰の道具でもない! レカとの関係も、僕自身とレカの気持ちのあり方が決めるんだっ!」
ほう、と、ロドヴィコが言った。テルの方に体を向けて。こうすると、威圧感がある。現役の評議会員で、貴族で、決闘で何度も生き残ってきた、強力な力を持つ、身長も体格も恵まれた男なのだから。
「テル。あの娘は、お前に随分懐いているようだが……お前は決してあいつを愛してやろうとはしなかった。どこか気後れして……あいつが勝手に血で錆びていくままにしている」
その言葉は、テルに大きな衝撃を与えた。テルは冷静になれないまま言葉を返す。
「た……確かにそれは、僕の罪でもある。でも……人間は……誰かの操り人形になったりしていいわけないだろ。誰かの暗殺用のナイフになってもダメなんだ」
ロドヴィコがじっとテルを見た。そして街の政治の世界でバチバチと他の貴族にぶつけている、人間的迫力を惜しみなく息子にぶつける。
「フン! コイツは傑作だ! アーティファクトがダンジョンの最深部からもろくに掘り出せなくなって久しく、奴隷産業が大きく栄えているこの街においていうことかね? 魔界などという大それた名前のただの雑多な種族の住む森から、亜人種を狩ってきて奴隷にすることを……主要産業としているこの街ではな。なかなか出来のいい冗談だ!! 笑えるよ、テル」
テルは……正直なところ、父が怖かった。目の前にいるのは、若い頃から圧倒的な人間力と実行力を発揮し、街の権力を実質数名で握ることに成功した、歴史的偉人なのだ。父親として甘いところは一切なく、テルに何か押し付けているわけでもないのに、いつもいつのまにか言いなりになっている。そんな力があった。ロドヴィコは話を続ける。
「……確かにあのレカという娘は、いいように使われるマリオネットではないかもしれん。だが、自分で自分を、人を殺すしか能がないスティレットに追いやっているのではないか? お前が錆びを拭き取ってケアしてやらないと、すぐにボロボロになってしまうぞ? タティオンも、本質的には人を使い捨てる男だからな」
テルは自分の感情が処理できなくなった。無性に父に対して腹が立った。父がしてくれた全てが気に食わなくなった。全てが父親に操られている印象を受けた。彼は自分自身を父親のマリオネットであると感じていた。もはやテルは笑えない。父からの愛情を感じて、媚びたような甘えた笑みを見せたりしない。貴族として、黙って付き合うだけだ。そう決めたようだった。ロドヴィコも、だんだん自分の息子が一人の貴族としての誇りと自尊心を備えつつあるのに気付いたようだった。整備のための道具を作業机に置き、フウと息をついた。
「……なあ、息子よ。この世の苦しみを一つでも知っている人間は、この世の全ての苦しみを想像するチャンスが与えられているんだよ」
テルはじっとその言葉を考える。しかし答えは見えない。ロドヴィコは話を続ける。
「テル。お前はやがてこの街を導く者になる。なるしかない。そう決まっているんだ。それなら、そうなるために必要な感覚を養うしかないのではないか? 自分以外の人間を全員マリオネットだと思え。この街の守護者気取りの暗殺ギルドのボスのことも、あの悲しいまでに研ぎ澄まされたスティレットの小娘のことも。全員。全員だ。お前が全ての人間の操り糸を握るのだ。そして未来へ向けて引っ張っていくのだ」
テルはまた大きく息を吸って、吐き出した。そして平和主義者なりの無力な笑みを浮かべた。今日はもう流石にこれ以上、父とはやり合えない。
「この街を背負う責任なんてまっぴらごめんだ。父さんがやってよ。まだまだ現役でしょ」
「待て」
その声には命令の響きがあった。テルは不本意ながらも足を止め、振り返った。ロドヴィコは作業台で今し方までいじっていたものを布切れで磨いている。彼の大きな手の中で金属が冷たく光った。
「これを持っていくがいい」
ロドヴィコが差し出したのは、洗練された造りのリボルバー銃だった。
「これは……っ!?」
テルが闘技場のあの日、ハーマンから借りうけた銃だった。明らかに特殊な改造が施されている。銃身からは微かな青い光が漏れ、シリンダーには複雑な魔法陣の刻印が見えた。
「すごい……」
テルは戸惑いながらも、その銃を手に取った。予想以上に重くなっており、ずっしりしたそれに施された改造の精巧さに言葉を失う。
「テル。お前の友人はなかなかの物を実家から持ち出したようだな。それを私が特別に改造した。普通の弾丸では太刀打ちできない相手にも有効だ。接死の弾丸というものでな……。バジリスクの即死魔法を参考に私が調整したものだ。これを撃ち込まれて生存できる生命は、理論上存在しない」
ロドヴィコの言葉に、テルは息を呑んだ。父が彼に武器を与えるなど、想像もしていなかった。それも、こんな致命的な力を持つものを。
「なぜ、これほどのものを僕に?」
テルの疑問に、ロドヴィコは微かに苦笑した。
「お前がマリオネットになるのを拒むのなら、少なくとも自分の身は自分で守れるようになるべきだ。世界は思っている以上に危険で、その柔和な考えだけでは生き延びられない」
わかっているだろう? と言って、ロドヴィコは得意げに腕を組んだ。テルは銃を手のひらで転がし、その重みを確かめた。武器を父から渡されるということの意味、それが象徴する責任の重さを感じていた。
「これはお前への信頼の証だ」
ロドヴィコはそう言うと、再び作業に戻った。その背中には、もうこれ以上の会話を望まないという気配が漂っていた。テルは言葉を探したが、何も適切な反応が思い浮かばなかった。最後に一度、毛布と星の映写機に目をやり、静かに部屋を後にした。
アトリエの散らかったベッドの上、彼の手の中で改造されたリボルバーが冷たく光を放っていた。父から受け取ったその武器は、彼にとって新たな責任の重さと、選択を迫る未来の象徴のようだった。
「でも……この街で……誰を撃てと?」
彼の問いかけに闇は答えなかった。




