木のおはなしとエピローグ
「水のおはなしはいかかでしたか?」
闇の中で香月が、紅茶を飲みながら本を読んで待っていた。人物は何か言いたそうに身振り手振りしていたが、最後の扉を指さす。
「やはり最後はそのおはなしですね。では参りましょう・・・」
ある桜の木の下に、少年少女がいた。
「もう私たちも卒業か」
「早いものだな。これからどうするんだ?」
「私は大学に行くけど、夢だった小説家になろうと思うの」
「そうか。頑張れよ」
「うん!たくまもね」
それから3年後。私、立花まい。大学生です。夢に見ていた小説家になる夢はやぶれて、今もことごとく落選中。
「もう、あきらめようかな・・・」
私がそう思って外のポストを見ると、1通の手紙が入っていた。
「何かしら、これ・・・」
中を開いてみると、相手はたくまからだった。
「あの桜の木の下で待ってる?とりあえず行ってみよう」
そして私はあの桜の木の下に行ってみた。すると、たくまが木を見上げていた。
「たくま!久しぶりだね」
「まい!あぁ、久しぶり。元気にしてたか?」
「うーん、最近は元気ないかも」
「何かあったのか?」
「ちょっとレポートが遅くなっちゃって、先生に怒られたんだよね。それに小説も出してるけど、なかなか上手くいかなくて・・・」
回想。
「立花さん、あなただけよレポート出してないの。いつまでかかってるの!早く提出してよね」
「はい・・・。すみません・・・」
私は、持っていた本を広げる。そこには該当者なしの文字があった。
回想終了。
「大変だったな。でも、まいは作業も丁寧だし、何事も一生懸命だから大丈夫だよ。心配するなって」
「うん・・・。ありがとう。小説も新しく書いて出してるんだけど、それもダメかな・・・」
私がはぁーとため息をついたら、たくまがはっきり言ってきた。
「それなら大丈夫だよ。俺が保証するからさ」
「たくまが何を保証するのよ。変な人ね」
少しおかしくなって笑いだすと、たくまもにこっと笑った。
「やっと笑顔になったな。まいは笑ってた方がいいよ。俺はずっと見てきたから」
「うん。ありがとう。なんか元気出てきたよ。じゃあ頑張るね」
私が手を振って帰る時、たくまは少しさみしそうな顔をしたような気がした。それから私はレポートを仕上げて先生に提出した。
「立花さんのレポートはいつも見やすくて、しっかりまとめられているわ。これからも頑張ってね」
「はい!ありがとうございます」
家に帰って部屋にいると、家の電話が鳴り出した。
「お母さん、私が出るよ」
ガチャッ
「はい、立花です」
「すみませんが、立花まいさんはいらっしゃいますか?」
「はい。私ですけど…」
それから話の内容を聞いて受話器をおろす。そして、ダッと駆け出した。
「ちょっと、まい!どこ行くの?」
後ろでお母さんが何か言ってたけど、構わず走った。
「早くたくまに伝えたい!またあそこにいるかな」
私はあの木下まで走った。やっぱりたくまはいた。ずっと木を見上げている。そして、こっちに気づいたのかふっと笑った。
「たくま!私の小説が受賞されたって!たくまが大丈夫って言ってくれたからだよ」
「そっか。よかったな」
私は駆け出してたくまに抱き着こうとした。しかし、それは叶わなかった。私の体がたくまをすりぬけたからだった。
「どういうこと・・・?」
「あーあ。もうごまかせないか。俺、卒業して1年後に病気にかかってぽっくりだよ。でも、最後にここの桜を思い出したから、ここに来たんだよ」
そう言うと、たくまの体がうすくなっていく。
「たくま・・・」
「まいに会えてよかったよ。ずっと好きだったから。最後にまいの笑顔が見たいな」
私は涙をこらえながら笑顔をつくった。
「ありがとう・・・」
そして、たくまは消えていった。すると、私の手の平に桜の花びらが1枚落ちてきた。私は、それを握りしめて胸にあてた。
あれから月日は流れて私は今でも小説を書いてます。彼のことは忘れません。だから書き残すのです。彼との思い出を。彼との物語を。
闇の中で香月が振り返る。
「木のおはなしはいかがでしたか?お楽しみいただけたでしょうか。彼らの物語はこれからどうなるんでしょうね。今回はこれでおしまいですが、機会がありましたらまたお会いしましょう。では、また」
そう言って、香月は闇の中へ消えていった。