後編 エピローグ
「ここが、私の故郷……」
「うん。ルナが育った村をみんなで復興させたんだ」
そう言って、テオバルト様がゆっくりとした足取りで、進み出す。
近くで見た小麦の稲穂は、たわわに実っていて、頭を垂れていた。
その風景は、私が子供の頃に見たものと一緒だ。
心臓の音がどんどん大きくなる。
全身が小刻みに震えて、目元が熱い。
だって、夢のような光景だ。
「……テオバルト様が……復興してくれたんですか……?」
「俺は呼びかけただけ。ルナの村を復興したいって言ったら、多くの人が国中から来てくれたんだ」
「……そう……だったんですか……」
「ルナの活躍はレイニーが広めていたから……俺が復興をしようと思ったのだって、レイニーのおかげなんだ……」
「閣下の、ですか?」
「うん。……俺、ルナが意識を失ったあと、半年、ぐらいかな。ずっと、正気じゃなかったんだ」
テオバルト様が苦笑いする。
そんな表情を見るのは初めてで、胸がちくりと痛んだ。
「……私を目覚めさせようと、世界中を駆け回っていたって、ウィズ様から聞きました」
「あー、聞いたんだ。うん。……駆け回っていたな。なんでルナが目覚めないのか説明されても、納得できなくて……俺、何もできなくて……ルナが寝ている部屋で呆然としていたんだ……」
ズキン、と胸が痛んだ。
それはまるで、昔の私のようで。
忘れていた無力感を思い出してしまった。
「……閣下が、テオバルト様に声をかけたのですか?」
私のときのように。
「うん。背後から蹴り飛ばされて、部屋から引きずり出された」
「えっ……」
想像していたよりも、乱暴だった。
「部屋から引きずり出されるのを振り払ったら、胸ぐらを掴まれたんだよ――」
――何してんだ。そこに居たって、何も解決なんかしねえぞ。
「カチンときた。そんなこと分かっているけど、放ってほしかった。俺はルナを……惚れた女を守り抜けなかった嘘つきだから……っ」
テオバルト様が眉根を寄せる。
苦しみをとってあげたくて、私は大きな声を出す。
「そんなことないです! テオバルト様は私を守ってくれたじゃないですか! アンデッドからも、魔物からだって!」
テオバルト様は泣きそうな笑顔になる。
「……ありがとう。でも、後悔はあったんだ。ルナを守るって大口、叩いたのに……俺はできなかったから。でも、それを言ったら、レイニーに怒鳴られた――」
――守れなかった……だ? ふざけた口を聞いてんじゃねえぞ。ルナは聖女だ。聖なる力を持つ女戦士だ! あいつは、ずっと人民のために、自分の為に戦っていただろ! あいつは守られることなんざ望んでいねえんだよ! あいつの望みは、共に、戦うことだ!
「そう言われて、突き飛ばされた――」
――ルナを犠牲者みたいに扱うな。だから、クソガキだって言うんだ。あいつは戦うことを自ら望んだ。それを誇ってやるのが、お前のやることだろうが。
「それで、バカならバカなりにルナが喜ぶことを考えろって、言われたんだ。目覚めたとき、ルナが喜びそうなことを……」
テオバルト様が足を止める。
頭が重そうな稲穂を見つめて、ぽつりと呟くように言った。
「小麦畑が好きだって話してたから――ルナに黄金を見せてあげたかった」
その横顔は真剣に考え抜いてくれた人のもので、私は涙をこらえる事ができなかった。
この人は、本当にどうして。
私が夢みたことを、現実にしてくれるのだろう。
手を伸ばす。
テオバルト様の首に腕を回して、力いっぱい抱きついた。
「ル、ルナっ?!」
ちょっと焦った声。
それも初めて聞いたもので、泣きながら笑ってしまった。
「嬉しいです……また故郷で、小麦畑を見られるとは思ってませんでしたから……」
テオバルト様がぎゅっと抱きしめてくれる。
「レイニーに言われなきゃ、できなかったけど……」
「私も一緒ですよ」
「えっ……?」
「私は閣下に言われなければ、聖女になれなかったです。聖女になれなかったら、……私はまだベッドの上で膝を抱えていたかもしれません。テオバルト様とも会うことも……叶わなかったかもしれません」
だから、振り返ると閣下には、とても感謝している。
私を導いてくれた人だ。
ちょっと口が悪いけど。
「……また小麦畑を見られて、本当に嬉しいんです……ほんとう……夢、みたいでっ……」
顔がくしゃくしゃに歪んでしまう。
涙があふれて、ぼろぼろと瞳からこぼれた。
今までは、辛いから、しんどいから、涙はでるのかと思っていた。
でも、違うのね。
嬉しくても、言葉は涙に変わるんだ。
「……ルナが喜んでくれてよかった。村を見てまわろう!」
テオバルト様が目を真っ赤にして、快活に笑ってくれる。
私は何度も頷いて、彼に抱えられながら、生まれ変わった故郷を見て回った。
黄金の畑の横を歩いていくと、慰霊碑があった。
白い石に故郷の人々の名前が彫ってある。
隣の村の人の名前も。私を助けてくれた神父様の名前もあった。
女神様が祈る石像があって、その周りを囲うようにピンク色のライラックが咲いていた。
ハートの形をした花びらから、甘く優しい香りが漂う。
その光景に私は息を飲んで、魅入ってしまった。
慰霊碑もライラックの花も、テオバルト様が考えて、村の人々と作ってくれたもの。
テオバルト様の生まれた島国では昔、争いが起きて、他国が作った自爆型の火の巨人によって、領土が焼け野原となったことがあると話をしてくれた。
巨人は、厄災の魔物のように多くの人の命を奪った兵器。
テオバルト様の国では、争いを忘れないよう慰霊碑があるそう。
その話をウィズ様から聞いていたテオバルト様は、この国に来ようと思ったそうだ。
家族を亡くした後の方が、きっと、人生は長く続くから。
生きる人に、寄り添えるように。
慰霊碑には、たくさんの願いが込められていた。
私は遺骨がないと、お墓も立てられないと思い込んでいたから、両親たちの名前を見られるなんて思わなかった。
「……お母さん……お父さん……しんぷさまっ……」
石に彫られた両親の名前を見て、私はまた泣いてしまった。
両手を前に組んで、祈る。
たくさんのことがあったから、色々なことを話しかけたかったのに、言葉に詰まってしまった。
涙をぬぐって、震える口角を持ち上げる。
「……また、祈りにくるね」
返事をするように、ライラックの花が風にゆれてた。
テオバルト様と一緒に村のみなさんに挨拶すると、囲まれてしまった。
「厄災の魔物を滅ぼした聖女様だ!」
「聖女様! 目覚めたんですね!」
「……ああ、聖女様……本当にありがとうございます……」
熱心に言われてしまい、私は照れて何も言えなくなる。
みなさん、良い人ばかりだ。
誰もいなくなってしまった故郷に、笑顔があふれている。
その眩しい光景に、私は目を細めた。
私が眠っている間に、聖女のお勤めをおしまいにされていた。
閣下の配慮らしい。
――国から報奨金をぶんどってきたから、定期的に送る。好きなように使え。バカとバカみたいに幸せになれよ。
そんな内容の手紙をウィズ様から受け取った。
びっくりしたけど、ウィズ様は笑いながら言っていた。
「ルナが目覚めたら喜んでおったぞ。ルナに会ったら泣くから、絶対会いたくないと言っておったわい。レイニー殿は、頑固者じゃのお」
それでも閣下に会いたかった。
顔を見てお礼を伝えたかったから閣下に手紙を書いたけど、忙しいからダメと返事がきてしまった。
閣下から送られてくるお金は、村のために使った。
私は家に診療所を作り、癒しの水を作る薬師となって、村の人々の健康を診ている。
「あぁ、腰がよくなった。ありがとう」
そう、笑顔で言われる瞬間が、たまらなく嬉しい。
「お大事にしてください」
そう、笑顔で返せる瞬間も、たまらなく嬉しかった。
小麦の収穫を終えたときは、村の広場でかがり火を焚いた。
星空の下で、大人は酒を飲んで酔っ払い、子供は爛々と目を輝かせておしゃべりをしている。
酔っ払った一人の男の人が陽気に叫んだ。
「よし! うちの村に伝わるダンスを見せてやる!」
コサックダンスに似た演舞を見せてくれて、その場は大盛りだ。
「俺もやる!!!」
テオバルト様が男性にダンスを習って、踊り出す。
「すげえぇぇ! さすが勇者様! 足の動きが早すぎる!」
テオバルト様の踊りを見て、笑いが巻きおこる。
キリッと顔をひきしめて周りにむかって一礼すると、テオバルト様が笑顔で私の方へやってきた。
「ルナ! 踊ろう!」
手をひかれ、くるくる回る。
楽しくて、声を出して笑ってしまったら、テオバルト様が私を抱きかかえて、くるくる回りだした。
子供みたいに、はしゃぐテオバルト様にしがみついて、私は笑顔になった。
収穫が終わった小麦でパン作りをした。
焼きあがったパンは固く、もちもちしていない。
私はがっかりした。
「……お母さんのパンみたいにできません……」
味も食感も覚えているのに、何かが違う。
テオバルト様もウィズ様と美味しい美味しいと言って食べてくれるけど、私はしょぼくれた。
私は食べる専門だったから、お母さんに作り方を教えてもらっていない。
レシピを習っておけばよかった。
「なら、明日も作ればいい!」
テオバルト様が声をだす。
「明日もですか?」
「うん。できなかったら、その次の日に作ればいい。できなかったら、その次に!」
テオバルト様が明るく笑う。
「ルナは味を覚えているんだから、きっとパンが作れるようになる! 俺が毎日、食べる!」
その言葉にジンときてしまって、目頭が熱くなった。
本当にこの人は、いつでも私の欲しい言葉をくれる。
「だから、結婚しよう!!!」
バンッとテーブルに手を置いて、テオバルト様が叫ぶ。
私はぽかんと口を開いてしまった。
「一緒に子育てしよう!!!」
キリリと表情を引き締めたテオバルト様を見て、かっと頬が熱くなった。
恥ずかしくなって、頬を両手で挟む。
「……私……とっくに結婚しているのかと思ってました……」
「えっ?」
うわぁ。なんて恥ずかしい勘違いをしていたのだろう。
そうよね。結婚式もしていないし、教会へ届けも出していないわ。
ずっと一緒にいたし、前にプロポーズされたような気がするし――なんて、言えない。
固まるテオバルト様と、俯いたままの私。
お茶をすすっていたウィズ様が、やれやれと息を吐く。
「ようやくかい。レイニー殿に報告してくればよい。そらっ」
ウィズ様が魔法陣を出して、私たちを包み込む。
「ついでに中央都市観光でもしておいで」
ウィズ様がウインクをした。
それを見た直後、景色はパッと切り変わっていた。
豊かな水が湧き出る噴水広場に転移される。
目の前には閣下がいた。
閣下は突然、現れた私たちを見て、強面のまま固まっていた。
白い鳥が羽ばたいて、はっとする。
久しぶりに会えた閣下へ何を言おう。
たくさんあって、何から話せばいいのか。
悩んでいると、テオバルト様が先に声をだした。
「レイニー、聞いてくれ! ルナが結婚していいって言ってくれた!!!」
「…………」
私も慌てて言う。
「あの……テオ……と、結婚することになりました……」
「え? ……ルナ、俺のこと、テオって呼んでくれるのか!」
「は、はい……結婚するなら様づけするのもどうかと思いまして……」
「やった!! 嬉しい! ルナ、大好きだ!!」
「……私も好き……です」
「……………………」
テオの顔を見て微笑んでいると、閣下が器用に片方の眉をあげた。
「いちゃつくなら、そこの宿でやれ。金は払っておく」
閣下の一言に、テオが顔を真っ赤にする。
「こんな真昼間から、子作りしろって言うのかよ!!!」
閣下がテオの頭に、げんこつを落とした。
「クソガキが。発情してんじゃねえよ。そういうのは結婚してからやれ。筋を通したら、どんどんやれ」
「わかった! ルナ、頑張ろうな!」
「は、はい。頑張ります」
「……ルナ。お前、少し見ないうちに、バカのバカがうつったな……」
閣下が嘆息した。
それから、閣下とは会えない時間を埋めるように話をした。
閣下は中央議会に参加して、国の防衛について係わっているらしい。
「厄災の魔物の討伐にかかわった国と友好条約を結んだ。一方的に破棄されない限り、連携は取れるだろう」
「……そうですね。良好な関係が続くといいですね」
「仲良しこよし倶楽部じゃねえからな。ま、うまくやってやるさ」
閣下は穏やかに口の端を持ち上げた。
「ルナと俺らが守った国だ。平穏が続くようにする」
私はぱちぱちと瞬きをする。
「閣下が笑っている所、初めて見ました」
「ちっ。幸せボケしやがって。そのままボケてろ」
私は微笑みながら、閣下にあるお願いをした。
「結婚式には出てくださいますか?」
「……考えとく」
「閣下とバージンロードを歩きたいです。……お父さんの代わりに……いいですか?」
返事を待っていると、閣下は今まで一番、穏やかな笑顔を見せてくれた。
「考えとく」
結局、閣下は結婚式には出てくれて、一緒にバージンロードを歩いてくれた。
ウィズ様が号泣しすぎて、結婚式は大騒ぎだったけど、ライラックの花束を持った私は、幸せな花嫁だった。
時はゆるやかに過ぎていった。
私は重くなったお腹を持ち上げた。
隣にはテオがいて、立つ時に支えてくれる。
「お腹、おっきくなったな」
「そうですね。命って、重たいんですね」
おなかをさすると、ぐっと内側から押された。
「あ、動きました」
「えっ! どこ!?」
「ここら辺です」
お腹を指さすと、テオが耳をつけてきた。
「もしもし、聞こえるかー?」
その姿に目を細めて、はにかんだ。
窓の外では、雲ひとつない青空が広がっている。
その下を、頭をさげた稲穂がゆれていた。
地平線まで広がる小麦畑は、今年もまた。
黄金色に輝いている。
――聖女は故郷に帰りたい。END
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