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マリオネットとスティレット  作者: 北條カズマレ
【序】 暗殺者のいる街
4/60

第四話 暗殺ギルドの執務室(前

 深夜は時計塔も沈黙する。


 1日2回の鐘の音は、この時間には決して聴こえない。


 そのせいか知らないが、

 深夜という時間は、

 みんな好き勝手に振る舞った。


 陰謀が巡らされる時間だ。


 富裕層の住む、

 なだらかに時計塔へと勾配が

 上がっていく中心街。


 富裕層の区画の麓に、

 ギルドの本部が居を構えていた。


 魔法科学ギルド、

 傭兵ギルド、

 冒険者ギルド、

 商工ギルド、

 そして、暗殺ギルド……。


 どのギルドであっても、絶大な権力を持っている。



 そのうちの一つに、真っ黒な屋敷がある。

 高くそびえる魔法科学ギルドの塔と比べると、

 ずいぶん小さく見える。


 暗殺ギルド。


 この街で最も忌み嫌われ、

 恐れられ、

 そして陰で尊敬される……。


 そんな人間たちの組織。

 

 その屋敷こそ、陰謀が巡らされるには、うってつけの……。



 屋敷の中は暗い。


 そこは暗い部屋だった。


 魔光灯が備えられていない、

 古い作りで、蝋燭のみが灯りだ。

 誰にも決して知られてはならない密談という雰囲気を、

 あらゆる調度品が醸し出している。


 窓は締め切られ、ガラス越しの街並みが望める。


 大時計塔への勾配の少し上がったところに屋敷があるから、

 商業区画や港湾施設、河を越えて、

 城壁を越えて、その外の貧民街まで見える。


 蝋燭だけの室内よりむしろ、

 月光や魔光灯で、

 ほの明るい外の方が見通せるくらいだ。


 部屋の中で、数少ない蝋燭の明かりに、

 ぼんやり浮かび上がっているものがある。


 暗殺短剣スティレットの紋章、

 暗殺ギルドのシンボルだ。


「この街は残酷だな」


 闇のように低い声だった。


 その紋章を背負うようにして、

 今はもう絶滅した魔獣の皮革でできた、

 大きな椅子に座る男がいる……。

 椅子は窓の方を向いているから、

 部屋の真ん中からは見た目がわからない。

 老人のようだが……。


「夢を食う街。他の地域ではそう呼ばれているそうだな」


 男が、椅子から立ち上がる。

 豊かな髪は、銀色の年月の霜をまとう。

 ダークな色合いのフォーマルなフロックコート風の服装に、

 白く輝く広いタイで首をかざっている。

 うす暗がりの部屋にひびくその声は、

 墓地を這う霧のように重たく、冷たかった。


「人は、一人で生きていくために都市を作った」


 静かだが、圧倒的な力を想像させる低音だった。

 ゆっくりと、こちらに向き直る。

 銀の髪を後ろへ撫で付け、整えられた灰色の顎髭。

 眼光は斬りつけられた傷のように鋭い。

 優しげだが逆らえない眼差しが、客人を射抜く。

 何より特徴的なのは、その赤い瞳で……。


 執務机の前の座っているのは、別のギルドの人間だった。

 初めて対面した暗殺ギルドのボスの迫力に、

 すっかりおびえてしまっている

 重い声が言葉を続ける。


「獣人、食い詰め者、逃亡奴隷、犯罪者……ここでは、流れ者の過去をことさらに問いただすものはいない。万人がたった一人、独自の力と才覚でのしあがれるパラダイス。それがこの街……」


 男は執務机を回り込んで、

 座っている客人の方へ近づいてくる。

 身長が高い。

 歳はかなりいっているが、

 背はスラリとしていて、

 ダークスーツ風のフロックコートを

 見事に着こなしている。


 客人の方はというと、

 それなりにはいい服装をしているが、

 暗殺ギルドのボスの前では、

 威厳も何もありはしない。


 椅子の上でちぢこまりつつ、

 しかしできるだけ姿勢をくずさないように努力しながら、

 その話を聞いていた。


「……だがそれは幻想だ。ひとたび何か起これば、どうしたって誰かと助け合うしかない。そもそも日々消費する食料は、周辺の農村から運ばれるものだ。都市とは、たった一人で生きていけるという、幻想を共有するための装置なのだよ」


「何を……」


 客人が口を開いた。


「何を、おっしゃりたいんです? タティオン氏」



 男の赤い瞳が、

 銀の髪と氷のような白い顔の真ん中で、

 ギラリと光った。


 客人……冒険者ギルドの裏方、

 帳簿管理を任される重役。

 ウィレム・アークレイは、

 中年をややすぎつつある、くたびれた額の汗をぬぐった。


 何せ、目の前の男の威圧感ときたら、

 鋭く冷たい刃物の切先を、

 常に向けられているような感じなのだ。


 若い頃に潜ったダンジョンの中でも、

 なかなか感じなかった緊張感だった。


 暗殺ギルドのボス、その名は、



 タティオン・ヴォルヴィトゥール。



 ……ウィレムはごくりと唾を飲み込んだ。


(これが暗殺ギルドを一代で大ギルドに並ばせた男か……)


 入室した際にとった帽子を、

 手の中でシワになるほどぎゅっと握った。


 タティオンの声がまた暗い部屋に響く。


「なあ、ウィレムくん。冒険者ギルドがその幻想をうまく使って人を集めているのは事実だ。夢を抱いた若者は、君らの好物というわけだ。だが、ワシらギルドの権力者は、夢という幻想を、幻想に過ぎないと知ってる。違うか?」


 タティオンは、

 長身をググッと折り曲げて、

 座っているウィレムの顔を見下すように覗き込む。


 白く幅広いタイが少したれ下がる。


 ウィレムは握る力が無意識に強まり、

 帽子がさらにしわくちゃになった。

 かろうじて震えを抑えて声を出す。


「お、おっしゃる通りです、タティオン氏……われわれは、バカな成り上がりの夢を見てやってくる貧乏人、つまり、農家の次男坊や三男坊とは違う。ましてや、魔界から奴隷として連れて来られる亜人種どもとも……。支配する側ですよ、はい」


 最後の方は顔に汗を浮かべつつ、

 下卑た笑みを見せるウィレム。


 タティオンはそれに顔を近づけたまま、

 特に不快そうな様子もなく、頷く。


「いいだろう。確認はそんなところで十分だ。要件を聞こう」


 ウィレムはなんとか落ち着くと、

 むしろペラペラと、

 緊張を誤魔化すように話し始めた。


「反乱者を、消していただきたい。とある冒険者パーティです、奴らは愚かにもダンジョンの中の秘密を……」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 またひとつ、陰謀が企てられた。


 ウィレムは、

 安堵と共に、

 疲れ切った顔を晒しながら、

 何度もお辞儀をする。


 そして罪悪感から逃げるように、

 タティオンの執務室から出ていった。



 タティオンは、ふう、とため息をついて、

 体をふかふかした椅子に大きく沈め、

 眉間の辺りをもみほぐす。


 どうも最近は若い時のようにはいかない。


 疲れが溜まりやすい。

 暗がりから、一人の大男が現れる。

 30歳くらいに見える、若いが、威厳を持つ男だ。


 筋肉がはち切れんばかりに、

 黒いフロックコートを内側から破裂寸前に押し広げている。


 タティオンと同じくらいの背丈だが、

 頭髪はスキンヘッドに剃り込まれ、

 まとう雰囲気はよりピリピリしている。


 これほどに存在感のある人間が、

 訪問したウィレムも気づかないまま

 潜んでいたなんて、驚きである。


 ほとんど蝋燭だけで光を絞っているとはいえ、

 さほど広くはない執務室。


 完全に気配を殺して潜んでいた彼に気づいたら、

 小心なウィレムは卒倒したかもしれない。


 タティオンと同じくらい低く響くが、

 若々しい力に溢れた声が、

 太い首にある分厚い声帯から絞り出される。


「冒険者ギルドも悪党ですね、父上」


 タティオンは目の周りを揉んだまま、

 もう片方の手をひらりとさせて答えた。


「そう言ってやるな、スタヴロ。人殺しを生業にしている我らほどではないさ。奴らは生き血を吸うが、我々は血を流れるままにする。我々こそ最も無駄に血を流す悪党よ」


 スタヴロと呼ばれた精悍な若者は、

 先ほどの客人のことを思い返す。


 冒険者ギルドの帳簿係……そのような人間が、

 自分のギルドの弱みを引っ提げて、

 我が暗殺ギルドを頼りにくる……。



 内心ほくそ笑むくらいオイシイ仕事だった。



 スタヴロは眉以外体毛のない顔を

 ニヤッと歪めて笑った。


「父上、事態は上々のようで」


 タティオンは頷く。


「お前の代になったら、暗殺ギルドは大変だぞ、息子よ。何事も拡大期より、守りに入った時の方が煩わしく、足元をすくわれるものだ」


 大男のスタヴロは頷いた。




 ……ふと、窓を気にする。

 風を感じたのだ。

 部屋の中の空気が少し変化したのも。


 執務室の端っこにある窓の方を見ると、

 その理由がわかった。



「おじゃまーっす」

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