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(6)

「……なに考えてるんですか?」


 千世の担当官である七瀬の第一声は、それだった。


 呆れた様子――というよりは、どこか警戒をにじませた顔で七瀬のデスクのそばに立つ四郎を見上げている。


 そして次には気味悪そうな目で容赦なく四郎を見た。


 しかしそれくらいのことで怖気づいたり、傷ついたりする感性を四郎は持ち合わせていない。七瀬にとっては、残念なことに。


「彼女のことが知りたいだけだ」

「いや、だから、それについて『なに考えてるんですか?』と正気を問うたわけなんですけれども?」

「? 俺は正気だ」


 四郎が一切の曇りなく言い放てば、七瀬は「処置なし」とばかりに一度己の額を触るジェスチャーをする。


 四郎はただ「瓜生千世について教えてくれ」と七瀬に言っただけだった。


 四郎の視点では「ただ」そう言っただけだった。四郎の視点では。


 しかし七瀬からすると四郎のセリフは彼に頭痛を引き起こすものだった。


「教えられるわけないじゃないですか」

「教えて欲しい」

「いや、だから……個人情報保護法とかね……色々とうるさいんで……特に女性の個人情報は――」

「教えてくれるだけでいい」

「いや、だからですね――」

「教えて欲しい」


 七瀬は察した。「これは『ハイ』と言うまで永遠に終わらんやつだ」と。


 同時に「ゲームで『いいえ』を選び続けたときの無限ループセリフみたいだ」とも思った。四郎にとっては、後者を意図したボケではなかったものの、七瀬はそれを想起せずにはいられなかった。


 四郎は、七瀬がその気になるように精一杯笑顔を作ってみた。


 完璧な、好青年の顔だった。


 四郎の性質を、まったく知らなければ七瀬にもそう見えただろう。


 しかし七瀬は四郎のその本性を知っている。


 「護衛官にならなければただの犯罪者として一生を終えていただろう男」――。


 四郎は、そういう男である。


「……まあ、ヘタに不正アクセスとかされるよりは、こっちで情報量をコントロールできるほうが……」

「なにをぶつぶつと言っている?」

「ハア……」

「早く教えてくれ」

「ハア……」


 七瀬は二度、重いため息をついた。


 七瀬にとって千世は大切な女性だ。ただし、深い意味はない。つまり、恋愛感情を抱いてはいないということだ。


 だが、そういう職務に就いているから淡々と相手をしている――ということもなく、それなりの温度を持って接している自覚があった。


 そんな千世を四郎の興味という生贄に捧げるような真似はしたくはなかった。


 したくはなかったが、このままでは四郎は延々と食い下がってくるだろう。


 土岐四郎という男は、そういうことを平気でする人間だ。


 七瀬はイヤイヤといった顔で、しかし腰かけているイスをわずかに回転させて四郎のほうを向いて見た。


 七瀬も七瀬で、四郎の性質を知ってなお嫌そうな顔を表に出せるのだから、彼も相当に神経が太いほうではあった。


「……千世さんのことはどれくらい知ってるんですか?」

「なにも」

「え? ……いや、この前瓜生透也の資料、渡したじゃないですか」

「俺が知りたいのは瓜生千世についてだ」

「……ハア……」


 七瀬は、「このひとよく社会人やってられんなあ~」という意味で、三度目の重いため息を吐いた。


「……この前渡した瓜生透也の資料に記載されていたのと同じ範囲でなら、教えます」

「ありがとう」


 四郎はまた微笑んだ。爽やかな好青年にしか見えない、完璧な笑みだった。


 しかし七瀬が話し出した千世の端的な経歴を聞いては、その作り物の笑顔も引っ込んだ。


 千世の経歴は大いに省略されたとて、さしもの四郎も面食らうほどに波乱万丈で――恐らく大多数の一般人からすれば――突飛なものだった。

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