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聖女は故郷に帰りたい  作者: りすこ
めでたしめでたしの先へ
5/6

中編

 テオバルトたちが向かった先は、強制労働所だった。

 とても汚く、人が居ていい場所ではない。


「……家族の一人がそちらの国を良く言えば、家族全員が強制労働所に送られています。皆、家に帰りたがっていますが、監視の前では言えませんので、私の前で告白していました……」


 先生がそう話をしたから、勇者と賢者は真っ先に強制労働所へと向かったのだった。



 労働所は高い塀に囲われている。

 そびえ立つ石の壁を見て、ウィズは首をひねった。


「こういう監獄みたいな所は、脱走しないように防御魔法が囲っているはずじゃがのお。なんもないわい」

「じゃあ、入りたい放題ってことだな!  行こう!  ウィズ!!」

「そうじゃな。状況が分からんから慎重に――」

「うおおおおぉ!」


 鉄の扉をぶった切って、テオバルトはさっさと突入してしまった。

 すぐに、監視官が集まり、警報が鳴り響く。

 赤いランプが光り、ざわめきだした光景を見て、ウィズはやれやれと肩をすくめた。


「テオは大雑把じゃのお。ま、その方がらしいわい」


 ほほほと笑いながら、ウィズはふわりと浮いた。

 先生を丸い透明な玉の中に入れて、同じように飛ばした。

 自分が浮いていることが信じられず、先生は呆然としてしまったそうだ。

 ウィズは先生に告げた。


「そなたの願いが叶うのか。その目で見届けなさい」


 ウィズはそう言うと、呪文を唱えてテオバルトの援護をする。


 先生はその様子を見て、まるで子供の頃、児童書でみた魔法使いだと思ったそうだ。

 かっこよく魔法を使う姿に、場所も状況もわきまえず童心に戻ってしまったと話していた。


「この方々は、救世主なのでしょうか……」


 まるで夢のような光景に、先生は女神様をまた信じたくなった。


 それほどまで二人は強かった。

 次々と、聖剣で峰打ちされ倒れる男たち。

 ウィズは睡眠の魔法をかけて、監視官を眠らせていく。

 労働所の制圧はすぐにできそうな雰囲気だったが、額から頬にかけて深い傷がある隻眼の男が、二人の前に立ちはだかった。

 先生を国外追放した男だ。


 テオバルトの聖剣を受けてもビクともしない強靭な体。

 防具のせいか、耐性があるのか。

 睡眠魔法も効かない男は、酒瓶を持ったまま剣呑な目で、テオバルトを見た。


「この労働所を襲うなんてな……バカな奴らが来たもんだ。その面、異国のもんだな。市民を解放してどうする?  たった二人で、軍に向かう気か?  命知らずの英雄気取りかよ」


 テオバルトはキリリと顔をひきしめた。


「俺の名前はテオバルト!  家に帰りがっている人がいるって聞いたから来ただけだ!」


 聖剣を構えるテオバルトに、隻眼の男は目を血走らせた。


「……その名前、厄災の魔物に向かった勇者か? ……くくく。ははは!  はははははは!  こりゃ、傑作だ!  本物の勇者が来たのか!  この国に!  こんなクソみたいな国によお!」


 隻眼の男は腹を抱えて笑い、空中に浮いている先生を睨んで酒瓶に口をつけた。

 ぐびぐびと酒を飲み干し、空にすると瓶を投げ捨てた。


「……気まぐれで捨てた神父が、勇者を連れてきたか……異国の神にでも、すがったか?」


 先生は口を引き結び、沈黙した。

 それを一瞥して隻眼の男は、汚い犬を追い払うように手をふって、テオバルトに言う。


「帰んな。この国に、アンタの出番はねえよ」


 隻眼の男は暗い瞳で淡々と言う。


「ここは地獄だ。地獄に光はいらねえ。さっさと自分の国に帰んな」

「いやだ!」


 テオバルトは子供のような口調で言った。


「俺は!  この国の王が!  嫌いなんだよ!!!」


 テオバルトは男に向かって聖剣を振り上げる。

 峰打ちではない。真剣だ。

 隻眼の男は豪剣でそれを受け止め、振り払う。

 二人は激しい撃ち合いとなった。


「若造が! 余計なお世話だって言ってんだよ!  こんな国、ほっとけ!  国王軍は二万以上いるんだ!  全員が国王崇拝のイカれた野郎どもだ!  殺されるぞ!」

「そんなのやってみなきゃ、わかんないだろ! 」

「てめぇみたいなのが死ぬのを散々、見てきたんだよ!  去れ!!」

「い・や・だー!!!」

「ちっ……聞き分けのない小僧が……」

「俺を止めるなら、本気になれよ!」


 テオバルトが聖剣で、男の剣をはじき飛ばした。


「おっさん。俺を殺す気ないだろ。剣が甘いもん」

「若造が、知ったふうな口を聞くな……なんで、助ける。なんで、見捨てない。こんな国、滅べばいいだろうが」


 テオバルトはきょとんとした顔をした。


「人が困ってたら、助けるだろ?」

「……お前……バカだろう」

「テオをお前さんの物差しで見てはいかんぞ。のお、隻眼の若いの」


 様子を見ていたウィズが、ふわりと男に近づいて、地面に足をつけた。


「テオと儂は、悲観しているだけで動こうとしないお主らを導くためにきたんじゃ。二万の兵?  それがどうした。儂らは強いぞ」


 ウィズはニヤリと笑うと、呪文を呟き、魔法を展開させる。

 彼の足元に巨大な魔法陣があらわれた。

 陣から閃光が迸る。

 竜巻が起こり、それは衝撃波となって、男に向かう。

 男はとっさに身構えたが、あまりの風圧に体ごと吹き飛ばされそうになる。

 強い怒りの風は、男を通り抜け高い塀に激突した。


 轟音が鳴り響く。

 砂上を巻き上げ、人が作った壁に、大穴があく。

 ウィズはポカンとする男や先生に構うことなく、人を避けて、次々に壁に穴をあけた。


 石で作られた強固な壁は、砂の城を壊すもろさで、実にあっけなく消えた。


 囲いがなくなり、自由になった外。見えたのは、道端にひっそりと咲くカモミールの花だ。


 曇天の雲間を割って、一筋の光が白い花を照らしている。

 逆境の中で咲く小さな花に目を細め、ウィズは呆然とする隻眼の男に話しかけた。


「そんなに不満があるなら戦えばよい。そなたが、生まれた国じゃろ」


 うんうんと勇者が頷く。


「隻眼のおっさんは強そうだし、俺とパーティーを組もうよ! 王様、ぶっ飛ばしに行こう!!!」


 キリッとした顔でテオバルトが言うと、隻眼の男は低い声で言った。


「……こんなに派手にやったら、王国軍にバレるだろうが」

「ほほほ。計算済みじゃ」

「……たぬき爺が……」

「ウィズはたぬきじゃないぞ!  ずっとジジイなだけだ!  俺が生まれたときからジジイだった!」


 フンと鼻を鳴らす勇者に、照れくさそうな賢者。

 そんな二人のやり取りを無視して、隻眼の男は崩れ去った囲いをぼうぜんと見つめた。

 カモミールの花を見て、ぽつりと呟く。


「生まれた国……か……」


 深い息を吐き出した後、テオバルトに弾き飛ばされた剣を拾うと、肩にかけた。

 剣呑な眼差しで、ウィズに声をかける。


「眠った奴らを起こせ。俺が声をかければ、付いてくる奴が何人かいる」

「ふむ。腹をくくったかのぉ?」


 ウィズが問いかけると、隻眼の男はカモミールの花をじっと見つめた。


「……母親の墓参りに行きたくなっただけだ……もう何年も行ってねえがな」

「そうかい。いいおふくろさんだったわけじゃな」


 隻眼の男は鼻で笑った。


「息子が屑すぎて、あの世で泣いてるだろうよ」

「なら、親孝行せんとな。その為に戦うんじゃろ」


 ウィズがほほほと笑うと、隻眼の男は口を引き結んで何も言わなかった。

 そんな二人を交互に見て、テオバルトは目を丸くする。


「なんだ、おっさん。親の顔を覚えているのか。俺は知らないから、羨ましいよ」


 隻眼の男は、怪訝な顔をする。


「……知らないって……どういうことだ?」

「そのまんまの意味だ。俺、気づいたら一人だったんだ。適当に雑草を食ってたら、ウィズが現れて毒だからやめろと言われた。それから、ウィズが保護者みたいなものかな?

 あ、でも、美人すぎる嫁さんがいるし、可愛すぎる娘も産まれたんだ!  抱っこするとすごい柔らかいの!  すごい可愛い! 家族っていいもんだなって心底、思う!」


 テオバルトは目をキラキラさせて笑う。

 その笑顔を眩しそうに見つめ、隻眼の男は小さく息を吐く。


「……家族か。俺には失くしたもんだな。この先、手に入るものでもない……」

「そうなのか?」

「アンタは、死んじゃいけねえな。俺が盾ぐらいになる」

「んん? おっさんだって、死んだらダメだろ?」


 テオバルトは不思議そうに首をひねった。


「おっさんが死んだら、墓参りに行けないじゃん。 戦っても、生き残らないとな!」


 その言葉に、隻眼の男はひゅっと息を飲んだ後、しばらくして喉を震わせて笑いだした。

 その笑いは、今までの暗さはなく、やや明るいもの。

 男の笑顔を見て、賢者がおや?と首をかしげる。


「笑うと誰かに似ておるのぉ。お前さん、名前は?」

「……ペトロフだ」

「ペトロフ?  おお!  思い出した!  戦士ペトロフにそっくりじゃわい!  先代勇者(でし)と一緒に厄災の魔物と戦ったこの国の英雄じゃ」


 隻眼の男は片方の眉を器用にあげた。


「……おふくろがそんな話をしていたな……先祖は戦士だったって……」

「なんと、血筋の者か?」

「……どうだかな。家は貧乏で父親の顔は知らねえ。俺はどうしようもない屑だ」

「そうかい、そうかい。血筋の者か。会えて嬉しいのぉ」

「……じいさん。話、聞いてねえだろ」

「戦士だったら尚、いいじゃん!  パーティー組もう!!!」


 テオバルトがキラキラした目で隻眼の男、ペトロフを見つめる。

 ペトロフは真顔になり「寝ている奴らを起こせ」とだけ言った。


 ウィズが睡眠の魔法を解くと、ペトロフは状況を説明した。


「ここが崩れたら、王国軍がすぐ来る。俺は全面交戦にでる。俺は何もしてくれねえ、王にうんざりだ。そこに勇者もいる。戦いたい奴は戦え。俺は戦う」


 上官の手のひら返しに動揺する者がたくさんいた。

 意外にも、市民の男性が戦うと声をあげた。


「もう我慢の限界だ!  俺は戦う!  戦うぞ!」


 呼応するように戦うの声は広がった。

 ウィズは先生を含めた子供や女性。

 戦う意思がない者は転移魔法を使って、避難させると話した。


「ルナの所に行きなされ。あの子は聖女じゃ。まごうとことなき聖女じゃ。産後で弱っているが、あの子なら、そなたたちを悪いようにはせん」


 そして、先生を含めた多数の人々が、聖女の故郷へと転移されたのだった。



 二万人が一気にやってきても、訳を知った聖女ルナは彼らを手厚く迎えたいと村人を説得した。


「……私も避難した経験があります。だから、できる限りをしてあげたいです。お願いします」

「ああ! もう、わかっているよ! 子どもがおなかをすかせちゃいけないからね!」


 産婆はルナの世話をしながらも、大声を出した。

 先生に石を投げていた村人は、無言で藁を敷き詰め寝床を用意した。

 石を投げずに沈黙していた村人は、小麦からパンを作った。

 それを腹を空かせた子どもに渡す。


「……ありがとう」


 ガツガツ食べる子どもが多い中、頬に煤をつけた少女が小声でいった。

 その声に、パンを渡した人は微笑みを返した。


 先生はその光景を見て、むせび泣いたそうだ。


「……ありがとうございます。……ありがとう……ございます……っ」


 それしか言えなかった。

 と、先生は語っていた。


 テオバルトたちはペトロフたちと、王国軍と対戦した。

 攻撃力の高い魔法も賢者に封じられ、鋼の鎧で身を固めた騎士も聖剣の前に倒れる。

 テオバルトとウィズの強さの前に、二万の兵はもろく瓦解した。


 ただおかしなことがあった。

 関節を切っても、騎士からは血がでない。

 魔道士も同じだ。

 青いローブを剥いでみれば、中身は人形だった。

 人間はいない。

 なのに銀糸が動力源となり、感情のない人形は「聖戦」と呟きながら攻撃をしてきた。

 精巧なまでに作られたマリオネットが、ハリスト王国軍の実態だった。


「なんなんだ、こいつらは……」


 切り刻んだマリオネットを見て、ペトロフは愕然とする。

 ウィズが低い声をだして教えた。


「生きた人間を人形に変える……二百年以上前に、この国で使われた禁呪じゃろう」

「……二百年前……?」

「ふむ。厄災の魔物が暴れていた頃、奴を倒すために、この国では兵士を人形に変えて戦わせていたのじゃ。魔物を恐れぬようにな……先代勇者(でし)がそのやり方を嫌って、禁じられたものになったはずじゃが――」


 ウィズが顔をしかめる。


「愚者め。禁呪を今の世で使ったな」

「つまり……こいつらは、人間だったってことか……」


 ペトロフが動かなくなったガラクタを見つめて、怒りで体を震わせた。

 ウィズは淡々と言った。


「厄災の魔物が生み出したアンデッドも、そうだったじゃろ」


 ペトロフを含めて、誰もが沈黙した。

 ウィズは弔いのために人形たちを一気に燃やした。


「この者たち一人一人に人生があったはずじゃ。遺恨を忘れ、安らかに眠っておくれ」


 人形たちはごうごうと燃え上がり、灰になっていった。

 舞い上がる塵は、曇天の空に吸い込まれていき、空気となって溶けて消えていくようだった。



 王国軍を殲滅したテオバルトたちは、城に向かった。そこは、空っぽだった。

 使用人もいない。

 人の気配がしないその場所は、甘ったるい匂いに満ちていた。

 ウィズがすぐにその匂いに気づき、全員を退避させた。


「洗脳系の魔法が使われておる。匂いをかいでは正気を失うぞ」

「俺は平気だよ?」

「テオは大丈夫じゃ。古典的なものだしのぉ。儂が子供の頃に、キノコを食べさせて耐性をつけさせておる」

「キノコ? ……あぁ、あのすげえ不味いやつかあ!  腹、くだして寝込んだやつ!」

「そうじゃ。それに、防具でも守られておる」

「んじゃ、俺の防具を戦士のおっさんに貸す」


 テオバルトは防具を脱いで、ペトロフに渡した。

 動揺するペトロフにあっさりと言う。


「王様がどうなっているのか、おっさんは知りたいだろ?」

「…………」

「王がどうなっているか、この国の者が見定めた方がいいじゃろ」


 ペトロフは、世界中の英智がつまった防具を着こんで、静かに頷いた。


「小心者は、地下か高い所に行きたがる。地下室があるか探すぞい」


 ウィズの先導で、地下室の捜索が始まった。




 匂いが濃くなっていく場所を辿っていくと、何重も防壁魔法がかけられた地下室にたどり着いた。

 防壁を突破していくと、一匹の魔物がいた。


 王の椅子にへばりついたツルツルの体。

 いくつも突起があり、そこから人を惑わす毒を撒き散らしている。

 蠢く姿は、王とはいえない。魔物だ。


 玉座の後ろには、壁一面に世界地図が貼られ、その上から、ハリストの国旗が乱雑に描かれていた。


 三色に塗りつぶされた世界地図。

 真ん中の色は、雲ひとつない晴天と同じだったのだろう。

 青はくすんで、見る影もなくなっていた。


 その地図は王だったモノが何をしたかったのか、教えているようだった。


 地下室には、禁呪を使った跡と見られる巨大な錬成釜が残されていた。

 血の痕を残したそこは、禁呪のむごたらしさを物語っているよう。


 それらを見て、ウィズは冷淡に言った。


「愚者が魔物になったか……魔物にしては小さいのぉ。魔物になって十年か、そこいらか……」


 ウィズは低い声で、魔物に尋ねた。


「そんなに自国を強い国にしたかったのか?」


 ウィズの問いかけに、毒を出す魔物は何も答えない。


 人の言葉を持たない魔物は、目の前の人を洗脳できないことに苛立っているのか、毒を出す量を増やすばかり。

 それを見たペトロフが、狂ったように笑いだした。


「ははは!  これが王だと……?  これが!  こんなものが!  俺らの王だって言うのかよッ!」


 ペトロフは衝動的に豪剣を振り上げ、魔物を滅多刺しにした。

 魔物から飛び散ったのは、鮮血。

 マリオネットにはなかった命の色にかっとなり、男はますます剣を振り上げた。


「これが王だって言うなら!  本当に!  この国はッ!  地獄じゃねえかッ!!!」


 ペトロフは悔しさで涙を流しながら、破壊の限りを尽くした。


 王座をぐちゃぐちゃにした後、隻眼の男は剣をほうり出して、何度も地面を殴りつけた。

 獣のように咆哮しながら、やり場のない怒りを発散させる。

 拳から血が出たところで、テオバルトがその手を止めた。


「その辺でやめておけよ。おふくろさんの墓参りに行くんだろ?  手を怪我してちゃ、花が添えられない」

「っ……!」


 ペトロフはテオバルトの目を見て、背中を丸めて慟哭した。


  勇者は賢者に錬成釜を壊していいか尋ねた後、それを一刀両断した。

 巨大な錬成釜は、真っ二つになる。

 割れた釜から、カラン、カランと音を立てて、人形の一部がでてきた。


 賢者はそれを全て城の外に転移させて、また弔いの炎をあげた。




 城からでたペトロフは、期待に満ちた人の顔から目をそらして、端的に言った。


「王は倒した。この勇者がやってくれた」

「えっ?!  俺?!」


 わっと歓声があがる。


「勇者様……ありがとうございます!」

「いや!  俺じゃないから!  やったのそこのおっさんだから!!!」


 テオバルトは叫ぶが、民衆は目を輝かせるばかりで話を聞かない。

 熱に浮かされたような空気を見て、ウィズがじろりとペトロフを睨んだ。


「なんでテオを英雄にしたんじゃ?」


 ペトロフは自嘲気味に笑って、さっさと歩き出してしまう。


「……俺みたいな屑が英雄じゃ、しまらねぇだろ」


 ウィズはやれやれと息を吐いて、転移の魔法陣を足元に展開させる。


「厄介なことをしてくれたもんじゃ。レイニー殿に叱ってもらうかのお」


 そうぼやきながら、ウィズはふわりと空に浮いて、パッと消えた。


 ウィズが転移した先は、聖女が居る国。

 若い国王と、強面の防衛騎士団長、レイニーがいる会議室だった。

 二人は隣国の解放軍の騒動について秘密裏に話し合っていた。

 ウイズはレイニーに知恵を与える代わりに、好きな時に訪問を許す契約をしている。

 飄々と現れたウィズを見て、レイニーは真顔になった。


「レイニー殿。テオがハリスト解放軍の英雄になってしまったわい。助けておくれ」

「…………」

「おじいちゃんの頼みじゃ。助けおくれ」


 それを聞いて、レイニーは持っていた羽根ペンを片手でへし折った。


「あのバカは何やってんだ……国同士のわだかまりを全部、ぶっ壊して、英雄やってんじゃねえよ」

「テオは勇者じゃ。仕方あるまい」


 ウィズの言葉に、レイニーの血管がブツンと切れた。


「勇者の前に、あいつはルナの夫だろうが!  バカ野郎が!  英雄になったら、国王やれって言われるに決まってんだろ!  そうしたら、ルナの故郷に戻れなくなるだろうが!」

「それは、かくかくしかじかで」

「かくかくも、しかじかもどうでもいいんだよ!  ハリストの奴らも奴らだ!  自分の国だろ。自分たちで何とかしろ!」

「だから、ここに来たのじゃ」

「…………」

「おじいちゃん、テオをルナと孫の元に帰したいんじゃ。助けておくれ」

「くそしかいねえな……」


 怒り狂いながら、レイニーは立ち上がって、若い王に話しかけた。


「陛下。バカを連れ戻しに行ってきます。許可を頂けますか」

「分かったよ。書類は作成しておく。ついでに、ハリストの民衆を丸め込んできて」

「は?」

「この機会に、あっちの国を丸め込んでおけば、二カ国の争いは沈静化するだろう。聖女がハリストの民衆を受け入れてくれたことで、自国のハリスト民への不満が無くなってきているし、丁度いいよ」

「…………」

「なんか、どさくさに紛れて、発言力の強いハリストの聖職者はいなくなったし、この隙に僕の国の解釈で聖典を広めておけばいい」


 若い王はにっこり笑った。


「しばらくは平穏でいたいんだ。レイニー。君の働きに期待しているよ」


 レイニーは若い王に頭を下げた後、「腹黒め……」と呟いて、舌打ちをした。


「しばらくは帰れなさそうか……」と、嘆息して、孫のような可愛い子、サニーに会えない寂しさをも吐き出していた。



 数名の騎士を連れて、ウィズに隣国へ転移したレイニーは、なぜか人々に囲まれて、和気あいあいとご馳走を食べているテオバルトを見て、ブチ切れたそうだ。


 テオバルトはむしゃむしゃと肉を噛みながら、人々に彼を紹介する。


「あ。レイニーだ。俺のええっと、ええっと……義理のお父さん?」

「誰がお父さんだ。妻の元に帰ろうとしないクソガキの親にはなってねえ!」


 レイニーはテオバルトの頭にげんこつを落とした。

 石頭のテオバルトは一撃に負けず、レイニーの足にしがみつく。


「俺だって帰りたいよ!  助けて、レイニー!  なんか王様やれって言われてんだ!  俺!  王様は無理っ!  できない!  ムリムリムリっ!  家に帰りたい!  助けて!!!」


 泣き言をいうテオバルトの胸ぐらを掴んだ後、レイニーは口の端を持ち上げた。

 ただし、目は笑っていない。


「ルナの所に帰れ。後始末はつけてやる」

「ありがとう!!!」

「ルナに土下座して謝れよ」

「わかった!!!」

「俺に感謝している暇があったら、とっとと、行け!」

「うん!  おうちに帰る!!!」


 レイニーに背中を蹴り飛ばされながら、ウィズの転移魔法でテオバルトは妻の元に帰っていった。


 テオバルトの突然の帰還に、ハリスとの国民は動揺をした。


「勇者様がいなくては、誰が国のリーダーになるんだ!」


 発狂する声を聞いて、レイニーは青筋を立てて、うっすらと笑った。


「うるせえ」

「ひっ……」

「いつまでも勇者に頼ってんじゃねえよ。お前らの国だろ」


 そう言って、ペトロフを探しにでかけた。




 一ヶ月ぶりに会った妻を見て、テオバルトは土下座した。

「ただいま」と呟くテオバルトを見て、ルナは瞳をうるませた。


「無事でよかったです……テオ……テオ」


 その顔を見て、妻にとても心配されていたことを知ったテオバルトは情けない顔になって、妻と抱き合った。




 レイニーはウィズの魔法に頼って、墓参りに行ったペトロフを追いかけた。


 カモミールの花が添えてある墓標の前に、ペトロフはいた。

 ペトロフは土の上に座りこんで、酒をぐびぐび飲んでいた。

 酒臭くなったペトロフに舌打ちして、レイニーは声をかける。


「お前が、王殺し――戦士ペトロフか?」


 振り向いたペトロフは千鳥足になりながら、ニタリと笑う。


「こんな酔っぱらいが、王を殺したわけねぇだろ?」


 その態度を見て、レイニーは抜剣した。

 ペトロフを蹴り飛ばし、転ばせた後に、鼻に向けて剣の切っ先を突きつける。

 水魔法を剣から放つと、ペトロフはずぶ濡れになった。


「ちったあ、酔いが醒めたか?」


 平然と言い切り、レイニーは剣を鞘に戻した。

 睨みつけてくるペトロフに向かってレイニーが言う。


「もう一度、尋ねる。お前が王殺しだな?」

「またけったいなのが来たな……だから、何だって言うんだ……」

「なら、動け!  クズ野郎が!」


 レイニーがペトロフの顔面を殴り飛ばした。


「王殺しの覚悟も背負えない奴が、英雄の真似事をしてんじゃねえよ。くそが」

「俺は……怒りにまかせて破壊しただけだ」

「それでも、お前が王を殺した。なら、後始末はてめぇがつけろ。次世代のつなぎになれ」

「……俺がつなぎ?  ははっ……学がねぇ、この俺が?」

「お前に政治は期待してねえよ。お前は王殺しとして民衆の前に立つだけでいい」


 レイニーはドスのきいた声で言った。


「勇者をこの国に縛ろうなんて、甘えた考えは今すぐ捨てろ。お前の国だろ。お前がなんとかしろ」


 口を引き結んだペトロフを一瞥して、レイニーは、墓標に目を向けた。


「胸を張って堂々としてろ。お前の剣が、悪政を倒したんだよ」

「…………」

「天国に行ったら、おふくろさんに自慢しろ。屑な息子は、王殺しの英雄だ。戦士ペトロフみたいな英雄になってやったんだよ、ってな」

「っ……」


 目を真っ赤にしたペトロフを見てレイニーは、嘆息した。


「ったく、どいつもこいつも俺ができねぇことを軽々とやるのに、なんでこうもバカばっかなんだ」


 そう文句を言いながらも、レイニーはペトロフを王殺しの英雄としてまつりあげるために奔走した。



 ニコニコ顔の腹黒王の介入もあって、両国間は争わなかった。

 不満は互いの国内にも出たが、表立って争いをしようとする者はいなかった。


 ただ、周辺諸国の目はまだ冷ややかだ。

 厄災の魔物を放った国――というレッテルは、そう簡単に解消されるものではない。

 数年、あるいは数十年かけて、国外へアピールする必要があった。



 ハリストで騒動があって、八年後。

 二カ国は平和式典を聖女がいる国で、開催していた。


 勇者テオバルトを間に挟んで右には、スキタイ王国の若い王がいる。

 見目麗しい王は、爽やかな笑顔で手を振っていた。

 勇者の左には、隻眼で仏頂面のハリストの代表、ペトロフがいる。

 三人を守るようにレイニーが警備をしていた。


 勇者は二人の手をつなぎ、笑顔で高々と手をあげた。

 その光景を見た人々は、わっと歓声をあげた。



 賢者ウィズは人知れずふわりと浮いて、三人の様子を見て朗らかに笑っていた。


「ほほほ。まるで、二百年前を見ているようじゃのお。聖女アンジェリカ(スキタイ王国の先祖)戦士ペトロフ(ハリスト国の先祖)は相性が悪くて、テオバルト(初代勇者)がよく間に入っておったわい」


 ウィズは青い空を仰ぐ。

 雲が太陽の上を通り過ぎ、辺りに影が落ちた。


「テオバルトよ。……テオや儂。みんなでお前さんができなかったことをやってやったわい。嬉しいか?」


 その声に答えるように、雲が早足で駆け抜けていく。


 雲間が晴れた。


 太陽はいっそう強く耀き、ウィズはにっこりと笑った。


短いエピローグが続きます。

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[良い点] なんというおぞましき禁呪……。 レイニー閣下、苦労するなぁw
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