探し物
玄関先でチャイムを鳴らすも、中から応答はない。ドアノブを回すと、素直に扉は開いた。一層、鬼の臭いは強烈になった。それでも部長は涼しい顔をしたまま、「お邪魔します」と靴を脱いで歩を進めていく。その後を聖海たちは追っていく。
キッチンとダイニングが一緒になっている部屋を抜け、ビーズでできた暖簾をくぐった先で部長の足は止まった。「……ツルさん」胸の前で両手を合わせ、冥福の祈りを捧げる。
畳の部屋に敷かれた布団の中で、ツルは穏やかな顔で永い眠りについていた。──が、その周りは血の海と化していた。酷い死臭が立ち込めている。
「これは!?」部長の横から次々に顔を出し、この状況に驚きの声を上げていく。
「どういうこと? なんで、鬼の死臭がしてるの?」
「臭いが酷かったのは、こういうことか……。でも、なんで?」
「えっと……この状況は、どういうことですか!?」
何が何だか分からない聖海たちを余所に部長は一人納得していた。
「……だから、座敷わらしが持っていた鶴は血まみれだったのか」
「ちょっと、龍ちゃん! 何、一人で納得してんの!? てか、血まみれの鶴って何の話?」
「烏が座敷わらしを風呂に入れたときに折り紙の鶴が着物の中から出てきたんだが、その鶴は血まみれだった」
「てことは、龍ちゃんはその時から」
「あぁ。【最悪の事態】が起きたと思ってたよ」
「あのさー、そういうことは先に言えって昔から言ってんじゃん」
「確信が無かったからな……。すまない」
部長と風見のやり取りに見向きもせず、影助は血まみれの部屋を歩き回っている。
「ちょっと、黒波くん! そんなに歩き回ったら、警察が来た時に──」
「大丈夫だよ。鬼の臭いが一般の人には分からないように、この血の海も見えないから」
「え?」
「だって、この血は全部、鬼のものだよ」
「えー!? なんで、鬼の血が!?」
「だから、それを今調べてるんでしょ」
「そっか……。何か分かりそう?」
「血の乾き具合から見て、二日は経ってるね」
「へぇー、凄いね! 見ただけで分かるなんて!」
「……それと、これだけの出血量だし、この鬼は死んでる」
「死んでるって、消滅とは違うの?」
「全然違う。消滅させられるのは、妖術師だけ。鬼は、鬼同士でも殺し合いをするんだよ。当然、負ければ、死ぬ。死んだ鬼は勝った鬼に喰われる。そうやって、鬼は力を蓄えていく」
「そんな……」
「鬼に仲間意識なんかない。あるのは、私利私欲だけ。どこまでもいっても、満たされることがない──恐ろしいよ、本当」
「……黒波くん?」
「……なんでもない」
「あれ? 部長と風見先輩がいなくなってる! さっきまで、そこにいたのに!」
畳の部屋の前にいた二人の姿がいつの間にか消えていた。心配する聖海とは対照的に影助は何事もなかったかのように部屋の調べを続けている。
「二人を探したほうが──」
「いいんだよ。俺が結界を張ったの」
「え……いつの間に」
「立花さんがこの部屋に入ったときに発動するように仕掛けておいた」
「あちこち歩いてると思ったら……」
「俺、仕事早いから」
「でも、なんで結界を?」
「これだけ鬼の臭いも強いし、立花さんは経験も少ないから無理もないか。出たんだよ、鬼」
「うそ!? 全然、気づかなかった……」
「よかったね、みんながいて。一人だったら、間違いなく、喰われてたよ」
「う……」
「今、部長と風見さんは鬼退治中。その戦闘に巻き込まれたら、この部屋に残ってる鬼の手がかりも消えちゃうから、結界を張ったってわけ」
「そっか。……みんな、凄いなぁ」
「感心してないで、手がかりを探すの手伝ってよね」
「あ、はい……」