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02 kの悲劇



 その日、リスタチア王国に一人の子供が生まれた。

 季節は春。柔らかな風が窓から吹き込んできて、カーテンを揺らしていた。


 んん……あれ? アタシ……。

 白い光の中に入って、それから……。

 ……え? もしかして、もうアタシ生まれたの?

 転生早すぎない!? こんなお手軽にできちゃうものなの!?

 まあ、あの爺さん、一応神様みたいだし……このくらいはちょこざいなのかもしれないけど……。


 おぎゃあ、おぎゃあ、と赤子の泣き声が室内に響く。

 何やら周囲で人々が喋っているようだが、キャサリンにはよく聞こえなかった。


 何よ、騒がしいわね。

 まあ、それもそうね。アタシ、王族の子供という設定だったはずだし。

 誕生した新しい子供にみんな大喜びってところかしら。

 にしても、目もよく見えなければ、耳もよく聞こえないわ。

 赤ちゃんってこんな感じなのかしら?

 でも、このあたたかな温もり……。

 これは、母親なの?

 母親の温もりって、こんなにあたたかいのね。

 アタシが東京で生まれた時も、母親はこんな感じにアタシを抱いてくれていたのかしら。

 まさか、子供がゲイのオカマで女装趣味に走るなんて思ってもなかったでしょうね。

 …………。

 も、申し訳ないな、なんて少しも思ってないんだから!

 アタシはキャサリンなのよ! 他の誰でもないわ!

 誰にもアタシの生き様を否定されるいわれはないんだから!

 でも……。

 アタシがあんな形で死んで、親はきっと悲しんだのよね。

 アタシがいくらあんな人間だったからって、子供が死んで悲しくないはずがないものね。

 でも、アタシは後悔なんてしてないわ。

 だけど……今度は、今回の人生では、両親のことは大事にしたいわね。


 キャサリンはろくに開かない目をキトキトと動かして窓の方を見る。

 突き抜けるような空の青さだけが目に映った。

 緩く揺さぶられながら、キャサリンは産声を上げている。

 その時、大きな手がキャサリンの顔に触れた。男の手だろうと思った。


「お前の名前は、キャスバルだ」


 低いけれど、喜びに満ちた声で男が言った。


 キャスバル……。

 それが、アタシの新しい名前ってわけね。

 この手はきっと父親ね。

 つまり、王様ってわけね。

 せいぜいアタシのこと、かわいがってちょうだい。

 アタシも……アンタのこと、ちゃんと好きでいるから。


 おぎゃあ、おぎゃあ。

 泣き声は止まない。

 まだ意識がはっきりしないけれど、キャサリンにはちゃんと伝わっていた。

 自分が生まれたことで、歓喜に溢れているこの空気。

 母親の、自分を慈しむ愛情。

 父親の、自分にかける期待。


 新しい人生……。

 とうとう始まるのね……!

 今度こそ幸せになるために、アタシ、頑張るわ!

 見てて、神様! アンタのこと、信じてるわよ!

 ……信じていいのよね?


 こうして、新たな王族の子供、キャスバルは生まれたのだった。


 それからしばらく――一、二年くらいは、赤子としての自分と、キャサリンとしての自分の意識レベルの違いに困惑する日々が続いた。

 幼児ってままならないものね……、とキャサリンは思っていた。

 だが、時は過ぎて、キャサリン――キャスバルが二歳になると、だんだんと周囲の様子が理解できるようになってきた。

 はっきりと見た母親、エリザベートの顔は美しく、父親のミハイロの顔は端正だった。

 ある日、エリザベートはキャスバルを腕に抱きながら言った。


「あなたはまるで天使のような子だわ」


 その時、キャサリンは、きっと自分は自分が望んだ通りの容姿に生まれたのだろうと思った。

 布の中に綿が詰まっているボールを握る自分の手は抜けるように色が白かった。


 神様、ちゃんとアタシのお願い聞いてくれたのね。

 このまま、美麗のプリンセスとして、アタシ、生きていくわ!


 ただ、キャサリンにとって気がかりだったのは、自分の新たな名前についてだった。


 キャスバルって、どう考えても女の子につける名前じゃないわよね……。

 っていうか、アタシ、キャサリンだし!

 どうしてキャスバルなのかしら?

 この国では女の子にもそういう名前をつけるものなのかしら?

 でも、母親はエリザベートだし……。

 ……まあ、気にしてても仕方ないわね!

 神様がボケてさえいなけりゃ、アタシは麗しのプリンセスなんだから!


 そんなことを考えていると、視界に影が差した。

 見上げると、ミハイロが立っていた。

 ミハイロは優しくエリザベートの手からキャスバルを抱き上げると、穏やかな微笑みを浮かべて言った。


「お前はいずれこの国を牽引する子だからな。立派に育つんだぞ」


 その言葉に、また違和感を覚えつつも、キャサリンは努めて気にしないようにした。

 ひたすらに神様を信じた。


 さすがは王族、身の回りの世話はすべて召使がやってくれた。

 キャスバルとなったキャサリンがすることは何もなかった。


 二歳にもなると、トイレくらい自分で行くものじゃないかしら?

 いや、まだ早いのかしら?

 うーん、アタシには子育ての経験がないからわからないわね……。

 二歳だった頃のことなんて、もう覚えちゃないし。

 でも、中世って素敵ね!

 母親のお洋服なんか、ひらっひらでとっても綺麗だわ!

 いずれは、アタシもあんなお洋服を着る日が来るのね!

 今から楽しみで仕方ないわ!


 よちよちと立って歩けるようになって、キャサリンは母親の部屋で、壁際にかけてあるドレスを見ていた。

 赤、青、黄色、紫――いろんな色のドレスがあったけれど、キャサリンの目を一際引くのはピンク色のドレスだった。

 あー、うー、と言葉にならない声を発しながら、ピンクのひらひらふわふわドレスの裾を握っていると、エリザベートの笑う声が聞こえた。


「キャスバルは変わった子ね。男の子なのにピンク色が好きなんて」


 それを聞いて、キャサリンは硬直した。


 ……え?

 男の子……?

 アタシ、男の子なの……?


 不安に駆られたキャサリンは、いつも通り世話を焼こうとした召使を突っぱねて、よたよたと自分でトイレまで行った。

 この目で確かめるまでは、信じたくなかった。

 だが、赤ちゃんが着るような服をなんとか脱いで、自分の股間を見たとき――

 キャサリンは、日本語で絶叫していた。


「なんで、なんで……


 なんで、ついてるのよ~~~!!!!!!」


 その叫び声を聞いてか、召使が駆けつけてきた。


「キャスバル様! どうされたのですか!」

「ふぎゃあああっ! あああっ!」


 ぎゃあぎゃあと泣くのはキャサリンがまだ幼児だからではない。

 これは本当の意味での涙だった。

 どれだけあやされても涙は止まらず、優しくベッドに寝かされて、少しは落ち着いたものの、涙はぽろぽろと流れ落ちる。


「まあ……この子が癇癪を起こすなんて、珍しいことだわ」


 エリザベートが言った。


 そんな困難がありつつも、時は経ち、キャスバルは十一歳になった。

 そこで父親のミハイロから呼び出され、行ってみると、そこには父親の他に一人の若い男が控えていた。

 漆黒の髪が美しい美丈夫であった。


「キャスバル、お前に紹介する。こちらは魔法師のエラリーだ」

「初めまして、キャスバル様」


 にこりと彼が微笑みかけてくる。

 その顔を見て、キャサリンはもう有頂天だった。


 やだっ、ヤダヤダヤダ!

 何よ、このイケメンは!

 アタシの好みとはちょっと違うけど、これはこれでいいじゃない!

 線が細い感じが守ってあげたくなる感じね!

 でも、アタシ、どっちかっていうと守られるのが好きなのよね。

 だってアタシ、か弱い乙女だし。

 ていうか、魔法師っていうのは何なのかしら?

 日本では聞いたことがないワードね。

 これもこの世界での専門用語かしら。


 首を傾げるキャスバルに父親が凛とした声で言う。


「キャスバルよ、この世界で生きていくには魔法の知識は必要不可欠だ。お前ももう十一歳になった。ならば、そろそろ鍛錬を始めてもいい頃だろう。何、お前のことだから心配はしていないよ。お前は何だってできる。私の子なのだから」


 き、期待が重いわね~……。

 魔法なんて使ったことないわよ。

 日本にそんなものなかったし。

 本当にアタシにできるのかしら?

 まあ、とりあえず話を聞かないことには始まらないわね。


 キャスバルはにこりと微笑んで父に会釈をする。

 それに安心したらしい父はその場をエラリーに任せて去って行った。


「さて、キャスバル様。まずは自己紹介から始めましょう。ご紹介にも預かった通り、私の名前はエラリーと申します。僭越ながら、この国で魔法師として働かせていただいております。噂には聞いておりましたが、キャスバル様、あなたは本当に美しい! なんだか胸が高鳴ってしまいます」


 キャスバルは表面上穏やかに微笑んでいたが、内心では盆踊り大会が開催されていた。


 あら、ヤダヤダヤダ!

 この人、もしかしてそっち系!?

 いいじゃない! アナタ、悪くないわよ!

 遂に現れたのかしら、アタシの王子様!

 グフ、グフフ……。

 何やらよくわからないこれが終わってからは、アタシと一緒にベッドインしましょ?

 この国に子供が淫行してはいけないっていう法律がなくてよかったわ。

 ……ないわよね?

 何にせよ、ようやく現れた王子様。

 ここでみすみす逃すほど、アタシ、馬鹿じゃないわ!


「キャスバル様、魔法についてはどこまでご存知でいらっしゃいますか?」

「僕は何も知らないんだ。だから、いっぱい教えてくれると嬉しいな」

「かしこまりました。では、まずステータスから見てみましょう」


 エラリーが宙に手をかざすと、ブオンッと画面のようなものが浮き出した。


「これがステータス画面です。自分のレベルから各攻撃耐性まで、すべての情報が見られます。さあ、キャスバル様も、ご自分のステータスを確認しましょう。まずはそこからです」


 見よう見真似で同じようにやってみる。

 すると、自分の手元に画面が浮かび上がった。


 攻撃:999

 防御:999

 炎耐性:792

 水耐性:999

 草耐性:827

 雷耐性:999

 闇耐性:999

 固有スキル:ラブパワーLv.99、猪突猛進Lv.99、体術Lv.99


 キャサリンの手元を覗き込んだエラリーが「まあ!」と感嘆の声を上げた。


「キャスバル様、あなたは素晴らしい! こんな数値は見たことがない! 固有スキルもキャスバル様に相応しいものに見えます。これでは僕が教えられることがないくらいです!」


 キャスバルはにこりと笑って「そんなことないよ」と言ったが、内心では高笑いしていた。


 この程度のこともできないようじゃ乙女じゃないわ!

 しっかし、いろんな項目があるのね~。

 固有スキルなるものがあるなんて初めて知ったわよ。

 ラブパワーはわかるけど、猪突猛進ってどういうことかしら?

 アタシを猪扱いするのはやめてほしいんだけど……。

 まあ、何はともあれ、あのボケジジイ……こと神様はうまくやってくれたみたいね。

 アタシがこの世界で恋をするのに必要なものを与えてくれたんだわ。

 最大にして最強の文句は性別なんだけど。ボケジジイにそこまで求めたアタシが間違っていたのかしら。

 でも、このエラリーって人の反応、悪くないじゃない。

 これはアタシに惚れたに違いないわ!


 突っ走るキャサリン、ひたすらに感動しているエラリー。

 なかなかにカオスな状況ができ上がっていた。


「このくらい数値が高いのなら、さっそく実践を行っても問題はないでしょう。ああ、私のステータスはキャスバル様には遠く及びませんから。キャスバル様が変な怪我をすることもありますまい。まずは水系魔法の練習から参りましょう!」


 意気揚々と言ったエラリーに、キャスバルは大きく頷いた。


「水系魔法の基本は簡単です。魔法全般に言えることですが、何よりイメージが大切なのです。さあ、想像してみてください。ご自分が魔法を使うところを……」


 キャサリンは想像する。

 水系魔法とやらを使っている自分の姿を。


 水系……っていうんだから、水よね。

 水が体のどこから出るか……決まってるじゃない、股間よ!

 いいえ、アタシが下品とかじゃないのよ!

 生理現象なの、これは!

 やってやろうじゃない、水系魔法!

 このアタシにかかればできないことなんかないわよ~!


 想像を膨らませたキャサリンの体に変化が現れる。

 着ていた男性用の衣服から、その姿はバレリーナのような服に変貌していく。

 そして、股間には白鳥さんがついていた。

 エラリーが感嘆の声を上げる。


「水系魔法! ええっと……生理現象!」


 唱えれば、白鳥さんから勢いよく水が噴き出し、辺り一面をビチャビチャの洪水状態へと変えた。

 溺れかかっているエラリーにも気づかず、キャサリンは初めて着るレオタードにご満悦である。


 ああっ……! アタシってば、なんて美しいの!

 これは神様が「お前には性別など関係ない」って言いたかった……そうに違いないわ!

 夢だったのよね~! レオタードを着るの!

 股間の白鳥さんはちょっとダサいけど……。

 でも、この美しさですべてをプラスに変えられるはずだわ!

 エラリー、見てる~!?


 エラリーに目を向けると、彼は絶賛溺れていた。

 慌てたキャサリンは魔法を行使するのをやめ、エラリーの救出に向かった。

 魔法を解除すると服装は元に戻り、普段の男の服へと戻った。


「大丈夫かい、エラリー?」

「ええ、大丈夫です。溺死するかと思いましたが……。にしても、素晴らしい才能をお持ちなのですね、キャスバル様! こんな威力の魔法を使える人間がこの世に二人も存在しているはずがない……私はそのように思います!」

「いやいや、僕にかかればこのくらいはどうってことないさ」

「ちょっと服装が気になりましたが、こんなものは誤差というやつでしょう。これはミハイロ様にもいいご報告ができそうだ。キャスバル様に私のような者の指導が必要だとは思えませんが、今後とも私が魔法の使い方を教えていく所存ですので、どうぞよろしくお願いいたします」


 あらっ! あらあらあら!

 ヤダわ~! 今後もこのイケメンと会えるのね!

 恋に焦りは禁物……恋愛マスターのアタシだからそう言えるわ。

 でも、どうしても気は急いちゃう……だって、ようやく現れたアタシの王子様なんだもの!

 ……あら? 彼、服が水浸しじゃない。

 これにかこつけて部屋に呼んじゃえばいいんじゃない!?

 そこで乳繰り合って……晴れてアタシも処女を卒業……。

 グフ、グフフ……。

 でも、この作戦でいけるかしら?

 ダメよ、キャサリン! 乙女には時として大胆さが必要なの!

 こんなところで引け腰になるわけにはいかないわ!


「あのさ、エラリー。服が水浸しになっているけれど」

「大丈夫ですよ、キャスバル様がお気になさることではございません」

「よかったらさ、僕の部屋に来ないかい? 服もお風呂も用意するよ」


 言えば、エラリーは首を横に振った。


「お心遣いには大変感謝いたしますが、その必要はございません。一介の魔法師風情が王家の建物内に入るわけにはいかないのです。それに……」


 エラリーはとても恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに言った。


「私には婚約者がおりまして……気立のいい女です。あいつならこの濡れ鼠状態で行ったとして、文句を言いながらも私の面倒を見てくれるでしょう。ですので、キャスバル様が気に病む必要はないのです」


 それを聞いたキャサリンはものすごく渋い顔をした。

 首を傾げるエラリーに恐る恐る聞く。


「あのさ、エラリー。君は女が好きなのかい?」


 エラリーはなぜそんなことを聞くのかとばかりにキョトンとした顔をした。


「男に生まれれば女を好きになるのは当然のことでしょう。キャスバル様はおもしろいことを言いなさる」


 キャサリンはまたしても「水系魔法:生理現象」を発動させた。

 ぐるぐると渦巻く水の中でエラリーがもがいている。


 何が、何が当然なのよ!

 この国、もしかして同性愛を認めてないの!?

 男が男を好きになって何がいけないのよ!

 世はレインボーなのよ!

 ああ、でも、ここは中世だという話だったわね。

 もうっ! 新宿二丁目が恋しくてならないわ~!


 レオタード姿のキャサリンは目に涙を浮かべながら魔法を行使し続ける。

 こんな男女差別があっていいはずがない……そう思いながら、ひたすらにエラリーを洗濯機の中の洗濯物のように扱う。


 なんであの神様は最初にこれを言わなかったのよ!

 ボケジジイにも程があるわ!

 嫌になっちゃう! だから女として生まれたかったのよ!


 神様の、バカ~~~!!!!!!



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