一話
ある夜、私は日の神と共に戦っていた。
日の神は闇夜に蠢く化け物達をひたすらに屠る。黙ってその刃を振るいながら。日の神が持つ剣は強い陽の気を保持する「草薙」の銘を打たれていた。私も剣を帯刀しているが。やはりカレには及ばない。この日の夜も日の神――飛河と化け物狩りをするのだった。
飛河は黒い羽織と袴に身を包む。私も同じような格好だ。剣を構えて私は化け物――妖かし達を睨みつけた。飛河は高らかに跳躍して妖かしの一体を頭から真っ二つに切り裂く。私も走って間合いを詰める。
「……朔夜!んなへっぴり腰だと妖かしにバカにされるぞ!」
「……わかってるわよ!あんたと一緒にしないでちょうだい!」
私は妖かし退治屋を飛河と組んで行っている。毎夜、妖かしが出没したら彼と狩りをしていた。妖かしにはいろんな種類があり小物から大物まで数百はある。今夜は猫又を相手に戦っていた。
「……朔夜。まだ一体残っている。気をつけろ!」
「わかった。飛河もね」
私は頷くと辺りの気配を探る。右手側から小さな仔猫がゆっくりとやってきた。真っ白な毛並みだが。尻尾が三本ある事や人魂が幾つか浮かんでいる事からすぐに猫又だとわかる。飛河は持っていた草薙をそれに向けた。
『……おや。人如きがわらわに気づくとはな。なかなかじゃの』
「……お褒めに預かり光栄だが。俺達はあんたを放っておくわけにもいかんのでな」
『ほう。なら。試してみるかや?』
猫又がにたりと笑ったような気がした。私は妖かしから放たれる冷気に身体を震わせる。殺気というべきか。飛河は改めて構えると走って間合いを詰めた。私も続いて斬りかかる。飛河の剣と猫又の鋭い爪がかち合う。ガキィンと高く音が辺りに響いた。
『ははっ。まだまだじゃな!』
「ふん。俺はまだ本気を出していないがな!」
『なら。わらわの真の姿で勝負してやろうかの。その減らず口を叩き直してやるわ!』
猫又は後ろに飛び退ると毛を逆立てた。段々と身体が大きくなる。巨大化した猫又は爪も牙も鋭く顔つきも凶悪になっていた。けれど、飛河は動じずに走って間合いを再び詰めていく。無言で斬りかかった。小さかった時は避けられた攻撃でも図体が大きくなるとそうもいかないようだ。彼の斬撃は容赦なく首筋を裂く。
『……くっ。こんの小童があ!!』
猫又が腹を立てたらしくて口から高温の何かを吐き出す。よく見るとそれは炎だった。しかも青白いもので。確か兄が教えてくれた事がある。炎は温度によって色が違うと。低い温度だと紅や橙の色だが。高い温度になると青白い物に変っていくとか言っていた。私は妖かしの怒りの度合いを見て怖気づきそうになる。
「……朔夜。お前はそこで援護しろ!こいつは俺が倒す!」
「わかった!頼んだよ!」
「ああ!猫又、俺が相手してやるぞ!」
飛河が叫ぶと猫又の吐く炎が彼に向けられた。私は懐からお札を出すと水気を集める。
「……水神に請い願う。彼の者を滅せよ!!」
ざぁと私の身体を冷たい水が包み込む。それは意思を持って動く。飛河に向けて水が舞うように蠢いた。彼は素早く避ける。それは猫又の方に向かう。吐き出した炎とぶつかり合い、大量の水蒸気を生み出す。どぉんと凄い音も鳴り辺りは濃い霧に包まれた。
「……朔夜。気をつけろ。霧に紛れて奴が来るかもしれん」
「本当だね。飛河も気をつけてよ」
「ああ。とりあえず、仕切り直しと行こう」
互いに頷き合うと背中合わせになる。飛河と一緒に組み始めたのは今から五年前だったか。私が十三歳で飛河は十六歳で。現在、私こと霧峰 朔夜が十八歳、渓村 飛河は二十一歳だ。もう五年も組むと勝手知ったる仲になっていた。とはいえ、私は女だから後援に回る事が多い。飛河は背も高いし体格も恵まれている。そのためか前線に出て戦う事も多かった。
『……そこにおりよったか。小童、小娘』
霧が晴れて猫又がすぐ目の前にいた。私と飛河は剣を構え直す。まだ奴には致命傷となり得る攻撃を加えられていない。どうするべきか。私は頭を必死に働かせる。そうしたら飛河が動いて一気に相手との間合いを詰めた。
「……朔夜。今は考えるより動け!でないとやられるぞ!」
「……ごめん!態勢を立て直すよ!」
そう彼に向かって叫んだ。私は剣――「夜霧」を持ち直した。夜霧よ。私を導いて。念じながら飛河に続いて猫又との間合いを詰めた。すぐ近くまで来たら跳躍して目に斬りかかる。夜霧を振り下ろした。ザシュッと鈍い音と共に紅い血が飛び散る。身体を捻ってから横に再び剣を薙ぎ払う。
『……ギャアアーー!!』
断末魔の悲鳴が辺りに響いた。猫又の左目から血を滴る。飛河もとどめと言わんばかりに額に草薙を突き刺す。抜き取ると奴はドォンと地響きを立てながら倒れた。彼も同時に地面に着地する。
「……よし。最後の一体も狩れたな。帰って寝ようぜ。朔夜」
「うん。そうだね」
互いに頷き合いながら猫又に背を向けた。奴はキラキラと光に包まれる。そのまま、溶けるように消えてしまう。横目でそれを見届けてからこの場を去った。