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この三人交際にマニュアルは存在しない。  作者: やなぎ怜


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「……それ以上は職務規定に抵触しますよ」


 再び、女性保護局の入っていてるビル内部で千世と出会うことになった四郎は、そう告げられた。


 その言葉を告げた当人は、「私が言っても、説得力はないと思いますが」と付け加える。


 当人とは、千世の元担当官であり現在は恋人である宮城朔良である。


 その声には呆れと苦々しさ、そして警戒心がにじんでいた。無論すべて、四郎に対するものだ。


 四郎が千世に興味を持っていることを朔良は知っているのだろう。


 ついこの間に出くわしたときは、千世はイマイチ四郎に対して危機感や警戒心を持っていなかったところを鑑みるに、朔良に知らせたのは彼女の現担当官であり、同じ課の後輩でもある七瀬だろうことは、容易に想像がついた。


「なにが悪いんだ? お前は、彼女のことを愛しているんじゃないのか?」

「……規則は守るためにあるものだからです」

「はは、そうか。お前にとってはそうなんだな」

「あなたにとっては違うようですけれどね」


 互いに刺すようなやり取りだった。


 四郎からすると、別に朔良が過去に職務規定を破って千世と恋仲になったことについては、思うところは一切ない。


 むしろ、愛し合ったのならば――愛し合ってしまったのならば、致し方ないとすら考えている。


 四郎にとって、規則とはそのていどのものだった。


 ゆえに四郎の中での朔良の印象は、悪いどころかいいほうだ。過去に一緒に仕事をして、存外に腕っ節が強かったことも影響している。


 けれども、朔良からすると四郎の印象はよくないらしい。


 そして朔良にとって、規則を破ったことは重い十字架のようにのしかかる、後ろめたい出来事らしかったが、四郎にはまったく理解できなかった。


「――ああ、安心してくれ。俺は彼女の性別に興味はない。ただ彼女個人に興味がある」

「はあ……それはそれで、厄介ですよ」

「? なぜだ? 俺はお前の恋敵にはなりえない」


 朔良は、同じ局内にいるひときわ厄介な土岐四郎という男については、当然知っていた。


 「護衛官にならなければただの犯罪者として一生を終えていただろう男」――。


 四郎の厄介さは、その言葉に端的に表れている。


 朔良は、背に隠した千世を一瞬だけ見やる。


 千世は、戸惑いを持った目で朔良を見上げて、次いで四郎に視線をやった。


 よくわからないなりに、しかし男ふたりのあいだに流れる空気が悪いことは察しているのだろう。


 朔良は千世を見て、この間の一件を――千世本人が立案して、実行に移された計画へと思いを馳せた。


 かつて担当した女性が、離島で行った結婚式に出席して一泊だけするはずが、まさか大幅に足止めを食らうとは思わなかった。


 理由はそのかつて担当した女性で、その結婚式の主人公とも言える新婦が朔良にコナをかけたことで、新郎が大激怒。新郎新婦の親戚までもを巻き込んでの大騒動に発展したから――という、朔良からすると大変に頭が痛くなるものだった。


 どうにか騒動を収めて帰宅する途上で、朔良は千世の父親である瓜生透也が捕まったというメッセージを七瀬から受け取ることになった。


 瓜生透也の脱走という非常事態中であったから、最初は当然のように結婚式を欠席するつもりだったが、千世に説き伏せられて出席したのだった。一生に一度のハレの日だからと、自分だったらお世話になったひとに見届けて欲しいからと。


 瓜生透也の一件は、結婚式のあいだや、その後の騒動のさなかでもずっと朔良の頭の中にあった。


 ゆえにほっと安堵したのだが、それも束の間、帰って七瀬から詳細を聞いて仰天した。


 千世を囮に――だなんてとんでもない話を聞かされたのだから、致し方あるまい。


 報告をする七瀬が、妙に気まずげに、若干怯えていた理由には合点がいったが。


 そして朔良は結婚式に出席するのではなかったとひどく後悔した。


 事件以前に出席すると返信したことや、新婦とはそれなりに長い付き合いだったことで、千世に背中を押されて家を空けたが、そうするべきではなかった。


 朔良は護衛官ではないから、千世を守る戦力としては数えられないだろうと、そう甘く考えていたこともあとから思い知って、朔良は後悔した。高層マンションの上階にいれば大丈夫だろうと、高を括ってしまった。


 千世の精神は年齢に見合わない幼さを持っているが、他人を思いやれる優しさは、ちゃんとあるのだ。


 そんな千世が状況が長引けば思いつめて、突飛な行動に出る可能性を、朔良は考えてやらねばならなかった。


 朔良は千世を責めはしなかったものの、朔良の正直な気持ちは透けていたのだろう。


 千世は申し訳なさそうな顔をして、謝ってきた。


 朔良はそんな千世を見て、余計に罪悪感を募らせたのだった。


 しかし――と、朔良は改めて四郎を見る。


 護衛官なのだから当たり前といえば当たり前だが、朔良よりずっとがっしりとした体格で、腕も脚も太いのがわかる。


 千世の囮計画が、彼女を傷つけることなく成功に終われたのは、間違いなく四郎のお陰だった。


「……土岐さん」

「ん?」

「千世を守ってくださったことについては、礼を言います。ありがとうございました」


 四郎は、悪漢へ暴力を振るうことについて抵抗もなければ躊躇も一切ない。


 だからこそ、正気とは思えないような瓜生透也と渡り合えたどころか、制圧できたのだろうと朔良は考えた。


 これが他の護衛官だったら、もしかしたら、ということもありえたかもしれない。


 四郎へ頭を下げていた朔良が、顔を上げる。


 四郎は――


「礼はいい。それよりも彼女と話をさせろ」


 と笑顔で言い放ったのだった。

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