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マリオネットとスティレット  作者: 北條カズマレ
第四章 冒険者のプライド
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第三十三話 テルの騒がしい休日

 悪臭混じりの朝霧が晴れ始めたばかりの街の上空を、死肉漁りのカラスが飛んでいく。薄暗い街の大通りには、朝早くから働きに出る貧しい者たちの列がトボトボ歩いている。街路にはまだ夜の残骸が色濃く残っている中、あらゆる人種が住む貧民街と貴族が住む工房のある街の中心を隔てる河の水面が、キラキラと輝く。悪臭の原因は汚水が垂れ流されるそこにこそあるというのに。

 パラクロノスの街は、一晩中起こった事件を忘れるかのように、朝の光の中でゆっくりと息を吹き返していた。その光景を、テルは屋敷の自分の部屋の窓辺からぼんやりと見ていた。

(そっか。僕は、この街が実際好きなんだな)

 かたわらのスケッチを手にして、彼は心の中で独り言を言った。この間の闘技場での惨劇が、まだ胸の中で渦を巻いている。レカの叫び、ジャドワとの戦い、そして、彼自身が初めて引き金を引いた銃弾……。

 しかし彼が手にしている紙には、白と黒と、それからその間のかすみがかった黒炭のあとが、今見えている街の風景を形作っている。テルはそれと街の風景を見比べる。

(結局僕は……)

 闘技場の惨劇を、少年は何度も絵に描こうとしたが、結局こうしていつも通りの風景を描いている。部屋の反対側の窓の向こうには、巨大な時計塔が影のようにそびえている。街の発展の象徴。彼の父、ロドヴィコ・アルエイシス卿は、そこから得られたアーティファクトの魔法技術で、あんな飛空艇を作ってしまった。

(僕は、何もできやしない。でも、でも……)

 しかし彼は、いつもこうして朝方に自分の部屋で目を覚ますと、河を越えて貧民街を眺める風景を見るのだった。今も、朝起きたわずかな時間で、またスケッチを描いた。テルは少しだけ小さなため息をついて、ドブのにおいがほのかにかおる空気に別れを告げ、窓を閉めた。

(僕は、何事をなすだけのエネルギーを抱けるんだろうか。レカと同じくらいに。怒りでもいい、必死さでもいい。何か……)

 足元で暮らす人々の悲惨を知りながら、それを見て見ぬふりをする貴族たち。ロドヴィコもまた、街の発展のためなら、河に向こうにいる人々の生活がどうなってもいいと思っている。それに憤る気持ちは、ある。しかし、ジャドワや彼の獣人傭兵部隊、それからそれに対抗したレカのように、テルには大きなことを成すだけの動機づけがなかった。しかし、何も知らなかったかのように振る舞うこともできないのだ。テルは握りしめる気にもなれない手のひらを見つめた。

(……銃を撃ったのが、うそみたいだ)

 スケッチに使った木炭の黒ずみだけが、そこにあった。現実を変える力などなにもない、絵を描くという技術。しかし彼は、それ以外に何か打ち込む意味のあるものを、見つけられなかったのだ。

(レカの力になりたい。そうは言ったけど、どうすれば……)

 窓ガラスに映る影が奇妙に揺れた。テルの顔が怪訝そうに歪む。彼は慌てて振り返った。

「おい、テル坊! 朝からアンニュイな空気醸し出してんじゃねーよ!」

「うわっ!?」

 絨毯の上に、いつもの暗殺者の革の装備姿のレカが立っていた。自分がここにいることの異常さなど微塵も気にかけていない様子で、テルを見ている。差し込む朝日に照らされた薄い金色のポニーテールを揺らして。

「ど、どこから……」

 部屋の主は間抜けな声をあげるが、レカはクイッと後ろを親指で指すだけだ。向こうの窓が空いていた。テルは納得せざるを得ないが、疑問は絶えない。

「どうしたんだい、こんな朝早くから」

 レカの姿が一瞬で消え、次の瞬間には閉めたはずに窓枠に手をかけ、身を乗り出していた。彼女の髪が風に煽られ、テルの顔を軽く叩く。

「それがよぉー、テル、オメーが必要なんだ!」

「は、はあ??」

 レカの顔は申し訳なさそうで、テルも勘弁してくれという声を上げたが、内心では頼られたことが嬉しかった。レカは続ける。

「大変なんだよ! 娼館街で貴族の若いのが暴れてるんだってよ! この前オメーが撃ったような銃を持ってよ!」

 彼女の言葉には切迫感があった。テルの眉がはっきりと困惑色に寄せられた。

「え……? どういうこと?」 

「説明してる暇はねー!」

 彼女は一気にそこまで言うと、ためらうことなくテルの腕をつかんだ。その指の力が革のグローブを通してもはっきりと感じられた。

「待って、レカ! 銃を持った貴族って!? でもこんな時間から……本当に……?」

 レカがテルの腕を引っ張った。そのまま窓へと半ば強引に引きずるように。「ちょっ、ちょっと! 着替えてもないよ! 貴族を部屋着で連れ出すなって!」

 テルは抵抗したが、力で勝るレカには敵わなかった。窓枠に体が半分乗り上げられた時、朝の冷気が一気にシャツを通り抜け、背筋に冷たい震えが走った。

「そんな時間ねーって! つかまってろ!」

 レカは手慣れた動きでテルの体を背中に背負うと、一瞬のためらいもなく窓から飛び出した。

「うわっ!」

 テルの胃が喉元まで上がる感覚。目の前の世界が一瞬にして回転し、朝日に照らされた通りの眺めが目の前で上下に反転した。これまでも何度か幼馴染の運び方には慣れていたが、今朝のレカの跳躍は特に乱暴だった。

 河を越え、貧民街の入口にさしかかった時、太陽が雲の切れ間から姿を現し、汚泥で濡れた石畳に反射して、眩いばかりの光を放った。レカは一気に加速し、朝靄に包まれた細い路地を迷うことなく進んでいく。人々が驚きの表情でよけていく姿が、テルの視界をかすめた。

 闘技場以来、レカと二人きりでこのように行動を共にする機会はなかった。彼女のポニーテールが風に煽られ、テルの顔を叩く。その感触だけが、彼女と彼をつなぐ唯一の絆のようで……

「ははっ」

「何笑ってんだよ……」

 寝巻きのまま風のように街の空気を切り裂いていくのが、たまらなく楽しくって、テルは笑った。レカは呆れた呟きを漏らす。この街において、トラブルのない日など一日たりとも存在しない。レカがそれに自分を巻き込んでくれのが、嬉しかった。


 夜でも昼でも客の賑わう、活発な商業地区の市場。日々の稼ぎにこだわらなくていい、安定した自営業者の居住区。道ゆく人々は、貧民街の労働者たちとも、街の中心の貴族や工房とも違う、活気ある印象。治安維持を担う冒険者ギルドの詰め所、荒くれ者が最後の行き着く傭兵ギルドの登録受付所、貴族でも平民でも自由に議論ができる魔法科学ギルドのサロン。そんなものがあちらこちらにある。そして裏手に回った通りにあるのが、夜にはビカビカと魔光灯がうっとうしく輝く、娼館街だった。娼館や飲み屋は全て、暗殺ギルドの管轄下である。旧態依然とした商業的互助組織として、新規参入を阻み、利権を貪る。そこが荒らされていると聞けば、レカは走らずにはいられない立場だ。テルだって、それくらいはわかる。問題は自分までもが首を突っ込もうとしていることだ。

(な、なんで僕がこんな朝早くから……)

 レカに理不尽な目に遭わされるのはいつものこととは言え、彼女の仕事に巻き込まれるのは初めてだった。これも、あの夜以来の自分達の関係性の変化に起因するものだろうか……。彼はそんなことを考えていた。

(しかし……)

 これから向かう先にいるのが、知り合いであるように思えてならなかった。おそらくレカもそう思っているから、テルを連れているのだろう。レカは小脇にテルを抱えて走り、朝日が柔らかな光が石畳を照らし始める頃、彼らは目的地に到着した。

「事件が起こってるのはどこだ!?」

 ある娼館の前で、レカが叫ぶ。テルは石畳に降りる……しかしここに至ってやっと自分が裸足なのを思い出した。娼館街は比較的きれいだ。少なくとも、貧民街の奥地のように、回収屋が来るまで、転がった死体が数日放置されてるなんてこともない。しかしそれでも貧民街。不潔な敷石をなるべく避けるよう、少しでも綺麗な場所を選んで足の指をそっと下ろした。その時、パーン、と、何かの破裂音が聞こえた。そんなに遠い距離じゃない。反響したわけでもなく……。レカの鋭敏な聴覚にはその場所がわかったらしい。まだ人通りが少ない娼館の地区を、ダッと駆け抜けた。

「ちょ!待ってよ!レカぁ……」

 テルは情けない声をあげ、もう冬が近づき死ぬほど冷たくなった石畳を、探るようにチョンチョンと爪先立ちで追いかける。情けないパジャマ姿で……テルはレカを恨んだ。

 通りを抜けたところで彼らが目にしたのは、朽ちかけた木製の看板を掲げた古めかしい建物だった。その看板には「朝日楼」と墨書きされている。周囲の魔光灯に煌々と照らされた煌びやかな娼館とは違い、ここはどこか質素な宿屋のような佇まいだった。しかしそれでいて重厚な作りは、飾らない上品さを感じさせる。

 ガシャーン!

 中から物が壊れる音が響いた。レカはすぐさま身構え、扉を蹴り開けた。

「何が起きてる!?」

 店内は混乱に陥っていた。獣人含む様々な身分の者が見てとれる客たちは、壁際に押しやられ、中央には若い男が銃を手に震えながら立っている。その向かいに立つのは髭面の店の主人。両手を広げて恐る恐る距離を測りながら、宥めようとしていた。興奮しているのは、刺繍入りのシャツを着た、背の高い若い男だった。レカは、見覚えがあった。

「お前たちの店の怪物が俺を殺そうとしたんだ!」

 レカに続いて宿に入ろうとするテル、しかし声の主を見て、さっと覗き込んだ顔を戻す。間違いない、ハーマン・ローデシア。彼のシルクのシャツは汗と何かの粘液で半ば透けており、額には青筋が浮いている。瞳孔は異常に開き、呼吸は荒々しい。

 レカは素早く状況を判断し、屋内に踏み込んだ。彼女は柔らかな、しかし威厳のある声でハーマンに語りかけた。

「イキリ立つのも勝手だが、まあ座れや」

 レカの声は低いが、穏やかだった。彼女は自分の立場を示すように、コートを脱ぎ、建物の外のテルに渡した。いつものダークブラウンのコスチュームになった。暗殺ギルドの威厳が、その身のこなしから滲み出ている。

 ハーマンは彼女を見ても落ち着かない様子だった。むしろ、さらに興奮しているように見えた。

「バカを言うな、ふー、ふー、お、俺は毒物で殺されかけたのだぞ!?」

 テルはレカのコートを羽織りながら、チラチラと中の様子を伺った。ハーマン・ローデシア。テルが10年近くの間、一緒に育ってきた相手だ。見間違えようがない。この前の闘技場以来……。

(ハーマン、娼館行こうって言ってたのは、冗談じゃなかったんだ……)

 テルはレカが壊した扉の隙間から中を覗くと、また顔を引っ込めた。他の娼婦や客は裏手へと避難し、その場にはレカと『朝日楼』の主人しかいないようだった。

 その時、パン! と乾いた銃声が響いた。テルは思わず耳を塞いだ。ハーマンの撃った弾は、レカの脇をそれて、ただ壁に当たっただけだった。ハーマンは、さらに興奮した様子で叫んだ。

「さっきの触手女を連れてこい! どたまをぶち抜いてやる!」

 テルは自分が出るべきか迷った。ほとんど兄弟のような、テルとしては悪友のような兄貴分だと思っているハーマン。顔見知りが呼び掛ければ、落ち着きを取り戻してくれるか……? 少なくとも、レカはそれを期待していたはずだ。

(で、でもなあ……)

 中にいるハーマンは、いつもとだいぶ様子が違う。毒の効果のせいだろうか。レカはハーマンに向かって一歩踏み出そうとした。その瞬間、ハーマンが銃を彼女に向けて再び叫んだ。

「動くんじゃないっ!!」

 ハーマンの手は震え、顔は汗ばみ、目は血走っていた。明らかに普通の状態ではない。銃口がレカを向いてプルプルと振動している。

「お前……暗殺ギルドのレカって女だな? この前の闘技場……覚えているぞ? 得体の知れない女だ! テルのことも散々たぶらかしやがって! とにかくあの触手女を連れてこい! こっちは死にかけたんだぞ! 客で、貴族であるこの俺が! ちょっと劣等亜人種フリークスの見物に来ただけで! もう許さん! 父に頼んで、この一角に魔法科学ギルドの兵を入れてやる!」

 レカは両手を下ろしたままスッと距離を詰めた。暗殺者特有の歩法……。決闘もどきしかしたことがない、ただのボンボンにすぎないハーマンには反応することもできなかった、が……。

「やめなよ!ハーマン!」

 テルはこれ以上我慢できなくなり、外れかけた扉の隙間から叫んだ。レカはいつでもハーマンを制圧できる距離で立ち止まる。ハーマンはテルを認めると、一瞬だけ表情が緩んだ。しかしすぐに憎悪に満ちた顔に戻った。

「テル? 何でお前がここに?」

「い、いや、それは……」

 ハーマンは、媚薬成分の効果か、あるいは生来の直情ゆえか、興奮の度合いを強くしている。テルのことはわかっているようだったが、精神状態は普通ではない。

「なあ、あれから俺も調べたんだ。あの救貧院の女共に、お前は騙されてるんだよ!?」

 テルはその脈絡のない発言を無視した。裸足のまま、パジャマをコートで隠した姿で床に立つと、両手を広げてハーマンと向き合った。

「落ち着いて、ハーマン。何があったのか話してくれないか?」 

 ハーマンは銃を下げはしなかったが、テルに向けることはしなかった。荒い息が興奮していることを示している。だがそれにしても滝のような汗は異常だった。

「話だと? あの怪物が、あの触手族の女が、何か特殊な能力を使いやがったんだ! 一瞬で頭がぐるぐるして……」

「あー、なるほど。またか」

 レカはシャルトリューズの仕業だと即座に理解した。触手族特有の媚薬粘液——シャルトリューズのそれは特に強力で、対象の神経系に急速に作用する。最初は全身の痺れから始まり、やがて脳内の快楽中枢が過剰に刺激され、理性の制御が効かなくなる。被害者の多くは激しい興奮状態に陥り、幻覚や妄想を見ることもある。最悪の場合、心臓が耐えられず死に至ることさえあった。

 ハーマンの症状——瞳孔の異常な拡大、制御不能な発汗、身体の震え、そして極端な感情の起伏——はすべて典型的な中毒反応だった。致死量には達していないようだが、その精神状態は完全に混乱している。彼の言動には一貫性がなく、思考が断片的に飛び、怒りと恐怖が入り混じった状態だ。通常なら冷静沈着な貴族の若者が、今や完全に自制心を失っていた。大きなため息が聞こえる。この娼館の支配人だった。時代遅れながらも丁寧に織られたビロードの上着を着込んでいる。亜人種専門の娼館として貴族もお忍びでやってくるこの店の、主人としての意地だった。今や丁寧にセットした白髪交じりの髪も乱れ、弱り果てた様子で頭を抱えている。

「うぅ、よりによって貴族の師弟になあ……即死しなくてよかったが……」

 主人は角のテーブルに手をついて身を支えながら、ため息をついた。

 ドン!

 銃声。店主はカウンターの後ろに隠れた。銃弾は天井に当たり、パラパラと木片が落ちてくる。

「ごちゃごちゃ言うなぁ!!」

 レカはハーマンの異様な興奮状態を一瞥しただけで判断を下した。これ以上の言葉は無駄だ。彼女の目が一瞬だけテルを捉え、わずかな頷きが交わされる。

「お前らぁ! 劣等亜人種の怪物を出せと言っているんだぞ!」

 ハーマンが再び叫び、銃を振り回した瞬間、レカの姿が消えた。テルの目でさえ、彼女の動きを捉えきれない。一陣の風のように、レカはハーマンの死角から接近し、手首をひねり上げた。

「ぐっ!」

 予想外の痛みに、ハーマンは銃を握りしめたまま反射的に体をひねる。しかしそれはレカの術中だった。彼女は相手の動きに合わせるように腰を落とし、ハーマンの腕を支点に投げ技を繰り出す。結果、彼の体を宙に舞わせた。

「な、何だこれは!?」

 ハーマンの体が空中で一回転する間に、レカの指先が彼の手首の神経を巧みに刺激し、痛みもなく銃を手放させた。キラリと金属が空中に放物線を描く。

「テル!」

 レカの声にテルは即座に反応した。彼は数歩前に踏み出し、あたふたしつつ、空中で回転する銃を片手で受け止めた。ハーマンの体は大きな音を立てずに床に転がり、レカの膝が彼の胸元に乗る。

「動くんじゃねーぞ」

 しかしハーマンは抵抗する。レカは押さえつけられながらも暴れるハーマンの首筋に指を当てる。すかさず、トン、と半インチだけ打ち込む。ハーマンはガックリと首が倒れ、レカの腕に倒れ込む。

「だ、大丈夫なの?」

 テルが心配そうに級友の顔を見下ろす。レカはぶっきらぼうに、

「体内の血流に波紋を起こし、虚血状態を作り出すんだ。チョークスリーパーで一瞬で気を失うのと同じ原理だよ」

「ふ、ふーん」

 テルは心配そうに、友人の顔を見つつ、レカの横顔を盗み見た。レカがこうして暗殺ギルドの技を教えてくれるなんて、初めてのことだ。レカはハーマンを仰向けに起こして、顎を楽にして気道を確保する。

「なあ誰か! この客を魔界のハーブを漬けた湯船に入れてやってくれ。媚薬粘液が流れ出してを薄めるように……今はそれしかねえな」

 安全が確保されたということで、二階から店の女たちが降りてきた。獣人、混血エルフ、などなど……。主人もカウンターから顔を出す。やれやれと言った表情で、貴族を応接するための金糸入りの上着の埃を払う。レカが声をかける。

「な、なあ。シャルトリューズの処遇なんだが……」

 レカと目が合うと、主人はサッと顔を逸らした……流石に庇い切れないらしい。それもそうだ。貴族の息子を殺しかけて、これだけ怒らせたのだから。レカは大きなため息をついた後、テルにチラッと確かめるような目線を向ける。

「な、なあ、この色男ってヨォ……貴族の中ではどーゆー立場なん?」

「あー……」

 テルはちょっと視線をあさっての方向に向け、考えてからこう答えた。

「……街の評議会の主要メンバー。僕の家と同レベル。ローデシア家の一人息子だね」

「うっわぁ……」

 それを聞いたレカも店主も、ズズンと一気に暗い表情になる。よりによって一番やばい相手を……。

(終わったかもしれねえ。下手すりゃ戦争だわ)

 もはや、シャルトリューズの首一つで終わるとも思えない、娼館の主人もため息を吐く。テルはそれを見て、なんとも言えない気持ちになる。毛布がかけられ、眠っているハーマンの顔を見下ろす。ハーマンはテルが知っているように。この世に怖いものなんかないという人間であり続けるはずだ。人生を好き勝手にやっていく。今回もそのつもりだったらしいが……。

「僕がなんとかするよ」

 レカはテルの顔を見た。

「……は?」

 テルの青い瞳が、レカの赤い瞳を見据えた。

「僕がハーマンが目を覚ますまでここにいて、起きたら説得するよ。大丈夫、オオゴトにはしない」

 店の主人が飛び出てきて、テルの両手を取って力強く握った。レカはこの時々蛮勇のような心意気を見せる、年下の幼馴染に視線を返した。

「……頼めるか?」

 テルは少し緊張したように、うなずいた。レカはふっと笑った。

「よーし、じゃあとりあえずあのバカ女はこっちでしばらく預かるわ」

 店主はレカに近づき、そっと耳打ちした。

「……ボスの指示だからこそ、あの触手女を引き受けたんだ。確かに客の評判はおおむね良かったよ。客を何人も常連にしたのは、この女のおかげさあ。しかし……好みの男を発狂させたり溶かしたり、今回みたいなことがあったんじゃあ。商売にならないんさ……できれば連れて行ったままにしてほしいね……」

 レカは上を見上げる。二階の手すりから、ちょろっと触手が垂れていて、ぶらぶら揺れている。シャルトリューズがこちらを見ていた。

 テルはずっしりした冷たい拳銃を持ったまま、倒れたハーマンを見ていた。裸足の足が、割れたガラスでちょっとだけ出血していた。

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