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死神の彼女は秘密を吐き出す。

 冬場の外気は乾燥していて、風が吹くたびにカラカラカラと落ちた枯れ葉が音を立て転がっていく。そんな景色を横目にオレ達は近くの公園に来た。さすがに冬の夕方だと遊んでいる子供も少ない。

「この辺でいい?」

「メルがいいなら」

オレ達の間は乾燥しているはずの空気が少し重く感じる。そしてメルは話し始めた。

「君がどこからどこまで知っているのか知らないけれど。アタシはね十年前、事故にあったの。暴走した車に跳ねられたらしいよ」

「うん」

「それで、気がついたらあの狭間の空間にいた。たぶんそういった経緯はそんなに君と変わらないと思うけど」

「そうだね」

「まぁ、それであのいつも適当ぶっこんでる神様が『ここに来たからにはワタクシの使いとなって死神にならなきゃ〜』とかどうとか言ってて。まだ幼かったし、よくわかんないけどあの空間に一人でいるよりはマシだと思ってね。死神になったの」

「……死神の仕事、最初はあの二つのファイルを貰っただけで、あとはなんにも教えてもらってないし、独学というか経験を積むしかなかった。自力で現状を調べてメモして覚えて、それの繰り返し。なんだかんだそれで忙しかったし自分が何者かなんてそんなの考えてなかった。それで数年は経ってたね」

(あのメモはその時書いてたやつなのか)

「その時は他に死神はいなかったのか?」

「先輩みたいなのがいたかな。でも姿を見かけたことがあるとかでそんな交流とかしなかったし。その当時の死神はもうアタシ以外いないと思う」

「そうか」

「あ、ちなみに今もアタシ以外の死神はいるよ。ただタイミングがあってなくて君は誰にも会っていないかもしれないけど……」

「そうなのか、それは初耳だ」

「ま、君みたいに永遠に死神を選択したお馬鹿さんなんてそうそういないけど」

「お馬鹿さんってなぁ……」

そう言うとメルはククッと少しだけ笑った。


「それで仕事が慣れてきた頃には色んな死を見てたし、新しい死神が来たり、先輩みたいなのはいつの間にかいなくなってたし、全然思い出せなかったけど、アタシももうとっくに死んでる人間なんだろうなって思ってた」

「うん」

「そう、思ってたんだけどね。ある日この病院での仕事が入ったの。ここの患者が亡くなるからって。それで仕事は無事終わって、帰ろうとしたらなんか見たことあるような人がね、ある病室に入っていくのを見たんだ」

「見たことあるような人って……」

「うん。アタシの『お母さん』だった」

「………………」

「それでその病室を覗いたら、アタシがいたんだもん。もうびっくりしちゃって、すぐに神様なんていうふざけた上司に聞いた。アタシは死んでいないの? って。そしたら」

「そしたら?」

「『ここは自分が何者かわからなくなってしまった人間が来るからそういうこともあるかも知れませんね〜』なんて言われた。こっちは真剣に聞いてるのに答えが雑すぎてあの時はものすっごくイラついたわ」

(今もそれを思い出してか、とてもイライラしてるように見えるけども……)

「でもその後よく考えたんだけど、アタシは今こうして死神として生きてるんだし、それを今さら変えることなんてできないし」

「できないのか?」

「アタシは戻り方なんて知らない。いや、もう今は知らなくていいって思ってる」

「それは…………」

「考えてもみなよ。自分は死んでると思ってたけど、まだ仮死状態で。それでもすでに十年が経っていて。身体は死んではいないのかもしれないけど、ずっと寝たきり。戻ったところでまともに使えるものじゃない」

「でもメルのお母さんは」

「お母さんがなに?」

「っ…………」

そう言ったメルはキッとこちらを睨んでいた。

「アタシが最近ここに来ているのはね、どうやったらお母さんに諦めてもらえるか考えるために来ているの」

「諦めてもらう……?」

「……お父さんはいつの間にか来なくなった。きっと無駄だってわかってくれたから。でもお母さんはそんなお父さんを放っておいて、十年間バカみたいに毎日毎日来ているの。それで離婚でもなんでもしたんじゃないのかな。それって、アタシのせいじゃん。仲が悪いところなんて見たことなかったのに……。本当に、バカみたい。自分の人生勝手に押しつけてさ、娘のために犠牲にしてますってそういうの、本当にうんざりなの!」

「………………」


 きっとこれは、メルの心からの叫びだったんだろう。決してお母さんも悪気があるわけじゃない。いいお母さんを演じてるわけでもない。本当に娘を愛しているから毎日来ているんだ。けれどそれはメルが戻る理由にはならない。

メルはこれ以上の迷惑をかけたくないって思っている。メルが言っていたように、戻るとしてもその後の介護やリハビリがある。本人も辛いが、きっとそれもお母さんの協力は必須だろう。それが嫌なんだ。もう十年。メルはもう充分だと言っている。それをどう伝えるかここ最近は悩んでいたんだろう。

「……もういい? アタシの話なんてこれで」

「あ、あぁ」

「……ねぇなんで知ったの? 神様以外には言ってない。アタシの秘密」

「あー……それは」


 オレはここに来た経緯を話した。

「はぁ? 魔女に連れてこられたぁ?」

「ごめん、オレもなにもメルのこととか知らなくて。ただそこに行けって言われただけというかなんていうか」

「……だから、アタシはあの人の話をあまりまともに聞くなって言ったじゃん」

メルは頭を抱えていた。

「本当にごめん」

何も知らなかったとはいえ、この件は謝ることしかできない。

「まぁ……でも秘密にしておくには限界はあったと思うし、もういいよ」

「ここの仕事は……」

「亡くし屋の依頼だもの、もう秘密もなにもないし、専属の君に任せるよ」

「……わかった」

「あ、そうだ。君も考えてよね、お母さんを諦めさせる方法」

「えっ」

「えっ、ってなに? これは勝手に秘密を知った罰だから! いい?」

いいも何も罰だったらこっちからは否定できないだろ。とは言わずにとりあえず返事だけしておく。

「わかったよ」

「じゃあそういうことでもう夕方だし、帰りなさいな。亡くし屋ちゃんも帰ってくるでしょ」

「……そうだな、メルはどうするんだ?」

「アタシも今日は帰るけど?」

「そっか、……亞名のやつが一緒にご飯食べたがってたから今度お前も家に来いよな」

「ふっ、なぁに、てっきり家とか言っちゃって」

「家は家だろ」

「そ。もう家族、なんだね」

「?」

「いや自覚してないならいいや。わかった、今度お邪魔させていただくとするね」

「あぁ、いつでもいいよ」

「じゃ、今日はもうお開きってことで」

そう言ってメルは帰っていった。


「………………」

 あの時、返事はしたが正直オレはメルのお母さんを諦めさせる方法なんて考えようともするつもりはなかった。メルはまだ生きてる。そして別に好き好んで死を望んでいるわけでもない。それなら、それならオレはどうすればいいんだ? とひたすらそれを考えながら帰路についた。

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