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前進  作者: クル
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君に寄り添う

かなでの母親に会い、2人から過去の話を聞くことが出来た。それからというもの、かなでは少し気が楽になったのか表情が明るくなった。それでも精神的な傷の部分を診てもらえるように診察はお願いしていた。あれほど食事が食べれなくなったのだ、心配だった。今日はその診察日、遅めの時間に入院しているかなでの元へ見舞いへ行く。

ーーーー

病室のドアのところには診察中の札がかけられていた。まだ診察中のようだ、時間を潰すためにカフェスペースへ行きコーヒーを飲む。診察後はかなでの様態を説明される予定になっている。どんな状態でいるのか知りたいが、彼女の傷の部分を直接見てしまうようで少し怖かった。俺がちゃんと支えられるだろうか、かなでを元気にさせられるだろうか、そんな不安が押し寄せる。頭をブンブンと振り、その考えを振り払う。大丈夫だ、2人で半分個なんだから。

1時間ほど経った頃、病室へ戻った。診察中の札はない。かなでの部屋へノックして入ろうとしたが、その前に肩を叩かれた。

「レムフォントさんは診察で疲れています。しばらく休ませてあげてください。深層部分を見るためにかなり辛いことまで思い出してもらいました、気持ちの整理をしている最中なので今日のところはそっとしてあげてください。」

名札には心療科と書かれていた、かなでの診察をした人なのだろう。

「さて、レムフォントさんの心の状態と体調の具合をお話します。そこで自己紹介もさせてください。こちらの部屋へ」

案内された部屋に椅子に腰掛ける。

「初めまして、レムフォントさんの心の診察を担当させていただきますシライと申します。よろしくお願い致します。自己紹介と診察の前後が逆になってしまい、申し訳ございません。」

「いえ、大丈夫ですよ、こちらこそよろしくお願いします。」

メガネを掛け、背筋がシャッキとしている。こちらも姿勢を正したくなるほどだ。

「あー、すみません。私は固い印象ですよね、これでも心を診察して長いのです。ちゃんとレムフォントさんの心の奥底を見させていただきました。」

「いえいえ、背筋が真っすぐで少し緊張してしまっただけです。先生の人柄が少し見えて安心しました」

「あはは、よく言われます」

固い印象だったが、喋ると物腰の柔らかい人だ。一気に警戒が薄れ、話しやすくなる。

「ところで、アムルさんにお聞きしたいのですが、レムフォントさんを下のお名前で呼んで説明してもよろしいですか?御本人が苗字で呼ばれることを酷く嫌がっておりました、アムルさんにも親近感が湧きわかりやすくなるよう、お名前でお呼びさせていただきたい。」

レムフォントの名はかなでを縛ってきた一族の名でもある、嫌なのだろう。この先生が名前で呼ぶことは構わない。

「構いませんよ」

「承知いたしました。ご協力ありがとうございます。お話いたします。悪い結果ではないのでご安心ください。」

お話すると言われたときに嫌な想像してしまったが、そう思った瞬間に悪い結果ではないと話された。俺の表情はそんなに分かりやすいのか、俺の身の回りの人は表情を読み取るのがうますぎる。

「お父様が原因で心身ともに弱ってしまっているのは、アムルさんもご存知だと思います。それを起因にトラウマを思い出して、夢や現実でも追体験をしている状態です。御本人はかなり苦しい状態でしょう、食事を吐いてしまうのも、その高ストレスから来ています。そして、幼かったときにできないことをしようとしている、通常より甘える頻度が増えたと思いますが、精神状態が退行しているからです。過去にいる状態であるかなでさんは、その時にできなかったことをして、進もうとしているます。悪い状態ではありません。」

前より甘える頻度は確かに高くなった、そして甘える姿もどことなく幼いと思っていたのは、過去のかなでだからだ。なるほど、過去にできなかった「甘える」を俺にしているのか。

「そして、お父様のことですが、トラウマになる経験として主に厳しい騎士としての理想像とマインドコントロールするための暴力や人間関係の操作で高ストレスを受けた面もあります。しかし、深層の部分では怖く従う象徴の他に、かなでさんはお父様を騎士としてとても尊敬しておりました。あのようになりたいと、騎士の名家として誇りも持っていた。だから拒否されたことで、お父様の姿になれない、この家系にいれない、そして表面的には、騎士として生きれないなら生きる意味がないとかなでさんが崩れてしまった。今はちゃんと生きたい理由があるようなので希死念慮は薄れています。その理由がなくても生きていたいと自然に思うようになるまでは、もう少し時間がかかりそうです」

生きたいと思ってくれているようだ、安心して息を一つ出す。

「あと、話してくれたのはアムルさんのことですね、少し辛いお話かも知れません。」

安心したのも束の間俺の名前が出て、心臓が跳ね上がる。もしかして、俺もストレスになってしまっているのだろうか?

「あなたの邪魔になりたくない。迷惑ばかりかけて申し訳ないと謝っていました。無償に愛してくれるあなたが一番怖いと言ってもいた。いつか邪魔だ、迷惑と思う前に私を捨ててほしいと。かなでさんは表情で感情を読み取るのがとても上手いです、あなたを傷つけた言葉を言ってしまっったことも今日の出来事のようにあなたの表情を覚えていた。アムルさんは無理していないですか?本来ならあなたが背負わなくていいことです。この面談だってそうだ。あなたのことも良ければ教えてください。」

まだ、俺の邪魔や迷惑になりたくないと言っていた。そして、彼女を支えたくてそばにいることも怖がらせてしまっている。怖い、か、他人だからだろうか。悲しい気持ちになってしまう。

「大切な人に怖いと思われるのは悲しいですよね。かなでさんはちゃんと愛を受けたことがないので、何もメリットのない私へ対して「なぜ」という気持ちが強いようです。」

またも表情を読み取られる。思っていることを口にする。

「俺は迷惑だとか邪魔だとか思ったことは本当に無いです。ただ、俺が支えられるのかっていう不安はいつもある。でも、俺は無理してかなでに愛を伝えてなんかいません!一緒にいたいから、生きたいと思ってほしいから頑張ってるだけです」

頑張ってるといったようだ。これじゃ無理してるじゃないか、無意識に頬に涙が流れていた。

「あなたもかなでさんの急な変貌で少々疲れているようだ。毎日、見舞いに来ることはないですよ。身体を休めなさい。邪魔や迷惑に思っていないことはよくわかりましたよ、そしてアムルさんがとてもかなでさんのこと愛していることも。あなたは立派にかなでさん支えられていますよ。先程も申し上げましたが、かなでさんが愛を怖がっているのはあなたが他人だからではありません。何の見返りもなく、愛情を受けることに不慣れでそれで怖いのです。かなでさん自身もあなたをとても愛してるからこそ、愛を向けられて怖いと思っている。ここまで私のためにしなくていいのにと思っているのもアムルさん愛しているからです。だからどうか気を悪くしないで。アムルさんがしばらく面会に来ないことを私のほうで伝えておきますよ。心身ともに弱っているかなでさんをよく1人支えていました、すごいですよ。あなたもそれで心が弱ってるゆっくり休みなさい」

止めどもなく涙が流れている。俺も無理していたのか、急なかなでの変貌で混乱していたのか分からない、そっとシライ先生が席を離れる。涙が自然に収まるのを待って、かなでの病室の前に行き、心の中でまたねと言って今日は帰った。

ーーーー

今日は久しぶりに湯船に浸かることにした。かなでと同棲してからは、1人であれこれしようとしてしまう彼女が心配で、シャワーしか浴びていなかった。おまけにかなでが入院中も訓練が厳しくなり、お見舞いへ行って急いで家へ戻ってくるといい時間になっており、ついついシャワーで済ませていたことを思い出す。約半年ぶりに浸かる風呂。身体が温まる。この家を本部に栄転するからと買い与えてくれた支部長をふと思い出していた。元気にしてるかなーあれこれ良くしてくれた。この家も高すぎる贈り物だ。お陰でかなでと一緒にいられる。支部長は豪快に笑いながら、「将来、嫁さんや子供ができても住める広さだろ??俺が生きている間に結婚して、嫁さんと子供に合わせてくれよ!それでチャラだ!!幸せになれ!!ハッハッハ!!!」

笑いながら、デカい手でバシバシ背中を叩かれたっけか。俺もいつか支部長みたいな心が大きい人になりたい。

「嫁さん、か……」

浴室の天井を見上げる。かなでが元気になって俺と一緒にいたいと想ってくれたら、かなでと結婚したい。

でも、彼女が俺を選んでくれたらの話だ。俺は歩けなくたって、騎士じゃなくたってかなでを愛してる。

「かなで愛してる」

浴室に俺の声が響き、笑ってしまう。本人に言わなきゃ意味がない。一緒にいたいと思ってほしいからと空回りして自分自身も苦しめてた。一緒にいたいと無理に思われなくたっていい、かなでをただ支えたい。生きたいと今は思ってくれている、それだけでいい。

ゆっくりと足と腕を伸ばす。あーーーそういえば柄にもなく泣いてしまったな、足と腕を伸ばしたまま湯船に身体を浮かべる。

支部長のことを思い出したら、かなでと出会うまでは恋愛なんて結婚なんてどうでもいいというかしたくないと思っていたことを思い出してしまった。あれは思い出したくない嫌な思い出だ、しまっておこう。こっちに異動にして自己紹介のときにあった時、人生で初めて一目惚れをして運命の人だと思ったのが、かなでだった。あのとき見惚れてしまって、他の人の自己紹介を全く聞いてなくて怒られたな。色々と思い出す。

さてと、湯船からあがり身体を洗ってリビングに行く。久しぶりに酒でも飲むか、しまい込んでいたワインを取り出し、コルクを抜いて器に移す。これも支部長からの贈り物だった。20をこちらで迎え、その祝いに送られてきたものだ。頑張れよと一言手紙があったことを思い出す。アルコールが身体に染み渡る。旨い。そういえば、かなでとお酒を交わしたことないな、ディナーのデートなんて行ったことなかった。デートも夜まで一緒にいたのは数えられる程度だ。騎士団の寮には門限があるらしい。アルコールが回りつらつらと色々と思い出が出てくる。かなでは騎士団校でどんな生活をしていたんだろうか、見舞いにいったとき幼馴染みがいたな。明日会いに行ってみるか。

酒が回り知らないうちにリビングで寝てしまっていた、目を覚ますと深夜で、急いで歯を磨きベッドへ行く。

ーーー

休みをもらってまだ1週間ほどしか経っていないのに、色々とあり過ぎた。騎士団へ来るのも1ヶ月ぶりではないかと思うくらいに濃い数日を過ごしていた。かなでの幼馴染みっていう人に会いたいが、あいにく俺は支部あがりで誰がどこに配属しているかは把握していない。ライトのところへ聞きに行ってみるか。

「おーアムル、1ヶ月位休みもらってなかったかー?どうかしたか?」

なんだか久しぶりに会うような変な気恥ずかしさがあった。

「いや、あのレムフォント小隊長の幼馴染みって知ってる?」

かなでの苗字で呼び慣れない。下の名前で言ってもみんな名前を認識していなくて伝わらないことがあった。致し方ない

「あの人な、知ってるよ。第5小隊だったか、名前はタイラ・かけるさんだ。あの人も騎士団の寮に住んでる。ポストで名前探して部屋の前で待ち伏せたらどうだー?休み取ってるお前がウロウロしてるとまた上が怒るぞー」

「ありがとう!ライト!!」

「いいってことよーじゃまたなー」

緩い喋り方のライトにはすごく助かる。そして、詮索をしてこないとこも、有り難かった。

急いで騎士団の寮へ向かってポストの名前を順に見ていく。あった!5階の部屋だ!!訓練が終わる前に部屋の前へ行く。まさかいたりしたりしないよな?ノックをしてみる。

「タイラさんいらっしゃいますか?」

部屋から足音が聞こえる、今日が休みだったか、運がいい。ドアが開けられる。

「はい、いますよ。お!珍しい来客だね。支部上がりの青年じゃないか。確か、名前が…アムル君だ!俺に何か用ですか?」

独り言のときはタメ口だったのに、俺に話すときはちゃんと敬語にしてくれ礼儀正しい人だなと思った。

「かなでさんのこと教えてほしくて」

あからさまにギョッとした顔つきをした。下の名で呼ぶのが自分以外にもいるのだ、無理もないだろう。

(おいおい、アムル君、レムフォントさんの名前を大きい声で言っちゃいけない)

小声で注意された。なぜ??よくわからない俺は首を傾げてしまう。

「ちゃんと話します。部屋入って。君は異動したばかりだもんな仕方ない」

部屋に入ると、タイラさんは急いで扉を閉めた。

「あのすみません、いきなり名前を言ってしまって」

「タメ口でいいかな、どうも年下となると敬語で話しづらくてね。かなでの名を堂々と呼んではダメだ、かなでのお父様が本人に何するか分かったもんじゃない。あと騎士団には監視役をたくさん雇ってる。親しいと知れたらかなでのお父様が直々に会いに来るぞ」

なっ……かなでとかなでの母親が言っていた監視役の話が出てくるとは…。実際のことだと分かっていたが、こう話されると父親の支配は完璧だったと思わざるを得ない。

「タメ口で全然いいです。むしろ緊張しなくて済みます。事情知らずに名前を出してすみませんでした。」

「いいの、いいの、そんな謝らないでくれ。ましてや、なんでかなでの名を知ってるんだ。あの子は、下の名を名乗らないからほとんどが下の名を知らないというのに」

「あの、俺異動したときに自己紹介で名前を言っていてそれで覚えたんです」

「あーなるほどね、あのときばかりはフルネームで名乗る決まりだしな。ところで単刀直入に聞こうか、なんでかなでのことを知りたい?あまり詮索しないほうが得策と思うんだが。かなでのお父様は隊長だ、簡単に首を飛ばせる。現にかなでも騎士団から除籍させられた。そこまでして何を知りたい?」

この人にはちゃんと向き合おうと決めていた、かなでの幼馴染みだ。ちゃんと話そう。

「タイラさんはかなでさんの幼馴染みだと前にお見舞いに来ていたときに聞いていました。だから、過去のかなでを詳しく知っていると思って、ここへ来たんです。」

「あーあのときの青年は君か、レムフォントさんと親しいんですかって聞いてきた青年だね、思い出したよ」

「今、俺はかなでさんとお付き合いさせてもらってます」

「は???」

目を見開き、口を開けたまま驚いた顔で止まっている。無理もないだろう、交友関係や恋愛もすべて父親に管理されていたかなでに彼氏がいるなんて信じられないはずだ。俺が真剣な表情でタイラさんが話すのを待つ。

「アムル君、それ本気で言ってる?命知らずだねえ、気に入ったよ」

得意気な顔で席から立ちがってキッチンへ行った。どうしたんだろうか。しばらく時間が経つといい香りがしてくる。タイラさんがコーヒーが入ったコップを2つ運んできた。

「お客さんが来たのに飲み物出してないと思ってさ、まあ飲んでよ。あとかなでの話する前に、君に色々俺も聞きたいことがある。付き合っているなら、彼女のこと色々知ってるんだろ?今どうしているかも。」

話し終えると一口コーヒーを口に含む。俺もあとを追うように一口もらった、美味しいコーヒーだ。

「身構えられても困るし、世間話からするか。美味しいだろこのコーヒー。かなでが好きな豆だ、今度出してやるといい。」

小分けにされた豆を渡される。なんで好きなコーヒーを知ってるんだと内心毒づく。

「怒られないでくれよ、騎士団校にも部活みたいなのがあってな、そこでコーヒーの同好会に入ってたんだ。そこで、知っただけだよ、俺もこの味が好きで愛飲してるんだ」

心を読まれたようで表情を隠すためにコーヒーを口に含む。

「いつからかなでとお付き合いしてるんだ?」

「1年半前です」

「あーじゃあ異動してすぐだ。それじゃあ、かなでの監視状態知らないのも無理もない。よく今までバレずに済んでいたね」

この人は俺と同じぐらいの身長だが骨付がよくその上に鍛え抜かれた筋肉があり、俺の二回りも大きく威圧感がある。

「そんなに緊張しないでよ、別に怒ってるわけじゃない。ただの興味本位だ。前にも言ったと思うけど、俺は腐れ縁で勝手に幼馴染みを名乗ってるだけなんだ。だから、かなでの恋路が叶っているなら幼馴染みとして嬉しいよ」

優しい笑顔を浮かべていた、幼馴染みとしてただただ聞きたかっただけなのかと安堵する。

「まあ、腐れ縁で勝手に幼馴染みを名乗ってるって体なんだけどねー。ちゃんと幼馴染みはしてる自覚はあるんだよこれでも。ただお互いを守るためにそう言ってるんだ。まあ、その話は追々するよ」

また、コーヒーを口にする。案外よく話す人だ、話しやすくて助かる。

「ちょっとは緊張取れたかい?ただでさえゴツいから怖がられるんだよな、俺。」

自覚あるのにその威圧的な喋り方なのか、余計怖がらせていると思うんだけどな…

「はい、お陰様で。ありがとうございます」

「じゃあ、本題ね。かなではちゃんと生きてるのか教えてほしい。入院したあと意識を取り戻して面会謝絶にしただろ?あれ実は亡くなっていて父親が偽装するために面会謝絶にしたんじゃないかと噂されていてね。あの人なら正直やりかねないから、教えてほしいんだ」

前にライトから聞いた話だった。実は死んでいると噂が流れていると。根も葉もない噂だが、父親の狂気を知っている人が聞いたらそう思うのも仕方ない。

「かなでさんは生きてます」

「そう、よかったよ。今は何してるんだ?怪我は平気なの?」

「今は傷が開いてしまって入院しています」

「そうか……ところでだ、目を覚ましたあとはどうしてたんだ。全くこちらに情報がなくて、こんな変な噂まで立った。教えてくれないか?」

「かなでが目を覚ましたあとはずっとリハビリしていました。かなでは今歩けません。心も傷ついて誰にも会いたくないと言って本人の意志で面会謝絶にしていました。退院後は俺の家で過ごしてもらっていました。でも、今は父親に絶縁を言い渡され心がボロボロで心身ともに弱っている。」

歩けないと聞いて、また驚いた顔で止まっていた。そして、父親に縁を切られたことをさらに聞くと口につけていたコップからコーヒーを溢していて酷く動揺していた。

「あ、歩けないのか………そして父親に縁を切られたと。なんて酷い……」

コップを皿に戻し、目頭を抑えていた。

「ああ、すまない。動揺した。歩けなくなって騎士でいられないなら実の娘も捨てるのだなと思ってな。あんなに努力して、身体に鞭打ってまで無茶して必死に必死に鍛錬してあんなに強い騎士になって、期待に答えるかのように最年少で小隊長まで登りつめたのに。いらなくなったらポイだなんて……」

涙が目で潤んでいた。かなでの努力を長年見ている人だ、一番知っているだろう。それをいとも簡単にいらないと捨てられたと聞いて悲しくなっていた。騎士になれなくなったと悲しんでいるかなでに、一番心が近い人だろう。

「すまないな、情けないところを見られた。あの父親はかなでの大切なものばかり奪うな。実の母親だって外面ばかり気にして離婚して、そのあと名高い騎士家系の女性と再婚してるんだ。その女性には連れ子がいて、かなでが使えなくなったときの後釜を用意していたんだよ。かなでとは直接会わないようにしていたらしくて、本人はその話を知らない。連れ子の息子が言いふらしていたんだが、それもこれもかなでは女性だから騎士の名が傷つくからと、その息子に後継ぎさせるとも言っていた、酷い話だ。」

かなでや母親以外から衝撃な話を聞くと思っておらず油断した。そこまでして名家に拘るのはなぜなんだ。そして、すでにかなでを最初から捨てる気だったのだと知った。遅かれ早かれ、騎士をやめろと言われていたんだ。

「心を偽って、誰にも甘えられず、孤独になり、毎日課せられた厳しい鍛錬をしていても、いつかは捨てられていたんだ。きっと今頃その息子が喜んでるんじゃないか、はあ………」

また、気持ち悪さを覚える。なん酷いんだ、本当にあの優しいかなでの母親が選んだ人なのか。気持ち悪さが強くなり、口を手で覆う。

「アムル君、顔色が悪い。酷な話をしたね。窓を開けるよ」

新鮮な空気が入ってくる。大きく息を吸う、深呼吸。

何度か深呼吸をすると気持ち悪さがだいぶ薄れた。

「前置きもせずに、いきなり話してしまってすまなかった。」

「いえ、俺もちゃんと心を準備してなかったから。父親の話はかなでさんとお母様から聞いていたのに。まだそんな酷い話があるとは思っていなかっただけです。」

「実のお母様にお会いしてるのか。優しい人だろう?かなでに会えないから幼馴染みを豪語してる俺にわざわざ会いに来て、娘の様子をよく聞きに来ていたよ。まあ、かなでが生きていることを知れてよかった。おまけに大切に思ってくれる彼氏までいるし、自称幼馴染みは嬉しい限りだよ」

おどけたようにいっていた。この人もショックなのだ、それを隠すかのように振る舞っていた。ずっと気になる腐れ縁で勝手に幼馴染みを名乗っているを聞きたくなる。嫌な話だと思うが、このまま聞いてしまいたい。

「腐れ縁で勝手に幼馴染みを名乗ってるってそれもかなでさんの父親と関係ありますか?」

「話すと言ってたね。そうだよ、関係がある。心の準備は大丈夫かい?」

「大丈夫です、聞かせてください」

コーヒーをまた口に含む。

「かなでとは騎士団校に初等部から一緒なんだ。しかも入団する高等部まで同じクラスでね。本当に腐れ縁だろ?俺もそれなりな騎士の家系なんだ。それを鼻にかけていた、でも入学して生まれ初めて訓練するやつに負けたんだ。それがかなでだった。腹が立ったよ、俺よりも格上の名家で、女のくせに俺よりも強くて、悔しかった。でも、そんな俺をよそにここのところよかった、私に教えてだなんて言うんだ。変なやつだと思ったよ。あまりにしつこいから適当に剣を見せると完璧にそれをマスターされて、強さの格の違いを見せられた。それから、こいつといれば強くなれると思って仲良くしていたんだ。ペア訓練のときもなるべく組めるようにした、かなでは俺の目標だった。だが、初等部の中学年になったある時、昨日まで普通に話しかけて会話をしていたかなでが俺を無視するようになった。おい!なんで無視するんだよ!と肩を掴んで、顔を見ると酷い痣があった、目元と口に青くなった痣があって、驚いて腰を抜かしたよ。腰を抜かして倒れてる俺に向かって言ったんだ「私に話しかけてこないで」と。走ってどこかへ去っていった。同じクラスなのにそのあとは全然会えなくてね、会えたのは1週間ぶりだったが、その時も話しかけた。「お願いだから、話しかけないで」と言われたよ、でも諦めの悪いガキだった俺はしつこくしつこく聞いた。そしたら、父親の話をしてくれたんだ。あなたと話すと父に殴られると、私は学校でも監視されてるから話さないでほしいと、だから俺が勝手に話しかけてることにしようって言ったんだ。それからは暴力が止んだ。中等部に上がって、また同じクラスだった。偶然に隣の席になってよろしくと挨拶をしたら、翌日また顔に痣を作ってかなでが登校した。いつも2人で話すところへ行き、会話してないように思わせるいつもの話し方をした。俺が理由で殴られていた。すぐにチクるやつが中等部で上がってきたみたいだった。その後、かなでの父親に対面したよ。あの人は怖かった。こんなのに殴られているのかと、かなでに同情した。話しかけるな、なぜ隣にいつもいると言われたから、腐れ縁なだけです。幼馴染みなんで勝手に俺が話してるだけで、レムフォントさんは無視しています。と言ったら諦めてくれた。翌日、それをかなでに伝えて、それからはお互いに腐れ縁で俺が勝手に話しかけてるだけってことにしたんだ。かなでを守るために」

一気に話し終えるとまたコーヒーを口に含んでいた。

「少し長く話しすぎたな。すまないね」

かなでとかなり長い付き合いがあった。本当に腐れ縁だ。だから、勝手に幼馴染みな気になって話しかけていると言い通せたのだ。

「かなでさんと親しいんですね」

「ああ、そうだな。お陰で辛い鍛錬や殴られている顔を見ることになってしまったが、ずっと応援していた。何気ない話のできる貴重な友人だよ」

「さあ、君の番だ。俺の話が長くなったが君の質問に答えよう」

ーーーー

「かなでがなかなか本音を話さない、ねえ。まあ、そうだろううね、あの子は弱いところ見られるのを徹底的に嫌う。おまけに周りにわかるよう見せしめで顔に痣を作られる日常送ってたせいで、あの子にとっての傷は見せてはいけないものの認識が強い。心の傷も、ね」

話し終えるとすくっと席を立つ。

「コーヒーおかわりいるかい?」

お願いしますと頼み、また香りのいい豆の匂いが部屋に漂う。

「はいよ、本音をどうしても知りたいって言うなら1つだけ方法があるよ、知りたいかい?」

「知りたいです!!」

食い気味に答えてしまった。ヒライさんに驚かれる。

「おおーびっくりした。落ち着けよ、気持ちはわからんでもないが。かなではお酒が弱いんだ。酒自体は好きなんだが、すぐに酔いが回ってしまう。その時はいつもより話し上戸になる、色々と話すよ、本当。父親の支配のこともそれで詳しく聞いてしまったことがあってね。泣きながら教えてくれたよ。あ、それで思い出したけど、酔うと話し上戸になる以外にも感情が表に出やすくなる。聞くなら自宅とかがいいと思う」

酒に頼るのは正直嫌だった、おまけにかなでは今メンタル的な影響で消化器官が弱っている。飲ませるわけには行かない。

「あのタイラさん、野暮なこと聞きますけど、かなでさんとサシで飲んだんですか?」

「そうだよ、20の祝いに一緒に飲んでくれってかなでにお願いされたんだ。そのあともたまに酒を飲んだことがある。酒を飲むときは不思議と父親にはバレなかったな。騎士団に入団してからは目に見える暴力をしていなかったし、それで誘ってきくれたんだと思うよ」

かなでもこの人のことを友人だと思っているようだ。酒を一緒に飲もうってなかなか誘えるものじゃない。

「アムル君は一緒にお酒飲んだことないのかい?」

「無いです」

「そうか、君には家族のことバレないようにしたかったんだな」

盲点だった。サシで飲める関係が羨ましいと思ってしまった。数日前にかなでとたくさん話したときに私のことが色々とバレないように付き合ってたと言っていたことを思い出した。

「大事にされてるな、アムル君。何も知らない君に家族のことがバレたらきっと君が離れていくと思って、嫌だったんだ。かなでらしい。わざと夜までいないようにされてたりしたんじゃないか?明日朝早いとか、今日は早く帰らなきゃ行けないとか、あの子嘘つくの下手っぴで目線そらすから分かりやすいよな」

うわー、心当たりがあり過ぎる。夕方にさし掛かると急に慌てたように今日用事あるから帰らなきゃとか、夜がこれからっていう早い時間に明日仕事が早いからと帰っていったことがあった。酒を交わさないようにしてたのか、ついつい弱い部分を吐いてしまうから。

「めちゃくちゃ心当たりあります……嘘が下手なのもそうですね。でも、確かにわかりやすかったのに早く帰らなきゃのときだけ結構騙されてました。」

「ははは、騙されちゃってたか!まあ、いいじゃないか。君の前では格好つけていたかったんだよ。歳下には結構優しいし格好つけるからね、かなで。私が大人っぽく断らなきゃーって思ってたんじゃない?」

歳下には結構優しいし格好つけたいと聞いて、やっぱり歳下と扱われていたんだと、少し寂しくなる。かなでが歳上なのに弱くてごめんと時々言うのは格好つけていられないからだったのか。

「何にせよ、こんなに想われてかなでも幸せだ。変人と言われている俺のところまで来たんだもんな。今は大変かもしれないが、君たち2人を応援しているよ」

「ありがとうございます」

「いえいえ。俺も2つほど聞きたい。君から告白したのか?」

「そうですね」

「最初は断られたろう?よくいいと言うまで告白したな」

「恋愛には興味ないから、ごめんなさいと断れてたんで、俺のことが別に嫌いじゃないんだなって。だから、毎週告白しにきます!って宣言して、毎週、毎週決まった曜日に告白しにいってました。夜遅くまで鍛錬していることをたくさんの人が知っていて、訓練場で待って告白してたんです。かなでさんは、その一目惚れで、付き合わないと後悔するなって…20回目の告白のときに困った顔でいいよ、付き合おうって言ってくれたんです」

途中話しているとタイラさんは笑みを溢して、話を聞いていた。

「ははは、根気強いな。10回も断れたら、流石に諦めそうなところをよく頑張ったな。」

「絶対付き合いたいなって。下手したら俺ストーカーですよね。でも、告白して振られたあとにずっと他愛もない話をしていて、それにはちゃんと答えてくれるから、きっといつかは振り向いてくれるなって変な自信があったんです。」

「なるほど、それで20回も頑張ったのか。功を奏してよかったじゃないか」

満面の笑みを浮かべて、告白事情を聞いていた。かなでというよりか、俺に興味があってこの話を振っているようだ。

「2つ目だ、質問というかお願いというか、もちろん断ってくれていい」

ずっと話していた中で快活に喋る印象だったのに、歯切れが悪い。話やしいように聞いてみることにする。

「なんですか?」

「かなでの見舞いに行かせてはくれなだろうか?もちろん無理にとは言わない。本人に聞いてほしい。俺も会って話したいんだ。かなでが小隊長に就任して今年で4年経つが、その間全く会っていないし話していないんだ。忙しいのもあったと思うんだが、勝手に避けられているように感じてしまって、父親のような人じゃないのは俺が十分に知っているのに、騎士としての位が上がったら冷たくなるのかと、勝手に怒ってしまってね。だから、4年ぶりに話したいんだ」

「分かりました。かなでさんに聞いてみます」

「ありがとう、本人が嫌がったら構わない。ただ、腐れ縁の幼馴染みとして心配なんだ。生きている姿をちゃんとこの目で見たい」

この人も優しい人だ。そして、幼馴染みと強調する度に少し寂しい様相だった。この人もかなでを好きだったのだろう。ただ、その感情には気づかないふりをした。きっとかなでが初恋したこともこの人は知っているんだろうな、いつかはその話も聞いてみたい。

「今日はありがとうございました。」

「いえいえ、こちらもたくさん聞けてよかったよ。こちらこそありがとう。また来てくれ」

タイラさんの部屋を後にする。話し込んでしまい気づけば夕方だった。明日、かなでに会いに行こう。

ーーーー

翌朝、早めに起きて仕度し、かなで元へ行く。

「かなで、入るよ」

ドアを開いてかなでの方へと足を進める。

「おはよう、翼」

顔色がよかった、心の先生に診てもらったお陰だろう。おはようを返していつものキスをしにいく。

「かなで、おはよう」

思えば、久しぶりにかなでとキスをした。ここ数日間はせわしなくて、ちゃんと挨拶のキスをしていなかった。離れようとするとかなでに頭を抑えられ、もう少し長めにキスをする。ようやくかなでの手から開放されると、にっこりと笑った顔が目に入る。

「翼も元気そうでよかった。色々疲れちゃったよね。ゆっくり休めた?」

「ちゃんと休めたよ、ありがとう」

「ヒライ先生に聞いてね、お互い疲れてるから休ませるために帰らせたって、元気そうでうれしい」

自然と笑うかなで。調子がいいようで、こちらも嬉しくなる。この部屋に入る前にかなでにコーヒーを飲ませて平気か聞いていた。大丈夫だと言っていたので、水筒をおもむろに取り出す。

「かなで、コーヒー好きでしょ?持ってきたんだ」

デートのときもよくコーヒーを嗜んでいたなとタイラさんの話を聞いて思い出していた。

「ありがとう」

コップにコーヒー注ぐ。ふわっといい香りが病室を満たす。これはタイラさんから貰ったかなでが好きなコーヒーだ、今日粉にして入れてきたのだ。コップに入れたコーヒーを渡す。

「翼、このコーヒーどこで手に入れたの?」

口にすると、すぐに好みのコーヒーだと分かったようだった。タイラさんによるとこの豆は通常の店ではなかなか売っていないらしい。タイラさんに会ってきたことを話そうと今日は心に決めていた。だから、このコーヒーを持ってきたんだ。

「かなでの幼馴染みのタイラさんに会ったんだ。君のこともっとちゃんと知りたくて」

驚いた顔をして、こちらを見る。

「翔に会ったの?このコーヒーも彼に貰ったのね。よく翔が私の幼馴染みってわかったね」

タイラさんのことも名前で呼んでいた。お互い下の名で呼び合う仲なのだ、長い付き合いのタイラさんを羨ましく思う。ゆっくりとコーヒーを味わうように飲んでいる。

「君が意識不明で入院していたときに、かなでの下の名を呼んでいた人がいて、その人が君の幼馴染みと言っていたことを思い出したんだ。だから昨日会いに行った」

「そう、私のこと色々聞けた?」

「うん、お陰でたくさん教えてもらった。勝手に詮索するようなことをしてごめん」

また、味わうようにコーヒーを口に含んでいた。思い出の味なんだろうか。

「ううん、謝らないで。私のことも話した?」

「話した。かなでに会いたいと言っていた」

ふうーと息を吐いているかなで。また無理させてしまっただろうか、2日前に心療科の診察が終わったばかりだというのに、心の負担になっていないだろうか。話す覚悟を決めてきたが、心が揺らぐ。

「翼もこのコーヒー飲んだら?まだ水筒に入ってるんでしょう?美味しいよね、このコーヒー」

笑顔でコーヒーの話題を言っているから平気なんだろうか、疑念が晴れぬまま、促されたようにコーヒーを口にする。香りがよく、ほどよい酸味で心が落ち着く。

「これ実はね、お母さんの故郷の豆なの。1回お母さんがくれてね、それから愛飲してたのだけど、豆がどこで売っているか知らなくて、しばらく飲んでいなかった。懐かしい」

だから大切そうに飲んでいたのか。母親の思い出の味なのだ。ベッド横にある机にコップを置き、こちらを見る。

「翼、こっちへ来て」

言われるがまま、かなで近くに行く。ゆっくり抱きしめられ、そのままキスをされた。

「翼が私を知ろうとしてくれるのは嬉しいよ。でも、休めって言われたのに私にこと知るためにわざわざ幼馴染みのところまで言ったんでしょう?それじゃあ、またあなたが疲れちゃう。1回私のこと忘れて休んでいいんだよ?」

優しい、でも俺はかなでのことしか今は考えられないんだ。だって俺しか君を支えられないじゃないか。

「私が弱くなって支えなきゃって責任感じてくれてるのも嬉しい。だけどね、無理しないでほしいの。きっと翼はこういうと無理してないって言うんだろうけど、そういうの無理っていうの。あなたにまで壊れてほしくない」

また俺は勝手に涙を流していた。無理なんかしてないない、していないはずなのに。

「私は大丈夫。先生に診てもらって色々と整理がついたの。だから、翼は休んで。私が退院したらまたあなたにたくさん迷惑かけちゃうから、入院してる間は翼に休んでいてほしい。」

「あなたも自分を犠牲にして、誰かに優しくしてしまう。無理に背伸びしなくていいよ、私は等身大の翼を愛してる。私の過去をたくさん知っちゃたから、翼は自分にしか支えてあげられない、だから頑張るって空回りしちゃってる。あなたも自分自身を大切にしてあげて」

知らない間に嗚咽が溢れていた。優しくかなでに背をさすられている。俺がかなでに掛けた言葉だった。俺も無理していたんだ。昨日自覚したもう平気だと思っていた。余計に空回りした。かなでにそれが伝わってしまった。

「翔、私に会いたいって言ったんでしょう?いいよ、会うわ。それを伝えにまた翔のところへ行くのよね?その時にたくさん弱音吐いておいで、私に言いづらいこともあるでしょ?あの人は受け止めてくれる」

子供のように泣きじゃくる。ごめん、ごめんかなで。君に心配かけるつもり無かったのに、迷惑をかけてるのは俺の方だ……

「ごめん、かなで。俺が迷惑かけてる…」

「ううん、たくさん迷惑かけて。あなたも私にも言ってくれたでしょ?弱くたっていいんだよ、あなた1人じゃたくさんのこと支えられないよ、だから周りに頼って」

泣いたまま、かなでの顔を見ると優しい顔つきで笑っていた。その顔つきのまま俺の涙を拭うと、優しくキスをされる。涙が落ち着くまで、かなでの胸を借りることにした。その間もずっと背中をさすってくれた。

「翼、愛してるよ」

その声はとても優しくまた涙が強くなる。

ようやく涙が落ち着き、かなでから離れる。かなで着る入院着に涙のあとが残っていた。

「しばらく、休むよ。ありがとう、かなで」

「うん、休んで。またね、翼」

病室をあとにして帰路につく。俺も心が傷ついていたようだ。今日もゆっくり過ごすことにした。

ーーー

翌日は流石に登営だと思い、終わる時間頃にタイラさんのところへ行く。

「おお、青年!!どうかしたか?」

「あの、かなでさんのことで」

「あーはいはい、部屋入りな」

帰ってきたばかりを待ってしまって申し訳ないと思いつつ、部屋の席に促され、タイラさんが来るのを待つ。

「はい、コーヒー」

「ありがとうございます」

2人してコーヒーを口にする。美味しい。かなでの思い出の味。

「お前さん無茶してるだろ?それで、かなでに俺に愚痴り行けと言われたな?」

心を読まれたように核心を突かれる。その通りだ。話を聞いてもらいたいのと昨日の返事を言いに来たんだ。

「そうです…わかっちゃいましたか」

頭に手をやり、照れ隠しをする。

「無理に照れ隠ししなくていい。お前さん1人が背負える話じゃないだろ。よく1人で耐えているなと思っていたんだ。限界だったじゃないか。俺もかなでを知っているからとついつい調子に乗って、お前さんの様子に気づかずベラベラ話してすまなかった」

頭を下げる。謝らなくていいと思い、慌てて姿勢を戻し、謝らなくていいですと口にしようとした。

「かなでを支えられるのは俺しかいないって思ってないか?それは間違いだ。お前だけじゃない、かなで本人や病院や俺だっている。無茶すんな。かなでが一番悲しむことだ。今日は吐き出していけ」

「ありがとうございます」

「まあ、誰にも話せないようなこと言われたら1人で抱え込もうとするか。ましてやかなでの関係を大っぴらに言えないし、誰にも言えないよな」

口調はガサツだがすぐに俺に寄り添ってくれる。気遣い上手だ。

「そのコーヒー飲んだら、買い出し行くぞ買い出し。飲むぞーー!!」

豪快な笑顔を作って背中を叩かれた。なんでこうもガタイのいい人は背中をすぐ叩くんだ……

コーヒーを飲み終え、近くの商店街へ行く。酒屋につくとどんどん酒瓶をカゴに入れていく。おいおいおい、そんなに飲む気なのか?

「今日は俺の奢りだ好きなの買え、買え」

また、背中を叩かれる。言葉に甘えて好きな酒を入れていく。酒屋で買い物を終えると次は惣菜屋へ行く。絶対買いに行く順番が逆だろうと思いつつ、重い酒瓶の入った袋を担ぐ。

ここでも惣菜屋の店主に重さを言い渡し、かなりの量を買っていく。

「アムルは何食いたい?」

ふと、苗字を呼び捨てされそちらを見る。

「唐揚げ食いたいです」

「あいよ、おっちゃん唐揚げここにあるの全部頂戴、もう閉店の時間だろいつもサービスしてもらってるから恩返しよ」

いやいや待ってくれ、その唐揚げものすごい量があるんだが、そんなご機嫌に買い占めないでくれ。

大量に買った荷物を全部持たされる。奢ってくれているのだこれくらいはするが、それにしても買いすぎだ。この人は余裕でこの量食えんのか??

タイラさんの部屋へ運ぶ。荷物を置くとさらに圧巻する、めちゃくちゃ買ったな…

部屋の奥へ荷物を運ぶとタイラさんが皿やグラスを用意していた。

「荷物ありがとな」

話しかけられ、疑問に思ってたことを聞く。

「この量食えるんですか?」

「男2人いるんだから食えるだろ?お前さんあんまり食えないのか?食え食え、ほっそちょろいから身体デカくしろ」

まじかよ………この人、慣れると遠慮がないな……かなでと幼馴染みと言っていたから落ち着いているのかと思っていた。昨日だって、かなり威圧感はあったものの喋り方は落ち着いていた。2日目でこうもなるか……支部長に似ているな、ほっそちょろいも前に言われたことがある。食ってデカくなれるなら苦労はしてないんだよな。

「お前さん、かなでが退院してかなでの食事は用意するが、自分のは適当にしてたろ?痩せてるもんな、しかもその痩せ方は急に減った痩せ方だ。ちゃんと食え」

なんで、かなでもこの人も心を読んだかのように俺のことがわかるんだ!!全部当たってる。かなでの食事はちゃんと用意していたが、時間ががかかってしまい自分のは適当に済ませていた。

「ははは、図星だな。かなでを大事にするのはいいが自分を適当にすんなよ」

話しながら、手際よく皿やグラスを並び終え、惣菜を皿に盛り付けていた。

並んだ惣菜を見ると圧巻だ、めちゃくちゃ量がある。この人は元から大食いなのだろう、机がでかい理由も頷けた。

席を促され、グラスに酒が注がれる。

「それじゃあ、いただきます!」

豪快に惣菜を食べていく、美味しそうに食べるな。俺ももらうことにする。

「いただきます」

買ってもらった唐揚げを口にする。肉が柔らかく肉汁が溢れ出すこれは美味しい。

「どんどん食え、飲めー」

楽しそうに笑って豪快に食べていく。

「アムルよ、俺のことは翔と読んでいい。苗字呼びはどうもなれない。お前さんのことも翼と呼ばせてもらうよ」

しばらく、惣菜食べ酒を飲む。

「さて、本題といこうか?お前さんの愚痴、たんと聞くぞ」

酒瓶をもう2本も開けているのに全然顔が変わらない。かなりの酒豪のようだ。少し間を開けて、ずっと思っていことを吐露する。

「俺、かなでより歳下でいつもいつも不安なんです、俺がいつか捨てられそうで。ついつい、かなでのためにって彼女中心になってて、かなでに釣り合うようにすごく頑張ってた。そしたら彼女に言われたんです、無理してるって。自分を放ったらかしにしてるって。俺どうしたらいいんですかね」

静かに俺の話が終えるのを待っていた。

「歳下なのを気にしてるのか?生きてる年数なんて関係ないんだろ。翼は俺より精神面では大人だと思うけどな、結局いろんな面の年齢があるんだ。年齢なんてただ生まれてからの年を数えてるだけの数字、気にすんな。かなでは歳の差を理由にお前さんを捨てたりなんかしないよ。翼は知らないだろうが、かなでは歳下だろうが歳上だろうが接し方は一緒だ。間違ったことは違うとどんなに位の高い隊長だろうが、団長だろうが、入団したての若造にだろうが食ってかかる。そんな別け隔てないかなでが、お前を好きでいてくれてるんだろ?自信持て。」

グラスに入った、酒をグーっと飲み干す。俺も真似て酒を煽る。

「かなでに釣り合うように、ね。あいつは等身大のお前さんを好きでいてくれると思うけどな。きっと釣り合うように背伸びしてるとこもきっと好きだ。人を見る目は確かなんだ、何度俺だって心透かされたことか。演技していてもバレてるさ、最初からお前さんが背伸びしていたこと気づいてたんじゃないか?でも言わなかったのは無理のない範囲の背伸びだったから。今のお前は無理して、強い自分、支えていくのは自分といろんなのを背負い込んで、かなでの前にいたんだろ?きっとかなでも辛かったはずだ、なんでこの人は弱音を吐かないんだろうって。逃げてほしいと思ってたんだ」

新しく酒を継ぎそれも飲み干していく。

「もしかして、かなでの父親に絶縁を告げられたときお前も別れ切り出されたりしたんじゃないか?」

見事に当たっており、むせこんでしまう。

「おうおう、大丈夫か?」

慌てて俺の元へ駆け寄り、背中をさすってくれる。

「コホっ大丈夫です……翔さんが言ってたやつ当たってて。あの時別れようって言われました」

「やっぱりな。言葉は酷かったかも知れないが、そんな抱え込んだお前さんに逃げてほしかったんだ。このまま、一緒にいたら翼を潰してしまうと」

そのための言葉だったのか、別れようと言われてショックを受けていたが、俺を守るためだった。

「翼はそのあとどうしたんだ?」

「迎えに行きました。出ていった彼女が心配で、死にたがってたし、どこか怪我したり、またいなくなるのが怖くて。一緒に生きたいと思ったんです。そんな俺を受け止めてくれて、一緒にいたいって言ってくれて」

また、涙が出てくる。あの時を思い出してしまう。

「その心は背伸びじゃなかったから、かなでが一緒にいたいって言ってくれたんだ。でも、今のお前さんはまた無茶して1人でかなでを知ろうとして自分で傷ついてる。大丈夫だ、お前がそんなに必死にならなくてもちゃんと心の傷を見せてくれたんだろ?ゆっくりでいいよ、お前さんのペースでかなでを知ればいい。ここ最近で無理やり入ってきたかなでの過去もゆっくり理解すればいい、辛かったら俺に話しに来い。」

優しく肩を持ってくれる。俺よりかなでの隣りにいるべきなのは翔さんじゃないのかとそんな思いが出てきて、つい口に出てしまった。

「かなでの隣りにいるべきなのは、翔さんだ………」

俺の肩を持っていた手に力が入る。横に立つ翔さんが迫力ある声でいう。

「なあ、今の言葉2度と言うな。かなでが選んだのは紛れもなくアムル・翼だ。俺じゃない。俺は、俺はな!!!かなでの心の傷が怖くて逃げた臆病者なんだ。一緒に歩めんで行けるのは、翼お前だよ。俺がお前を支えられるのは翼お前が強いからだ。俺、俺だったら、とっくにかなでを見捨ててる………」

声が震えている。肩にある手は力が入ったままだった。翔さんもかなでのことが好きだったのだ。

「俺もこの際だから言うが、かなでが初恋の人だ。そして、俺は幼馴染みだからかなでを支えられると思い込んでた。ある時、かなでが父親の暴力に耐えられなくなって号泣しながら俺に弱音を吐いたことがあったんだ。だけどな、俺はそれが怖くて怖くて、そこから逃げた。泣いている傷ついてる彼女を置いて逃げたんだ、怖くてどうすることもできなくて。逃げたのにそれでも彼女は友人として親しくしてくれた。だが、その時からもう心の傷を俺に見せることはなくなった。あっても酒が入ったときくらい。その免罪符に俺はただの腐れ縁で勝手に幼馴染みをしてると言ってるんだ……」

翔さんも泣いている、俺と同様に苦しんでいる。

「お前は強いよ。ちゃんと無理してでも背負って、かなでを支えようとしたんだ。俺と違って逃げなかった。だからお前のその無理してるところを俺にも支えさせてくれ。これも免罪符だ」

肩から手を離し向かいの席に座る。俺もそれが分かり泣いたまま顔をあげた。

「しんみりしちゃったな、温め直そう。仕切り直しだ!!このあとは楽しく飲むぞ!!」

から元気に涙を浮かべながら、笑顔を作っていた。俺も笑顔を作り、一緒に温め直す。キッチンで一緒に鍋などを使って火を通していく。

「ありがとな、翼。俺の大事な幼馴染みを支えてくれて」

「いえ、俺のほうも聞いてくれてありがとうございます」

「かなでは会っていいと言ってくれたか?」

「はい、会っていいと伝えるかわりにあなたに弱音を吐いてこいと言われてここへ…」

「はっはっはっは、そいつは参った!!!完全に手玉だな。なるほど、かなでらしい」

(あの時、きっと傷ついたんだ。謝らないとな)

小さな声で独り言を言っており、何かの話だと思い、聞き返す。

「何か言いました?何か取ります??」

「いやいや、独り言だ。すまん」

温まった惣菜を並べていく。

「さあ、乾杯!!!お前全然食ってないんだ、食え食え!!」

たくさんの唐揚げを取皿に乗せられる。量が多いんだよ……

ーーー

「かなでの初恋相手???」

「はい、誰だか気になってて」

「誰だったかな、先輩だろ?ちょっと待て今出てきそうだ、あれだな、かなでが一時期目で追ってた人かな?確か、中等部の時だ。あああ!!思い出したんだ!!!あいつだあいつ。そいつなら騎士団にいるよ。名前は知らないが顔なら覚えてる」

「どんな人なんですか?」

「あいつは女たらしで有名な尻軽男だよ。顔だけはイケメンなんだ。だから女子にモテた。お前に女子にはいい面だけを見せてるから、取っ換え引っ換えでな。人の見る目があるかなでが好きになりそうなタイプじゃなかったんだが、思春期の時期だし格好良くて好きになったんだろ」

少しばかり意外だった。顔で好きになったのなら、翔さんもイケメンの方だ。

「そんときばかりは、気が狂った父親に感謝したよ。まあ、それのせいで自由な恋愛も出来なくなったんだがな」

その後はかなでとの思い出の話や他にも俺の惚気話を聞かれたり、仕事の愚痴だったり、故郷の話だったりをした。楽しい時間だった。ようやく惣菜を平らげ、酒瓶が10本も開く頃には深夜だった

「お、いい時間だなー翼帰れるかー??」

俺もそこそこに酒が強いほうだが流石に潰された。アルコールで頭がポヤポヤする。

「帰れないです」

「じゃあ、泊まっていけー。シャワーは自由に使えー布団はリビングに引いといてやる。片付けも俺がするからそこで潰れてろ」

ーーー

翌朝、酷い頭痛とともに目が覚める。翔さんは登営しており、もういない。あの人酒強すぎだろ。

頭痛の頭を抱えながら、心のモヤモヤが晴れている自分に気づく。俺も前進できたようだ。

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